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[7話]

海に認められた翌日、月は彼女らの家の前までやってきていた。

そして本当に家にいるのだろうかと少しの疑念を持ちながら、インターホンの前で逡巡する。

もし嘘だったらと少しの不安がよぎるまま月はインターホンを押した。

数秒の沈黙の後、パタパタという足音が聞こえ扉が開く。

ひょこっと顔を出すその女性は、海だった。


「なか入って、できるだけ堂々と。あと一言も喋らないで」


海はそういうとシュッと家の中に戻って行った。


「…?わかった」


よくわからないが言われたと通り、肩を開いて大股で堂々と家の中に入った。

リビングには海と翠、そして天の3人がソファにてくつろいでいた。


「おかえりー…ってなんであんたがいるのよ!?」


「…!?」


天がこちらを確認すると同時に大声をあげた。

それに驚いた翠がそそくさと部屋の端っこへと避難する。


え!?言ってなかったの!?

そう思い月は海の方をバッと見る。

海は驚く様子こそ無いが冷や汗を流してどこか緊張している様子だった。


「不法侵入で通報するわ!!」


「え」


「…待って!」


海は携帯を操作する天を静止し、月を庇うかのように手を広げた。


「私が呼んだの」


「…海?いったいなんでよ?」


何一つ理解できないといった様子で天が海を見つめる。


「私は最初から家庭教師に反対してなかった」


「そうね。でもそれはあんたと翠だけよ。他は違う。みんな反対してるのよ。だから出てって」


…俺はそんなに嫌われてるのか。

心が痛くなる月を尻目に口論はヒートアップしていく。


「反対するのはいいけど私が勉強するためにやったことを邪魔しないで。別にみんなに勉強するのを強制してるわけじゃない」


「それはそうだけどなにかあった時責任取れるの?もし目を離した時に私たちが襲われたらどうするのよ!?男はみんなケダモノなの!」


何があったか知らないが、天は顔を赤くしながら必死に熱弁している。


「もし家庭教師したいなら去勢しなさい去勢!!」


天がビッと月のトレードマークを指差す。


まじかよ!?

…いや大丈夫だ、驚かされたがきっと海が止めてくれる。

そう信じて月は深呼吸しながら海の方へ視線を向けた。


「…できる?」


海は首を傾げながらとんでもないことを言った。

無理無理無理無理無理!!

月は首を必死に横に振り、青ざめた顔で懇願する。


「…できないみたい」


月は淡々と言い放つ海に恐怖を覚えた。

もし俺が首を縦に振ってたらもいでたのか!?

恐ろしい奴だ…


「ならダメよ!この男を家に入れるのは危険だわ!」


「でも天だってこの家に男連れ込んだことあるでしょ。それを私は許したのに」


「それは…」


海は冷たい目線を向けながら、強烈な一言をお見舞いした。

天も痛いところをつかれたと言った表情を浮かべる。

だが歯をグッと食いしばり、諦めることなく口論を続けた。


「あれは昔のことよ!!そんな過去のこと掘り返さないで!!」


「昔でもやったんでしょ?それで自分だけ許さないのは都合いいよ」


「それは…そうだけど…!!」


荒ぶる天と対照的に落ち着いて理詰めをする海。

そう思っていたが少しつずつ海の方も熱が上がってきているみたいだ。


「男はみんな危険なの…!だから…!」


「私は月を"男"として見てない…ただの家庭教師…そんなものとして見てる」


…なんか悪口言われてない?


