2 城下町
2城下町
王の言葉から2ヶ月が過ぎ、クーデノムとマキセは城下町に足を運んでいた。
賑やかな店が立ち並び、豊かな日常の風景。
しかし、夜になるとまた違った雰囲気が楽しめる。
宿や酒場が簡易な安価の競場になり、少し治安は悪くなるが賑わいをみせる。
賭け事はカードゲームから、動物を扱ったレース、闘技場と大きな施設で行われるまで大小さまざまだ。
それがここ賭博の国・クスイだ。
月に一度、クーデノムは下町の役所に足を延ばす。
数年前に働いていた職場だった。
小間使いの手伝いからはじめ、受付や説明など役所関係の仕事をしていたので、誰に対しても丁寧な物言いが癖になってしまった。
役所に寄せられる相談をこなして行くうちに仕事を認められ、薦めもあって専用試験を受けるも難なく通過し、気が付けば王宮にまで出入りする程、出世していた。
今では文官長ハイニに従事し、国中からの訴えの書類、また国外からの外交モノまで目を通す役目を与えられ処理に追われる毎日だ。
それでもやりがいのある今の仕事に満足しているのでそれ以上は望まない。
だから後継者選びに巻きこまれるのは不本意だった。
「よぉ、マキセ。サボリか?」
「とうとうクビにされて戻ってきたか?」
道行く人が気軽にマキセに声をかけていく。
「この近衛の格好が目に入らぬか。これも仕事だよ」
王宮文官の制服として支給されている緑色の上衣を羽織ったクーデノムと、武官用の青のマントを羽織り腰には剣を下げた近衛士の姿のマキセ。
マキセは下町で商人や店舗の用心棒として生活していたため、顔が広い。
外見の細見のイメージとは違い、意外とマキセは強いのだ。
飲み屋でイカサマ騒ぎを起こしていた巨漢、3人相手をして一瞬で伸したことは語り草になっている。
ちなみにクーデノムとマキセの出逢いもその時。
その強さを認められ王宮の近衛士として雇用された。
今は仕事の都合で二人とも王城内になる宿舎に小さな部屋を承っているが、下町に住んでいた借家もそのままあり、休みの日には戻ることも多い。
だから町の者も親近感を持ち気軽に話しかけてくるのだ。
今日も下町へ出かける、王城文官として一応高官の部類に入るクーデノムの警護の仕事として付いてきたのだった。
「こんにちは~」
声をかけて先に役所に入ったのはマキセ。
「マキセさん…クーデノムさん。久しぶりです」
「先月分の回答書、持って来ました」
そう言って持ち出したのは分厚い書類の束。
「ありがとうございます」
受付職員はお礼をいいながらクーデノムから書類を預かると、役所の責任者を呼んできた。
「わざわざありがとうございます」
年配のかつての上司に礼を言われ、衝立に区切られたテーブルへと促され、椅子に腰を降ろした。
ひと月の間に新しくまとめられた意見書や申請書などの書類を受け取る。
「最近、何か変わったことはないですか?」
文書にする程でもない他愛ない話や噂なども、小さな情報にはなるので毎回伺う。
「特にはありませんけど…そういえば、最近王宮の人がよく下町にやってきますね。何か調べものをしているようですが…」
「大きな声では言えませんが、次期王探しですね」
「え、もうですか?」
クーデノムの言葉に少し驚きの表情を見せる。
現王が即位してからまだ十年も経っていないのだ。
現在のマカット王は、前王との年の離れた掛け仲間。
競場で知り合い、勘がいい所が気にいられたという。
文官、武官、国の組織がしっかりしていたら、王の役割は判断。
今のところ、悪政は強いていない。
「今回はどのように…?」
毎回、王の選び方が違うのは周知の事実のため、それを楽しんでいる者も実は多い。
「実の息子を探出して王になるよう説得しろ、てことだ」
クーデノムの後ろに控えるようにして立っているマキセが楽しそうに口を挟む。
「王に子供が…初耳ですね」
「だから皆、必死で探しているんです」
