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第11話 サービス終了したゲームの世界




 目を覚ますと、目の前で可愛らしい少女が大泣きしていた。それはもうえんえんと泣いていた。

 その少女は美しい銀色の髪を揺らしながら「良かった」と何度も繰り返し零しているようだった。実に奇妙な目覚めだ。だけど、こんな奇妙な目の覚まし方が少し前にもあった気がする。ところで、この少女は何が『良かった』のだろう? こんな可憐な少女が泣いて喜ぶという事は、それはきっと素晴らしく喜ばしい事なのだろうけども……。


「いてて……」


 体を起こしてみると頭がズキリと痛んだ。

なぜ俺は気を失っていたのだろう。涙を流すこの少女は誰なのだろう。痛む頭をトントンと叩いて、どこか遠くに旅立ってしまった記憶を呼び戻そうとした。しかし、そう上手くはいかなかった。脳の機能のいくつかがまだ正常に働いていないようだ。


 いっそのこと泣きじゃくるこの少女に事の全てを訊ねてみようとも思った。

しかし、すぐに思い直した。少女は未だに俺のTシャツを掴んでえんえんと泣いているのだ。それはもう一心不乱に泣いている。俺のTシャツの裾で絶えず涙を拭い、ずるずると鼻水を拭き取っている。俺の声が彼女の耳に届くのはもう少し後の事になりそうだった。


 泣き虫少女を観察してみると不思議な事に気が付いた。

その少女はトトのような、くりんとした空色の瞳、トトのようなつきたての餅みたいな頬を持っていたのだ。それに、トトのような綺麗な銀の髪を胸の辺りまで伸ばしているし。


 いやいや、しかし、トトにしては幼すぎる。

俺は首を傾げながら少女を再度観察してみた。トトは俺と同じくらいの年齢だ。たしか、十六歳か十七歳。でも、この少女は明らかに俺達より二つか三つは年下のように見える。


「いやぁ、困ったな……」


 泣き止みそうにない少女に困り果て、辺りを見回してみた。

目に入るのは真っ白な砂浜と黄色い太陽。それと青すぎる空と海。後ろには雑木林。これといった情報が何も無い。ただただ綺麗な風景が広がる海岸だった。


「本当にどこなんだ、ここは」


仕方がない。泣き止むのを待つか。




「ぐすっ……、あのぉー、イヨ君だよね?」


 それから少しして少女が俺の顔を覗き込んでそう言った。

泣き止んだかと思えば、今度は不安そうな表情で俺の顔の隅々までを点検してからそう言ったのだ。イヨ君と。この少女はなぜその名前で俺を呼ぶのだろう。


「多分そうだと思う。イヨってのは俺がゲームをする時に使ってる名前だから」


 泣き虫少女が何故その名前で俺を呼ぶのか、その理由が分かった気がした。

その声、その表情、その呼び方。見た目は幼くなっているが、きっとそうなのだろう。


「やっぱり……!イヨ君ー! 良かった良かった良かった! 良かったー!」


 少女は嬉しそうにその場で何度も飛び跳ねた。やっぱりその反応か。

その時、俺の中で眠っていた記憶が時限式の噴水のように一挙に噴き出した。

――あぁそうだ、俺はレジェクエの最終日にトトと魔王城に行った。そこで魔王と戦い、おおよそ五分五分の死闘を演じたんだ。そして、サービス終了と共に真っ暗闇の中に放り込まれ、そこでメッセージを見て、気を失った。


ここまで思い出してくると、目の前の少女にとある黒魔導士の面影が重なった。

ゲーム内最強の黒魔導士もこんな風に笑っていたのだ。


「……トトか?」


「うん! そうだよ!」


半信半疑で名前を呼ぶ俺に、泣き虫少女――トトは笑顔で答えてくれた。

やっぱりそうか。そう思いつつも現実離れしたその答えにまた頭が痛くなる気がする。


「なぁトト、ここは現実の世界だよな……?」


 そこがまだ分からないままでいた。

俺は俺であって泣き虫少女の正体はトト。そこまではなんとか納得しよう。でもそれならば、この世界は現実の世界でないとおかしいのだ。


 俺の見た目は現実の俺だし、服装だってそう。

中肉中背の運動不足の男子高校生がTシャツ短パン、スニーカーを履いてる姿。一欠片もファンタジーの要素がない、つま先から頭のてっぺんまで現実を身に纏っている。


 目の前にいるトトだってそうだ、白いワンピースにサンダルという姿。こちらはファンタジーの要素が無い訳ではないが、やっぱり現実の姿なのだろう。どうしたってドラゴン退治に行くというよりは田舎のおじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに行く夏休みの中学生という風に見える。


「うーん、それがね、多分違うと思うんだ……。私も目を覚ましたばっかりでよく分からないんだけど、ここはレジェンドクエストの世界の中だと思う……んだ」


トトの話す声は徐々に小さくなっていった。

言葉の最後の方は波の音に掻き消されてしまっている。


「えっと、どうしてそう思ったんだ」


心臓の鼓動が大きくなっていくのが分かった。

喉の奥がぺったりと引っ付き、たまらず口の中に溜まった唾を飲み込んだ。


「あっちにね、『ユベル君』がいたような気がしたの。……多分。私の見間違いかもしれないけど」


トトはそう言って俺の背中側に伸びる海岸線を指差した。

「いやいや、まさか」俺はわざと明るくそう言ってから腰を上げた。そして、トトが指差した方向へ体を向ける。


「……行ってみるか」

「うん」


――いやいや、まさかな。




 ゆっくりと歩き出したはずの俺達だが、その足はいつのまにか白い砂を蹴り上げていた。知っていたんだ。この砂浜も、この海も、この雑木林も、実は見慣れた景色の一つだったのだ。それに気が付き始めると、俺は自分の知らぬ間に走り出していた。そして、


「嘘だろ。こんな事って……」


 息を切らして『彼』の傍まで駆けて行った。

見慣れた横顔だった。『彼』はすぐ傍でぜえぜえと息を切らしてる俺の存在に全く気が付いていない様子で海を眺めていた。ただ真っ直ぐに海を眺めていた。


「す、すみません、ちょっと聞きたい事が…」


 俺は恐る恐る『彼』に向かって声をかけた。

すると、『彼』は今の今、やっとこちらに気が付いたような表情でこちらを見た。間違いなく『ユベル』だった。ルトの村に住む漁師の息子。彼が目の前にいる。


コイツはこの後こう言うのだ。『やぁ、君は冒険者だね?』と。

そして、聞いてもいないのにこう付け足すんだ『ルトの村はあっちだよ。よい一日を』と。


「やぁ、君は冒険者だね?」


ユベルはそう言い終えると、雑木林の方をゆっくりと指差し口を開く。


「ルトの村はあっちだよ。よい一日を」


ほら、な?

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