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[6話]

「…困ったな」


月が机で肩肘をつき、頭を悩ませている。

彼は海に出された難問と戦っているからだ。


「流石としか言えない難易度だ…」


複雑で緻密に計算されて作られた問題。

エスカレーター方式で高校に入った俺には荷が重い。

かといって誰かに答えを教えてもらうのは月との約束に反する。


「柔に教えてもらうか…」


これは許されないと思う人がいるかもしれない。

だが空手で例えた時、代わりに瓦割りをしてもらうのは反則でも、型を教えてもらい自分で割るのは反則じゃない。

…そう、問題をだして答えを聞くのは反則だけど、学ぶ範囲全体の知識を教えてもらって自分で解くのはセーフということ。

…だから許されると思う。


かと言ってただで教えてもらうなんておこがましい。

教えてもらう対価を払う必要がある。

だからちょっと値は張るが…臓器のためだ、仕方ない。

月は何かを決意しその日を後にした。


翌日。


「…これはいったい…どういうこと?」


柔は今の状態が信じられないと言った様子で目を丸くさせている。

目の前に置かれているのは月が柔に払う代償、それはー


「ここに俺の全てのチップ、4300万グランがある。これを全て渡す、だから俺の先生になってくれ」


大量の金だ。

4300万グラン、円に変換すれば430万円相当。

その金の大きさに柔は驚かされ、口をぽかんと開けている。


「お前学年で1番賢いだろ?だから教えて欲しいんだよ、全部」


月が手を合わせながら懇願する。

だがそんな様子が目にとまらないほど柔は困惑している最中だ。


「…えっと…次のテストにこの金額以上の賭けをしているから?」


「違う」


「大学受験を今から頑張る気になった…とか?」


「違う」


「じゃあ…この金額で私がどう動くかどうか試してるの?」


「それも違う」


「…??」


柔は心底わからない様子で首を傾げた。

そんな俺たちを見て周辺の人たちがガヤガヤ騒ぎ、机を数十人が取り囲んでいる。

様々な憶測が周りからも飛び交い「口封じの金」やら「これでやらせてくれってことだろ」など、とんでもない推測をたてられる。

俺をなんだと思っているのだろうか。


「というか別に勉強できないわけじゃないでしょ?月の点数が低いと思ったことないもん」


「ある程度は取れるが、あくまである程度だ。やっぱり上のレベルの問題には苦戦する」


柔はこの発言を聞いた後、少し考え込むと1つの予想が浮かび上がった。

まさか、いやないと思いながらその言葉をゆっくりと口に出す。


「…家庭教師がらみのこと?」


「おお、正解だ」


「なっ、なんで!?」


柔思わず机をバン!と叩きながら立ち上がった。

そして周りからジロジロと見られていることに気づき、しぼむように座っていった。


「で、何があってそうなったの?」


「超ハイレベルな高校の問題を出されてな、これを解いたら家庭教師として認めてあげるって。それも1人で」


「うんうん」


「だから最初はその問題が出る範囲全て教えてもらおうって考えてたんだよ」


「それは小学校1年から中学校3年まで全てってこと?」


「そんな感じ…でも途中で気づいたんだよ。家庭教師に認められるってのはスタートなんだっていうことに」


「…スタート…そうだね」


柔は少しだけ考えてすぐに口を開いた。

なにか嫌な予感がしたが、気のせいなはずだと自分に言い聞かせながら。


「家庭教師になったら俺はみんなに当然教えないといけなくなる。俺は先生なんだからみんなより賢くないといけないだろ?だからこれからも含めて()()、全部教えて欲しい。そのために全てを払うよ」


