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[1話]

とある高級マンションの一室。

質の良いアンティークの家具が置かれ、部屋には高貴なお香の匂いが充満している。

そんな中くたびれたおっさん2人がテーブルに向かい合って座っていた。

1人は高価なスーツに身を包み、1人は普遍なる服に身を包んでいる。


「かーっ!負けた負けた!」


普遍なる者の方が持っていたトランプをテーブルへと滑らせる。

どこか清々しい表情を浮かべながらその男は頭を抑えた。


「オールインで負けたんだ。なんでも持っていけ」


椅子にどっしりと腰掛け両腕を広げてみせる。

なんでも持っていけ、と言うのを体で表現していた。


「…君は全てを賭けていた。そうだな?」


「あぁ、そう言ったぜ?」


そう返答したのを聞くと、高貴なる者はニヤリと笑い続けてこう言った。


「君には高校生になった息子がいたな」


「…まぁな」


ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえる。

その様子を見て高価な者は宥めるかのようなジェスチャーをした。


「落ち着いてくれ、取って食おうってわけじゃないんだ。ただ一つ、お願いするだけさ」


「…なんて頼む気だ?」


「簡単なことさ。ただ"家庭教師"をしてもらうだけだよ」




「というわけでお前には家庭教師をしてもらうことになった」


「…は?」


息子が心底意味わからないと言った顔で聞き返す。


「なんだ聞いてなかったのか?もう一度最初から言うからよく聞いとけよ?」


「ちゃんと聞いて理解できないからそう言ったんだよ!!息子を賭けのテーブルにのっけんじゃねぇ!!」


空が橙色に輝くなか、住宅街で一際大きな怒号が響いた。

そんな大声を放った男、"灰餅(すすもち) (つき)" はどうしてくれようかと頭を抱える。


「大声だすなよ。近所迷惑だぞ」


「あんたのせいだよ!!」


そう言って耳に指を詰めるこの男は"灰餅 (ゆう)"。

アラフィフのくせして未だに髪を金に染めている人間。

情けない事に実の父親である。


「息子を賭けるのは百歩譲ってわかってやる。だが!!せめて確実に勝てる手で賭けろよ!!」


「…確実に勝てる手でも、息子は賭けちゃいかんだろ」


「どのツラさげて言ってんだよ!!」


「そりゃあ…このツラを…」


親父は自分の顔を指さす。


「あんたは飯抜きだ」


「ごめん!ごめんて!」


飯を取り上げると言えばすぐに土下座をする。

プライドをどこで売ってきたのだろう。


「…なんで俺を賭けたんだ?相応の理由がなかったら流石に怒るぞ」


「…いやー言いたくねぇなぁ」


親父は気まずそうな表情を浮かべた。

ポリポリと頬をかき、なんとかならんか?といった顔でこちらを見つめてくる。


「…残念だが今日はひもじい思いをしてもらうか」


「あっ飯!飯だけは!」


「じゃあ言いな」


「むぅ…」


親父は渋い表情を数秒続けた後、断腸の思いで言葉を発した。


「母さんのことでな…」


家の中はまるで世界が止まったかのように、一瞬にして静まり返った。

両者共に眉ひとつ動かさず、思考を反芻させる。

俺は衣擦れ一つ聞こえぬ静寂の中、自分の鼓動の音だけがひどく大きく聞こえていた。


「…」


この家に母親はいない。

俺が小5の頃に出て行ってしまったから。

なぜ出て行ったかなんて考たくもない、残ったのは出て行ったという事実だけ。

…思い出したくはないが、忘れることのできない記憶だ。


「…だから言いたくなかったんだけどな」


親父の表情から申し訳なさが感じ取れる。

彼としても息子の古傷をえぐる気はなかったのだろう。

だが結果的にこうなってしまった。