「あんたはそれでも、その男がどう考えてるかわからないじゃない!!」


「月は合理的な考え方をする。家庭教師もお金のため…そんな人が非合理的で失うものの方が多いことをしない」


「あんたにその男の何がわかるのよ!!」


「天よりはわかってる…!」


両者共にムスッとした表情を浮かべ睨み合う。

いまにもリアルファイトが始まりそうな勢いで火花をバチバチと散らしていた。

これはマズイか…?と感じた月は一歩前に出て仲裁を試みる。


「まぁまぁお二人とも、一回冷静になっ」


「「黙ってて!!」


「…はい」


2人に邪魔だと一蹴されもとの場所に戻る。


「そう思えばあんたに言ってやりたいことがたくさんあったのよね…これを機に全部言ってやるわ!!」


「私だって天に思うことはあった…私だって我慢してるんだよ…!」


このひと言を皮切りに2人の言い争いは更に加熱していく。

些細なことを思い出して口論をして、またなにか思い出して口論をする。

家庭教師のことが眼中から消えるのはそう遠い話では無かった。


「あんたねぇ…!」


「天だって…!」


「…」


どうしたものかと2人を眺めていると、端っこで縮こまっている翠と目があった。

すると翠は隣のスペースをポンポンと叩き、こちらに来るよう示唆する。

疑問に思いながらも2人の横をぐるりと通過し、翠の隣に座った。

座ると同時にスッと翠が何かを渡してくる。


「ん」


「…パン?」


それはスティック状のパンが複数本入った袋だ。

くれるのか?と思い袋に手を伸ばすとバッ!と凄い勢いで逃げられた。


「なんで?」


困惑した状態で翠の方を見るとジトーっとした目でこちらを睨んでいた。

…なるほど。


「一本だけあげるってことか」


そう言うと翠はこくこくと頷き、またスッと袋を差し出してくる。

もとから全部取る気はなかったのだが。

パンを一本抜き取るように袋に手を入れると、翠は黙ってそれを眺めていた。

もぐもぐとほお袋に詰めたパンを食べながら…


…なんでこいつ今パン食ってるんだ?

月は至極真っ当な疑問が頭に浮かんだ。


というかいつのまに食い始めてたんだよ。

家に入った時はパンなんて持ってなかったぞ。


6本入りだから…もう4本食ってんな。


「なんで今パン食ってるんだ?」


「…」


翠は月を見つめながら黙って咀嚼を続け、ごくんとパンを飲み込んだ。

そして何も考えていない表情でこう言った。


「…早くしないと夜ご飯食べれなくなっちゃいます…から」


そう言って最後のパンを咥えた。


「…」


「…?」


?じゃねぇだろ!


月は喧嘩してる隣で黙々とパンを頬張る翠に驚愕した。


「なんでこんな状況でパン食ってるんだよ!?おかしいだろ!!」


「!?」


月が大声を上げると、翠の体はピクリと跳ね上がり目を丸くした。

そして喉に詰まったのかトントンと胸の辺りを叩き始める。

ごくんとパンを飲み込めた後、大きく息を吐き月の方へと向いた。


「びっくりさせないでください!喉に詰まって死んだらどうするんですか!」


「それは悪い…でも、パン食ってるお前も悪いと思う。よくこの喧嘩見ながら食べていられたな…」


月は呆れているような表情を浮かべながらそう言った。

すると翠は少しだけムッとした顔になる。


「私だって喧嘩は止めたいですよ…ですが私がどちらかの意見に肩入れすれば、もう片方の意見は通らなくなります。私は2人の気持ちを尊重したいですが私が入ると2人ともの気持ちを尊重することは不可能なんです」


