三つのプレゼント
ほら、起きなさいよ、あ・な・た!
え? 目が開かない? そりゃそうよ、ここは夢の中だもの。
「胡蝶の夢」って知ってるわよね? そう、これが常世なのか現世なのか、それを論ずることなど無意味。原初の始まりから終わりまで、全ては、今、ここに無限の重なりをもって存在する。
ま、小難しい理屈は、もうやめておきましょう。そっと自らに念じなさい。「私はこの世界が見える」と。
ほーら、見えたでしょ?
きっと、あなたは知っているはず、ここを、この場所を。ほら、幼い頃の記憶を辿ってみて。
ここは森林公園、雲一つない蒼穹、季節は秋、カツラ、コナラ、ブナ、ハゼノキ……。赤から黄色、見事な紅葉のグラデーション、吹く風に落ち葉の妖精が舞い踊る。
手をご覧なさい、ずいぶんと小さくなったわね。今、あなたは、小学校三年生。秋の遠足、あなたはお友達と一緒に、グランドシートに座って、お昼のお弁当を食べている。
甘くない卵焼き、ミートボール、プチトマト、あなたがあまり好きではない、ブロッコリーも入っているわね。
「お野菜も好き嫌いなく食べないと大きくなれないわよ」
お母さんの口癖だったんじゃないかしら? 関西出身のお母さんが作りおにぎりは、俵形、味付け海苔が巻いてある。
思い出してきたかしら?
あなたは、今朝、お母さんが持たせてくれたハンカチ、白いハンカチ、右下の角に小さな猫の刺繍が入っている。口を拭いて、無造作にポケットに入れた。つもりだった……。
家に帰って、ハンカチがないことに気付いた、あなた、とっても悲しい気持ちになったのよね、お母さんの心遣いを粗略にした、そう思ったから。
さぁ、今、この時、やり直しのチャンスよ!
あなたは口を拭った後、今度は、ハンカチをリュックサックに入れた。
翌朝、目覚めたあなたは、我が手を見る、二十五歳の自分がいた。
なんだ……、ただの夢か。
そう思った、あなた。まぁ、当然といえば、そうよね。
でも、なんだか胸騒ぎがしない? あなたは、急いで整理ダンスの一番上、ハンカチが入っている引き出しを開けた。
そこには!
もう古びて黄ばんでしまっているけれど、あの白いハンカチ、あまり器用ではなかったお母さん、ちょっと歪な猫の刺繍があるハンカチが大切に仕舞われていた。
「ま、まさか……」
とても些細なことだったけれど、十数年の時を経てなお、喉に刺さった小骨のように、とってもとっても気になっていた「事件」。あなたは、溢れ出る涙を止めることができなかった。
その翌日、あなたは夜勤が終わって家に帰り、仮眠をとっていた。そして、また、夢の中へ。
ほら、このシーンも覚えているでしょ?
中学生になった、あなたは、五月晴れのある日、隣町のデパートに行ったわよね。お母さんに母の日のプレゼントを買おうとして、今、宝飾店の前で考え込んでいる。
休日はいつもジャージ姿、お洒落なんてしてるのを見たこともないお母さんに、ペンダントをプレゼントしようとした、あなた。お年玉を貯めた三万円を握りしめて、ティファミーのショーウィンドウを眺めている。
さすが、一流ブランド、ゼロが一桁も二桁も予算からはみ出てしまう。でも、隅っこにある、銀のシンプルなネックレス、二万八千円。買える、あれなら、買える。
だけど、あなたは躊躇したのよね? 当時、あなたの持っていた、ほぼ全ての貯金をつぎ込むことに。
「あんなの、誰もティファミーだって思わない。お母さんだって気に入ってはくれない」
そう自分に言い訳して、あなたは踵を返し、ショートケーキ二つだけ買って帰宅した。そうだったわよね?
さぁ、今、この時、やり直しのチャンスよ!
