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15日土曜日。


 時計の針はすすむ。9時、10時、11時……。

 週休二日制は世に定着してずいぶん経つが、皆がみなお休みというわけでは無く。

 デパートに各種交通機関に遊興施設。土日休みの初日の余暇を過ごして頂き、お客様にお金を落として頂いて、日々の糧を得る。そんな人々が、活発に動き始めるはずの時間帯。

 そんな時間帯のはずなのに、一人をのぞいて誰もいない、見かけない。

 あり得ない場所。白と黒と灰色のグラデーションだけで構成された世界。

「やだよ。やだよ。誰か助けてよ」

 さまよい人。そんなはずの時間帯、あり得ない場所をを一人の少女がさ迷う。彷徨う。さまよい、さすらう。彼女だけが持つ、色彩。それ以外は白黒灰色。

 いつの間にか、コートは無くし、濃い紺色の滑らかな生地が、白い朝日に映えるセーラー服。

 どこかで転んだのか、膝小僧に痛々しく、真っ赤な血がにじむ。

「誰か! 誰か助けてよ!!」

 あくまでも白いだけのきつい陽射しは、悲劇の主人公を照らす、スポットライトの様に見えた。運動が得意でないせいか、日に焼けない肌の色。乱れた髪。メガネはとっくに失っている。背中のカバンに着けたピンク兔もヒモが引き千切れて、今は無い。

 白と黒と灰色で出来たグラデーションの世界に、ただ一人の悲劇のヒロイン。

 そう言えば、早朝時手を繋いでいた、利発そうな少年の姿はどこなのか?

 いや、ココはそもそもドコなのか?

 ここでは無い場所。今では無い時。

 本来いるべきで無い場所の中心で、彼女は叫ぶ。たすけてよ。

 それは誰にも届きそうにない。何故なら誰もいないし、誰にも見えていないから。

 ただ時間だけがすぎてゆく。 


                                                  ◆◆◆

 

 もうすぐ11時半になりそうだ。大阪の淀屋橋という場所は、ビジネス街である。大阪の繁華街たるキタ――JR大阪と私鉄梅田駅を中心とした歓楽街。こちらももちろん大手企業の支社・本社も数多いが、歓楽街・一大商業スペースの側面が大きいだろう。

 一方その梅田周辺から地続きで、市営地下鉄御堂筋線にて一駅の淀屋橋・更にもう一駅な本町周辺はビジネス街としての機能を色濃く持つ。

 それを更に南下して、心斎橋・難波とゆくとそこからは、大阪のもう一つの繁華街ミナミのエリアとなる。異論は数多くあるだろうが、大まかな理解としては間違いなかろう。


 ビジネス街ゆえの特異性と言えるのかどうか。少なくとも大阪淀屋橋の周辺の飲食店は、土日に休みをとる店がちらほらある。基本ビジネスマンたちの胃袋を満たすために、平日営業がメイン夜は居酒屋に変わる、と考えると合理的とも言える。普通の女子学生ではそんな狭い豆知識? など持つはずが無いし。そもそもそんな場所で、昼食を取ったりしないものである。

 その意味では、天川夏海は普通では無い。

 

 淀屋橋ビジネス街。地下鉄の出入り口を降りると、私鉄駅や中規模商業施設に繋がる地下道になっている。その中を迷わず確信持って、歩く。今日は多忙な父親との会食が夕方に予定されているが、かなり早めに出てきて各種買物を済ませて、今に至る。 

 何せ梅田駅から淀屋橋駅まで彼女の足で、大よそ30分弱。それもまっすぐに向かった場合、である。今日は日常の小物類がメインでは無く、古いライトノベルを探すのが主目的。ライトノベル寄りではあるが、読書も趣味な彼女である。

 彼女の知る限り大阪梅田周辺では、大手古本屋チェーン店は存在せず、目当ての古本屋は、大阪第四ビルあたりまで足を運ばねばならない。とここまで足を運べば、淀屋橋まで目と鼻の先。中之島にかかる大江橋を超えればもう、淀屋橋だ。

(そう言えば、ビジネス街の中なのに、高級そうな食品扱うスーパー増えたよね? 何でだろ?)

 彼女はこの周辺を通るたびにそう疑問に思いつつ、事情通なほうの親友も夏海父も、その答えを持ち合わせていなかった。ここ数年、ビジネス街に高級高層マンションがいくつか建ったのは、需要にこたえた結果なのを、まだ一学生に過ぎない彼女が分かるわけが無く。

 地下街をゆきつつ、いつもそんな疑問を頭に浮かべてしまう。裏返せば、彼女もたまに利用するからである。お昼ご飯を買って、スーパーの中イートインスペースにて食べる、という利用をするからだ。

 しかし今日目指す外食先はそこでは無い。充電が可能なファーストフード店が、中型商業施設地階のにあるからだ。

(さてさて、今日はどおしよっかなーー。時間はまだまだあるし、心斎橋出てラノベ探しでも良いし。百均の大きいのもあったよね? 地下鉄は……その運賃あれば、ラノベの一冊や二冊古本なら買えるだろうしねー。歩くか!)

