転生オタ女はシスコン兄になじめない
異世界転生して14年。
日本での暮らし、とくに白米が懐かしいとはいえ、「この世界」にもなれてきた。
実際のところ、あたしはもう「この世界」の住人で、「元の世界」……2020年の日本に帰って女子高生のつづきができるわけでもないっぽい。
あたしを死なせたことを、
「ちょっとやらかしー。め・ん・ご♡」
という軽い謝罪ですませようとした自称女神がいうには、そうらしい。
「もとに戻してっ! 生き返らせてっ」
とは、自称女神にいってみたよ?
だけど、
「あんたの身体、ハンバーグになってこんがりだよ? 魂を戻してもいいけど、戻した瞬間即死だよ? そんでもい~い?」
「いいわけないでしょ! なんでいいと思えるのよっ!?」
そんな感じのやりとりがあって、結果的にあたしは「異世界転生」させてもらうことで納得してあげた。
もちろん、「いまの記憶はもったまま」&「楽に暮らせる優雅な身分付き」を条件にくわえたけど。
読んでたラノベのつづきやマンガのつづき、推し声優が主演のアニメ。
心残りはたくさんあったけど、ハンバーグになった身体に戻るわけにもいかないし、あたしだってオタク女子ですからね、「異世界転生」には興味ありましたよ。
かといって、「ハンバーグにしてくれ」とは頼んでませんでしたけどねっ!
◇
そんなわけで前世はオタク女子高生だったあたしだけど、今は異世界のデガル帝国という国で、「伯爵令嬢」としてお父さまが治める領地で暮らしています。
お父さまというか、わが家は「伯爵家の中でも上のほう」っていうの? 「伯爵家」なんだけど数代さかのぼると「皇帝家」に繋がるから、領地は広いし帝都にも近い場所に住んでいる。
うちから帝都までは、片道、馬車で2日くらいかな。
最近は「趣味」というか「仕事」というかで、帝都に行く用事も多くなってきたから、実家が帝都の近くでよかったよ。
で、わが家の家族構成は、伯爵のお父さまと、かつては公爵令嬢だったお母さま。
それにあたしと、3歳年上のお兄さまの4人。
お兄さま……というかお兄ちゃん?
17歳の彼は、めっちゃ美形で優しいんだけど、かなり「シスコン気味」だと思う。
前世のあたしはひとりっ子だったから「お兄ちゃん」に憧れたものだけど、「お兄ちゃん」っていたらいたで面倒くさいかも。
だから最近、あたしはお兄ちゃんとわざと距離を置くようにしてる。
だってお兄ちゃん、もう17歳だよ?
前世の世界と違ってこの世界では、「高位貴族のご令息」ともなると17歳で婚約者がいるのは普通なの。
でも「高位貴族の令息のひとり」であるお兄ちゃんには、まだ婚約者がいない。
(まさか、シスコンだからって理由じゃない……よね?)
って、そんな心配しちゃうくらいにお兄ちゃんはあたしにべったり甘々で、見た目は「長髪クール系美男子」なんだけど、あたしが近くにいると、ところどころから「妹ちゃん大ちゅき♡」って雰囲気が漏れちゃってるんだよね。
具体的にいうと、パーティーとかでお兄ちゃん狙いの貴族のご令嬢がアプローチしてきても、あたしが近くにいるとお兄ちゃんは「あたし専属の執事」みたいに振るまうし、「妹以外の女の子は目に入りませんがなにか?」みたいな態度があからさまなの。
うん……困った兄だ。
ホント、かっこいいんだよ? 見た目は。
こういうの、前世のオタク用語でいうと「ザンネン美形」っていうんだろうな。
自室にこもり、「新作小説」を執筆中のあたし。
数日前に出版された「最新作」は、あたし的には「挑戦作」だったけど、評判はまずまずらしい。
昨日、
「続きのネタはございますか?」
と、出版ギルドの担当が様子をうかがってきたし。
はいはい、続きですね。
今書いてますよっ♡
筆の進みは速い。まぁ、書きたいものだったからね。
午前中だけで今日予定していたノルマに達したけど、このまま書き進めていこう。
今書いてるところ、ちょうど「いいところ」だし。
だ・け・どっ!
「ルウネ、じゃまするよ」
ルウネはあたしの愛称。あたしの名前が「ルゥールネッタ」だから。
仕事中の部屋には誰も入れないでって、あたし付メイドのクラリスにはいってあるけど、「じゃま」してきたのはお兄ちゃんだ。
クラリスに、お兄ちゃんの侵入を防ぐことはできない。
身分的にもだけど、クラリスは「お兄ちゃん推し」だから。
クラリスがお兄ちゃんを「好き」なのは間違いない。
だけど、兄に熱い視線を向ける彼女をからかったあたしに、
「あっ、そういうんじゃないです。大丈夫です」
と、マジ顔で返してくるタイプの「好き」みたいだけど。
なんというか、「遠くから見ていたい。でも関わるのはご遠慮します」的なアレかな?
