第2話 終末の過ごし方
トトは毎日俺の所にやってくる。モンスターを倒す事もしないし、助けてくれる事もあまりないのだが、いつも近くにやってきては適当な話題を投げかけてくる。俺はそれに返事をする時もあるし、無視する時もあった。まぁ、返事をしない時は大体の場合において死にかけていたり、死んでたりする時なのだが。
そして、今日も彼女は手頃な話題を投げかけてきた。
「イヨ君はさ、もちろん最終日も魔王のお城に行くんだよね?」
ドーナツの小箱を空っぽにしたトトがあくび混じりに言った。
「そりゃあ最後だしな。魔王を倒す為に今もこうやってレベル上げをしてる訳だし」
と、俺は返事をしつつ、俺とトトに向けて放たれた矢の雨を風魔法を使って防いだ。トトはその光景を窓の外で降りしきる雨でも見るみたいにぼーっと眺めている。
「倒せそう?」
魔法の風に弾かれていく矢を眺めながらトトが言う。
「倒せるんじゃないか? この前も良い所までいったんだ。あとちょっとなんだよな」
「イヨ君、いつもそう言って負けてるよ。ボッコボコに」
そう言ったトトの声が冷たい気がして、俺はちらとトトの方を見た。すると、トトの小さな口が『へ』の字を書いていた。どうやらドーナツを食べてもトトの機嫌は直っていないようだ。
「心配しなくても最後はちゃんと倒すよ。明日はこいつも持って行くし。ほれ」
俺は右手に握った剣をトトに見せつける。
「別に心配はしてないんだけどなぁ」
トトは両足を地面に放り出し、ばたばたと動かし始めた。
俺は様子のおかしいトトを横目に風属性の範囲攻撃魔法を使った。一晩中レベル上げを続けた疲れからか、気が付けば戦況がやや悪い方に傾いていた。なので、一呼吸置く為にも特別強力な魔法を使った。トトはその光景を台風中継でも見てるかのように少し興奮した面持ちで眺めていた。
「トトは最終日に何か予定があるのか?」
ふと気になり、俺はそう口にした。俺は魔王を倒す為に最後の最後までゲームを続けるつもりだが、トトはどうなのだろうかと。
「うーん、別に予定はないかな。お世話になった人にも挨拶はしたし。そこら辺をぶらぶらして、0時前にはログアウトしようかな」
と、トト。砂埃を被って少し渋い顔をしている。
「じゃあ、俺と一緒に魔王城に行くか?」
そう訊ねると、トトの表情が途端に明るくなった。
「ついて行ってもいいの?」
「もちろん、良いに決まってる」
俺は即答する。トトが来て困る事なんて一つもない。むしろ、トトが一緒に戦ってくれるのなら本当に魔王を倒せるかもしれない。いや、倒せるだろう。間違いなく。
「やったー! 何持って行こうかな、何持って行こうかなー、ドーナツ沢山持って行こうかな!」
トトはその場で飛び跳ねて喜んでいた。もしかするとトトは俺と魔王の戦いに割って入るのを遠慮していたのかもしれない。俺が長いこと一人で魔王に挑み続けてたのを知っているから。
「あ、でも、私は戦わないよ」
トトが急に冷静になって言い放った。
「なんでだよ。痛っ!」
トトの思いがけない言葉に驚いて、俺は防御魔法のいくつかを解いてしまった。そのせいでどこからか放たれた火球を横腹にモロに食らってしまう。
「イヨ君にイヨ君なりのゲームの楽しみ方があるように、私にも私なりのゲームの楽しみ方があるんだよ。それに、イヨ君は今まで一人でずっと頑張って来たんだからさ、どうせなら最後まで一人でやってみなよ」
トトはそう言うと、また小さく飛び跳ねて喜びを爆発させていた。俺は少し惜しい気がしたが「わかったよ」と痛めた腹をさすりながら答えた。トトが言うように、ゲームの楽しみ方は人それぞれなんだ。それがゲームの最終日というなら、尚更だろう。
「その代わり、いっぱい応援するからね!」
トトが笑顔いっぱいにそう言った。
「ありがとう。やれるだけやってみるよ」
「トトさん、モンスターを倒すの少しだけ手伝ってもらえないですか」
それから少しして、俺はトトに頭を下げていた。俺達を取り囲むモンスターの数が増えすぎて、ついに俺一人では倒しきれなくなっていたのだ。つい数分前まで「やれるだけやってみるよ」などと言っていた自分が恥ずかしい限りだ。俺も最終日が近いからと焦っているのかもしれない。普段ならこんな下手な事はしないんだけどな。いや、本当に。
「えー、いやだよ。イヨ君のレベル上げでしょ」
トトはすぐに渋い顔になった。
「それはそうなんだけどさ、見て貰っても分かる様に結構マズイ状況なんだ。頼むよ、トト。後で甘い物でもおごるからさ。どら焼きとかどうだ? 最近よく食べてるだろ」
「はぁ、イヨ君はまったくー。しょうがないなぁ」
トトはダメダメ少年を甘やかすネコ型ロボットのような声を出しながら立ち上がった。そして、アイテムバッグから使い古された木の杖を取り出し、小さく構えた。どうやら取引は成立したようだ。
「ちょっと手伝うだけだよ」
「ありがとう。助かるよ」
俺はトトに背中を預けて前方のモンスターに集中した。俺の視界には数百体の中級モンスターと数体の上級モンスターが見える。背中側のトトも同じようなものだろう。俺はアイテムバッグから体力回復の上級ポーションと魔力回復の上級ポーションを数本取り出し、それらをまとめて口の中に流し込んだ。
「よし、行くか」
気合を入れてトトに声を掛けると、トトが冷ややかな目でこちらを見ていた。俺の事をレベル上げ中毒者か何かと思っている時の目だった。
「イヨ君、そういうポーションの飲み方は良くないよ」
トトはそう言い残してから自分の敵に視線を向け、杖を振るい始めた。
「ねぇ、イヨ君。イヨ君はレジェクエが終わったら他のゲームを始める?」
背中側から響く爆発音と共にトトの声が聞こえた。トトは随分と派手にやってるらしかった。いや、それとも、さすがのトトでもこの辺りのモンスターには苦戦するのだろうか。
「いや、その予定はないかな。というか、当分の間はゲームはしないと思う」
「えー、なんで?」
「なんでって、もう一生分くらいゲームをやったと思うしさ、もう少ししたら受験勉強とかもあるし」
「そっか、そうだよね。でもさ」
トトは何かを言いかけたようだった。しかし、そこに続く言葉が発せられる事はなかった。俺も特に聞き返す事はしなかった。
「どこのお店に行こうかなー。美味しいどら焼き美味しいどら焼き」
少ししてトトの笑い混じりの声が聞こえてきた。背後はだいぶ静かになっているようだった。俺はまだ半分も倒し終えてないというのに。
「よし、終わったよ!」
俺はそれを聞いて振り返る。
「もう終わったのか?」
いや。驚いたね。そりゃもう綺麗さっぱりに片付いていた。トトを中心として半径数百メートルが焼き尽くされていた。地面には何の丸焼きかも見分けがつかない消し炭と戦いの残火、ただそれだけだ。
「いやぁ、さすがだな」
俺は乾いた笑いと共にトトを見る。トトは余裕の笑顔でピースサインをしていた。
決戦は明日の二十三時三十分。俺は少し減ってしまった自信と共に魔王城へ行く。