第24話 急襲!? 顔のわからない魔術師
薄暗い中、目を堪えて茂みを探すもそれらしきものはない。だとしたら──ハッとして頭上を見ると、石段のさらに上、生い茂る木々の中に人影を見た。
赤い光が放たれた。
「避けて!!」
私が叫んだと同時に、赤い光は鳥居を貫く。それはまるで降り注ぐ矢の雨だった。
咄嗟に、皆は木の陰に身を隠したけど、そのおかげで身動きが取れなくなった。
「マグノリア様……私に、行かせてください。私なら、木の上まで跳べます」
「駄目よ。相手の手数が分からない状態で、行かせられないわ」
「でも、これでは身動きが取れません」
ぴたりとやんだ魔法の矢は、いつまた飛んでくるか分からない。
しかし、隠れる魔術師も動く様子がない。こちらを伺っているのか、はたまた、魔力を練っているのか。どちらにせよ、魔法になれない恒和の武士たちに、魔法攻撃の中走り抜けろというのは酷な話だわ。でも、このままじっとしていても埒が明かないのも事実。
考えあぐねいていると、春之信さんが私の肩をきつく抱きしめた。
「さっきの赤い矢が魔法ですね。効果は我らの知る矢と変わらないのでしょうか?」
「はい。他の魔法を組み込んでなければ、同じです」
「他の魔法?」
「例えば火の魔法を組み込めば火矢になります」
「なるほど。しかし、先ほど燃えた様子はない」
「他に毒や麻痺などの魔法を組み合わせることもあります」
「……それは厄介だが、防ぎようはありますね」
「防ぐ?」
確かに、どうにかして矢を防いで前進するか、あの魔術師の動きを止めるしか道はない。でも、高速で飛んでくる矢を防ぐだなんて芸当、普通は無理だわ。
「あの男を、木の上から引きずり降ろしましょう」
そう言った春之信さんは、私を地面に降ろすとエミリーを見た。
「侍女殿、先ほど不思議な力が足にかかるのを感じました。それが魔法ですね?」
「はい。身体強化をして、皆さんの速度を上げました」
「他にも出来ますか? 例えば、腕力を上げることは」
「勿論できます!」
「では、お力添えをお願いします」
刀の柄に手をかけた春之信さんは「あの木を切り倒します」と言うと、その輝く刀身を引き抜いた。
エミリーが魔法の詠唱を素早く唱えると、彼の背に白い魔法陣が浮かぶ。筋力増強を施したようだ。同じように、他の武士にも次から次に強化魔法を施していった。
「待って! 木を切り倒すなんて、刀が折れでもしたら」
「確かにそうですね。では武器にも、強化付与いっときましょう!」
「かたじけない」
「エミリー、そういうことじゃなくて!」
春之信さんの足が地面を踏みしめた。
刀身が白くきらめき、彼が駆けだすと他の武士たちも一斉に飛び出した。
春之信さんが口早に指示を飛ばしているのが聞こえたけど、内容までは聞き取れず、私の不安は募っていく。
再び赤い矢が飛んできた。それを見て、咄嗟に足を踏み出そうとした私の肩をエミリーが力強く掴み、私を木の陰に引き戻した。
「エミリー、放して!」
「ここは春之信様にお任せしましょう」
「でも!」
「相手は魔術師でしょうけど、地の利は春之信様たちにあります。大丈夫です」
エミリーの言葉に頷くしかなく、私は唇を噛んだ。
私に攻撃を返せるだけの魔力があったなら、春之信さんたちを援護できるのに。自身の無力さを嘆きながら、ただ彼らの無事を祈って木の陰から様子を覗くことしか出来ないだなんて。その惨めさに涙が込み上げた。
石段が乱れて足場がさらに悪くなった山道を、春之信さんたちは事も無げに走っていく。
チカッと赤い光が走った。
私が危ないと声を上げる間もなく、それは放たれた。直後、足を止めた春之信さんは、降り注ぐ赤い矢を刀で払ってかわす。彼だけではない。周囲の武士の皆さんもだ。
一瞬のことだった。
降り注ぐ矢の雨をかわした春之信さんたちは、次の攻撃が来る前に、大きな木の幹に刀を振り下ろした。
枝が大きく揺れる。
あれが倒れたら、石段も崩れるんじゃないかしら。この場にそぐわない心配が頭をよぎったその時だった。暗い木の上で何かが動いた。それを見て、春之信さんはもう一度刀を振り下ろす。
メキメキと幹の割れる音がした。そうして、大木はすぐ側の木々を巻き込むようにして山肌に倒れた。
なんてことだろう。本当に、大木を倒してしまった。
もうもうと土埃が上がる。
