10-06 思わぬ来客
悪魔を捕らえる方法はあるのだろうか。
ましてやそいつに真実を吐かせることが、たかが人間に可能だろうか。
いずれの問いにも「わからない」としか答えられないが、ヴィルは以前ガドレナが持ってきた人相書きを手に、街に出ていた。
悪魔は視えずとも下僕は人間だ。もしこの近くに潜んでいるなら、何か手がかりがあるかもしれない。
仮に見つかったところでどうするかなんて考えていなかった。
だいたいミルティエとジューリッツの行方を知ってどうなるわけでもない。何かが変わるとも思っていない。
ただ何もせずに惰性でアトレーゼの戻りを待つことに耐えられなかっただけだ。
今になって思う。
あのときヴィルが子どもではなかったら、自分の目と足でふたりを探せたなら、今ごろこんな思いはしなかっただろう、と。
ともかく、何の策もなく闇雲に聞き込んだところで収穫はなかった。
さすがに人相書きが出回ってからは向こうも人目を気にしているらしい。
情報屋にも寄ったが、応対したハーニャに首を振られた。
ネルスールは伏せっているという。それも病気や歳ではなく怪我のためらしいのがあの老人らしい、どんな無茶をしたのやら。
幸いそれほど大事ではないそうだが、日を改めて見舞いに来ると伝えておいた。
問題は帰ってからだ。
畑を横切り玄関に向かう途中、窓に掛けている日避け布に人影が映った。ほんの一瞬だが間違いない。
アトレーゼが帰ってきたかと思い、ヴィルは足早に戸を開く。
「邪魔しとるよ」
「……なんだ、あんたか」
声に気落ちが滲むのを隠しきれなかった。
自分でそれに呆れる。大した仲でもないのに、もうすっかりあの女の存在がヴィルの中で大きくなっているようで。
そんなヴィルを出迎える恰好になったその老人は、他ならぬこの家の貸主で、この農村の長だ。
何のために来たのだろう。家賃は前払いで一年分すでに支払ったし、何か足りなければ肉体労働で補填する約束になっている。
とすればその追加の要請か、と思えばそのような雰囲気でもない。
村長は台所の椅子に腰掛けて、急にすまんね、と切り出した。
「実を言うと、ただあんたのようすを見に来ただけなんだ。ところで今日はひとりかい」
「ああ、あの女はいない」
「いつ戻るんだね」
「さあな。そもそも戻ってくるかどうかも知らねえんだ」
まだ彼女がヴィルを殺す気があるのなら。あるいは、教団がヴィルの存在を野放しにしてはいけないと断ずるのであれば、帰ってはくるだろう。
そういう関係であることを、別に嫌だとは思っていない。
「……あんた、ほんとうに結婚する気はないのかい」
藪から棒にそう言って、村長はじっとヴィルを見た。
彼の立場からすれば当然の問いでもあった。この家に住むということ、ひいては村の一員になるということは、自由気ままな暮らしとは相容れない。
女と結婚して子どもを作って、それで初めて一人前の堅気の男だ。
浮ついたやくざ者に居つかれては迷惑だ。村の秩序を壊さないでくれ――静かな瞳が無言でそう語っている。
だから何度も孫娘との縁を勧めてきたし、アトレーゼが現れてからは様子見をしていたのだろう。
「悪いが、ねえな」
「どうしてだね。あんたはまだ若いし、ちといかついが男っぷりもいい。ほんとうなら儂らが世話してやらんでも嫁のなり手に困っとりゃせんだろうに」
「そりゃ持ち上げすぎだ」
「……あの娘が、てっきりあんたの連れ合いだと思ったんだ。そうしたら、あんたはえらく熱心に否定したが、それならなんで家に置く?
村じゅうで噂になっとる。あの娘は器量もいいし礼儀正しいが、なんていうかな、村の他の女とは違いすぎるんだ。若い衆がのぼせちまうのも無理はない。だが、それじゃあ困るんだよ……」
つまるところ。
アトレーゼの存在が、すでに村の中でさまざまな悪影響を及ぼしている。だからあの女を家に置くなら、正式に妻として周知しろ、と。
――暗に、そうでないなら彼女を住まわせるな。他の女を娶るか、ヴィル自身が村から出て行け、ということだ。
そうは言われても、そもそもアトレーゼとの間にそういう関係はない。
一回だけキスをしたのも単に話題を逸らすため。ヴィルは彼女を愛してなどいないし、彼女もまた、ヴィルと使命を天秤にかけて迷わずこちらを選ぶとは思えない。
どのみち誰とも結婚するつもりはない。養父母の行方を調べるために情報屋に通いやすい場所に家を求めただけで、この村にも思い入れはない。
ならば早く決着をつけてアトレーゼを追い出し、別の土地に移れば済む話だ。
もしそれでも彼女が追いかけてくるなら、――この手で殺す。
その方法も、恐らくわかった。
沈黙のうちに決意したヴィルに向け、ふいに村長が言った。
「あんたは一体、何を怖がっとるんだい?」
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