「もう5年も前の事だぞ?今さら言ったって何も思いやしないさ」


月はハン!と鼻で笑ってみせた。

一見するともう大丈夫なように見えるが、


「…そう言うには表情の説得力が無さすぎるな」


些細な表情の機微でも親父には見破られてしまう。


「…そーんなにぐちゃぐちゃになってるのか」


俺は顔を伏せ、手で目元を隠した。

そしてなんとか感情を抑えこみ、胃の中へと飲み込んだ。

そして諦めに似た感情を吐露するかのようにため息を吐き、心底嫌そうな表情を浮かべる。


「…で、家庭教師はどこ行けばいいんだよ」


俺は母の話を強引に終わらせて次の話題に変える。

元々話していた、親父に押し付けられた負債の話に。

親父の賭けであれど負債は負債。

同じ対価の物を賭けて、その勝負に勝ったやつが何も得れないというのは俺の美学に反する。

だから求められた家庭教師はこなす。

…これは決して俺が親父に甘いからというわけではない。


「場所は今スマホに送っておいた。月曜の夕方だから忘れんなよ」


「うぃ、了解…ん?月曜日?」


俺は慌ててスマホを開き、カレンダーを確認した。


「あっ」





「というわけで、今日のカフェが行けなくなってしまいました…」


学校について開口一番、月は2人の友人に頭を下げた。


「しょうがないね。また今度行こっか」


あからさまにしょんもりとした表情を浮かべる女の子は"火蛍(ひぼたる) (やわ)"。

髪の毛は少し短く、薄ピンクの髪色をしている。

髪型はハーフアップになっていて、サイドに少し纏まった髪がある。

どこか子供っぽい部分があると思えばいきなり大人のような立ち振る舞いをすることもあり、どこか掴みづらい性格をしている。


「…貴様」


そう言って、鋭い目つきで俺のことを睨んでくるこの男は"血樽義(ちたるぎ) 鹿金(かがね)"。

一言で言うならば、暴の化身だ。

身長は200近くあり、体重も100キロオーバー。

髪型は乱雑なオールバックで短くまとまっており、黒にほんのり赤が混じったような髪色をしている。


「本当に申し訳ない!今度新作でたら2人に奢る!これでどうだ?」


「私はいいけど…」


柔はチラッと鹿金のほうに目線を送る。


「…2つだ」


鹿金はビッと、指先で2を表し月に見せた。


「2つか〜…わかった」


「クハハハ!ならよい」


渋々受け入れる月と上機嫌に高笑いする鹿金。

そんななか、廊下からドタドタと走ってくる音が聞こえてきた。


「血樽義さんちょっといいか?」


ガラガラと扉が開き、見知らぬ生徒が現れた。

この人もまたラグビーをしていそうな程に屈強なガタイをしている。


「1-Fで呼ばれてる。いけるか?」


「まかせろ。じゃあな、家庭教師」


「また今度な〜」


鹿金はひらひらと背面で手を振り、去っていった。

後ろ手でピシャリと扉を閉めるのを見送った後、月と柔はまた話し始めた。


「家庭教師だなんて、災難だね」


「仕方ないんだよな。親父が負けたんだし」


「案外受け入れるのが早いんだ。踏み倒す気とかはないの?」


柔は少し驚いた様子でそう聞いてくる。


()()じゃなくても踏み倒しは御法度だろ。流石にそれはしねぇよ」


「それもそっか。それにしても、流石灰餅家の血って感じだね」


「…どこがだ?」


わかってなさそうな様子の月。

そんな姿をみて、柔はなんで理解できてないの?といった表情を浮かべた。


「だってこんな学校だよ?」


「…まぁそうだが」


彼らが通っている高校、銀露(ぎあら)高校は世界規模で見ても異端な中高一貫の高校である。

なぜならば、賭け事がすべての物事で行われている賭博高校なのだから。

テストの点数から体育祭の順位まであらゆる物事で賭けられ、チップが動いている。

学校独自の通貨"グラン"が存在しており、金をこのチップに変えて皆が賭ける。

