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15日土曜日
同時刻。中2と小5のカップル消失地点よりも、少し離れた場所にて。
近年ビジネス街に高級マンション建設が増えているという。
そんな高級マンション一つ、そのロビーから速足で、飛び出た歳若い二人がいた。
「ちょっ、アタシのお膝元でえ! ふてえ野郎だ、新型ガジェット」
一人は女性。小柄な女性。
何だろう、そんな悪態も可憐で可愛らしく見えてしまう。芝居じみている。小柄で小粋。いや、そもそも目立つ、その存在感。
アイシャドウやら濃いオレンジの口紅も、嫌味なく似合っていて。レモン色のワンピースの上に、白いコートを羽織りながらの移動。でもって、ハンドバックを落としそうになり、転びそうになって、おっとっと。
「気をつけて、トモ姉。まだ反応あっただけですし。まだ間に合います。少なくとも痕跡は明確に残っているはず」
そう返事返しつつ、彼女を支えたのは青年。長身だった。小柄ゆえに、細かく素早く足を動かす彼女。それに合せて歩く。彼もまた目立つ。モデル……というよりはスタントマンか。そんな、やや剣呑な雰囲気を持つ。鞘に納められた、稀代の名刀――そんな鋭利な印象を与える青年。護衛の様に、執事の様に寄り添う背広姿、サラリーマンにしては隙の無い立ち振る舞い。彼を見たのが、高齢――それも年配の80代90代なら、こう評するかも知れない。
軍人さんの様だと。
目立つ二人組。早朝で土曜日という事もあって人通りはまばらだが、何かの撮影かな? そう早合点する者たちが、何人も居る位には二人は目立つ。
「分かってる! えーっとステルスは? 立ち上げといて!!」
「もうやってます」
長身の彼はの右手にはスマートフォン。忍者が両手を組合わせたポーズ――印を組む、二頭身。そのアイコンはすでにタップし終えていた。それがドロンという擬音を模した電子音とともに、煙を画面上にまき散らしてかき消える、アニメーション。
起こった画面上の現象はそれだけだ。それ以上は一見何も起こってはいない。
だが。
アプリケーション・ソフトは今も作動し続けて、スマホの電力をじわじわと消費する。
その事とは関係無いだろうが、五六人は居た、二人に注目していた通行人たち。一瞬目をまたたいたあと、首をふったり目尻を押さえたり、セキをしてみたり。
そのあと何も無かった様に、出勤を再開する。急に二人に無関心になった。いや、最初から二人を見ていなかったかのように。
「明くん! 指南くんの反応はもうちょい。近いよ」
「……該当する年齢の人たちは周囲に居なさそうですが」
該当者――あえてそんな言い方をしているが、この二人が探しているのは中高生くらいの人間だ。
規則性はまだ特定できていないが……。呪術関係と思われる中高生の行方不明事件が10件近く起きていた。
指南くん――彼女がそう呼ぶ携帯のアプリケーションは、何か特定の反応を検知するレーダーの様だ。
彼女の右手にもスマートフォン。その画面は古代中国の羅針盤を模した画面が現れており、針の部分が赤く強く点滅して光を放っている。
それがだんだん強くなる。
ときおりそれを目で確かめて、速足で進む。青年も護衛のごとく、つかず離れずついてゆく。
「夜勤明けなのに……ゴメンね」
「大丈夫ですよ。慣れてますし。一週間ほど有給取りました、というか取らされましたしね。昔みたいに買取は駄目になったらしく」
「買い取り? それ、大丈夫? 法律的には? そっち方面はウトくてあんま知らないけど」
「まずいと思ったから総務もそう判断したのでは? すみません、俺も専門外です。ともかく。そろそろまとめて消化する様にと総務の指示で有給を……それで反応は?」
互いが気安く気がね無く付き合える距離感。そんな軽口を中断して、青年が問いかける。
時間も時間なので、いまだに人通りはまばら。しかし先ほどよりは多くなっているのは、大阪の繁華街キタ、梅田駅まで地下鉄でわずか一駅という地点ゆえ、である。
その交差点。北側は中之島に通じる大橋。交差点の四隅それぞれに地下鉄の出入り口。この出入口には、別路線私の鉄電車駅ホームまで繋がっている為に、出入りする人々は、当然増える。その中に該当者は居ない。それはすぐわかる。
「ここのはずだけど……居ない?」
「居ませんね」
「こっくりの反応以外に別のもあるみたい……『扉』かあ……」
「うちの上層部の予測が当たったって事ですか」
二人は立ち止まって、それぞれのスマートフォンの画面を見比べる。明――そう呼ばれた青年の画面上、左真上に電池のアイコン。三つあるブロックの一番上がブランク。丁度残り電力が半分といった表記だろう。先ほど立ち上げて何の作用をしているのか分からない、ステルスと呼ばれたガジェットソフト。それ以外に彼もいつの間にか指南くんを、立ち上げていた様だ。
マンションを出てからおよそ15分足らず。満充電であったそれが、ここまで減る作用が、このソフトウェアにあるのだろうか?