あたしにもなんとなくわかるよ。「推し活動の一種」だよね、あの感覚。
(お兄ちゃん、なにしにきたの? 今いいとこなのにー)
とは思ったけど、
「まぁ、お兄さま。なにかご用ですか?」
言葉にしてはそういって微笑むあたし。
だって伯爵令嬢だからね。
今世をかけて、そういうロールプレイ中なの。あたし。
お兄ちゃんからは見えないように、執筆中の原稿に白紙をのせる。
兄とはいえ、というか兄だからこそ、今書いている文字列を見せるわけにはいかない。
なにせあたしが書いているのは、誰が読んでも間違うことない「BL」なんだからっ!
いや、まぁ……前世の知識を悪用して「盗作まがいのお話」を書いて同人誌的に出版してみたところ、そこそこヒットですよ。
国立大学の教授からは、
「素晴らしいっ! とても芸術的な作品です」
と太鼓判をいただき、今ではあたしの書いた小説はこの国で、「新・芸術文学」として認識され始めてる……らしい。
……えっと、普通の「BL」ですよ?
なんか、「好きなんだけどイジワルしちゃう系」の話が受けてるよ? この国。
とはいえ、この世界にも腐女子はいて、「BL」をたしなんでくれるみたい。
そんなわけであたしは、
『異世界転生して前世の記憶でBL無双』
の主人公なのですっ!
うっわ……なにそれ、かっこわる。
まっ、そんなあたしの現状はさておき、
「ルウネの新しい本、読んだよ。いつも通り素晴らしかった」
……はぁ? よ・ん・だ!?
なにいってんだこの兄っ!
あたしの新作って、自分的にも結構攻めたBLなんだけど!?
なんというかその、前世で好きだったマンガで推しキャラだった兄弟の、同人二次創作的なオタク女子の妄想をつめこんだアレなお話なんですけどぉっ!
確かに最近はあたしも有名になってきたから、新作を出したら家族バレするのは仕方ないけど、でも……お兄ちゃんあんなの読むの~。
うっわぁ~っ! めっちゃハズいっ。
「そ、そうですの? どうでしたか? サインほしいですか?」
なにその返答。バカじゃん、あたし。
「そうだね、少しきも……独創的なお話だったね。ルウネの才能には、私の知識や感覚では追いつかないよ」
お兄ちゃん絶対、「キモい」とか「気持ち悪い」っていいそうになったよね!?
うん、わかるよ。
だったあたしも、「ちょいやりすちゃったかな? てへぺろ♡」って思ってるもん。
「ど、独創的ではございません。芸術性が高いとおっしゃっていたただきたいですわ」
お兄ちゃん今、一瞬だけどめっちゃ困った顔したな。
芸術性があるとは思わなかったんだろうな。
もちろんあたしも思ってないけど。
だってあんなの、ただの「オタク女子のキモい妄想」だもん。
オタク男子の妄想がキモいのと同じで、オタク女子の妄想もキモさでは負けてませんよっ!
……はぁ。
で、お兄ちゃん、
「お兄さまは、本の感想をいいにきたのですか?」
なにしに来たの?
あたし「仕事中」なんですけど?
おっしゃる通り、じゃまです。
ただ今執筆中の原稿では、兄弟キャラたちが裸で抱き合って、お互いの硬くなってるのをなでなでしてる場面なんですけど?
お兄ちゃんがいたら、続き書けないでしょーがっ!
さすがに恥ずかしいってっ!
(もう出てってよっ! 続き書きたいのーっ!)
あたしは、にっこりと愛らしい笑顔を兄に送ります。
お兄ちゃんは、ちょいキモい感じのニヤけ顔でその笑顔を受け止めると、
「サインは欲しいけれど、それはこんどでいいかな」
サイン欲しいの? 妹の。
あたしの机の前にあるソファーに腰を下ろすお兄さま。
となると、あたしも自分の机にってわけにはいかなくて、テーブルをはさんでお兄さまの対面となるソファーにお尻を埋めました。
向かい合ったあたしに、
「ハーレットが婚約したのを知ってるかい?」
お兄ちゃんがつげる。
ハーレットとは、従兄のハーレット兄さまのことです。
ハーレット兄さまはお兄ちゃんよりひとつ年下で、見た目は……まぁまぁ普通?
貴族だからそこそこだけど、美形というカテゴリでは上位にくいこむお兄ちゃんとは、比べるまでもないかな。
「ハーレット兄さまがご婚約? 初耳です」
あたし、親戚付き合い適当だからな。
もうちょい、ちゃんとしないとな。
ハーレット兄さまが婚約した。
で、それがなに?
