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サービス終了したオンラインゲームに取り残された二人の話  作者: 十兵衛
第一章 最後の戦い、始まりの戦い
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第7話 ピンボール



「悪い、ちょっとだけ時間をくれ」


 俺は魔王に手のひらを向けて言った。

 魔王はこの仕草を何かしらの攻撃だと思ったのか、一瞬だけビクリと身体を固めていた。しかし、何事も起きない事が分かると、すぐに攻撃体勢に戻って茫々と黒炎を滾らせた。


「なぁ、トトー! おーい、トトー!」


 俺はクルっと魔王に背を向けて銀髪少女の方へ駆け出した。そんな俺の行動に対して魔王は再び警戒するような動きを見せた。しかし、それもただの逃走だと理解すると、すぐさま追いかけてきた。


「え? ちょっとちょっとイヨ君! なんでこっちに来てるの!」


 幸せそうにクッキーを頬張っていたトトの表情が一瞬にして崩れるのが遠目からでも分かった。それからトトは「あっち行け!」と言わんばかりに杖を振り回し始める。いや、どうやら実際に「あっち行け!」と言っているようだ。


 トトには悪いと思っている。本当に申し訳ない。クッキーなら()()いくらでも食べさせてやるからな。本当に、本当に申し訳ない。と、俺は心の中で誠心誠意の謝罪をしながらトトの元へと急いだ。


「あっち行けー! あっちに行ってよー!」


 トトの声が鮮明に聞こえ始める。

 あれ、そういえば俺達に『後で』なんてあるのか? そんな疑問が一瞬だけ脳裏に浮かんだが、そんな些細な事は一切合切掻き消して俺は叫んだ。


「トト! 俺を殴ってくれ! 思いっきり!」


 俺の言葉を受け取ったトトは最初こそキョトンとした表情を見せたが、すぐにムクムクと口角を上げた。少し不気味な笑顔だが、どうやら俺の意図を汲み取ってくれたようだ。


「うん、分かったよ! じゃあ、ちょっとだけ時間をちょうだい。準備するから!」


 トトは親指を立ててそう言うと「イヨ君はやっぱり一人じゃダメダメだね」と猫型ロボットの声真似をしながら立ち上がった。俺は準備という言葉に多少引っ掛かりながらも返事をする。


「助かるよトト。でも、なるべく早く頼む」


 俺はそこで魔王の方へ向き直り、蒼穹の剣を構えた。しかし、やはり両手は小さく震えていて、俺はそれを抑え込むように「よし来い!」と大きな声を出した。



「よし! 出来た!」


 それから少しして、トトの嬉々溢れる声が背中から聞こえた。俺は待ち望んでいたその言葉に歓喜の表情で振り返った。しかし、その表情はすぐに凍りつく。


「トト、これで俺を殴るのか?」


 トトは自分の身の丈の倍くらいはありそうな超巨大なハンマーを炎魔法で作っていた。柄部分でさえ丸太ほどの太さがあり、頭の部分にいたっては家庭用冷蔵庫くらいの大きさだった。それが更にメラメラと燃えているのだ。さすがの俺でも身が縮こまった。


「だって、イヨ君が思いっきり殴れって言うから」


 トトは不貞腐れたような口調でそう言うと、超巨大ハンマーを両手でぶんぶんと振り回し始めた。

 やばい気がした。俺は時間稼ぎの間にも結構なダメージを蓄積している。蒼穹の剣の身体能力向上の効果のおかげで致命傷こそ貰ってはいないが、満身創痍に近い状態なのだ。そこに、超巨大ハンマー(これ)かぁ。


「仕方がないか。まぁ俺なら大丈夫だろう。じゃあ、頼むよトト。せっかくだし思いっきりやってくれ」


 俺は覚悟を決めてトトにゴーサインを出した。それを聞いたトトは目を輝かせて、


「さすがイヨ君! カッコ良い!」


 と、心底楽しそうに言った。

 それから俺は残りの魔力の多くを使って風属性の上級魔法を使用した。魔王との距離を取るためであり、自分の心に落ち着く時間を与える為だ。


「さん、にい、いち、ぜろ。で、いくからね!」


 と、トトの楽しそうな声。それからすぐに「さん!」というカウントダウンも始まった。


「にい」


 息を吐いてトトからの喝を待った。だが、俺の思考はなかなか止まってはくれなかった。焦りや不安、重圧や恐怖。それらが頭の中で騒音となって鳴り響いている。


「いち」


 立ち止まるとそれらの音が更に大きくなった。今ではトトのカウントダウンも上手く聞き取れない位だ。


「ぜー」


 カウントダウンの終わり間際、ムッとした表情の魔王が猛然とこちらへ走ってくるのが見えた。俺は慌てて魔王とトトの両名に呼びかける。


「トト、ストップ! おい、お前もこっちに来るな! 巻き込まれーー」


「ろ!」


 無情にもカウントダウンが止まることがなかった。トトはハンマーを振りかぶる事に夢中だったし、魔王も頭に血が上ったような様子で詰め寄ってきていた。

 俺が最後に見た光景は、魔王の引き攣った顔と彼女の右目近くにある特徴的な涙黒子だった。


「ごほっごほっ」


 カウントダウンが終わると共に、俺の背中にかつてない程の衝撃が襲いかかった。俺の体はピンボールのように勢い良く弾かれ、俺達のすぐ目の前にまで来ていた魔王にぶつかり、魔王の近くにあった柱にぶつかり、また別の柱にぶつかった所でやっと止まった。


「イ、イヨ君、大丈夫?」


 トトが「やり過ぎちゃったかな」と、少し反省した様子で駆け寄ってくる。


「もちろんやり過ぎだ」


 ぐらぐらと揺れる視界の中で言った。背中どころか全身が痛い。それに今の一撃で装備のいくつかが壊れてしまった。だが、俺の体に纏わりつく余計な重荷もすっかりと消し飛んだ気がした。俺は試しに何度か手のひらを閉じたり開いたりしてみる。


「え、えーっと……。か、回復魔法でも使おうか?」


 トトがかなり控えめな声で言った。俺はそれに首を振り、柱に寄りかかりながら立ち上がった。


「いいや、もう大丈夫。これでちゃんとやれそうだ。ありがとうトト」

 

 手の震えも、頭の中の騒音もピタリと止んでいた。


「それなら良かった。じゃ、頑張ってね、イヨ君!」


 トトが小さな拳を突き出して言った。俺はその拳に自分の拳をコツンとぶつけて答える。


「任せとけ」


 俺の巻き添えを食らった魔王は俺達から少し離れた所で呆然と立ち尽くしていた。

 魔王も魔王で何かしら思うところがあったのか、トトを見たり、俺を見たり、自分の手のひらを見たりと、頭の中で何かしらの処理作業を行っているようだった。


「巻き込んじゃって悪かったな。お前が良かったら続きをやろう」


 俺が声を掛けると、魔王は自分の役割を思い出したように攻撃態勢に戻った。黒い炎で剣を作り出し、それをゆっくりとした動きで構えた。

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