第24話 赤髪の少女
不具合の一つなのかもしれない。俺は今しがたの出来事をそう飲み込むことにした。ただでさえ不具合の多かったゲームだ。この非常事態に影響を受け、世界のどこかしこに新たな不具合が発生していてもおかしくないだろう。
「今度八千代さんに会ったら聞いてみるか」
俺は冒険者協会を出て、夜の村を歩いた。
ぬるい風と虫の声に包まれながら通りを少し歩いていると広場に出た。その広場の片隅に井戸はあった。
俺は井戸枠に引っ掛けられていた釣瓶を井戸の中に投げ入れ、ゆっくりと引き上げた。そして、手の汚れを洗い流し、釣瓶の中に残った水を手ですくって飲んだ。
「たはぁー! 生き返る!」
思わず声が出てしまう程に感動的だった。
井戸水は十分過ぎるくらいに冷えていたし、乾いた喉を心地良く潤してくれた。大人にとってのビールとはこんな感じなのだろうかと、俺は手の中で揺れる透明な水を眺めた。
それから俺は何度も水をすくっては口に運んだ。そして、それに満足した後は広場の真ん中で両手両足を放り出して地べたに寝転んだ。腹の中からはちゃぽちゃぽと水の揺れる音が聞こえる。
「飲みすぎた」
夜空には大きな月が浮かんでいた。その月の前を薄い雲がすらすらと流れていく。その時、微かな既視感を覚えた。
そういえば、昨日の夜もこうやって地面に寝転んで月を眺めていた。魔王との戦いを終え、満身創痍の状態で月を見ていたんだ。
「あいつは、どうなったんだろう」
魔王の事を思い出した。いつも不機嫌そうな表情で眠っている赤髪の少女。
ゲームの世界が終わっていないという事は、あいつも魔王城に戻っているのだろうか。まだあの場所で、悪い夢でも見ているみたいに眠っているのだろうか。
『あの子に会いに行ってあげて欲しいんだ。きっとあの子も寂しがってると思うから』
八千代さんの言葉が頭をよぎる。
「いや、まさかな」
俺は大袈裟過ぎる位にかぶりを振り、せっかく導き出した答えをすぐにかき消した。
『あの子に会いに行ってあげて欲しいんだ。きっとあの子も寂しがってると思うから』
ここぞとばかりに八千代さんの言葉が繰り返される。しかし、俺はそれでも首を横に振った。
「いやいや、そんなわけないだろ」
『エルンに会いに行ってあげて欲しいんだ。きっとエルンも寂しがってると思うから』
どうやってもこの答えをかき消す事は出来なかった。いや、むしろ、強く否定すればするほどに八千代さんの言葉と赤髪の少女が強く結びついていった。
どうやら、俺の中で一つの答えが出てしまったらしい。