「あ、あのー あそこのペンダントください」
「はい? あら、まぁ、可愛いお嬢さん、セーラー服がよくお似合いです。でも、これを学校にしていくと、叱られちゃいますよ。ああ、プレゼントですか?」
「は、はい、あの、母の日に」
「なるほど! じゃ、ラッピングしてカーネションの造花付けておきますね」
目覚めた、あなた。もうお昼を回っているようね、急いで宝石箱を確認した。
「あ、あった!!」
そこには、紛うことなきティファミー・インフィニティ・ペンダント。留め具のところには「TIFFUMY」の文字。ちょっと、短めでお洒落な感じは、今のあなたにピッタリじゃない。
だけど、あなたは、ペンダントを首に掛けることはなく、そっと宝石箱の蓋を閉めた。
ダウンのコートを羽織り買い物に出た、あなた、明日はお休みだし、水曜の今日は彼も早く帰ってくるはず。近所のスーパーに舌平目を二匹。ムニエルでも作るのかしら?
そして、寒い夜にはコレよね、フォンデュ用のチーズ、ついでに、クリスマスの売れ残りかな、白ワイン、シャスラが安かったので、買い物かごに入れた。
お会計を済ませて、外に出ると、空は鈍色に曇って雪がチラついてくる。コートの襟を立てて家路を急ぐ、あなた。公園のイチョウは葉を落とし、家の垣根には八重の山茶花の花が、ピンクの花を付けている。
料理の支度ができた頃。
ピンポーン
愛するパートナーのご帰還よ。手にはケーキ、昔懐かしい不二屋の苺ショートを抱えていた。ムニエル、暖かいフォンデュと白ワイン、食後にケーキを食べて、お風呂に入ったら、夜勤の疲れもあって、眠くなってしまった、あなたは、ベッドに潜り込んだ。
夢の中のあなた、これが最後のプレゼント。
あの時、あの時よ! さあ、今度は間違えないで。
「これ、欲しかったやつだから!」
「そう、よかったわ。ピンクのはもう売り切れていたけど、五割引だったから」
「違うわ、欲しかったのは、コートじゃなくて、お母さんの気持ち。本当に、いつもいつも、ありがとう!」
「な、なによ、いきなり抱きついて、変な子」
と、その時、お母さんのスマホが鳴った。
「アレ?」
ちょっと嫌な予感がした、あなた。
「ああ、分かりました。すぐ取りにいきますから、ありがとうございます」
「どうしたの? お母さん」
「私ってドジね。RUMINEにクレジットカードを忘れて来てしまったみたいなの、今日中に取りにいけば、預かっておいてくれるって」
「ダメ!!! 行っちゃダメ!」
「今日は、あなた、なんだか変よ? 駅前のRUMINEじゃない。十分もあれば行って来れるわ」
「だから、ダメ、ダメなの!!!!」
ごめんなさい。夢はここまで……。
「お、おい! 大丈夫か? ずいぶんと、うなされていたようだけど」
目を開けた、あなた、心配そうな彼の顔が見える。
「え、ええ……。って、もう朝ね。ちょっとシャワーを浴びてくるわ」
あなたは、ベッドから起き出し、本棚を見た。ああ、ダメだ、お母さんの遺影は変わらずそこにある。ごめんね、私にだって、やれないこと、やってはいけないことがあるの。神といえど、人の生死を妄りに操作することはできない。だけど……。
続いて、あなたは、クローゼット開けた。そこには……。
あった!!! あの、ちょっとダサイ色のコート、レンガ色のコートが!
「どうした? コートに顔を埋めて泣いちゃったりして。そういや、それ、もう随分と昔から着ていて、古びてきたよな。ボーナスも出たことだし、新しいのプレゼントしようか?」
最愛のパートナーが、後ろから声を掛けてきたわ。
「ありがとう、でも、いいの、私はこれで。だって、とっても、とっても、大切な、お母さんからのプレゼントなんだから」
お読みいただきありがとうございます!
本作は「冬童話2024」参加作品となります。童話といっても、大人の童話になっちゃう私ですが……。
このストーリー「親が折角買ってきてくれたコートが気に入らず、ありがとうが言えなかった」「遠足で母が持たせてくれたタオルを他人の物と勘違いして捨ててきた」という、自身の後悔が発想元になっています。私の両親も事故ではありませんが、他界しておりますし。
二人称の方は『菫伝承』で長編トライしたところ、ウケは今ひとつ。ただ、音声作品ASMRなどで見かける「催眠音声モノ」なかなか面白いと思っていて、再度の挑戦です。
ああ、それから、それから、冒頭の罵倒は、今期アニメ『豚レバ』からの発想です! あれ、秋クールでは一番好きかも。
ということで……。
末筆となりましたが、この物語を読んでいただいた全ての方のご多幸を祈念いたしまして、皆様、よいお年を!