「…入れ込みすぎだよ。君は家庭教師になったらいいんだからそのあとは適当でもいいじゃん」


君の心の中に他の女の子の事を入れないでほしい、なんて言えなかった。


「やるからにはちゃんとやりたいからな…まぁ正直臓器握られてるから手を抜けないってのが大きいけど。クビにされてもおしまいだからな」


「そう…だよね、そうだよね!」


他の女の子のためじゃない、命のために仕方がないこと。

そう思うと心がフッと軽くなる。

…同時に自分の醜さを見て吐きそうなほど嫌悪感を覚えてしまう。


「っていう理由だな。どうだ?やってくれるか?」


月が期待の目で柔の方を見る。

そんな目が眩しくて、柔はふいっと目をそらしてしまう。


他の女の子と仲良くなってほしくない。

自分の汚いエゴだと分かっている。

だからダメなのに。

私は快く協力してあげるべきなのに。

なのに…


「…私たちの仲でしょ?だったらわかるよね」


「…あぁ」


月はにんまりと、わかっているさといわんばかりの笑みを浮かべた。

2人は息を大きく吸い込み、そして


「俺たちは」


「ハイリスクハイリターン!!」


「全てを手に入れるか!!」


「全てを失うかだよ!!」


息ぴったりで仕込まれたかのような掛け声。

この一言で勝負することが決まり、周りが一気にどよめき歓声をあげた。


「ガチか戦うんかよ!ビッグニュースだなこりゃあ!」


「おいおい昨日は旧新生徒会長対決があったって言うのに、次は"皇后"と"豪運"の対決が見れるのか!?暑すぎんだろォォォォ!!」


奇声も上がり周りが騒がしすぎる中、2人だけは静かに話していた。


「君が勝てば私はただで君に勉強を教えてる、もし私が勝てばこの金をもらい君には何も教えない。それでいいね?」


「言わなくても分かってるって。勝者総取りだ」


「じゃあ昼休みに…戦ろうか」


そう言って柔は騒がしい教室を後にした。

そして地面にパタンと座り込み、あふれんばかりの力で両手を合わせた。


お願いします神様。

私が勝てばそれは運命なんだと。

責任はとります。

だから、どうかーー




「海、どうしたんですか。最近ぼーっとしてることが多いですよ」


「…そう?ごめん」


翠がソファにもたれかかる海へと声をかける。


「何回も読んでるのに全然聞こえてないじゃないですか。何を気してるんですか?」


「別に何も…」


海がチラリと何かに目線を向ける。

そこにあるのは壁についているインターホン。


「そう思えばあの人来なくなりましたね」


「…そうだね」


海がプリントを渡してから2週間も経過した。

彼も前の人たちと同じように諦めたのだろう。

根性があると思っていたけど、見込み違いだったらしい。


そう思い自室に戻ろうと思った瞬間、ピンポーンと軽快な音が響いた。


「宅配便でしょうか…?」


そう言いながら翠はインターホンを出ようとする。


「待って!…私が出る」


翠を静止し、海がインターホンを見る。

そこには見覚えのある顔があって海は思わずはにかんでしまう。

小走りで玄関まで向かいドアを開けると、


「…来たってことは出来たってことだよね」


「おうよ。完璧だ」


にかっと笑う月がそこにいた。

海はキョロキョロと周りを見渡した後、ちょいちょいと手招きをした。


「じゃあ中に入って」


「プリントだけ渡せば良くないか?」


「本当に出来るかテストするからダメ」


「そうか…ちなみに2人はここにいたり…?」


「大丈夫。天と冥はいないよ」


月はほっと胸を撫で下ろし、家に入った。

この景色、つい最近見たはずなのにずっと前のことのように覚えてしまう。

この2週間、膨大な時間を勉強に費やしたからだろうか。

感慨深くなりながらリビングに入ると、翠がそこにいた。


「誰だったんで…えぇー!?」


翠がこちらに気づくと、持っていたスマホを落とし壁まで後ずさる。

水色の髪をふわりと揺らしながら尻もちをつき、あわあわとした表情を浮かべている。


「な、な、な、なんでいるんですか!?」


「大丈夫。今テストしてるだけだから」


「…え、テスト?」


何のテストかピンときていない様子。

だが海は説明することなく淡々と話を続けていく。


「リビングは借りるね。怖いなら部屋に戻ってて」


「…1人にはさせられませんよ。私も見ておきます…何のテストか知りませんけど」


翠はスッと立ち上がり服についた埃を払うと、海の隣についた。


「じゃあそこに座って」


海は月をソファーへと促し月も素直に座る。

座ったのを確認すると、海は近くの棚からプリントを一枚取り出し月の前へと置いた。

その問題を見て月は目を丸くした。