 同じ系列の100円均一ショップであっても、規模が大きくなればなるほど扱うアイテム数が、正比例で増える。古書探しに、雑貨漁りに、B級グルメの食べ歩き。現役女子中学生にしては、いささかオバサンくさい趣味だろうが。本人は気にしない。

 久方ぶりの父親との食事会に、テンション上げたままの彼女。背中には、E:リュック状態。

 あれこれと買物プランを考えるだけでも、楽しい!


(そーいえば、この辺大き目の薬局もあったよね? まだお昼込み具合まで時間ありそだし……)

 自覚無いが、結構健脚の彼女。2時間大阪地下ダンジョンを西に東に彷徨さまよった後でも、まだ元気だ。回れえ……右っ! 針路を南西に取れっ! らじゃっ! ってな具合で歩み止めて、方向転換。薬局で100円~200円くらいでお買い得なお徳用駄菓子が、売られている可能性に思い当たる。針路を変えて一旦地上へ。ちょうど十字路の交差点に出た。地下鉄の出入り口を出た時ブランドモノの腕時計の、ショーウインドウが目に入る。

(お父さんに買ってあげたいけれど……うちがお金持ちならなあ)

 この手のブランドは数十万、下手すると数百万はザラにするのは、彼女もよく知っている。この前を通るたびにもれるため息。そのまま薬局目指して南下しようとして……。

――……け……て…………

 え?

 少女の顔に驚きの色にそまる。通行人の何人かが、その素振りにけげんな顔を見せる。

 あっ、何でも無いんですよ! そんな感じの会釈して誤魔化して。そんな態度も子供らしくなく。

――……た……すけ……て…………

 ささやく様な声。聞き逃してしまいそうな声。

(これって……)

 夏海にはわかる。これは、空気を震わせて相手に伝える物理現象では無い。霊の発するそれに近い、と。

 今、彼女は御堂筋脇の歩道にいるが。地下鉄出入り口周辺に、ナニカある。そう直感して振り向いて。迷わず近寄って、うす汚れたマスコットキャラを見つける。フェルト生地に綿のつまった桃色ウサギのキャラクター。拾う。

(これ、わんちゃんが賞を取った時のだ!)

 従妹で幼なじみで一つ年下の少女が、夏海には居る。金村春夜かねむら・はるよという。彼女は錆重さびしげわんこのペンネームで、賞を取り、覆面作家として今も活動をしている。

 それだから見覚えあって当然。でも、拾ったストラップ自体に見覚えがあった。このキャラのくたびれ具合。糸のほつれ具合。インクの汚れ!

(どこ? どこで?)

 彼女の中から音を消す。景色が消す。思い出そうとする。思い出せ! あの声のイントネーションからは、切迫したものを感じた。告げる、直感。探さないと……探し当てないと!

 焦り。

 焦燥感。

 思い出せ。

 思い出せ!!

 記憶とは面白いものだ。直ぐに思い出せない。ノドまで出かかった思い出せないものも、ふとしたきっかけで思い出す事もあれば。一方ふとしたきっかけで忘れもしたり。


 記憶の奥を掘り起こし、幼なじみの従妹少女の笑顔が思い浮かぶ。賞を受賞した直後、大人しめな彼女が珍しく誇らしげに、両手に持ってかかげて見せたマスコット。ちょっと不良っぽい水色ウサギくんと、ひかえめさを笑顔で彩る桃色ウサギちゃんのマスコットデザインのサンプル。彼女の受賞作品の立体化だ。これが二年前。錆重わんこのペン・ネーム――従妹絵師ちゃんがリアル小学4年生の出来事。

 掘り起こされる記憶。

 その半年後。今から一年半前。このカップルキャラに似た人たちとの、出会い。


 夏海も親友――水橋早織も中等部からの編入生である。受験先を鳳雛を選ぶ前、竜王学院にも足を運んだ。

 学外見学会みたいな席。ひかえめで生徒会庶務をしているメガネ少女との出会い。そして従弟でも弟でも無い年下彼氏を紹介された程、不思議とその竜王校庶務さんと話がはずんだ。

 彼女たちはそのマスコットを愛用していた!

 思い出す。

 思い出す!!

 せき止められていた流れが、一気に流れ出す。

 誰も気にも止めない――中学生くらいの少女が立ち止まっているのを。行き交う歩行者たちの邪魔にならない様に、端に寄っているのもある。人の目を引く存在感もあるが、防寒の帽子がそれを隠しているのもある。しかしそれよりも何よりも。ぼうっと、徐々に存在感が、いや彼女の色彩が徐々に薄れていっている様なのだ。赤青黄色の色の三原色、その色味が抜けて。そしてただ白黒灰色の濃淡だけの存在に。

 でも目立たない。誰も気がつかない。そんな異様な光景にも関わらず。師走の古語のごとく、年末の12月はみな忙しい。それゆえか? そんな言葉で片付けるには異様な光景にも関わらず。


明日の18:00に投稿予定。

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