[4話]
駅前の有名なカフェで月は鹿金と2人きりで座っている。
「…ご、ごめんね?」
そこに申し訳なさそうな様子で柔が現れた。
「…ここまでの遅刻は珍しいな」
45分もの遅刻。
柔は常に集まる5分前にはいるタイプだったから、これには結構驚いた。
遅れるという連絡がきた時には思わず小さい悲鳴が上がってしまったぐらいだ。
「…遅刻の理由を話せ」
鹿金は真剣な様子で理由を尋ねる。
ピリピリとした空気が周囲をまとった。
「…そうだな。俺としてもそれは随分と気になる」
目つきの変わった2人の前で柔はゴクっと唾を飲み込んだ。
「遅刻した理由は…」
「理由は…?」
「…寝坊…しちゃった」
シーン…と静寂が走った。
すると2人は目を合わせて、
「クハハハハ!俺の勝ちだな!」
「くっそー、電車の遅延だと思ったんだけどな」
鹿金は高笑いし、月は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
月は5000グラン分のチップを親指で弾き渡し、鹿金はそれを空中でキャッチする。
月と鹿金は柔の遅刻理由が何かで賭けていたのだ。
「…あはは、ごめんね。だたの寝坊で」
「いやいいさ。誰にでもそういうことはあるもんだからな。でも柔が寝坊するって珍しい、夜更かしでもしてたか?」
「うん…ちょっと寝付けなくて。それよりどうだった?家庭教師」
「家庭教師は…なーんか変な感じすんだよな」
月は先日のことを思い出して嫌な顔を浮かべる。
納得できないような、腑に落ちないような、そんな顔を。
「変な感じって…何があったの?」
「いろいろあったんだけどよ…」
月は彼女らの家に訪れた時のこと全てを事細かに語った。
会話内容から空いていた間、環境音さえも一語たりと間違えずに。
ついでに自分の感想も交えて。
「冥さんのことは憶測だけなんだね…」
「実際会ってみたらわかる。心臓が握られてるんじゃないかって思うぐらいには怖い。なんなら鹿金より怖い」
それを聞いた鹿金が鋭い視線をこちらに向ける。
「俺より怖い…?そいつはロケットランチャーでも構えているのか?そうじゃなければ俺以上なんてありえないな」
鹿金が力強く拳を握りしめると、バギィッ!と拳の中から砕ける音が聞こえた。
拳を開き、テーブルの上にばらばらと砕かれた何かを散らす。
それはさっき渡したチップだった。
「それ500円分の価値はあるんだぞ?もったいないって」
「そんなはした金なんぞいらん!!そんなことより俺より怖いとはどういう了見だ!貴様の目は節穴か」
鹿金は絶対的な自信と力を持っているから納得がいかないのだろう。
ふんっと息を荒くして拗ねてしまった。
「怖さのベクトルが違うんだよ。お前は暴君、あっちはホラーだ。俺たちの学校じゃ暴力なんて日常茶飯事だろ?もう怖くもなんともねぇよ」
「…ほう。なら試してみるか?」
鹿金が椅子を倒しながら立ち上がり、月の襟を握り強引に立たせる。
「…やってみろよ」
月と鹿金は両者しっかりと目を合わせる。
緊迫した雰囲気が流れ、柔は呑気にメニュー表を眺めている。
「やめだやめだ」
パッと手を離し両者共に何事もなかったかのように椅子に座った。
「どうやら本当に俺よりその女の方が怖いらしい。一度見てみたいものだな。クハハハハハ」
「…お前が殴らない時って本当にわかりやすいよな」
「そうか?次は殴ってやるよ」
鹿金は月の耳を掴み、グイグイと引っ張る。
いたいいたいと嘆く月を見て、また高笑いをした。
「…で話はそれたけど、やっぱ変なんだよ。柔はどう感じた?」
「…うーん。多分なんだけど…」
柔は言いづらそうな様子でもごもごと口を動かしている。
「確証はないけど多分おんなじ事考えてる」
「そっか。じゃあ言うね」
柔は少しだけ間を開けて話し始めた。
「私は色々嘘ついてると思った」
「…やっぱりそうだよなー」
月はショックのあまり頭を掴んで顔を伏せた。
確証がなかったから気のせいだと思っていた。
だが柔と意見が一致したことで俺の感じていたことが一気に正しく思えてしまった。
嘘をついていたんだと。
「ちょっと放心しとく」
月はテーブルに倒れ伏し、バッテリーが切れたように動かなくなった。
それを横目に鹿金は、
「どこに嘘の様子があった?俺には全く分からんぞ」
と首を傾げた。
「多分だけど、家に1人しかいなかったことなんてないと思う。それとみんなが月のくる理由を知らないフリをしていた。その2つかな」
柔は指をピンと立てながら鹿金に説明する。
「聞いてもわからん。どこからそう考えたんだ?」
「1つ目の方はやっぱり[間]かな」
「[間]?」
鹿金は間だと聞いてもピンとこない様子だった。
「恵土さんの時に人数を聞いた後、数秒不可解な間があったじゃん」
「あったが…それがどうした?」
「多分あの時に周りとアイコンタクト取ってたんじゃないかな。誰がいたかはわからないけど」
「そんなことまでわかるか?」
「いや、これは最終的に逆算で考えついたことだから聞いた時はこの疑惑は1%にも満たなかったよ」
「逆算した?」
「それについては後で話すね」
「…わかった」
