表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

   

「ヨウちゃん、遅ーい!」

 待ち合わせの場所へ現れた洋介ようすけに、瀬菜せなはいきなり文句をつけた。

 眉間にしわを寄せているものの、わざとらしく口を尖らせた姿は、むしろコミカルで可愛らしい。彼女は本気で怒っているわけではない、と洋介は判断した。

「ごめん、ごめん。今日も仕事が長引いて……」

「まあ、そうよね。ヨウちゃんがそういう職種ってこと、私もわかって付き合ってるんだし……」

 あっさり矛を収めた彼女は、コロッと表情を変える。微笑みを浮かべながら、少し顔を横向きにした。

「見て! どう思う、これ?」

 耳元に人差し指を当てている。その仕草がなければ洋介は気づかなかったが、今夜の瀬菜は、新しいイヤリングをつけていた。

 丸と輪っかを組み合わせた形だ。洋介のセンスでは良さがわからないけれど、おそらく女性目線では違うのだろう。そう思って、適当に褒めておく。

「おお、いい感じだね。可愛いよ」

「でしょう?」

 満足そうにニンマリする瀬菜。

「これ、土星を模したイヤリングなの! ほら、私、惑星占いだと土星だからね!」

 言われなければ『土星』とはわからないレベルだ。そんな不恰好なアクセサリーを身につけて、何が楽しいのだろうか。

 洋介は占い好きの彼女に対して、心の中で呆れてしまうのだった。


――――――――――――


「嬉しいわ! ヨウちゃんと夜のドライブ・デート!」

 洋介が運転する車の中で、瀬菜は、本当に幸せそうな態度を見せていた。

「しかも、パワースポットに連れてってくれるなんてね!」

「まあ、たまには俺も、瀬菜の趣味に合わせないとな」

 ハンドルを握りながら、苦笑いする洋介。

 今夜の目的地は、ここから30分ほど走った山の中。あらかじめ洋介が調べておいた、一部のマニアの間では有名な場所だった。

「この世界には、大自然の気みたいなものが充満する場所があるのよね。それがパワースポット! そういう場所の空気や水には人間を癒す力があったり、そもそも行くだけで地球が語りかけてくるのを感じたり……」

 ウキウキと語り続ける彼女を横目で見ながら、洋介は思った。

 現地に着いたら瀬菜は驚くだろうか、と。


――――――――――――


「何これ……」

 到着した途端、それまでの様子が嘘のように、瀬菜の顔が一気に曇る。

 彼女の目前に建っているのは、灰色のビルだった。

 もともとは、山奥に作られたホテル、あるいは別荘だったのだろうか。しかし、もはや当時の面影は全く見られず、ボロボロに半壊していた。どの窓を見てもガラスが割れ落ちているし、入り口の扉も当然なくなっている。

「廃墟マニアの間では、有名な場所らしい。通称『パワースポットの廃ビル』だってさ」

「廃墟探検じゃないの! ヨウちゃんのバカ!」

 言葉だけでなく、洋介をポカポカ殴りつける瀬菜。

 しかし女の細腕なので、たいして痛くはない。この程度は、むしろ洋介にしてみれば、恋人同士のスキンシップだった。

「雰囲気あるだろ? 昔はペンションとして使われてた、って話だけど、泊まり客に不幸が頻発して、すぐに潰れて……。当時の亡くなった人たちが地縛霊になってるから、今でも事件が起きるって話だぜ?」

「また肝試し! そういうの私が嫌いって、ヨウちゃん、知ってるでしょ?」

「いいじゃん。『パワースポットの廃ビル』なんだから……」

「名前だけじゃないの! みなぎってるのは大地の気じゃなくて、地縛霊ばかりでしょ!」

 瀬菜は文句を言いながらも、洋介に続いて建物へ入っていく。こんな廃墟の前で一人取り残される方が、かえって怖いからだ。

 ただし、不満を行動に示す意味で、彼の背中をポカポカ殴るのは続けていた。

「まったく……。ヨウちゃんは、こういうオカルトみたいな話が、本当に好きなんだから……」

 呆れ混じりの呟きに対して、洋介が振り返る。

「おいおい。瀬菜の好きな占いとかパワースポットとか、そういうのもオカルトだろ?」

「違うわよ! 占星術はれっきとした学問に基づいてるもの! パワースポットだって同じ! 理屈じゃ説明できなくても、オカルトとは違うの! オカルトだけどオカルトじゃないのよ!」

 いったいどっちなんだ、と思いながら洋介は笑顔を浮かべた。何を言われようと、こうして恋人と二人で心霊スポットを探検するのは、とても楽しい時間なのだから。


――――――――――――


 内部なかは瓦礫が散乱して、足の踏み場もないに違いない。

 この廃ビルを目にした時、そう瀬菜は感じたものだが、いざ入ってみると、案外、人が通れる程度には片付けられていた。廊下もそうだし、各部屋も一応は見て回れるようになっている。

「ここって、今でも管理してる人がいるの?」

「いや、そんなやつおらんやろ」

 エセ関西弁を混ぜたのは、彼の冗談なのだろうか。瀬菜には笑えなかったのだけれど。

「きっと、前に来た人が中に入りたくて邪魔なものどけて、次の人も同じように……。その繰り返しで、見学順路みたいなものが出来上がるんじゃないかな?」

「ふーん。ヨウちゃんみたいな人、たくさんいるのね」

「言ったろ、ここはマニアの間では有名な場所だ、って」

 既に瀬菜は、ポカポカ殴りをやめていた。腕が疲れるだけで、意味ないからだ。

 逆に今は、洋介に頼る感じだった。彼の腕に両手を回して、ギュッとしがみついている。

 その状態のまま、しばらく二人は歩き続けたのだが……。

   

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