追放されました
私こと、リリカ・ハーデスは、ハーデス侯爵家の末娘であり、第二王子との婚約も決まり、誰からも羨まれる存在だった。
今日までは。
十五歳の誕生日に、この国の者なら誰もが行う儀式がある。魔力測定士に魔力を測ってもらうのだ。
なぜ、十五歳かというと、十五歳で人の魔力量は確定し、それ以降変わることはないからだ。
お父様や、お母様は貴族ということもあり、大量の魔力を持ち、魔法もたくさん使える。お兄様たちだってそう。だから、私もそうなのだと信じて疑わなかった。
「も、もう一度、おっしゃっていただけますか?」
震える声で、お母様が尋ねるのをどこか、遠くで聞いていた。
お母様は、すがるように、魔力測定士を見たが、彼は僅かに目を伏せるだけだった。
「残念ながら、お嬢様に魔力はありません」
言われた言葉を、頭の中で反芻する。
私に、魔力が、ない……?
──この国で、貴族でありながら魔力を持たないのはどういうことを、意味するのかというと。
端的に言う。
──死、だ。
「悪魔の子よ! お前なんて、生まなければ良かった!」
お母様はわあわあと叫びながら、泣き崩れた。
魔力とは、神に与えられた祝福であり、逆に言えば、魔力のない私は、悪魔の子といっても差し支えがないのかもしれないなぁ、と現実感のないぼんやりとした頭で思う。
お母様よりは、幾分か落ち着いてみえるお父様の行動は迅速だった。
「お前をハーデス家から、追放する」
◇◇◇
――追放する。
そう言われた私は馬車にのせられ、数日馬車に揺られた後、隣国との国境の魔物の森で下ろされた。
私を身一つで下ろすと、馬車は振り返ることなく去っていった。
ここで下ろされるということは、つまり、魔物に食い殺されろということだった。苦しんで死ぬことがないよう、ハーデス家に伝わる毒薬が渡されたことは、ハーデス家の恥さらしたる私に対するせめてもの温情だった。
こんな状況にも関わらず、泣かずにすんでいるのは、未だに私がこれが現実だと理解できていないからかも知れない。
だって、今日は私にとって人生最良の日になるはずだった。お父様やお母様。それに、──婚約者のセリウスだって、そうなることを期待していたはずだ。
「セリウス殿下……」
来年、結婚するはずだった。私たちは、貴族界にしては珍しい恋愛結婚をするはずだったのだ。
本来なら、セリウスの婚約者は当時、婚約者がいなかったダルマン公爵令嬢がなるはずだった。けれど、私が社交界デビューをした夜会で、私は、セリウスに見初められたのだ。 「私と踊っていただけませんか?」
そういって、差し出された手を未だに忘れることができない。一国の王子であるはずの彼の手は、緊張で僅かに震えていた。
「喜んで」
私がそういって、手をとると、安心したように笑った顔も。私を包み込む大きな手も。拗ねると少しだけ口数が少なくなるところも、大好きだった。
私は、幸せになるはずだった。──幸せになれるはずだった。それなのに。
お母様に言われた言葉がよみがえる。
悪魔の子よ! お前なんて、生まなければ良かった!
私はどうやら、悪魔の子として生まれてきてしまったようだった。神の祝福たる魔力を全く授からないなんて、私は前世でよほどひどいことをしてしまったのだろうか。
「──ガルルル」
そんなことを考えていると、地の底から響くような唸り声が聞こえた。
「!?」
はっとして、顔をあげると、魔物が私の目の前に立っていた。魔物に噛まれる前に、早くポケットから毒薬を出して死んでしまった方がいいとわかるのに、手が震えて、毒薬を取り出せない。
そうこうしている間にも、魔物は、私との距離を詰めた。
──魔物が、跳躍する。
噛まれる!
ぎゅっと目をつむり、衝撃に身を備える。
「…………?」
しかし、衝撃は一向にやってこなかった。そのことに疑問を持ち、ゆるゆると目を開けると、
「キャーウ!」
「!?」
大きなトカゲが、私の目の前に立っていた。
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