表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

ダンジョンの管理人

「ふぁぁ……ねむ……」


 朝4時半。オレ、起床。洗面所へ向かい、顔を洗って歯を磨く。髭は……まだいけるな。あと2日は剃らなくてもいける。


 シャコシャコと歯を磨きながら、ボリボリと腹を掻く。眠気に抗いながら2分ほど歯を磨いて、うがいまで終えた頃には、ある程度意識が覚醒していた。


 朝4時45分頃。ベッドに戻り、仕事着に着替える。といっても、汚れてもいいようなボロボロの服だ。外に出るわけでもないし、別におしゃれをする必要もない。



「やー! おはよう、シドーくん!」

「うわ」



――すると突然、部屋の扉が開き、ハイテンションな女が現れる。このダンジョンのダンジョンマスター……簡単に言うと、ダンジョンで一番のお偉いさんである、魔族のミクリアさんだ。


 因みに、オレの雇い主でもある。


「うわって何さ、うわって。雇い主に向かって」

「すんません、アポ無しだったんで……」

「アポ無しって従業員側が使うことあんまりないけどね」


 朝からえらくハイテンションである。いや、朝じゃなくてもハイテンションか、この人は。


「どうしたんですか、いきなり。給料日でもないのに」

「キミは給料日以外、私の顔を見たくないのかい? いやまあ、いいけどさ。ほらほら、前言ってた話、正式に決まったよ」

「前言ってた話?」


 覚えがない。ミクリアさんはルンルン気分で話しているが、オレは可能なら二度寝したい。


「ほら、休みが欲しいって、言ってただろ? だから、新しい管理人を増やそうかって」

「ああ……そういえば……」


 確か、年末の忘年会で、ちらっとそんな話をした覚えがある。次の日も管理人の仕事があったのに、夜遅くまで飲みに付き合わされて、若干機嫌が悪かった時だ。


『管理人1人で働いてるし、連続勤務日数も2000日を超えたから、いい加減休みが欲しい』


 って……そんな感じのことを言った気がする。まさか本当に検討してたのか。意外だ。


「意外だって思ったね?」

「思ってないです。それで、新しい管理人はいつ?」

「一応、明日から来る予定だよ。業界未経験の子だけど、まあ、期待してていいよ。『期待の星』だから」

「期待の星ですか。この仕事で期待の星もクソもないと思いますけど」


 『確かに?』と言いながらミクリアさんが頷く。頷いちゃいけないと思うが。


「とにかく、育成の手間はあるけど、彼が育ってくれればキミも休みを取れるし。喜びたまえよ」

「はぁ。ありがとうございます」

「相変わらず覇気がないなぁ」


 ミクリアさんは呆れたように言う。が、朝の5時前から覇気を出せと言われても無理がある。まだ朝の一服も済んじゃいない。


 しかし、まあ……業界未経験だとしても、新人を雇ってくれるというのはありがたい話だ。ダンジョンの管理人業界はブラックな職場が多いと聞いていたが、まさか勤務初日から今日に至るまで、一切休みがないとは思いもしなかった。新人くんが入るなら、少しは楽になるだろう。


「用件はそれだけだよ。今日もよろしく頼むよ、シドーくん」

「はいはい。一服するんで早く出ていってください。ミクリアさん煙草の煙嫌いでしょ」

「わー! ちょっと待って! すぐ帰るから!」


 理由は知らないが、やけに煙草の煙嫌いが激しいミクリアさんは、逃げるように去っていった。扉が閉まるのを確認してから、懐から煙草を取り出して、火の魔法で点火する。


「……はぁ。生き返る」


 そうして、一服を終えて朝の5時半。オレは、管理人としての仕事を始めた。






「ふむ……1階から3階の弱溶性スライムの数が減ってるな……昨日来てた連中か。前来た時に服と鎧だけ溶かされて全裸で帰っていってたもんな。腹いせにやりやがったな」


 業務用のファイルを片手に、全24階層あるダンジョンのメンテナンスをしていく。例えば、ハンターに狩られた魔物の補充だとか、壊れた壁の補修だとか、抜け穴を作られていないかのチェックだとか。ダンジョン関係者だけが使えるテレポーターを使って、なるべく手早く手短かに、点検を済ませる。


