10-04 篝火の夜
いろいろと予定が狂っている。
さて、これからどう立ち回ったものか。
「さ、わら、ないで……」
「……すまない」
ティティはピューシャが身体を起こすのを手伝いながら、彼女に手ひどく拒絶されたユラムを鼻で笑ってやった。
当然の反応だ。それにこれは偶然だが、勢い余って頬を張られた恰好になったのがより滑稽でいい。
けれど引っ叩かれてもユラムは顔色ひとつ変えず、手許にあった枝を焚火にくべる。
その反応は正直つまらない、が、肝心なのは隣だ。白無垢の詐欺女が、腹立たしそうにこっちを睨んでいる。
今は姿を隠してはいないから、その形相に気づいたピューシャが小さく悲鳴を上げた。
しかしまったく珍妙な状況だ。憎み合っているはずの悪魔と宿主が二組そろって、仲良く焚火を囲んでいるだなんていうのは。
「……どういうつもり、なんですか」
ピューシャがそんな問いを発するのもまた当然だろう。どう出るか見てやろうと傍観を決め込んだティティをまだ睨みながら、本の悪魔が口を開いた。
――あなたを殺したかったんだけど、ユラムが拒んだから。
「なに、それ」
『まーそうなるよね。大丈夫、ボクも意味わかんないから』
――まあボク自身はちょっと助かってるから文句言えないんだけどさ。
また宿主を奪われては面倒だ。真名の件は諦めて、彼らと金輪際関わらないように他の土地に行くという手もあるにはあるが、いい気はしない。
だがユラムはピューシャを殺さなかったどころか、悪魔に自分だけでなく彼女の手当てまでさせた。
いったい何を考えて……いるかは察せなくもないけれど、理解はしがたい。いやはや人間というのは、どうして自ら困難な道を選びたがるものなのだろう。
なんにせよ今のティティはピューシャから離れられないので、すべては今からの彼女の返答次第というわけだ。
「……きみがおれを憎むのは当然だ」
焚火を見つめながら、ユラムは独り言ちるように言う。
「おれが何もしなければ、きみも悪魔なんかと手を組むことはなかったろう。きみの人生を狂わせたのはおれだ。……すまない」
「……なんで、……そんな、急に……ッ」
「こんなことを言っても言い訳にしかならないが、きみに刺される直前までのおれはこの悪魔に操られてる状態だった」
「それが何だっていうんですか……だからオルジーナちゃんを殺したのも悪魔のせいで、自分の意思じゃないから悪くないとでも言うつもりですか!?」
「いや」
かぶりを振って、ユラムはピューシャにあるものを渡した。
短剣だ。血はすでに拭われていて、炎光に照らされた刃は橙色に光っている。
「ズィーを受け入れたのはおれ自身の意思だ。だから、そのあと起きたすべての責任も、おれがとるべきだろう。
でも今はまだ死ぬわけにはいかない。シテニアを助けないと……妹がもう無事だと確信できたら、そのときは喜んできみに殺されるよ」
だから少し待ってほしい――その声は静かで、嫌になるほど落ち着いていた。
ピューシャは戸惑っている。彼女の眼がユラムと短剣とを交互に眺めながら震えているのを見て、ティティはこっそり溜息を吐いた。
この娘は人を騙せるような性格じゃあない。その逆で、むしろ他人を信用してろくな目に遭わない性質だ。
つまりは今、ユラムの言葉を信じたものかどうか揺れている。信じたくなってしまっている、と言ったほうがいいか――憎んで殺そうとしていたくせに、今こうして自分が見逃されている現状を説得材料に、彼に誠意を見出そうとしている。
お人好しというか、愚かというか……それで仲間が死んだのをもう忘れたのか?
「……そんなこと言われても、信じられません。それに、……あなたが天侍さまの兄だってことは聞いてますけど……彼女を何から助けるんですか?
むしろあなたがしてきたことで、天侍さまは心を病んでるって話ですよ」
「そう、か……」
「だいたい、なんで……ッ天侍さまを助けるのが目的なら、どうして関係ないオルジーナちゃんをあんな目に……!」
「それは」
この状況で向こうに手を貸すのは癪だが、空気を読んでやるか。
『それはさー、きみたち軍処女が狩り集めてる魂を使って、シテニアを天使の肉人形にする計画があるからだよ。無関係じゃないんだなぁ』
ここでティティが絡んでくるとは思わなかったのか、ユラムとズィーまで意外そうな顔でこちらを見た。間抜けで笑えるからずっとその顔でいてほしい。
『ああ、あなた知ってたのね』
『当然でしょ? ウルヴォアは本聖座だったからねぇ。まーでも聖地座になった時点じゃあ<未来を視る者>を見つけなきゃ、自分も贄にされてもおかしくない状況でさ……やっと見つけたと思ったらその兄貴が騒ぎ出すもんだから、牢屋にぶち込むしかなかったのさ』
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