レートとしては基本的に10グラン1円である。

知が暴で肯定されており、この世界では頭の回る奴が絶対的な力を持つ弱肉強食の世界。


「いい高校なんだがな…」


なぜこんなことが許されてるのか詳しくわからないが、きっと一年生でありながら生徒会長となったあいつの親の権力なんだろう。

「ひりつく闘いが見たい」と言うだけでここまでやるのは控えめにいって頭がおかしい。

…そのおかげでこうなったから感謝はしないといけないが。


「私にとってはこれ以上ないほどに嬉しい制度だよ」


柔は妖艶な笑みを浮かべながらそう言った。


「あんたにとってはそうだろうな」


フワッとした見た目とは裏腹に柔は賭け事において類を見ないほどに才に溢れている。

シンプルな運ゲー気質なものなら弱いが、頭の回すゲームなら一気に豹変する。

この学校で1番強いやつは誰かと聞いたら、3年生を含めたとしても必ず名前は上がるほどに強い。

あまりの強さに[皇后]という異名がつくぐらいだ。


そんな"皇后 火蛍柔"は不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。


「なんで自分は違うみたいな顔してるの?君だって勝ってるでしょ?」


「まぁ儲からせてもらってるが」


「じゃあなんでそんなに不服そうなの?賭け事も嫌いじゃないよね」


「ギャンブルは大好きだ。あと別に不服ってわけじゃない。ただ今は憂鬱なだけだ」


「ならよかった…かな?」


柔が首を傾げながらそう言った瞬間、キンコンカンコンとチャイムが鳴った。

先生がドアを開けて現れ、まだ自分の教室に帰っていない柔に気づくとギロリと睨んだ。


「あっ、じゃあバイバイ!家庭教師頑張ってね〜」


視線に怖気ついた柔は逃げるように教室から出て行った。

それを見送った後、いつも通り出席がとられて、いつも通り生徒間で欠席者ダービーが行われていた。

今回は欠席者なしのオッズ1.2倍。

月は60グランを主催者から受け取るとそれをポケットにしまいこんだ。


「…家庭教師か」


このことを思い出し、ちゃんとやれるのだろうかと少し不安になる。


レベルの高い人に教えるってことは恐らくない。

もしそうならこんなよく分からないやつじゃなくて、ちゃんとしたやつを雇うはずだ。

おそらくは中学生、もしくはレベルの低い高校レベルだと考えられる。

というかそうじゃなきゃ俺が教えられるか分からなくなってくる。


人数は1人…いやもしかしたら双子で同時に教えないといけない、なんてこともありえるな。

まぁ大人数じゃなければなんとでもなる。


あとはあっち側にやる気があるかどうか。

やる気がないやつに教えるのはとんでもなく難しいからな。

高校生になってまだ数ヶ月しか経ってないのに、もう受験の危機感もってるやつはいないだろう。

だからやる気を持ってるとは正直考えずらいな。


総合的に見てやっぱり厳しい仕事だが…なんとかなるはずだ。

未来の俺がきっと家庭教師を頑張っているだろう。


月はうんうんと頷きながら考えることをやめ、後の自分に丸投げした。

そしてのんびりと授業を受けて、少しばかりの団欒を挟めば、約束の時間が近づいていた。


チャイムがなり、今日の授業が終わる。

月は家に帰ることなく、直接家庭教師の家へと向かった。

帰路の途中にあるわけではないが、かといって一度家に帰れば時間が間に合うか危うい。

帰らなければいけない理由もないため、月はスマホと睨めあいをしながら目的地へと向かった。

たどり着いた月はそこにあった建造物を見て思わず息を呑んだ。


「…でっかいな」


示された住所にはアパートを一回り大きくしたような一軒家が建っていた。

外観も綺麗で新しく、広い庭すらついている。

月は思わず冷や汗を垂らし、入る前から気後れしてしまった。