「…この問題前渡してきたやつと違うくないか?」


「うん、違うよ。でも問題の形としてはほぼ一緒。あれが解けるならこれも解けるはずだよね」


そう言ってふふッと笑う海。


「当然だ。俺をあまりなめるなよ」


「頼もしいこと言うね。制限時間は…問題数も少ないから30分でいいかな」


「それでいい」


「じゃあ、よーいスタート」


海が白髪を揺らしながらパンと手を叩いた。

それと同時にカリカリと鉛筆が動く音が響き始める。

月は必死に頭を回し、次々と問題を解いていく。

その様を海と翠は感心するかのような声を上げながら見つめている。

だがそんなことにも気づかないほど集中した様子で月は白紙を埋めていき、20分経った頃に全ての問題を解ききった。

その後もう一度最初から自分の答えを確認し始めてあと一問と言ったところで、


「ぴっぴー…終了」


タイムアップの音が鳴った。


「くっ…!」


月は鉛筆を机に置き、プリントを海に渡した。


「見せてもらうね」


受け取った海は一問ずつしっかりと間違いがないか確かめていく。

月は手のひらを合わせ必死に祈った。

すべての問題に自信があるわけではない。

それに最後の問題は時間が足りなくて確認ができなかった。

そこがどうしても心配だ。


海が規則正しく赤ペンの音を奏でていると、最後の一音だけ他とは違う音になった。

その瞬間ドクンと心臓がはねた。

まさか…やめてくれ…と必死に願うが現実は非常だ。


「月くん…惜しいね、一問間違ってる」


「…まじ…かよ」


最後にチェックマークのついたプリントを見せられる。

それを見て月は絶句してしまう。

そして頭を抱えて顔を伏せた。

心を後悔の渦が引き裂いていく。


解けなかった…前のプリントを1人で解けたからってはやとちりしたのがよくなかったか…あと1週間は学ぶべきだった。

でも、いまさら後悔してももう遅い。

俺は…負けた。


「くやしいなぁ…また…いや、なんでもない」


月がカバンを手にし部屋を後にしようとすると、


「…私は認めるよ。君が家庭教師だと」


「…え」


「…そういうテストだったんですか!?」


素っ頓狂な声を上げる月と今更ながらテストの理由を知った翠。


「私は解けたらとしか言ってないよ?いつ全問正解って言ったの?」


ふふふっと小悪魔のような笑みを浮かべてくる。


「ニュアンス的に全問正解だと思ってたが…違ったのか」


「それに私が見てたのは解く能力があるかどうかじゃなくて、君が頑張れる人かどうか見てたんだよ」


「いったいどういうことだ?」


海はポスンと月の横に座り、話を続ける。


「正直賢い人に教えてもらいたいとか嘘なんだ。本当はみんなで一緒に授業を受けたいだけ」


「そうなのか」


「でもみんなわがままですぐ家庭教師を追い出そうとする…だからそんなわがままなみんなを納得させられる根性を持った人が良かったんだ」


「だからあんなに難しい問題を?」


「そう。これも出来ないような人はどうせ納得させられないし、私も認めない…でも君は頑張って解いてみせた」


「だいぶ時間はかかったがな」


「…だから良いんだよ。何のためでもいい、頑張れる人を私は待ってた」


「…じゃあいいのか?俺を認めたってことで」


「うん。だから私はこれから君の味方だよ。君が家庭教師って認められるサポートをしてあげる」


「それは心強い。ありがとな」


海と月は熱い握手を交わした。

やっと進んだ一歩。

また1人目だが鬼門は超えたはずだ。

ここから、ここからなんだ!


「…じゃあ最初は」


「うん。そうだね…」


くるりと2人の目線が動き、それはすぐそばにいた翠の元へと。


「な、なんですか」


「勉強しようぜ〜勉強〜」


「いいことだよ?翠も認めて楽になろうよ」


ゾンビのように翠にむらがる2人。

ヒッと怯えた表情見せながら角へと追い詰められていき、


「わ、私は…少し考えさせてくださいー!!」


月を突き飛ばしながら逃走し、ピューッと自分の部屋まで逃げ帰ってしまった。


「あらま」


「…大丈夫。ゆっくりとやっていこう」


「そうだな。じゃあ今日はもう帰るわ。それで家庭教師はいつ来たらいい?」


月はスマホのカレンダーアプリを開ける。


「少ししたら連絡する。だからその中で行ける日と行けない日を教えて」


「…わかった。じゃあ行ける日は全部行くように頑張る」


「お願い…またね」


「ん、またな」


そう言って月はこの家を後にした。

やっと進んだこの一歩。

その事実を噛み締めながら月はゆっくりと帰路に着いた。

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