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斯くて雌羊は血に餓えぬ  作者: 空烏 有架(カラクロ/アリカ)
第七章 彼女は微笑み、悪夢は幕を閉じる
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7-14 剣(つるぎ)はあたかも墓標の如し

 天侍聖女居住塔と軍処女宿舎、そして女子修道院と、その手前に広がる中庭や畑を含めた女性たちの生活区域は、原則として男子禁制となっている。

 そこに本来あるべきでない集団の影を見とめ、チェトリーは眉を顰めた。


「何をなさっているんですか?」


 所士の一隊、いや人数からすると分隊だろう。分隊長の印を兜に着けた人物を代表者と見做して、そう問いかける。


 甲冑姿のため任務中のようだが、本来ここは彼らの管轄ではない。ここ数日は警備体制が大幅に変更されているとはいえ、天侍聖女居住塔の前ならまだしも、畑の前方に配備するという話は聞いていない。

 それに警備しているふうでもなかった。分隊長以外はその場に留まっておらず、数名ずつで周囲一帯を歩き回って、何かを探しているように見える。


 分隊長はチェトリーに軽く会釈して、少し困ったような表情で答えた。


「ああ失礼。むしろ、あー、こちらがお尋ねしたいのですが……」

「何でしょうか?」

「このあたりでガドレナを見ませんでしたかね」

「いいえ」


 首を振りながら思った。それを訊きたいのはこちらのほうだ、と。


 というのも三日前にアトレーゼへの連絡係を任せたあと、チェトリーは一度もガドレナと会っていなかった。

 どうもこちらが不在のときに一旦帰ってきたようなのだが、そのあとすぐ聖所座に別の任務を言い渡されたらしく、入れ違いになってしまったのだ。具体的にどこで何をしているのかまでは教えてもらえなかった。


 ただしチェトリーには付き合いの長さでもってある程度の予想ができる。

 アトレーゼに会うついでに、ひそかに街で作った恋人のところに顔を出すと言っていた。相手の都合でいろいろ未確定だったこともあり、これまで彼のことはふたりの秘密にしていたのだが、恐らくやっと結婚の話がまとまったのだろう。

 つまりは聖所座に還俗を願い出て、それで軍処女を辞めるための手続きでもしているのではないかと踏んでいた。


 しかし、所士たちがこの人数で彼女ひとりを探しているというのは何やら大げさというか、物々しい。あまり尋常とは言えない。


「彼女が何か?」

「いえ……ホホロー卿がお話があるとかで、探しているのです。見ていないのなら結構」


 分隊長は早口にそう告げると、もう話などないと言わんばかりに背を向けた。詳細を語る気はがないのは上も下も同じらしい。


 もちろん納得はいかないけれど、どうせ問い詰めたところで無駄だということを、チェトリーはとっくに理解していた。

 こういう扱いは今に始まったことではないのだ。所士の役職持ちの大半は軍処女を下に見ているし、実際あれこれ口出しできる立場にはない。

 異教徒の襲撃によって悪魔憑きに対処できるのは軍処女だけだと知られたようだから、これで少しは待遇が変わらないかと思ったが、それも無駄な期待だったようだ。


 チェトリーはもやもやしたものを胸に抱えながらも、今日の任務を全うすべく天侍聖女居住塔に向かう。

 午後からはまた護衛だ。

 このところ毎日これだから、今月は本来の使命がまだ達成できていない。チェトリーだけでなく、罪人という担保のないエルミラーナを除く他の全員が。


 苛立ちながら踏み出した足が、急に揺らいだ。


「あっ! ……もう何よ、こんなときに」


 ブーツの紐が解けていたらしい。端を踏んでよろめいてしまい、思わず手を衝いた先に運悪く尖った石が転がっていた。

 軍処女にとっては大した怪我ではないが、傷口をそのままにして天侍聖女の御前に出るのは憚られる。せめて布くらい巻くべきだろうと判断し、チェトリーは踵を返して宿舎に向かった。

 自分たちの部屋に端切れがあったはずだ。


 ……なんだか嫌な予感がした。

 靴紐が解けたのも、(つまず)くまでそれに気づかなかったのも、そのうえ無様に転んだことも、らしくない。

 チェトリーはいつも身だしなみに気を遣っている。そして一般人より膂力に優れる軍処女としては、それくらいで転ぶなんてありえない。


 違和感もあった。ドアに触れた瞬間、妙な臭いがしたのだ。

 あの異教徒襲撃事件があった日にも、地下牢で同じものを感じたのを覚えている。


 それに気付いたとき、誰かがざらりとした手で背筋を撫でたような気がした。


 妙な焦燥を払うようにかぶりを振りながら、わざと勢いよく開いた扉の向こうには、見慣れた自室が広がっている。

 ――はず、だった。


 ふたつ並んだ質素な寝台の片側に、いつものようにガドレナが横たわっていた。


 けれどもすべてがいつもとは違った。彼女は真っ赤に染まっていた。腹部に、彼女自身の剣がまっすぐ突き立てられているのだ。

 傷だらけの手を、その刃を掴むようにして添えながら。


 十字の剣が、まるで墓標のようだった。



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