表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編

   

「さあ、ここだ!」

 瀬菜の手を振りほどくようにして、洋介がバーンと両腕を広げたのは、大きな部屋に入った時だった。

「わっ!」

 彼のアクションの勢いが激しすぎて、瀬菜はよろめいてしまう。そのせいだろうか、今までは抑えられていた怒りが、急に再燃する。

「たぶん、ここが曰く付きの大食堂だ。噂通り、二階の奥だからね」

 彼は『大食堂』と言っているが、何もない、がらんとした空間だった。かつては椅子やテーブルが並べられていたのだとしても、既に撤去されている。他では散らばっている瓦礫さえ、きれいに四隅に寄せられていた。

 ちょっとしたイベントが行えそうなスペースだ。寝る場所に困った浮浪者が入り込めば、一晩の宿になるだろうし、ホテル代をケチる若者カップルならば、肉欲のうたげを繰り広げる舞台に早変わりするだろう。

「この食堂ホールこそが、『パワースポットの廃ビル』と呼ばれる由来になった場所、つまりパワースポットで……」

「何がパワースポットよ!」

 瀬菜は洋介を殴った。今までのポカポカ殴りではなく、バキッと思いっきり。

いてえっ!」

 と叫びながら、彼が吹っ飛ぶほどの勢いだった。

 いかにも痛そうに顎をさすりながら、洋介は立ち上がり、

「何すんだよ、女のくせに!」

 反射的に殴り返してしまった。彼女の頭をガツンと、ハンマーのように力強く。

「あっ……」

 自分でも「しまった」と思うが、もう遅い。

 殴られた勢いで下を向いた瀬菜が、ゆっくりと顔を上げる。そこには、鬼のような形相が浮かんでいた。

「あなたこそ……。男のくせに! 女の子を本気で殴るなんて、最低だわ!」

 言葉と同時に、飛んでくる右ストレート。

 洋介はヒョイッとかわしたが、その瞬間、みぞおちに叩き込まれる瀬菜の膝蹴り。パンチはフェイントだったらしい。

「ぐふっ!」

 苦痛の呻き声を上げながら、洋介は不思議に思う。瀬菜のやつ、いつのにフェイントなんて使うようになったんだ、と。これまでも手が出ることはあったが、もっと軽くて単純なものばかりだったのに……。

「もう許さない! パワースポットとか言って、私を騙して! 私の心を弄んだのよ! 今日という今日は、許さない!」

 か弱い女性とは思えない、力強いパンチとキックが洋介の体に降りそそぐ。こうなると、ただ体を丸めて防戦一方というわけにもいかなかった。

「いい加減にしろ! 俺も怒るぞ!」

 洋介も本気で殴り返す。

 パワースポット云々にしたって、一応は彼女の趣味に合わせたつもりだったのだ。そもそも、幽霊やオカルトのたぐいを面白半分で楽しむ洋介と違って、占いなんて胡散臭いものを瀬菜は真剣に信じているのだから……。

 このまま付き合い続けて結婚まで行き着いたとしたら、将来が心配ではないか。家の購入とか、子供の教育とか、全て占いで決めるのか? それでは、変な宗教にまった可哀想な人と同じではないか!

「だいたい、お前は! もっと常識を持てよ!」

「何言ってんの? あなたこそ……」

 ヒートアップした二人は、当人同士が意識していないほどの力を発揮して、血だらけで殴り合うのだった。。


――――――――――――


 一部のマニアの間では有名な心霊スポット、『パワースポットの廃ビル』。

 かつて殴り合いの末に亡くなった霊が今でも漂っており、取り憑かれると一時的に筋力パワーが増大する、という噂だった。

 結果、大怪我をしたり、場合によっては、命を落としたり……。そうやって、さらに地縛霊が増えていくのだという。

 筋力パワーが増大する廃墟だから、人呼んで『パワースポットの廃ビル』。

 今この場で洋介と殴り合っている瀬菜は、彼からそこまで詳しく聞かされていなかったが……。

 もしも聞いていたら、怒りを強めて、こう叫んだに違いない。

「パワースポットって、そういう意味じゃない!」と。




(「私をパワースポットに連れてって」完)

   

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