[2話]
「…まじ…っすか」
月は強張った表情を浮かべた。
とんでもないものを請け負わされたのだと今になって気づいたからだ。
そしてそんな月の様子を他の6人が値踏みするように見つめてくる。
上から下まで、じっくりと批評するかのように。
6人の中でも2人、一際目を凝らして見てくる。
金髪の子と黒と白のツートンカラーの髪色をした子が。
他4人は移動し、もうソファーに座ったというのに。
「…どうかされましたか?」
月は顔が強張るなか精一杯の笑みを浮かべて見せる。
「…いえ」
「別に…」
2人はサッと顔を背け、他の子らと同様にソファーに座る。
一体何を値踏みされていたのかだろうかと月は不安を感じた。
「…」
「…」
「ま、まずは自己紹介から始めましょうか!」
出迎えてくれた子が気をつかい喋ってくれた。
その子は立ち上がり胸に手を当てながら話し始める。
「私は釧井高校1年、神城 翠と申します。趣味は…音楽鑑賞です」
水色の髪の出迎えてくれた子。
月は翠の自己紹介を聞いて安堵する。
釧井高校はレベルが高いところではなく、努力は必須だが教えられるレベルだったからだ。
翠は自己紹介を終えるとソファーへと腰掛けその隣へと目配せする。
それに気づいた隣の子は少しだけ怪訝そうな表情を浮かべたと思ったら、次の瞬間には話し始めていた。
「…同じく釧井高校1年、空渡 海。好きなことは…ない、かな」
ソファーに座り込んだまま話し始めたのは海と名乗る女の子。
綺麗な白髪をウルフカットに整え、透き通るような空色の瞳。
全体的に色素を薄く感じ、どこか神秘的なものをまとっているように錯覚してしまう。
そしてもうすぐ夏だというのになぜかグレーのカーディガンを羽織っている。
「次はアタシね!」
金髪の子は時計回りで自己紹介が回っていることに気づき、元気よく立ち上がった。
「上々 天よ!高校はみんなと一緒だし年齢も一緒!なんなら全員全部一緒!好きなものは甘いもので、嫌いなものは…色目使ってくるやつだから」
天は金髪ストレートの髪をなびかせてド派手にメイクを決め込んでいる。
完全完璧にギャルだ。
元気はつらつで全てに対して陽の気をばら撒いていそう。
だから最後の発言の時にこちらを鋭く睨んでいたのは気のせいのばずだ。
…今も睨んできている。
何か嫌われることでもしただろうか。
月が心底不思議に思っていると、天がドスンとソファーに座り次の子へとバトンをたくした。
「次はあたしか。あたしは雲母坂 恵土。恵土さんって呼ばれることが多いけど、好きに呼んで」
深緑色の髪をもったショートカットの子が立ち上がる。
王子様のような美しい顔立ちに、気品すら感じる立ち振る舞い。
本の世界から出てきたと言われても信じてしまうほどかっこいい。
だがその胸にある立派な双丘が男であることを否定している。
…今思えばこの家にそれが小さいやつが1人としていない。
月は周りを見渡して再確認する。
その道中で天とバッチリと目が合い、気まずくなって目を逸らした。
「趣味は…ちょっと言えないかな〜」
恵土は気まずそうな表情を浮かべ、周りのみんなもどこか納得した様子でうなづいている。
この人も雰囲気からしっかり者という印象を覚える、翠と同様に頼りになりそうなものだ。
「…あ、次わたしだ!」
真っ赤な髪をポニーテールでまとめた女の子がシュバっと立ち上がった。
「わたしは木嵐 舞。年齢は16で高校一年生。バレー部に入ってて、インターハイ目指してがんばってる。運動は好きだけど勉強はちょっと苦手…うそだいぶ苦手…かも?」
舞はエヘヘと笑みを浮かべながら自己紹介を終えた。
活力がみなぎっているthe運動部といった人。
なぜとはいわんが、家庭教師をするにおいて一番の鬼門になる気がする。
「最後は…私ですね」
独特な黒と白のツートンカラーの髪をゆらめかせながら立ち上がった。
「稲捧 冥と申します。以後、お見知り置きを」
静かで、だがどこか圧を感じ、得体の知れなにかと対峙しているように思えた。
