2-06 双剣の聖女
小さな軍処女は剣先をヴィルに向けてびしりと突きつけた。念のため言っておくが、大変失礼な行為なのでよい子は真似をしないでいただきたい。
「私は『双剣の聖女』フレカスティア、改めてあなたに勝負を申し込む! ……えーっと……名前なんだっけ」
「ヴィルダンド。……家ン中で剣を振り回すんじゃねえ。
で……おまえさんも帰れっつって素直に引き下がりそうな感じじゃなさそうだな」
「もちろんよ! 勝負するまでは絶対帰るもんですか。
でも安心して、済んだらすぐ帰るから。アトレーゼとあなたの魂も一緒にね」
自信満々である。勝つこと以外は想像したことがない、と顔に書かれている。
ない胸に剣を握ったままの拳を当て、いい顔で笑って宣言するスティアに、ヴィルは少し考えてから言った。
「二言はないな? 勝負が済んだら大人しく帰るんだな?」
「うん。ついでにあなたの魂ももらってくけどね!」
すでに勝ち誇ったような笑顔で頷くスティアに、ヴィルの背後でアトレーゼが諦念混じりの溜息を吐いていた。
これは相手をしてやるほうが話が早いと踏んだヴィルは、愛剣を携えて家の前に出る。そのうしろにスティアがついてきた。
ちなみにアトレーゼはというと、意外なことに見物はせず、家に残って朝食の後片付けをするという。
畑に被害が及ばないよう充分に距離をとってから、ヴィルは念のためもうひとつ尋ねることにした。
「勝負は一回でいいな? あとから三回勝負とか言い出すなよ」
「そんな必要ありません! さあて……私から仕掛けてもいいかしら?」
「おう、いつでも来な」
ヴィルが頷くのとほぼ同時にスティアが動いた。
小柄な身体はその見た目どおりに素早く、軍処女は軽やかな足取りで間合いを詰めると、両手に構えた針のような剣を交互に振るう。
彼女の攻撃は基本的には刺きで、時折そこに薙ぐ動作を組み込んでうまく単調化を防いでいる。しかもただでさえ複雑な二刀流、それで姿勢を崩すこともなく、かなり鍛錬を積んでいることが窺えた。
細刃がしなるたび、ぶうんと羽虫のような音で低く鳴く。
この速度は脅威だ。恐らく一撃はそれほど威力を持たないが、一度でも当たってしまえば二撃三撃と寸暇を置かずに叩き込まれ、そのまま蜂の巣にされてしまうという寸法だろう。
自信ありげだったのも頷ける。なりは小さいくせに、こいつはなかなかの腕前だ。
「ほらほらほらッ! ……って、こんなに避けられるの、初めてかもっ……!」
スティアの声に焦りが混じっている。
それを目ざとく見とめつつ、ヴィルは涼しい顔で彼女の剣を捌いていた。
たしかに速いし、相応に強いかもしれないけれど、残念ながらやはり年の功だ。
それに使う武器が違うといっても、スティアの動きの基礎にあるのはアトレーゼと同じ流派の剣術であることが、足踏みや姿勢などから見て取れる。つまり対処できないヴィルではない。
しかも高速の動きはやはりそれだけ消耗が早いらしく、スティアは目に見えて息が上がっていく。
恐らく普段はもっと短時間で始末をつけているのだろう。
「なんッ、で、当たん、ないのっ!?」
「当たらんようにこっちも必死なんでな。誰だって痛いのは嫌なもんだ」
「その……っ、余裕、みたいなッ、顔が! 腹、立つん、だけど!!」
そう見えるなら結構、と敢えて返事はしなかった。このやたら速い刺突の連撃を捌き続けるのだって決して楽ではない。
体力ないし気力が尽きたときが勝敗の分かれ目、となれば相手を煽って消耗を早めさせるのも戦術のうち。
そして化けものじみた身体能力の女が相手なら、素直に持久戦を演じるほど馬鹿ではない。
ついに余裕を欠いた一撃が飛んできたのを見計らい、ヴィルは刃の角度を変えて、それまで押し留めていたタイミングで敢えて踏み込みを誘う。
スティアは勢いのまま前のめりになりつつも、たたらを踏んでなんとか転倒を避けようとした。
隙が生まれたその瞬間、ヴィルは双剣を掬い上げるようにして弾く。
足に気を取られていたうえ、前に転ぶまいとのけぞっていた少女はそのまま後ろによろけ、剣は彼女の手を離れた。
無防備な空手で尻もちをついたスティアの喉元へ、ヴィルの剣先が迫る。
しかし、刃は少女の首を落とすために振るわれたのではなかった。
跳ね上げられて宙を舞った双剣が、ちょうど主人の頭の上に降ってきたのを、再び弾いて逸らしたのだ。
そうしてスティアの背後に2本とも突き刺さったのを見届けて、ヴィルはふうと息を吐いた。
「……俺の勝ち。とっとと帰んな」
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