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[9話]

扉が開かれると同時に冥が今の状況を理解し始める。

そして数秒の間が空いた後、驚く様子もなく怒る様子もなくただ一言だけつぶやいた。


「…おや」


冥はくすりと笑いながら口に手を当てる。

軽蔑ともとれるような、困惑ともとれるようなそんな仕草を。


「この人は…私が家庭教師として認めた…だから心配しなくていいから」


スッと海が月の前へと庇うように移動し、なぜここにいるのかを端的に説明する。


「別にみんなが認めてくれなくてもいい…その時は私個人としてこの人を雇うから…それぐらいはいいよね?」


海は少しばかりの嘘を交えながら話していく。

冥が月を追い出さずかつ一緒に授業を受けるのが冥の最善手になるように。


「…」


冥は無言のままチラリと月の方へと視線を向ける。


「…」


月は何も発すことなく、ただただ正座をキープしていた。

これはこの警戒心のなか話しかけるとより一層警戒してしまうのではないかという危惧と、嫌われている状態で話しかければ嫌悪感という理由だけで全ての物事に反発されてしまう可能性を考えてのことだった。

そのため最初の一言に関しては冥から喋らない限り絶対に喋らないと彼は決めていたのだ。


「…」


鬼気迫る雰囲気とただならぬ違和感から何か裏があるといつもの冥なら感じていただろう。

しかし今の冥はその状況は理解しても裏があるとまでは考えなかった。

今、冥はあることでショックを受けているからだ。

それは、



『やっぱり私のことは覚えていませんか…』



時は遡ること5年前、小学5年生の夏のことだった。

冥はが父方の故郷へと帰省している最中、暇だった彼女は家の周辺を理由もなくうろうろとしていた。

もうすぐお昼だという時間になりもう戻ろうかと考えた、その時あることに気づいた。

大切なペンダントをなくしていたことに。

その中には家族の写真が入っており、10歳の時の誕生日プレゼントとしてねだったものだ。

こんなものでいいのか?と両親が困惑している顔を今でも覚えている。


「…どうしよう」


どこで落としたかなんてわからない。

それよりもどこを歩いてきたことすらも覚えていない。

絶望に打ちひしがれ、地面にぺたんと座り込むと。


「どうしたー」


木の棒を持ったちょっとだけアホそうな少年がそこにたっていた。


「…ペンダント、なくしちゃった」


「そっかー、なら暇だし探すの手伝ってやるよー」


この一言は嬉しいものだった。

しかし時間はもう12時、彼にも家でご飯があるのに時間を奪うのは良くないものだと考え断ることにした。


「大丈夫、君も昼ごはんがあるでしょ?お母さんが待ってるよ」


「んー。お母さんもお父さんも今家にいないから別にいいよー」


「そ、そうなの?」


「うん。早く探しに行こー」


「…ありがとう」


「いいってことよー」


そこからは冥がなんとなく覚えているオブジェクトや建物を言ってはその周辺を探して、見つからなくてまた移動する。

それを何十回と繰り返した。

彼は毎度毎度見つからないというのにイライラするどころか「次は見つかるといいなー」や「絶対見つけるから安心しろよー」などとこちらに対して気遣いまでしてくれる。

何時間と歩きそろそろ足に疲労を感じ始めた頃に少年が光るものを見つけた。

そして道の隣にある用水路の柵を掴み、じっと何かを見つめる。


「あれってペンダントっぽくない?」


そう言って少年が指差す先には金色に輝くペンダントがあった。


「本当だ!でも…」


しかし彼が指差したペンダントは泥が沈殿した汚い用水路の中にあった。


「どうしよう…」


結構な深さもあり、取りに降りれば子供1人で上がるのは困難だと考えられる。

でも2人で協力すればきっとあがれる、そんな程度の高さだ。

でも確実に1人は汚れてしまう。


『…今着ている服はフリフリが着いた白いワンピース。私のお気に入りの服だし、これを汚せばお母様に怒られる』


「…」


「…?」


チラリと少年のことを一瞥する冥。


『かといってここまで着いてきてくれたこの人にそんなことを頼むなんてできない。やはり一度帰って家のものを呼べばーー』


そう考えて戻ろうとした次の瞬間、いつのまにか柵をよじ登った少年が用水路へと飛び込み、水飛沫を上げた。


「…えっ!」


「とったどー!」


そう言って用水路に落ちていたペンダントを天高く掲げる少年。

それをそのまま用水路の上にいる冥へと渡した。


「はいっ」


「…ありがとう」


冥はそれを受け取り地面へと置くと、柵の隙間から少年へと向けて手を伸ばした。

意図を察した少年はその手を掴み、ぐいっと体をあげて柵を掴みそのまま地上に上がってきた。


「よかったなー、見つかって」


「君のおかげだよ…ありがとう…」


「んー。いいってことよー」


