第4話 扉
「うわああああ!」
城内に到着して装備を確認していた時、トトの悲痛な叫び声がどこからか聞こえてきた。その声が聞こえた方向に目をやると、声の発生源と思われる場所から無数の黒い綿毛のようなものがどこからともなく湧いて出ていた。
その黒い綿毛は磁石に吸い寄せられる砂鉄のようにざわざわと一か所に集まっていき、一つの大きな暗闇に変わっていった。そして、その暗闇が再び綿毛のようにぱらぱらと散らばって行くと、そこから身を縮こまらせた銀髪の少女が姿を現した。
なるほど、俺もああいった具合に飛ばされてきたんだな。俺が空間移動の魔法に感心している間、トトはピクリとも動かなかった。恐らくだが到着したことに気が付いていないようだ。
「おーい、トト」
俺は近くまで歩いて行き、声をかけた。
「あれ、ついた?」
トトは恐る恐るといった様子で薄く目を開けていた。それからやや間があり、その狭い視界に俺の姿を見つけるやいなや両目を大きく見開いた。どうやら本当に気が付いていなかったらしい。
「いやー、叫んじゃったなぁ。恥ずかしい」
トトは気まずそうに指先を遊ばせながら言った。それから体をぶるぶると震わせ、服についた黒い綿毛を手で払っていた。俺は「面白いものが見れた」とトトにフォローを入れつつ、装備の確認を続けた。
「えっと、ここはもうお城の中なんだよね?」
身だしなみを整えてからトトは言った。
「そう。そんで、あの階段を上って最上階の広間に行けば魔王がいる。まぁでも、もう少し時間があるからここでゆっくりしてから行こう」
俺は古ぼけた赤絨毯の先に延びる階段を指差して言った。俺達が飛ばされたのは城の一階部分のエントランスだった。俺達の背中側には大きな正面玄関があり、その玄関から真っ直ぐに歩いて行くと、これまた無駄に大きな石造りの階段がある。そこを上って行くと魔王が眠る広間に辿り着くのだ。
現在の時刻は二十三時二十分。俺達は大きな階段の端の方に揃って腰をおろし、煤けた壁を見つめた。壁には年中明かりを絶やす事のない蝋燭と煌びやかな額縁に入れられた風景画が飾ってあった。その絵はどこかの草原を描いたモノだった。恐らくこの世界のどこかの景色なのだろう。微かに見覚えがあった。
「ねぇイヨ君、魔王との戦いって制限時間があるんだよね? たしか、三十分間だったっけ?」
煤けた壁を見つめたままトトが口を開いた。俺はその横顔をちらと見て、再び視線を壁に戻してから返事をした。
「そう。それに一日一回しか挑戦できないようになってる。昔はここも賑わってたからな、魔王と戦うのに二時間待ちとかの時代もあったんだぞ」
俺は話しながら昔の活気に溢れていた時代を思い出していた。かつての魔王城は賑やかだった。城の周りには腕自慢の冒険者が数えきれないほど集まっており、その冒険者にアイテムを売りつけようと商人達が出店を開いていた。そして、その出店を目当てにまた冒険者が集まるという、まさに人が人を呼ぶお祭り騒ぎだった。
「なんだか、今となっては信じられないね」
閑散としたエントランスを眺め見てトトは言った。このエントランスも、かつては情報交換の場として沢山の冒険者達の姿があった。
「そうだよな。夢でも見てたみたいだ」
「イヨ君、ほっぺたつねってあげようか?」
トトがいたずらな笑みを見せた。しかし、俺は「必要ない」と首を振り、ゆっくりと腰を上げた。
「そろそろ行くか。魔王にも最後の挨拶をしなきゃな」
「うん、そうだね」
時刻は二十三時二十二分。最後の瞬間が刻一刻と近づいていた。
俺達は薄暗い階段を無言で上り始めた。俺が一段一段しっかりと踏みしめるように歩いていると、
「イヨ君、歩き方変だよ」
と、後ろから声が飛んできた。俺は前を向いたまま、指摘を受けた手足を意識して交互に動かし始めた。そして、二階、三階と階を重ねていった。
「ここだ」
四つの階段を踏破し、俺達は最上階に辿り着いた。目の前には俺の身長の倍以上はありそうな大きな両開きの扉が待ち構えている。
「この先に魔王がいるんだね」と、トトの声。俺は小さく頷き、そして、
「よし、行くか」
自分に言い聞かせるようにポツリと言った。