モノクルメガネを顔にかけ、それを通して俺のことを灰色の目でじっと見定めてきている。
威圧感含め、まるでインテリヤクザのようだ。
近くにいるだけだというのに、心のどこかで根源的な恐怖を覚えてしまっている。
ドキドキと心臓の鼓動が止まらない。
「次はあなたの番ですよ」
翠が言ってくれたおかげで次が自分の番だときづく。
しかし、周りの話を聞くことに集中していた月は何を言うか全く考えていなかった。
ギャンブルのことはいったん伏せておくべきか。
これを聞いただけで悪印象を持たれるのはよくあることだ。
あくまで家庭教師。
わざわざ教える必要もないだろう。
適当にしいたけ狩りとでも言っておくか。
「灰餅 月と申します。銀露高校の一年で、趣味は…」
「待って、今銀露高校って言った?」
天が手を広げ、月の自己紹介を中断する。
「はい…言いましたけど…」
「…ハ」
「…ハ?」
「ハァァァァァ!?」
「「!?」」
天がいきなり大声で叫び、一同全員驚愕する。
「…うるさい」
「まぁまぁどうしたのさ」
「耳がキーンってした!」
「…」
「ど、どうしたのですか!?」
6人が思い思いに喋り始め、リビングが一気に騒がしくなる。
「だって…!銀露高校と言えば、賭けに暴力、ナンパに淫行になんでもござれのとんでも高校じゃん!!」
「え」
月は全く知らない情報を聞いてフリーズする。
俺たちの高校って外じゃそんなイメージなの!?
賭けと暴力はあれどあとのやつは全部しらねぇぞ!?
「誤解ですよ!そんな高校じゃありません!」
月は必死に手と首を横に振る。
「じゃあ今言ったやつ何一つやったことないんだよね!?」
「いや、そういうわけじゃないんですが…」
「ほら見ろ!やっぱりとんでも高校じゃん!!」
天が痛いところをついてくる。
否定したくても賭けと暴力は事実だし、かといってこれもダメな部類なものだから「賭けと暴力は事実ですが、それ以外は事実無根です!」なんて言うこともできない。
月がどう挽回しようかと迷っていると、
「…ふ、不純です!!不純すぎます〜!!」
顔を真っ赤にした翠が部屋から飛び出していってしまった。
「あ、ちょっと!」
階段を駆け上がり、バタンと扉の閉まる音が聞こえた。
「…みなさん、聞いてください!」
月は翠が出て行った扉から振り向き、みんなの方は視線を向けると、
「…」
対角線をとるように距離を置かれていた。
天と冥2人を盾のようにした陣形をとって。
「皆さん?」
月が動けば連動するかのように5人も動き。
反対周りに動けばまともや距離を取るように動く。
「なんで逃げるんですか?」
「あんた私たちに何する気よ!!」
ぐるぐるぐるぐるとソファーの周りを移動し続けている。
「家庭教師ですから勉強してもらうだけですよ!」
「あんたも嫌だし、勉強も嫌よ!!」
月はちょっと傷ついた。
「こっちにも雇い主がいるんだ。是が非でも勉強してもらう!!」
そう言って中心を突っ切ろうと一歩踏み出した瞬間。
ダァァァン!!
という音と共に月の視界が一回転した。
ぐるりと体が回り気づけば背の小さな木のテーブルの上に転がされていた。
月は何が起きたかはわかっていないが誰がやったかはわかっていた。
冥だ。
こっちが動くと同時に一気に距離を詰めてきていた。
その行動は早く、反応する暇も与えてくれなかった。
そこからは詳しく覚えてないが気づけばこんな状況に。
月があまりの出来事に放心していると、冥に引きづられ玄関から放り投げられてしまった。
そして耳元に近づきコソッと、
「2度と来ないでくださいね。来たら私、何するかわかりませんよ…?」
そう言って家の中へと戻っていった。
やはり俺の本能の訴える根源的恐怖は正しかったのだと思い知らされた。
「…ということで家庭教師をするのは不可能です!」
「あらまー」
月は家に帰って速攻電話をかけた。
親父との賭けに勝った、家庭教師を所望してきた奴に。
「それよりなんで6人で住んでるんですか?なんなら兄弟でもないそうで」
1人だと思ったのに…俺の絶望がわかるか?