金持ちだとは思っていたが、いざ実際に見てみると凄みが違う。

もし粗相なんてしたら…いや、考えるのはやめておこう。


月はインターホンの前で大きな深呼吸を2度3度と繰り返す。

落ち着きを取り戻し勢いよくインターホンを押すと、ピンポーンと軽快な音が鳴った。

家の中から小走りでこちらに近づいてくる音が聞こえ、そして扉が開いた。


「…家庭教師の方ですか?」


扉を開けて現れたのは落ち着いた雰囲気をまとった女子高生。

どこのかわからない制服に身を包み、水色の髪を背中近くまで伸ばしている。

ふわふわとした髪質をしていて、どころどころにうねりがある。

第一印象としては委員長のような、真面目で融通の効かない人間のように思えた。

そんな彼女が困惑した表情を浮かべ、首を傾げる。


「あの…どうかされました?」


「いえ、すいません。少し考え事をしてしまって…」


月はアハハと照れくさそうに笑ってみせながら誤魔化した。

まじまじとあなたを見ていましたなんて言えるわけがないからだ。


「家庭教師の月と申します。そっちに連絡入ってますかね?」


月は素を隠し、敬語で喋った。

彼女が馴れ馴れしい態度を嫌うような人だと考えたから。


「はい、話は聞いています。ささ、どうぞ中に入ってください」


手招きしてドアを大きく開けてくれる。

月はお邪魔します、と一礼し家の中に入った。


内装もまた絶句するほど素晴らしいものだった。

初めてだ、廊下に絵が飾ってあるのを見たのは。

地下室への階段もあるし、目に入る範囲だけでも無数に部屋の扉が見えた。


「こちらです」


リビングに案内されるとこれまた驚いた。

豪華絢爛なシャンデリアが吊るされていたからだ。

それだけでなく部屋の広さも大きく、リビングだけで自分の家の半分ぐらいの大きさがある。


家の大きさ的に複数人は住んでいそうだ。

複数人同時に家庭教師するのはだいぶ厳しいんだがな…

望みをかけて聞いておくか。


「兄弟とかは何人おられるのですか?」


「すいません。私一人っ子で」


「…そうなんですか」


意外にも意外、だが暁光(ぎょうこう)ッ!

月は心の中でおおいに喜んだ。

1人に教えるだけならまだ簡単だ。

もし6人ぐらいいたら本気で絶望していた。

この人はやる気もありそうだし家庭教師をスムーズに行えそうだ。


月が表面にはおくびもださずに喜んでいると彼女が口を開いた。


「ですが、家族と言っていいほど仲の良い友達ならいます」


「…それは良いことですね」


なぜだろうか。

猛烈に嫌な予感がしてきたぞ。

月のその予感は的中する。


彼女は唐突にスゥーッと息を吸い始めると、


「皆さーん!家庭教師の方が来られましたよー!!」


この家全てに響くほどの大声で叫んだ。

それに呼応するかのように2階、3階から足音が聞こえ始め何かが集まってくる。


「今回の人はやりきれるかな…」


「どうでしょうか…私としては人畜無害な人間を希望しますが」


冷や汗が止まらない。

恐怖を感じる。


「厳しい人じゃありませんように、厳しい人じゃありませんように〜」


「あたしは融通がきく人だったら嬉しいな〜」


「アタシは女の子なら誰でもいいわ!男だったらろくなことがないんだから!」


血の気が引く。

頼むから俺の幻聴であってくれ。

そんな思いも虚しく、無情にもリビングの扉は開かれた。

水色の髪の彼女もあちら側にまわり、計6人。

そんな彼女が特大の笑顔を向けて言い放った。


「私たちの家庭教師、よろしくお願いしますね!」


今までいろんなことをやってきたが、ここまでの絶望は初めてだ。

家庭教師なんか引き受けるんじゃなかった…!

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