第1話 倒せない魔王
今年の八月三十一日に約七年間のサービスを終了し、VRMMORPG『レジェンドクエスト』は終わりを迎える事となっている。
かつては多くのプレイヤーがこのレジェクエの世界を駆け回っており、誰も彼もがこのゲームに熱中していた。しかし、そのプレイヤー数は年々減少傾向にあり、今年の夏についに寿命を迎える事となった。
そう、これは寿命だった。どうしようもない事だったんだ。周りには若くて画期的なオンラインゲームが山ほど誕生し、レジェクエの古臭い世界観は時代遅れとなりつつあった。運営会社的にもこの辺で退場するのが正しい選択と考えたのだろう。
レジェクエの世界観は古典的な幻想の世界――所謂、剣と魔法の世界というやつだった。
プレイヤーは様々な職業に就いて自身の能力を磨き、魔王を倒さんとする。広大なフィールドには誰も見た事がないようなモンスターやお宝が眠っており、それを探し求めて旅に出る。そして、時には仲間と協力し、時にはプレイヤー同士で腕を競い合ったりもするという、大部分においては『古き良きMMORPG』となっていた。
しかし、このレジェクエのことを『クソゲー』と呼ぶプレイヤーが数多くいたのもまた事実だった。
『クソゲー』そう呼ばれるようになった理由はいくつか思い当たるが、大きな要因としてはやはり杜撰なゲームの運営状況とゲームクリアの難易度にあったと俺は思う。
ゲームの運営状況に関しては、正直どう贔屓目に見ても良いと言えるものではなかった。アップデートの度にバグが見つかるのは日常茶飯事だったし、うっかり未実装のフィールドに迷い込んでしまって元のフィールドに帰れなくなったという可哀想なプレイヤーの話もよく聞いた。
それに加え、それらの不具合への対応が異様に遅かったというのも悪評が広まる要因だったのだろう。実際、俺の友人は当時まだ実装されていなかった廃坑フィールドに迷い込んでしまい、そこに一週間近く取り残されたという事があった。
そして、もう一つの要因。ゲームクリアの難易度については、今更何も言うことは無いだろう。何年も前から誰も彼もが諦めていたのだから。
『誰一人としてゲームをクリアしたプレイヤーがいない』それがこのゲームの現況だった。
そのせいでレジェクエの世界は七年もの間ずっと時が止まったままのようだった。ゲーム開始当初から村人はモンスターに怯え続け、亡国のお姫様は天空の牢獄で涙を流し続けていた。世界樹の頭には黒い雲が立ち込めたままだし、魔王は一人でずっと眠っている。
ゲームクリアが必ずしもハッピーエンドと決まっている訳ではないが、どんな結末であれ、最後を迎えられないまま物語が終わってしまうというのは物寂しい気がした。いや、物寂しいだけじゃない。とてつもなく悔しかった。悔しくて悔しくて、俺がサービス終了を知った時は、思わず運営会社に乗り込んでやろうかと真剣に考えた位だ。
あぁ、言っておくと、このゲームにクリアという仕様が無い訳ではない。クリアの条件は明確に存在したし、それは実にRPGらしいものだった。
『魔王を倒して世界を救う』
明瞭かつシンプルな条件だろ?
これ以上に分かり易いものはない。要は腕っぷしさえあればいいんだ。しかし、誰一人としてこの条件を達成出来ていなかった。つまり、未だに誰も魔王を倒せていないという事だ。
『魔王は倒せないようになっている』
そういう噂がこのゲームにはあった。しかし、ゲームのシステム上では確かに魔王は倒せるようになっていたし、実際にあと少しで倒せるという所まで魔王を追い詰めた凄腕のプレイヤーもいた。ただ、おかしな点も確かにあった。
例えば、その凄腕のプレイヤーが再び魔王に挑んだ時の話だ。彼はあれから更にレベルを上げ、更なる戦略を練り、装備も前回より強力なモノを用意していたはずだった。しかし、再び魔王と剣を交えた時、彼は魔王に傷一つさえ付ける事ができなかった。
『運営は魔王を不当に強化してる』
当時その戦いを見ていたプレイヤー達は口々にそんな事を噂していた。この噂はたちまちプレイヤーの間に様々な形で伝わっていくことになる。そして、いつしか『魔王は倒せないようになってる』というまことしやかな話をこの世界に生んでしまったという訳だ。
そんなこんながあり、魔王に挑む者はめっきり減ってしまった。また、ゲームクリアという目的を失ってしまった多くのプレイヤーもこの世界から去っていった。そして、暇を持て余すようになった魔王は毎日たっぷり眠れるようになったのだ。
そんな状態のまま今年の二月にサービス終了のお知らせが届いた。サービスの終了が発表されてからは拍車をかけてプレイヤーの数は減っていった。恐らく今ではこの無駄に広大な世界に数百人程度のプレイヤーしかいないだろう。
多くのプレイヤーで賑わっていた王都には今ではNPCの姿しか見えない。『友達リスト』のログイン中のランプもほとんど点灯することがなくなった。ログインのメッセージが表示されたとしても、それは別れの挨拶というのがほとんどだ。
それでも俺は一人でレベルを上げ続けていた。
魔王の噂を耳にしてからも、サービス終了の知らせを受け取ってからも、友人知人がこの世界から去っても、ずっとレベルを上げ続けていたのだ。
一体なぜかって? そりゃもちろん、俺がこのゲームをきちんと終わらせてやるからだ。
第一話にお付き合い下さりありがとうございます。