翠はいい終わると少し落ち込んだ様子で目線を落とした。

彼女自身も止めたいのにどうすべきか分からないらしい。


「困った私がどうしようとアワアワしていたら…いつのまにかパンを食べて始めていたのです」


「…ん?…あれか、防衛本能みたいなやつか?」


「きっとそうですね。気づいたら食べていました」


「…そうか」


こいつ大丈夫かな、だいぶアホそうだぞ。

ついさっきまではこの家で1番まともな人だと思ってたのに…


月が1番家庭教師が必要なさそうなやつすらも必要だったということに絶望を感じていると、あることを思い出した。


「…というか俺と普通に喋れるんだな。最初会った時に不純だ〜って逃げたからもう無理だと思ってた」


翠はそれを聞くとほんの少しだけ顔を赤らめ、そしてすぐに顔をブンブンと振り、話し始めた。


「そうですね。その気持ちもまだあります。ですが海が認めたのですから悪い人ではないんだと…信じたいんです」


まだ銀露高校というレッテルはあるが少しずつ受け入れようとしてくれている。

そう思うと前向きには考えてくれているのだと嬉しい気持ちになった。


「じゃあ俺を家庭教師として認めたりってことは…?」


「あくまで話す程度には信用してあげているということです!自惚れないでください!」


「…はい」


月がズバンと言葉を一蹴され肩を落とす。

それと同時に2人の喧嘩が佳境を迎えた。


「もういいわよあんたなんか!好きにしなさい!!」


「うん…好きにさせてもらう…」


海は少し汗をかいている程度だが、天は目尻に涙を浮かべ息を荒くしている。

どんな内容だったかは聞いていないが結果から見て海が口論に勝ったと考えられる。


「あとで後悔しても知らないから!」


天はそう言い残すと大きな足音をたてながら自室へと消えていった。

海は天が戻ったのだと確信すると、体の力が抜けパタンとソファーに倒れ込んでしまった。


「大丈夫か?」


月はソファーの隣で膝をつき海のすぐそばについた。


「大丈夫…でも今日はもう勉強する気にならないかも…ごめんね」


「いや、いい。最初の方はみんなに家庭教師として認めてもらうことのほうが大事だ。この口論も必要だったんだろ?」


「わからない…」


海は力がこもってない声でそう言った。


「え?そうなの?」


「なんだかんだで痛いところをつけば認めてくれると思ってたけど…甘かったみたい。得た部分もあるけど、より一層反発するだろうから厳しいね…」


海は反省しないと…と言いながら体を起き上がらせソファーに座った。


「だから天は後回し、みんなが認めたらきっと天も認めざるを得なくなる」


「そんなやつには見えなかったけどな…1人になっても反発しそうだけど」


「天はあんがい寂しがりや…意固地なのも今だけで明日には謝ってくるような人。大丈夫、みんな認めたら天も来る」


「ならいいんだが…なんか意外だな…」


天の裏表を知り、見てはいけないものを見てしまったような感覚を覚えてしまう。


「次は誰を狙いに行くんだ?俺的にはそこの人がいいと思うんだけど…」


月はチラリと翠の方へ視線を送る。

それに気づいた翠はキッ!と鋭い視線を送り返してきた。


「なんですか!?認めませんけど!?」


「ああは言ってるけど正直簡単だと俺は思う」


「簡単じゃないですよ!」


キャンキャンと吠える姿はまるで子犬のようだ。


「うん。月の言ってることは正しい」


「だよな」


「えっ!?海!?」


翠は裏切られたかのような反応を見せてくれる。

ころころと表情や仕草が変わり見ていてとても愉快である。


「でもだからこそ間違い」


「そうなのか?」


「翠は狙わなくても気づいたら勝手におちてるぐらいにはチョロいから…わざわざ狙わなくてもいい」


「なるほどね!」


「私はそんな風に思われたのですか!?」


友達にこれだけ言われるなんて、どんな人生送ってきたんだろうかと興味が湧いてくる月。

いつか海に教えてもらおうと決心する。


「今日頼み事を聞いてくれた私に敬意なんてものはあったりしないのですか!?」


「それはありがとう…また今度奢ってあげるから許して」


「それならいいですけど…」


そう言った後、翠は渋々納得した様子で自室に戻っていった。


「ほらね」


「うん。ちょろそうだ」


「そんなことより次のターゲットは大事…」


「反対する4人の中で誰から味方につけるべきか…」


「残ってるのは恵土、木嵐、天、冥。」


「俺的には後者2人は論外。無難に前者2人から行くべきだと思うけど」


「正直次のターゲットはもう決まってる…天に断られた今、このタイミングで行くべき人が…それは…」


「それは…?」


リビングが異様な緊張感に包まれる。

自分の唾を飲み込む音が聞こえるほどに静寂で、身じろぎ一つ取ることすらはばかられるほどの空間。

そんな静寂を切り裂くように放たれる海の声は俺の脳髄に深く響いた。


「冥…稲捧冥…彼女をおとすべき…!」


「…いやっ…ガチ…?」


2人目にして俺が1番難易度が高いと思ってる人かよ…!

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