 『ミクリアのダンジョン』はミクリアさんの経営方針の関係上、殺傷能力の高い魔物を配置していない。ダンジョンは踏破させず、かといって、ダンジョン内で無益な殺生は行わない。適度に優しく、けれども踏破は難しく。そんな経営方針で成り立っている。


 それ故、各階層に配置されている魔物も、基本的には嫌がらせに特化した魔物ばかりだ。上層に配置されている『弱溶性スライム』は、人体以外の、服や鎧、道具だけを溶かしてハンターを全裸にすることが目的だし、『強粘性スライム』はハンターに張り付いて動きを制限し、恥ずかしいポーズを取らせることだけが目的の魔物だ。

 正直、趣味が悪い魔物ばかりだなと思う。ミクリアさんに業務の報告をしにいったら、辱めを受けるハンターの映像を見て大爆笑していたので、多分、ミクリアさんの趣味だ。何でこんなところで働いているんだろうと思ったランキング1位の瞬間だった。


 まあ……無益な殺生はしないというスタイルは、尊敬すべき点ではあるが。



 そんな風にチェックを続けていると、左の手首に嵌めている腕輪が赤く輝く。どうやら、ダンジョンに挑戦者が現れたらしい。

 腕輪に搭載されているモニターを投影し、確認すると、どうやら男2人、女1人のパーティーのようだ。見覚えがあるような無いような……多分、初めてのパーティーではない。上層のスライムが苦手とする氷の魔石を持っているようだ。一度全裸にされて逃げ帰ったか、人から情報を得たか。


「まあ……良くて4階ってところか。掃除でもして待ってるかな」


 一度点検を中断し、1階層につき1部屋の安全地帯の清掃を急ぐ。最近はマナーのなっていないハンターも多く、ゴミ箱を設置しているにも関わらず、食べ物のゴミを床に散乱させたまま放置されることが多い。


 丁度、3階安全地帯の掃除をしていた時だ。息を切らしながら、目を血走らせて、例の3人組が安全地帯に駆け込んできた。

 しまった。思っていたよりも進行が早かったみたいだ。まだ掃き掃除も終わってないのに。



「……あ、すまんね。掃除中だから、気にしないでくれ。ごゆっくり」



 3人組にそう告げ、掃除を続ける。3人は酷く居心地が悪そうに、食糧を広げ始めた。

 干した肉に、穀物を粉にして固めただけのブロック。楽しみも風情もない、ハンターならではの食事。


 可哀想に。そんな味気のない食事で耐えながらもダンジョンに挑むなんて。その行動力が、オレには少し、理解できない。


 3人は手早く食事を済ませ、暫く休息を挟んだのち、やがて立ち上がった。そして、次の階層へ向かおうとする。


「……おい、待った」

「……え?」


 そんな3人組を、呼び止める。


「ゴミは持ち帰るか、ゴミ箱に捨ててほしい」

「え、あ、はぁ……」


 干し肉やブロックの包み紙が、そのまま床に放置されていたのだ。

 清掃中のおっさんにいきなり声をかけられたからか、3人組は困惑しながらもゴミを拾い、備え付けのゴミ箱に放り込む。そして、申し訳無さそうにしながら、安全地帯を後にした。


「……うん。注意されたら素直に従う。良いハンターだ」


 3人に感心しながら、テレポーターを起動して、次の安全地帯に向かった。


 ちなみに、この3人組は5階で脱落していた。この間配置を変えたばかりの、弱溶性&強粘性スライムを敷き詰めた落とし穴に落ちたらしい。今頃、ミクリアさんは大爆笑しているだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