0-01 見知らぬ女
始まりは小さなノックの音だった。
ヴィルダンド――通称ヴィルは、薪を数えていた手を止めて扉を見る。
どうせ村長かその孫娘だろう。彼らは大した用事がなくても定期的にこちらのようすを確認したり、ちょくちょく作りすぎた食事のお裾分けを持ってくるのだ。
男ひとりの暮らしがそんなに心配なのかといつも思う。
「開いてるよ」
大きな声で言ったが、返事がなければ反応もない。そこでようやくヴィルは来客が見知った連中ではないらしいことに気づく。
しかしこんな場所に訪ねてくる知人もそういないし、だとしても黙って扉を叩くだけというのは妙だ――立ち上がり、念のため愛剣を手に取ってからドアの前に立った。
覗き穴などという気の利いたものはない。とりあえず耳をそばだててみたが何も聞こえないので、覚悟を決めて扉を開いた。
するとそこには女がひとり立っていた。
つばの大きな帽子を目深に被っており、顔や表情は見えない。
衣服にもこれといって特徴はなかった。そのへんの農婦や工場務めの女が着ていそうな灰色のスカート姿だったが、ヴィルにそういった知り合いはいない。
髪は帽子の中にでも突っ込んでいるらしく、ひと房だけ零れて胸の前に垂れている。
地味な装いの見知らぬ女は、唖然と立ち尽くすヴィルに向かい、静かな声でこう言った。
「失礼いたします。ヴィルダンドさまでしょうか……」
「あ、ああ。そうだが」
「お初にお眼にかかります。わたくしは聖天守護教団ファタゴナ会所属の軍処女、名をアトレーゼと申します……。
単刀直入に申し上げますが、――わが第一の御柱の御意思に従い、これよりあなたのお命を頂戴いたします」
次の瞬間、女はいきなり己のスカートをたくし上げた。
生成りの下着と、それと同じくらい白い腿の肌肉が露わになったかと思った刹那、そこには鈍く輝く鋼鉄の塊が現れていた。
ヴィルが何が起きているのかを理解するより先に、彼の目前へ刃の切先が突きつけられる。
それは本来なら、ヴィルの首を一撃で斬り落としていたはずだった。
ほとんど動物的本能に従って抜き構えた剣がなければ、いやそもそも剣を携帯していなかったら、きっとヴィルはもうこの世にはいない。
しかしかろうじて反応は間に合ったものの、目の前の光景は異常すぎた。
見知らぬ女に殺されかけたことではない。剣の出どころや抜いた瞬間がよくわからなかったこともそうだが、それ以上にありえないのはその剣の大きさだ。
動きやすいとはお世辞にも言いがたいスカート姿のまま、女は身の丈を越えるほどの大剣を、信じられないことに細い片腕だけで構えていた。
もちろん彼女の周囲にこの大きな刃を納めていた鞘はもちろん、それを今の今まで隠しておけたような場所もない。
スカートの中から出したように見えたが、到底そこに収まる大きさではない。
それどころか、ヴィルの眼や頭が狂っていなければの話だが、――あのとき女の太腿から剣が生え出てきたように見えた。
ぞっとして剣を振りぬく。よくわからないが目の前の女がまともな人間でないことだけは理解できたからだ。
巨大な剣は、もはや斬るというよりも相手を叩き潰すための凶器だった。
こちらの斬撃を受け流し、そのまま圧倒的な質量差でもって弾き返したあと、寸暇もおかず空気を凪ぐ音が暴風のように降ってくる。咄嗟に飛びのいた男の鼻のすぐ先で、鋼鉄の塊が豪快な音とともに床板を叩き割った。
ヴィルはそれを見て真っ青になる。
ただし、……死にかけたことへの衝撃からではなかった。
「なんてことしやがる! ここ借家だぞ!」
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