冥はペンダントを拾い上げると胸の前でギュッと抱きしめると落ちないようにとポケットに仕舞い込んだ。


「…?」


違和感を覚えてもう一度胸の前に手を置く。

いつもより大きく激しく心臓が聞こえる。

なんでだろうと考えていると、


「お嬢!どこにいますか!お嬢!」


「…!」


どこからともなく、聞き覚えのある声が響いてきた。


「足尾〜!こっち〜!」


冥が大声で叫ぶと数秒とたたないうちに、スーツを着た強面の男が全力でこちらに向かっている姿が見えた。

そんな姿が1.2.3と増えていき最終的に7人まで増えた。


「お嬢、ご無事でしたか。お昼の時間に帰ってこないからおやっさんが焦ってましたぜ」


「ペンダントを落としちゃって、一緒に探してもらってたの」


そう言うと全員の視線が一気に少年へと向く。

なぜだがわからないが少年は少し怯えた様子だった。

そんななかスーツ集団の1人、「足尾」と思われる人物が膝まづき少年の手を掴んだ。


「ありがとうな坊主。お嬢を助けてくれて」


「…うん」


ガッチリとした握手をしたまま少年はこくこくとうなづいた。


「服も汚れちまってるじゃないか。どうだ?坊主さえ良ければ風呂入って飯食ってくか?まぁ親御さんに連絡してからだけどな」


「え!いいのー!」


足尾の言葉を聞くとさっきまでの緊張した様子はどこかに消え去り、やったー!と小躍りをしている。


…なんでだろう。

君が喜んでいるのを見ると心の奥が少しだけ温かくなってしまうのは。

少年を見てれば見てるほど何か会話したくてしょうがなくなるこの気持ちはいったいなんなの?

自分の気持ちに疑問を浮かべながらも何か話しかける口実を考える冥。


「そういえば…君はなんて名前なの?」


「僕?僕はね灰餅(すすもち) (つき)、君は?」


「私は稲捧(とうほう) (めい)


「とうほう?どういう字なの?」


「それはね…」


2人が話しているのを見ながらスーツの男たちはコソコソと話し合っている。


「結構お嬢といい感じじゃないすか?」


「なんだかんだお嬢は気性難だからな。上手くいくとは思わないが…」


「そっすかー、あとそれと坊主が教えてくれた電話番号で連絡とったんすけど、それでちょっと話したいことが…」


「…?」


足尾という人が先に行っておけと指示して、スーツの男たちに囲まれながら家へと帰った。

月は家の大きさに驚いたのかポカーンと口を開けてたし、少しだけ入り口の門をくぐるのに抵抗していた。


「臓器…!売られる…!」


誤解を解いて一緒に中へと入り、一緒にご飯を食べた。

なんならそのまま一緒の部屋でお泊りまでした。

次の日の朝に帰ってしまって悲しかったけれど、また違う日にもやってきてくれた。


当時は知らなかったけど足尾が『親が家にいない時やお腹空いた時、なんなら暇な時でも好きに来てくれていいぞ』と言っていたらしく、そのおかげでここを離れる時まで結構な頻度で遊びに来てくれていた。


そして楽しい時間はあっという間に過ぎ、もうこの場所から地元まで帰らないといけない時が来た。

彼は帰る最後の瞬間まで会いにきてくれた。

一応ついてきてくれないかと頼んではみたが、流石に断られてしまった。

そしてぐすぐすと泣き目を腫らしながら約束した。


「また会おうね」


「うん!また会えるよ」


そう言って手を振って別れた。

また会える。

その約束を信じて。



一年後。

またも里帰りとして戻ってきた冥。

また月に会えると期待を膨らまして彼女は戻ってきた。

そして驚かせようと何の連絡もしないで月の住むアパートまで向かった。

だが、そこにつくと冥の足がぴたりと止まった。


そこに何もなかったからだ。


以前の電話番号にかけてももちろん出ることはなく。

残っているのは空き地となったスペースだけ。

あとで調べたことだがあのアパートは老朽化が酷く、立ち退きが命じられていたらしい。


足尾達は気を落とさないでくださいと言い、周りの者たちも口々に言った。

だが私は何一つ気にしてなかった。


だって月がいつかまた会えると言っていたのだから。

それが今日じゃなかっただけの話。

私が覚えていたように月も覚えているはず。

ならすぐに会えるだろうと楽観的に考えていたからだ。


だが現実はそんなおとぎ話のようにはいかない。

その日から数日の間、枕を濡らす夜もあった。

私のことを思い出して会いに来ることを幾度も願った。

だが月は現れなかった。


「…」


そこから幾年の月日が流れました。

成長するとともにその気持ちというものは薄れていき、私はその感情を心の片隅しまえるようになりました。


そんなある日、私は運命というものを信じることになりました。

新しい家庭教師が現れたあの日、また似たような人が来てしまったと内心辟易していました。

しかし、


『灰餅 月と申します。銀露高校の一年で、趣味は…』


灰餅月。

聞き覚えのある名前を聞いて、私の心臓はドクンと跳ねました。

あの人がいる…!いったいなぜ…?

