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サービス終了したオンラインゲームに取り残された二人の話  作者: 十兵衛
第一章 最後の戦い、始まりの戦い
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第8話 あと少し



 残り五分を告げる鐘の音が聞こえ、俺はふと我に返った。気が付けば魔王と戦い始めてから二十分以上もの時間が経過していた。体感で言えば五分も経っていないような気がするのに、時間というのは本当に不思議なものだ。


 しかし、それでも俺の体は時間相応にきちんと消耗しているようだった。魔力は枯れ果て、体力もすっかりと底を尽いている。だけど、そんな状態でも、何故か気力だけは溢れ返っていた。ただ立っているだけでもやっとだというのに、これからあと一時間は戦えるような気がしていたのだ。


 いや、俺はまだ戦っていたいだけなのかもしれない。きっとそうだ。この戦いも、この世界も、俺はまだ終わらせたくなくて、最後の魔法を唱えられずにいるだけなのだ。


「頼む、まだ終わらないでくれ」


 思わずそんな言葉が口から溢れでた。

 終わりというのがこんなに苦しいものだとは知らなかった。ゲームのサービス終了なんて案外あっさりしたものだ。そう友人に聞いていたはずなのだが、いやいや、全くそんな事はないじゃないか。


 なぁ、魔王。お前はどうなんだ。終わりに対して何か思う所はないのか?


 目の前で息を切らす赤髪の少女にもそう訊ねたかった。しかし、いつになく楽しそうな表情の彼女に、そんな事を聞く気にはどうしてもなれなかった。

 魔王も体力的には俺と五分と五分といった所だ。よろよろと覚束ない足元に、だらんと落ちた両肩。俺と違う所と言ったら、そのやけに明るい表情くらいのものだった。残りの魔力は見た目ではよく分からないが、さっきから彼女を取り巻く黒い炎がガス欠気味に見える。残りの魔力もそんなに多くはないはずだ。


「終わりなんて無かったらいいのにな」


 心の底からそう思った。終わりが来るからこんなに苦しくなるんだ。それなら、そんなもの無くなればいいじゃないか。



 『流転の剣』は蒼穹の剣からも何度か転生を繰り返していた。『キャプテンベルのサーベル』に転生し『クレイモア』に転生し『妖刀日本晴れ』に転生し、それから、それから。

 最終的に、俺の手には『初心者ソード』に転生した流転の剣が握られていた。さすがに最終決戦には相応しくない剣に思えたが、何故だか今だに折れてくれずに俺の手の中に収まっている。


 俺は重くて切れ味の悪い、その安っぽい剣を強く握りしめた。

 次の攻防で全てが終わるような予感がしていた。俺の口うるさい直感のようなものが「おいお前、次で最後だぞ。分かってるだろうな」そんな風にやかましく急き立てるのだ。

 魔王もそんな予感を感じ取っているのか、攻撃の手を止め、今は静かに息を整えている。


「もうそろそろ時間みたいだな。なんやかんやで、結構楽しいゲームだったよな」


 大きく息を吐いてから魔王に言う。今ならこの言葉も彼女に届くような気がした。


「よし、それじゃあ、いくぞ」


 俺は魔王の返事も反応も待たずに駆け出した。ぐずぐずしていたらこの世界の方が先に消えてしまう気がしたからだ。しかし、いざ走り出してみたものの、俺の体はとっくに限界を超えていた為に思い通りには動いてくれなかった。

 何度も転びそうになりながら、やっとの思いで剣を振りかぶる。


風の槍(ロアウィドル)


 剣を振り下ろす最中、中級の風魔法を唱えてみた。しかし、この魔法が発動する事はなかった。中級の単発魔法くらいならなんとか使えると思ったのだが、どうやらそんな僅かな魔力さえ残っていなかったらしい。結果的に俺の単調な振り下ろしは魔王の黒剣に簡単に防がれてしまう。


「それなら、微風の加護(エアリアル)からの、投擲からの、三段斬り」


 俺は続けて下級の風属性付与魔法と下級の一般スキル、下級の剣士スキルを駆使して連続攻撃を試みた。風魔法で一時的に身体能力を向上させて魔王の懐に潜り込み、左手に握った小石を魔王の顔に目がけて放った。そして、狭まった視界の死角から初心者ソードを三の字に振るう。