「で、その時恵土さんは下手に本当のことを言ったら「その人数でも十分だ。説得させてくれ」なんて言われるかもしれないって考えた。疑念も晴れていない中、この人を入れるのはみんなの危険になるかもしれない。そう考えて、帰らせるために今は1人しかいないって言ったんだと私は思った。1人しかいなかったら説得の意味もほぼないしね」
「なるほど」
「で次の嘘の「月のくる理由を知らないフリをしていた」、これが分かったのは分かってないことがおかしいからだよ」
「…どういうことだ?」
「シェアハウスをするほど仲が良いのに「あの疑惑の家庭教師が来た」なんてこと言わないわけないじゃん。みんなが知ってないとおかしいんだよ」
「ほぅ」
「だからみんな知っているべきなのに知らない。これは1人しかいないっていうさっきの嘘のディティールをあげるため。1人しか家にいなかったから他の人が理由を知るはずがないよね?っていうこと。でも結果的にその嘘が違和感を持たせて、他の嘘を浮き彫りにさせた」
「…すごいな」
鹿金が感嘆の声を漏らす。
「裏が分かれば出てきた順番にも意味を感じる。2回目は天さんに任せて激しく追いやる。3回目の時にはしつこくくるからと最終兵器の冥さんに任せて二度とこないようにと考えた。でもあっちの人達は月が臓器を握られていることを知らないから、またくるとは考えれなかった。それで4回目は冥さんと天さんがいなくて頑張って木嵐さんが出た。1番しどろもどろしてたし想定外だったんだとここから考えた」
「…まとめるとあいつらは月を家に入れないよう常に1人しか家にいないフリをしていたってことか?」
「そういうこと」
「いったいなぜだ?」
「そこまでは分からないよ。色々あるんじゃないかな。勉強したくないとか、男が嫌いとか、家に入れたくないとか。何かわからないけど各々が月を家庭教師として受け入れたくない理由があると思うよ。そうじゃなかったらあんなことしない」
「…茨の道だな」
「正直厳しい道だよ。臓器を人質に取られてることを言って、同情で家庭教師させてもらうのが1番だと思うけどな」
「…それは嫌だね」
「わぁ!」
月がガバリと起き上がりその提案を否定する。
柔はビクリと体を震え上がらせ、心臓に手を当てた。
「びっくりさせないでよ。あと、わがまま言ってたら本当に臓器失くすはめになるよ。諦めて頼み込んだら?」
「俺が弱みを見せるのは友人だけ。出会って数日の人達にそんなところは見せたくない。それをするぐらいなら1000万円稼いでやるよ」
月は自分のポリシーを示した。
弱さを隠し、秘密も隠す、そんなポリシーを。
「…それって私のことは信頼して全部話せるってこと?隠してることはない?」
「…そうだが」
「…ふーん。そっか」
目線を落とし、顔を伏せる柔。
月はそんな柔をみて不安になる。
なにか変なこと言ったか…?
そんなことを考えているといきなり鹿金が、
「おい貴様、約束を忘れたとは言わせんぞ。新作のやつ買ってこい」
と大きな声で言ってきた。
「おぉそうだったな。行ってくるわ」
「早く行け」
鹿金に急かされ月は注文に向かう。
伏せる柔をチラリと見た後、財布を手にその場から立ち去った。
「…」
月の背中が鹿金の目に映らなくなると同時に、
「あの事を言ったことは秘密にしておけよ。俺がキレられる」
鹿金がボソッと柔に向かって言った。
「…わかってる。でも私には教えてくれないって思うとちょっと…ショック。信用されてなかったみたい…」
柔が顔を上げると目尻に水滴が溜まっていた。
心がチクチクと痛み、言葉にしがたい感情を得る。
「あいつが秘密にするときは相手に気を使わせたくない時だ。あいつ自身が気づいてるかは知らんが。実際貴様も知っていたら遠慮するだろ」
「そうだけど…だったらなんで昨日私に教えたの?」
「6人もライバルが出来たんじゃないかと不安そうにしていた貴様がひどく痛々しかったからだ。気休めとはまた違うが、あいつがすぐになびく事は無いと教えたかった」
「なにそれ」
柔があははと笑みをこぼす。
「…でも私は諦める気はないよ。彼の隣を」
「…いい心意気だ。今日の寝坊はそれが原因か?」
「うん。ちょっと考え込んじゃって、でも大丈夫。ここから再スタートするから」
フンスと気合いを入れ直した様子を見せる柔。
それを見ていた鹿金は優しい笑みを浮かべた。
「…?2人とも何話してたんだ?」
合計4つものドリンクを携えた月が帰ってきた。
「クハハ。なにも喋ってなどはないさ」
「…そうか。そういえば柔はどっか悩んでそうだったけど大丈夫なのか?」
「うん。なんでもないよ」
「…それならいいけどよ」
月は鹿金に2つ、柔と自分自身に1つずつドリンクを渡した。
「新作ともう一個のやつ何がいいのか分からなかったから、適当に抹茶フラペチーノにしといた」
「いいセンスだ」
鹿金は豪快に蓋を開けて、45度の角度で流し込む。
ものの数秒でドリンクはなくなり、彼からしたらこれはただの栄養としてから見てないのだろう。
「…それで家庭教師どうしたらいいか考えてたんだけどさ。無難に良い方法が思いつかないから、ちょっと博打賭けるわ」
そう言って月は鹿金に目を向ける。
「明後日暇か?強行突破するわ」
いきなりのあり得ない発言に、
「え?」
柔は驚き、
「…クハハハハ!素晴らしい選択だな!いいぞ!着いて行ってやろう!」
鹿金は昂った。
「火曜日だ。火曜日に俺は強行突破を開始する!」