興奮と困惑、そして歓喜。

入り混ざった感情が頭を支配する中、一際大きな声が響きました。


「ハァァァァァ!?」


天がいきなり叫んだのです。

だがそんなことがどうでもいいほどに私は自分の思考の海に熱中していました。


「…」


彼がなぜここに?

家の者が彼を見つけてここに呼び寄せた?

いや違いますね。

この家は私の親が仕切っているわけではない、違う誰かの親がやっているものです。

私の親が何年も前の友人のことを調べ上げその子を家庭教師にしてそこから連絡する、なんてありえません。

だからと言って偶然という一言で終わらせていいものでしょうか…?


そんなことを考えていると、次の天の一言が脳内に殴り込んできた。


「だって…!銀露高校と言えば、賭けに暴力、ナンパに淫行になんでもござれのとんでも高校じゃん!!」


…え

銀露高校…

いい噂は聞きませんでしたがまさかそこまでだったとは。

けれどあの心優しい少年だった月がそんな高校に行きますか?

なにか間違いが…


「誤解ですよ!そんな高校じゃありません!」


やはり彼も否定しています。

なにか語弊があったのでしょう。


そう思いほっと息をついたのもつかの間。


「じゃあ今言ったやつ何一つやったことないんだよね!?」


「いや、そういうわけじゃないんですが…」


『!?』


「ほら見ろ!やっぱりとんでも高校じゃん!!」


月の一言に冥はボディーブローをくらったかのような衝撃をうけた。


そういうわけではない…!?

少なくとも一つはあの中でやったことがあるということですか…!?

もしそれが本当でしたら…


冥は表情一つ変えぬままあることを決意する。

騒がしくなる室内で翠は顔を真っ赤にしながら飛び出して行った。

それに注意が向いている隙に冥と天は他のみんなを庇うように移動した。


「…みなさん、聞いてください!」


月は翠が出て行った扉から振り向き、こちらの方へと視線が向く。

よくよく見てみれば目元や鼻筋など名残を感じられる部位がいくつかあります。

しかし、人の体とは違って心とは驚くほど変化する。

月は変わってしまったのかもしれない。

ならば何かがあってからでは遅いのです。

私が彼女達を守らないと。


「皆さん?」


月は問いかけながらこちらに近づいてくる。

それに連動するかのように5人も逃げるように動く

反対周りに動けばまたもや距離を取るように動き、ぐるぐるとソファーの周りを移動し始めた。

少しずつ速度があがり、小走り程度の速度になったところで月と天が言い争い始めた。

そんな状態で冥は1人物思いにふけていた。


「…」


彼は昔、善性の塊のような人間でした。

ですが、考えたくはありませんがなにか大きな出来事があって歪んでしまった。

もしくは未だ何か私たちと彼の間で誤解、及び知らない情報があるかのどちらかでしか今の…銀露高校に通っていると言う状況を表せないでしょう。

何もしないと信じたいですが、そんなものはただの理想論です。

私は最大限彼を警戒しなければなりません。

もし彼がこちらに牙を剥いてくると言うのなら…私は容赦をしません。


「こっちにも雇い主がいるんだ。是が非でも勉強してもらう!!」


痺れを切らした月が中心を通ってこちらに突っ込んでくる。

それを知覚すると同時に前に飛び出す冥。

組の一人娘として覚えさせられた合気道を遺憾なく発揮する。

前に出された腕を掴み、投げ飛ばそうとしたその時彼の目が明の瞳に映った。

それは昔のような純粋なものではなかった。

濁り、そして奥底に覚悟を秘めた目。

だが不思議にも悪意は感じなく、優しさと迷いを感じた、そんな目が映った。

それを理解した時、やはり何か誤解があると考え冥は投げ飛ばすのをやめようとした。

しかしそう思った時にはすでに遅く、ダァァァン!!とけたたましい音と共に月はテーブルへと叩きつけられていた。


あぁ…やってしまった。

周りを見回すと、よくやったと言わんばかりの表情をした皆さんが立っていました。

こうなってはもう無理です。

皆さんから見れば私が正義であり、彼が明確な悪に見えているのでしょう。

彼を今から家庭教師にしようとしても確実に反発されます。

彼もあの時弁解しなかったのですから何か言えない理由があり、ここから持ち直すのは不可能です。


…残念です。

誤解を解き私は彼に家庭教師になるよう動くべきでした。

後悔は残りますが今できるのは彼をここから離すこと。

そうしなければ天が警察に引き渡すなどと言いかねません。

だからできるだけ早く月がこの場から離れるようなひと言を。


冥は月へと近づき小声でボソッと呟いた。


「2度と来ないでくださいね。来たら私、何するかわかりませんよ…?」


そう言うと彼は粘ることなく思い通りに帰ってくれました。


「…」


離れていく月の姿を見て、冥は心の奥底でヒビが入るような痛みを覚えた。


これでよかったはずなんです。

運命はあったのでしょう。

ですがわたしが不甲斐ないばかりに拾うことが出来ませんでした。


…あぁ、聞いておくべきでした。

私のことを今も覚えていたかどうかぐらいは。

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