これって、修繕費が大変なことになるんじゃないかしら。そう心配せざるを得ない状況になったが、顔の分からない魔術師の反撃はこなかった。
その何者かは、土煙の中、姿を消してしまったのだ。
◇
霊孤泉で起きた襲撃によって、私はしばらく藤倉家の屋敷から外出できなくなった。
誰がどう聞いたって、狙われたのは私だと思うわよね。解決するまで身の安全が優先だといわれてしまえば、仕方ない。そう分かっていても、憂鬱な気持ちが募ったからか、霊孤泉から戻った数日後に私は倒れてしまった。
目を覚ました私の視界に入ったのは、心配そうなエミリーだった。ぐるりと目を動かし、自分が布団で横になっているのだと分かる。
「私……どのくらい寝ていたの?」
体を起こそうとすると、唐突な眩暈が襲ってきた。耳鳴りもするし、本格的に体調が悪いようだ。
慌てて私の背に手を添えてくれたエミリーは、少し怒った顔をする。
「ご無理をしすぎですよ!」
「そんなに無理をした覚えはないんだけど……」
「月の物を甘く見てはいけないって、母が言っていました」
エミリーに勧められ、再び布団へと体を横たえた私は、ああと納得する。
そういえば、昨日から月経がはじまっていたわね。
「調子の悪い時はお休みくださいね。こればかりは、どうすることも出来ないので」
「気をつけるわ」
「お医者様も、疲れだろうと仰ってましたよ」
「わざわざ医者を呼んだの!?」
「何を驚かれるんですか。倒れて意識がないんですから、呼ぶのは普通のことですよ」
「でも、病気って訳じゃないわ」
「そう思うなら、倒れる前にお休みください。春之信様も、随分と心配されていましたよ」
春之信さんと聞き、とたんに羞恥心と不安感が込み上げた。
優しい彼のことだから、きっと医者に詳細を聞いたに違いない。
もしかしたら、霊孤泉に連れて行って無理をさせ過ぎたんじゃないかとか、気にしているかも。そう考えると、申し訳なさすぎる。
だって、霊孤泉に行く前、囮にでもなりますなんて、勇んでお願いしたのは私よ。ああ、むしろこれで愛想をつかされるかもしれないわ。ううん、彼がそんな薄情な人だとは思っていないけど。
ぐるぐると巡る考えは、どんどん深みにはまっていくようだった。
「……心配をかけたこと、謝らないと」
「そこは、感謝をお伝えした方がよろしいかと思いますよ」
「で、でも、ご迷惑をかけたのだから」
「きっと、迷惑なんて思ってませんよ」
「そうかしら……」
「霊孤泉で怪我を負っていたのではないか、何か病をもらったのかって、大騒ぎでした。でも、医者から過労だって聞いた時、安心したご様子でしたよ」
私の掛布団を整えながら、エミリーは優しい口調で話してくれた。
今まで、私を本気で心配してくれる男の人はいなかったと思う。勿論、身内は別だけど。
言い寄られても迷惑にしか感じなかったから、男装して恋愛には興味がないアピールもしてきた。だから、正直なところ男性との距離感というものがいまいち分からない。ましてや、心配されることに慣れてもいない。
だけど、ほっと安堵してくれる春之信さんの様子は何となく想像がつくし、それを思い浮かべると胸の奥が温かくなっていく。嬉しいって思う私がいた。
「そうだ。春之信様が、マグノリア様へお渡しして欲しいと、これを預かっています」
立ち上がったエミリーは、文机から畳まれた一枚の紙を持ってきた。それを開くと、短い文が綴られていた。
「行く水に数書くよりも儚きは思はぬ人を思ふなり……?」
流れるような字で書かれた文字をやっとのこと読み、私は首を傾げた。
もしかしたら、これは和歌というものかもしれない。手紙に添える和歌は、エウロパの詩歌を贈る風習と似ていると聞いたことがある。
ただ残念だけど、まったく意味が分からないわ。
少し行をあけて続くのは、見慣れた春之信さんの丁寧な文章で、ちょっとだけほっとした。
『医者は問題ないと申しましたが、白い顔をされる貴女を見るのは心苦しいです。貴女を案ずる者がいることを、お心に留めて下さい』
それは和歌の説明などではなく、彼の真摯な思いなのだろう。
胸の奥がきゅっとなり、頬が熱くなった。
次回、本日21時頃の更新となります
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