2-07 軍処女(いくさおとめ)
「こんなはずじゃなかったのに!」
そのあとスティアは大変なおかんむりで、案の定やっぱり三回勝負にしようなどと言い出したので、ヴィルはガン無視しつつ首根っこを掴んで家に戻った。
テーブルの上はきれいに片付いている。
ふたりが戻ってきたのに気づいたアトレーゼが、すっかり慣れた風情で棚から木のコップを取り出しながら言った。
「お水はいりますか」
「おう、もらうわ。……けっこう平然としてんだな」
「あなたが勝つと思っていましたから」
「いやそっちじゃなくて――」
「ちょっとアトレーゼ、今の聞き捨てならないんだけど! 私が負けるって思ってたの!?」
ぎゃんと噛み付くスティアにもコップが差し出された。その対応の早さと無言の動作には、なんとなくこの少女の扱いに慣れている感がある。
スティアはたいそう不満げながらも黙ってそれを受け取ると、自棄酒でもあおるような勢いでごくごくと飲み干した。
空になったコップがテーブルに置かれたのを見とめてから、アトレーゼはようやく口を開く。
「違いますよ。……私がこれほど苦戦している方が、そう簡単に討たれるはずがない……他の誰が来ても同じだと思います」
「……まあ、そうかもね」
ぶすったれた表情で忌々しげに呟きながら、スティアは双剣を手のひらに差し込んだ。
彼女はスカートではなくカボチャのような形のショートパンツ姿で、その下に股引を着込んでいるから、唯一剥き出しの手から剣を出し入れするスタイルらしい。
アトレーゼもそうすればいいのでは、と初対面で思いきり目の前でスカートをたくし上げられたことを思い出しながらヴィルは思った。単純に剣が大きすぎて太ももでないと表面積が足りない、みたいな理由だろうか。
……あとはまあ、相手の意表を突く効果を狙ったのかもしれない。いきなり下着を見せられて動揺しない男はいないであろうし。
スティアも多少青みがかっているものの黒髪ではあるので、こうして並んでいると姉妹のように見える。性格はかなり違いそうだが。
などと思って眺めていたヴィルを、ふいにスティアがジト目で睨んできた。
「……あなた、ほんとに単なる傭兵?」
「あ? 俺の経歴調べてきたんじゃねえのか」
「調べたって言ってもちょっと公的な記録を見ただけだもの。参加した戦役の数や期間はわかっても、どれくらい強いかなんて書いてないし」
「アフシャラッド傭兵団に所属して十二年、その後独立して個人で九年弱活動したのち、昨年の冬にこの村に移住。……その程度しか知りません」
「そんだけ知られてりゃ充分怖えけどな……。
って、よく考えたらなんで当然みたいな顔で寛いでんだおまえ。勝負はついたんだから帰れよ」
ヴィルがハッとしてそう言うと、スティアは頬をぷっくり膨らせた。
「疲れてるんだから休ませてよね!
アトレーゼ、この人いつもこんななの? もしかして何かひどいこととかされてないでしょうね?」
「態度はおおむねこうですけど、乱暴な方ではありませんよ」
なんだろう。たしかに褒められるような性格ではないことは自負してもいるが、「こんな」とか「こう」みたいな言われかたは癪に触る。
まあ昔から言うしな、女三人集まりゃ姦しいって。俺にゃふたりで手一杯だよ……とヴィルは内心で毒づいた。
というか、実のところは何もしてないと断言もできないヴィルである。
初日に盛大に泣かせたし、その前に脅し目的のフリだったとはいえキスしかけてもいる。そもそも初対面で自衛のために殺そうとしたり、次に罠にもかけていた。
……思い返すとわりといろいろしている。
さすがにアトレーゼもそんなことを歳下のスティアに告げたりはしないようだし、誰のためにもならないのでヴィルも黙っておく。
「それより、その……私が空けている間、当番はどうなっていますか? 誰かに迷惑がかかっていませんか?」
「あ、それは平気。誰かが遠征で抜けてるときと同じだから。あんたがそー言うのを見越して、気にしなくていいってチェトリーから伝言されたし」
「ならいいけど……手が足らないようなら呼んでください」
どうやら軍処女たちは共同生活を営んでいるらしい。武器を持つことと不死身の身体を除けば、おおむね彼女らの暮らしや立場は修道女と変わらないようだ。
軍処女の中に序列はないが、名を挙げられた人物は最年長なので彼女らのまとめ役をしている。など、訊いてもないのにスティアがぺらぺらとあれこれ教えてくれた。
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