あっ、もしかして前振りか?
お兄ちゃんも婚約するとか?
だったらいいけど。
よしっ、聞いてみよう。
「もしかしてお兄さまにも、そのようなお話が来ているのでしょうか?」
「あぁ、来てはいるよ。全部お断りさせてもらっているけどね」
美形にのみ許された爽やかスマイルで、ロクデモナイことを即答するお兄ちゃん。
なんでお断りしてるのよっ!
「そ、そうです……か。お断りはしない方向で善処なされてはいかがですか?」
お兄ちゃん、貴族の令息としてはもう適齢期だよ?
あたしのアドバイスにお兄ちゃんは真面目な顔をして、
「ルウネとなら、結婚したいと思うよ」
なにその冗談。
マジでゾワッとしたよ。
兄のキモい冗談にため息をついて、あたしは、
「そのようなご冗談をおっしゃるから、お兄さまは婚約者ができませんのよ?」
そして、冗談には冗談を返す。
「まぁそれは、わたくしほどの美少女が側におりますもの。お兄さまがメンクイになってしまうのも、納得ですけれど」
実際、今世のあたしは美少女だ。かわいい。
これが前世での姿だったら、美少女キャラのコスプレしたらネットでバズリまくりだったろうな。
そして芸能界デビューだよ。で、最後はスポーツ選手と結婚。
そんな妄想が膨らんじゃうくらい、今世のあたしはかっわい~いの♡
なんかもう、自分が「推しキャラ」になっちゃいそうだよ。
ひとりのときなんか、鏡の前でかわい~ポーズして、ニヤニヤしちゃってるもん。
え? キモくないよ。普通だよ。
細い顎に手をそえ、思案顔のお兄さま。
そして彼は、
「どうだろう、ルウネ。本当に私と結婚しないか?」
まっすぐにあたしの目を見ていった。
「……は……はい?」
なにいってんだ? コイツ。
この世界でも、兄妹とか親子での結婚は認められてない。
遺伝子がどうこうという科学的な理由じゃなくて、なんか宗教的な理由でだけど。
「お兄さまは、昔からご冗談がおヘタくそですわ。うふふ」
思わず「おヘタ」というところを、「くそ」までつけちゃったよ。
「冗談ではないのだが……な」
困ったような顔で苦笑するお兄さま。
もし妹じゃなかったら、ドキッとしちゃうかもしれないほど色っぽい。
「ルウネ。私とお前は兄妹ではない。おヘタくそな冗談ではないよ。事実だ」
兄妹じゃないって……ん~?
小首をかしげるあたし。
いつもなら愛らしく見えるように演技するところだけど、そんな余裕もなく目が点だ。
それって、どゆこと……?
間抜けヅラをさらしながら、取り立てて高性能ではない脳みそをフル稼動。
いやいやっ! お兄ちゃん。あなたとあたし、顔も体型も結構似てますよ!?
髪の色も目の色も同じですし、兄妹といって疑われたことないですよね!?
「やはり私は」
お兄ちゃんは言葉をきって前のめりになると、テーブル越しにあたしの右手を握る。
そして、
「ルウネ、お前を愛している。この気持ちを裏切るのなら、私はなんのために生まれてきたかわからない」
妹に「愛の告白」をしやがったっ!
シスコンなのはわかってたけど、この人ここまでなの!?
あたし思わず、握られた手を引いちゃったよ。
だってキモ……驚いてしまって?
いや。
やっぱキモいわ。
だって「お兄ちゃん」なんだよ?
あたしたち、兄と妹なの。
とはいえあたしの最新作、「兄弟ものBL」なんだけどね!
『実の兄弟だってわかってるっ! でもボク、ずっとお兄ちゃんのことをっ』
みたいな感じのやつ。
あれ? お兄ちゃん。
もしかしてそれで感化されちゃったとか!?
あたしの新作読んで、トチ狂った?
「い、妹ではない、のでしたら? わ、わたくしとお兄さまは、あ、あの」
なんなのよっ!
思った以上に動揺しているのか、言葉がうまくでてこない。
でもあたし、「なに」に「動揺している」の?
「血の繋がりでは、私はお前の従兄だよ。ハーレットと同じだ。戸籍上では兄だが、血縁上の兄ではない」
「……ふぁい?」
初耳……ですけど?
え? まじで?
いとこ? お兄ちゃんじゃないの!?
「私は、父上と母上の本当の息子ではないんだ。私の本当の父が誰かはわからない。だが本当の母は、母上の……お前を生んだ人の姉だよ」
それが事実なら、お兄ちゃん……「伯母さん」の息子ってこと?