「だね。どうする? 急いで出てきたから装備品も心もとないしね。明くんもちゃんと仮眠取った方が」
「健康面的に、大丈夫ではありますが」
そういう弟分に、真下から見上げる抗議の視線。にらみつける仕草も絵になる、佳人。幼い顔立ちながら、ちゃんと年上の威厳めいたものが垣間見える、面白い逸材だ。
「『扉』が開いているとなると、最悪異界からみ……万全にしないと行けませんね、おっしゃる通りに」
無表情だった顔立ちに、ここではじめて苦笑いが浮かぶ青年。「お義姉さん」には逆らえ無いよね。
「ん、よろしい」
そう言って芝居がかった仕草で大きく胸をはる、「姉」。コートの胸元がゆれる。小柄な割に大き目な胸。トランジスタ・グラマーと年配のご仁たちから褒められる、均整とれたスタイル。
「出直しましょう……ん、竜夫さんからメールですね」
スマホを持ったままだから、メール着信の確認はいつになく素早い。
「あ、アタシにも来てるかな。で、何て?」
女性というものは、基本物ぐさなんだ。そんな誤解の大元、トモ姉。同じ内容のメールなら義弟に口頭で聞くのが楽だ、的な。
「娘さんと今日梅田で食事会だそうですよ」
「えーっと、夏海ちゃん。プレ持ちだったよね? 確か」
「プレ・ガジェット持ち全てが、トラブル・メーカーってわけではないですよ」
「分かってるわよお~。でも一瞬で明くんも可能性考えたでしょ?」
「それは……否定できませんね
「でしょ! もっちろん! 竜夫さんご自慢のモノスゴイいい子! 竜夫さんを見てればそれは容易に想像できる。会った事無くてもね。でも、でもね。それとプレ持ちなのは別問題。明くんはそれをよおく知ってる、よね?」
「…………」
明はその問いに答えない。トモ姉――巴もそれにあえて更なる問いかけはしない。
言葉にしないと分からないものは、数多い。けれども。
「戻りましょう」
そう言って帰宅をうながす青年の姿に迷いなく。小柄な自分の進みに合わせてくれている、「義弟」の姿に微笑みが止められない「義姉」。彼女は行きと異なり、彼の後ろをついてゆく。
言葉にしなかった、答えは、その迷い無い青年の背中にある。その背中が嬉しくて、わざと遅れてついてゆく。
その足元にヒモのちぎれたストラップ。桃色のウサギを模したモノ。道端に転がっていたが、彼女も彼も気がつかない。道行く人々も気がつかない。
まさか事件の手がかりだと、誰も気がつくはずも無く。
そのまま事件そのものも、全て無かった様に。誰にか通行人に蹴飛ばされて、片隅にやられて。そのまま忘れ去られようとしていた。
明日の18:00に投稿予定。