「諸事情で預かっているだけさ、みんな血が繋がっていないが小学校からあんな暮らしをしている。もちろん家政婦もいるけどね」
「複雑な家庭環境ってやつすか…」
「あと私の娘もいるから…気をつけてね?」
何を気をつけろと言うのか。
「…僕にはもう関係ない話なんで。あそこで家庭教師はもう不可能ですよ」
全員に嫌われたあの場所はもう教えるどころか近づいただけで刺されそうだ。
「…もうちょっと頑張れない?」
「無理です。震えが止まりません」
少しだけ嘘をついた。
「うーん。じゃあ別のことしてもらわないといけないなぁ」
「まぁそうなりますね」
「うーん…」
数秒の沈黙の後、依頼主の口が開いた。
「君は自分の価値っていくらだと思う?」
「自分の価値…ですか…」
そんなこと考えたことなかった。
悩むことまたもや数秒。
「わかりませんが…50万は無いのは確実です」
「50万か…」
これを聞いても相手は目立った反応をしない。
意図がまったくもって読めないな。
「1000万」
「え?」
「君には1000万以上の価値がある」
月は電話越しにニヤついてしまう。
こんなことを言われて嬉しくない人がいるはずがない。
それを悟られないよう心を引き締め、応答を返す。
「それまた豪勢な金額ですね…ですが一体なぜ?」
至極当然の疑問である。
「君の臓器は健康そうだ…」
「…」
悪寒が背筋を走った。
「胃も肝臓も腸も…とても不備なく動いてくれそうだ」
「…そういう意味でしたか」
とんでもないやつとギャンブルしてるじゃねぇか親父ィ!
月はろくでもない親父を恨みながら電話を続ける。
そして次の一言にまたもや背筋を凍らされた。
「…知っているかい?私が賭けで手に入れたのは君に家庭教師を頼む権利ではなく、君だということを」
「…どういうこと…ですか?」
「君のお父さんには家庭教師をしてもらうと話をつけたが、実際もらったのは君の権利そのものさ。よくあるだろう?手に入れた後に使い方を変えるなんてことはさ」
「おいおいまじかよ…」
冷や汗がドバドバと出てきた。
やばいな…どうやって逃げようか。
「だから君には、私が手に入れられるはずの約1000万円…払ってもらおうか」
「…1000万」
全財産かき集めても足りないなんてレベルじゃない。
遠回しにお前をバラすぞって言ってるようなもんじゃん。
実際この場を乗り切るために借金はアリだ。
だがそれでも負債は残る。
こっから借金人生ってなったら結局臓器売らないと生きていけない…と思う。
月がどうしようかと頭を悩ませていると、依頼主が声を発し始めた。
「…まぁこれは君が家庭教師できなかった時の話だ。今まで何人か試してみたが教えるところまでいく前にやめてしまう。あの子達を甘やかしすぎてしまったかなぁ」
「そうですね」
「即答とはこれまた厳しい」
電話越しから笑い声が聞こえてくる。
「これを踏まえた上でもう一度聞かせてもらおう…家庭教師をやれるか?」
「…」
こっちは臓器かかってんだぞ?
NOって言えるわけないじゃん…
「…頑張らせてもらいます」
「そうかそうか、それは嬉しいことだ」
「yes以外言えるわけないじゃないですか…」
思いっきりため息をつく。
こっからどうしたらいいんだよ…
「言い忘れていたが、預かっている子の中にヤクザの一人娘もおるから気をつけたまえよ」
「は?」
「やらかしたら指詰めかのう。ではまた」
「ふざけ」