「この事実は、父上と母上と話しあって、時期が来るまでお前にはふせておこうと決めていたんだ。私が父上と母上の子どもになったとき、お前は母上のお腹の中だった。兄だが本当の兄でないというのは、幼いお前を混乱させてしまうかもしれなかったし、私も本当の家族が欲しかったからかな。私は父上と母上の息子……そして、お前の兄になりたかったんだ」
お兄ちゃん、嘘をついているように見えない。
きっと事実なんだ。
「なぜ、突然そのことを?」
今まで隠してたのに、なんで?
「それは……私もだが、お前にも婚約の話がでてきたからだよ」
はぁ?
あっ、でもわたしも14歳だもんね。貴族の令嬢としては、婚約してても不思議じゃない年齢だ。
「そうイヤそうな顔をするな」
イヤそうな顔をしてましたかね?
してたのでしょうね。
「知らない人と結婚はイヤです」
「だろうな。お前ならそういうのはわかっていた。だが私なら、知らない人ではないだろう?」
なぜ、そうなる?
理屈はわかる。
わかろうと努力してみよう。
お兄ちゃんは、本当の兄じゃない。
従兄なら、結婚はできる。
前世の世界でもできたよね?
あたしはひとつため息をついて、というか深呼吸して、
「ずっと、お兄さまとよぶかもしれませんわよ?」
自分でも信じられない言葉を吐いた。
お兄ちゃんが「お兄さまでなくなっても」、あたしはあなたを「お兄さま」と呼ぶという意味。
それはあたしが、
『あなたの妹でなくなってもいい』
そういう意味……だ。
「構わないよ。兄というのも間違いではない」
真剣な顔のお兄ちゃん。
ドキッとした。
ゾワッとはしなかった。
あたしを見つめるお兄ちゃんに、あたしは無言のうなずきを返す。
「父上と母上に報告に行こう」
「わたくしたち、結婚するって……ですか?」
「まずは婚約だ。結婚はそれから」
照れたように、嬉しそうにはにかむお兄ちゃん。
あたしは初めて、お兄ちゃんを「かわいい」って思った。
あれ? あたしがお兄ちゃんに対して「引っかかってた」のって、「実の兄妹」ってとこだけだったの?
その「障害」さえなかったら、あたしは……。
ソファーから立ち、あたしへと手を伸ばすお兄ちゃん。
嬉しそうなお顔。
この人ホントに、あたしが好きなんだな。
前世での年齢を足したら、あたしは「この人」より年上になる。
だけどずっと、「この人」はあたしの「お兄ちゃん」だった。
「お父さまとお母さま、驚くでしょうね」
「どうだろうか。私の妻となるのはお前だと、母上はずっとそう思っていたみたいだから」
それは、まぁ……お兄ちゃんを見てればわかるか?
お兄ちゃんって子どもの頃から、あたししか目に入ってなかったもんな。
そんなの恋愛経験のない、前世がオタク女子だったあたしにも丸わかりだったし。
お兄ちゃんの右手が、あたしの左手とつながる。
突然「愛の告白」をされて手を握られたのは、ついさっきのことだ。
あのときは「気持ちわるい」って感じたのに、なぜ?
お兄ちゃんと手をつないで、こんなにドキドキするのは初めて。
は、恥ずかしいな……お兄ちゃんの顔、ちゃんと見れない。
だけど、「これ」はいっておかないと。
「お兄さま」
「なんだい?」
「わたくしお兄さまの婚約者となりましても、芸術的なお話を書くのはやめませんわよ?」
「それは構わないよ。むしろ止められると困る」
困る?
「なぜですか?」
キモくない? 婚約者が「BL小説」書いてるって。
「皇帝陛下が、お前の芸術的小説のファンだからだよ。あぁ、サインが欲しいともおっしゃっていた」
それは初耳だ。だけどそれは、皇帝陛下の「情操教育」に悪いんじゃないかな?
だって陛下は、まだ12歳のおんなの子なんだから。
「それにコバシカワ外相も、なんだったかな……お前のことをフジョシ? とかおっしゃっていたな。なかなか将来が有望な妹さんですね、ここにもフジョシがいるとは驚きです……とか。コバシカワ外相は博識なかただ、フジョシというのがなにかは知らないが、きっと褒め言葉なのだろう」
ちょいまてえぇーッ!
な、なに!?
コバシカワ外務大臣、腐女子を理解してるの?
え? じゃああたしと同じ、「日本からの転生者」なんじゃないの!?
「ね、ねぇお兄さま?」
「なんだい?」
「コバシカワ外相、わたくしのこと、他にはなにかおっしゃっておりませんでした……か?」
お兄ちゃんは少し考えるそぶりを見せ、
「そういえば……その二人、実の兄弟ではありませんよ? 最終章を読んでいないのですか? と、お前に質問してくれといっていたな。なんのことかわかるか?」
不思議そうに問いかけた。
End