 しかし、それらの攻撃も魔王には通用しなかった。魔王は攻撃したこちらが驚くほどに最小限の動きで一連の攻撃を避けると、遊園地のアトラクションに乗った後のような爽快な笑顔を見せた。


「だから、お前はなんでそんなに楽しそうなんだよ」


 ふぅと息を吐く間も無く、今度は魔王の反撃が始まる。彼女の黒剣の剣先が地面を擦り、小さな火花を起こしながら俺の鼻先を掠めた。俺は上半身を反らしてその切っ先を避けた。避けたつもりだった。しかし、その直後に腹部に鈍い痛みが走る。


「イヨくん!」


 トトの叫び声が耳に入る。俺は短く視線を落として何が起こったのかを目視した。俺の左腹には赤黒い炎の短剣が突き刺さっている。まだそんな魔力が残っていたのか、と苦い顔で魔王を見た時、そのからくりを理解した。

 火花だ。先ほどの一撃の直前、剣先で地面を擦って火種を作ったのだろう。その火種を媒介に黒炎魔法を発動させたに違いない。それならば発動に必要な魔力も抑えられるはずだ。


「イヨくん! 集中! しゅーちゅー!」


 魔王の戦闘技術に感心している暇など無かった。彼女の攻撃はまだ続いており、今まさに俺の眼前に黒剣が横薙ぎに迫っている所だった。俺は腰を捩ってその攻撃を躱した。そして、体勢が崩れた所を再び追撃されないように風魔法で防御姿勢を保ち、そのまま初心者ソードを構えて反撃する。


 魔王の表情はあれから更に明るさを増していた。冷え切っていた表情には熱が宿り、一つ二つの台詞しか持たなかった小さな口からは、今にも明るい笑い声が聞こえてきそうだった。

 もう少しだけ、この魔王と戦っていたかった。だけど、そういう訳にはいかなかった。終わりの時間がもうすぐそこにまで迫っている。俺はきちんとこのゲームを終わらせなければならない。


魂の解放(ソウルアクト)


 俺は最後の魔法を唱えた。

 魔力を必要としないこの魔法は俺の宣言と共にすぐさま発動した。足元に時計盤のような魔法陣が出現し、そこに描かれた長針と短針が勢いよく反時計回りに回り始める。二つの針は次第に速度を増し、もうこれ以上は目で追いきれないと思ったその時、二つの針が時計盤の頂上ーー0時0分の位置でピタリと止まった。


『プレイヤーイヨのレベルは1になりました』


 機械的な音声が頭の中に響いた。と、同時に体の奥底から大きな魔力のうねりを感じた。初めて使う魔法だったが、なんとか無事に発動してくれたらしい。


「驚いたか?」


 斬り結んだ黒剣の向こうに魔王の顔が見える。その顔は驚きと喜びをないまぜにしたような、やけに無邪気なものだった。

 俺はその幼気な表情に少々毒気を抜かれつつも体の内から溢れ出る膨大な魔力の制御に集中した。


「これで、本当に終わりだ」


 全ての魔力を初心者ソードに込める。これ以上はもう無い。もうこの先は無いのだ。そう自分に何度も言い聞かせて剣を振り上げる。その時、自然と大粒の涙が溢れ落ちてきた。別に堪えていた訳でもないのに、その涙は堰を切ったように頬を流れ落ちる。

 泣き面で剣を振り下ろす俺とは対照的に、魔王は弾けるような笑顔で剣黒を振りかぶっていた。どこにそんな力が残っていたのか、黒い炎を全身に纏い、戦いはまだこれからだと言わんばかりに赤い瞳を輝かせて黒剣を振るう。


 俺と魔王、二つの刃が重なった。その瞬間、辺りに白と黒の閃光が幾重にも交錯する。その鋭い二色の光は広間中を駆け回り、ありとあらゆる物を破壊していった。天井に大きな穴を空け、頑丈に作られている壁や床を次々に崩し去っていく。

 俺の視界の端々には、そういった破滅的とも言えるような光景が映った。


 トトは無事だろうか。

 心配になって広間の隅に視線を動かした。そこには慌てふためくトトの姿があった。杖を振り回し、二色の閃光から必死に身を守っているようだった。

 トトには悪い事をしたな。そんな事を考えていた時、壁に掛けられた蝋燭の火が消えるように、俺の意識はぱたっと途絶えた。


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