苦笑したクーデノムの言葉にマキセが、
「そうそう。王都にいるとの情報があるから」
「住人の戸籍や届け出を確認しにココにも人が来るかと思いますので、少しの間騒がしくなるかもしれません」
「わかりました」
これで勝手に書類を持ち出すような輩に対しても、少しは警戒できるだろう。
「なかなか見つからないから王がヒントを出したって聞いたぞ。“灯台もと暗し”って」
「では私たちもよく知っている人物なのかもしれませんね」
「意外とね」
少しの雑談のあと役所を後にしようとクーデノムとマキセが席を立つ。
役所の受付にも列ができて忙しそうだ。
「あ、王と言えばまた……」
聞こえてきた住民同士の楽しそうに言い放った次の言葉に、クーデノムはため息をついた。
● ● ●
「こんな所で何していらっしゃるんですか?」
扉の大きく開かれた建物の中で目的の人物を見つけたクーデノムは呆れた声を背後からかけた。
「おぉ、クーデノムとマキセじゃないか」
「貴方は今日は書類に総て目を通して決裁しているはずではなかったのですか? こんな所で遊んでいる時間などない量を今朝、お渡ししたはずなんですけど」
クーデノムの怒りなど素知らぬ顔で楽しんでいるのはクスイ国王だ。
国営の賭博場。
賭博場で王の姿を見たぞ、との会話でクーデノムとマキセは足を運んできたのだ。
王が来るのを職員も慣れているのか、苦笑しながら様子を伺っている。
「まぁまぁ、一応ダーッとは目は通したよ」
「代わり仕事もあったはずです。放ってきた事には変わりないでしょ!?」
彼の言葉に肩をすくめた国王だが、全然懲りた気配は見せない。
王のいなくなった執務室を見て、ハイニ文官長がため息をついている姿が安易に浮かぶ。
「はっはっは、ところでクーデノム、次はどれが来ると思うかね」
リスのような小動物の入った囲いの前で掲示板を見上げ悩んでいる。
数匹を一斉に放って速さを競わせるゲームだ。
本日の今までの結果も比較されるように貼りだされている。
「『3―4』が調子いいみたいですね」
「一番人気の連立だな」
クーデノムと一緒に来ていたマキセが掲示板を見ながら言った言葉に国王も肯く。
しかし、少し考え込んでいたクーデノムは別の番号を口にした。
「……2―4ですね」
「ほぅ……2―4か。当たったら仕事に戻ることにしよう。じゃ、2―4に1000ルート」
「は、はい」
楽しそうに言い放つ国王の番号と掛け金をゲームの担当の者が慌てて紙に書き記した。
1000ルートの言葉に周囲の客も興味深そうに寄ってきた。
1000ルート…一般の労働者の年収くらいの金額だ。
「なんで2―4なんだ?」
マキセがこそっとクーデノムに小声で話しかける。
「あの動物の生態ですよ。起きていても1日の活動期は数時間だけ。午前中に調子が良かったものはもう動かなくなります。だから調子の出てきた2番と4番がいいんですよ」
スタートしたゲームは、彼の予想通りに終わった。
「1位2番、2位4番です!」
「おぉ、当たったぞ」
担当者の声に周囲の者も歓声を上げる。
「配当金、3.5倍です」
「3500ルートか、そんなもんだな。クーデノム、ここに今日稼いだ5000ルートがある。これも予算に組み込んで検討してみてくれ。補充員の一人や二人は雇えるだろう」
「……国家予算を王自ら賭博で稼がないで下さい!」
「元金は俺のポケットマネーだ。寄付だよ、寄付」
今朝に渡した書類の内容は、各地域から要望してきた公共事業の計画表。
至急の取り決めが必要なものは既にクーデノムが抜粋して問題点等を指摘してあとは王の判断と決裁のみ、と言う所まで書類を揃えていたのだ。
王はちゃんと目を通して覚えていたらしい。
さぁ帰るぞと腰をあげた王は満面の笑みを浮かべて上機嫌だ。
「あはははは、さすが王だなぁ」
マキセは大笑いしながらため息をついた親友の肩を叩くと、王の後をついて帰ろうと促した。