表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/30

(6)

翌朝、早朝。15日土曜日。


 土曜日が休みだからといって、部活動や生徒会活動等はある。また空き教室や図書室を自習に使う。そういうのもある。

 そんな学園生活故の登校は、日常茶飯事である。交通費的には通学定期券が有るし、授業では無いので菓子類ジュース類の持ち込みが、黙認もされている。

 昼食とお茶菓子と雑貨代。どの家庭にも経済的にさほど負担は無いし。厳しい家庭環境の子供も、学園という逃げ場を得られる。

 それ故に積極的に学園内活動にいそしむものも多い。世間から品行方正に見える鳳雛学園学生たちの、裏事情であった。


 そもそも、関西北の鳳雛に、西の竜王。ここ十数年で名門のブランドを確立しつつある、学校法人である。両雄の一方――鳳雛学園の中等部高等部の制服は、紅葉色のブレザー服。真っ赤なリボンタイをあしらう女子制服の、メリハリ利いたデザイン。まるでライトノベルの制服の様とまで言われたそれは、もちろん内外の女生徒たちに特に人気がある。


 その少女はその人気のブレザーの上に、学校指定の同色のコートにマフラー・手袋をして、道を行く。早朝、まだ日も明けない街並みを、行く。肩を落として道をゆく。

 地味。

 その一言で全ての印象を表せてしまうのは、まずそのお下げ髪が目につく。男女問わず、肩までの長さまでなら髪の色や髪型は問わない。そんなユルい校則にも関わらず。そして平均身長よりもやや小柄なのもまた、地味である。まだ一年生なのは、学内の人間なら分かる、コート袖口の赤いライン。名前も地味なのではと、彼女は自己嫌悪する。礼田弓子という。

 肩落として歩く姿は、彼女の地味さに拍車をかける。そして暗い表情。悩み。

 古今東西に老若男女。人は誰しも大小有形無形の悩みごとに、事欠かない。小は昼食に食べる物を、大は人間関係などなど。思春期に入ったばかりのこの世代なら、まず恋愛か?

 はあ。そう、大きくモれる少女のため息。色恋沙汰のため息においては、やや深刻過ぎるように見える。恋の悩み特有のある種の明るさが、一切見えないからだ。

 

 朝日は昇らず、まだ当たりは暗い。その暗さが、彼女の顔立ちに影を落とす。

 ぶるると、胸元が震えて小さくポップな曲調がワンフレーズ流れた。メールの着信と気がついた彼女は、こわごわと取り出す。最新式のスマートフォン。地味に控えめに。でも女の子らしくデコレーションしたスマホには、両親と自分・妹――家族四人のフォトシールも貼られていた。その様から家族関係は一見良好にも見えるけれど……。

 メールの配信先は、伯父さん――いや、「未来のお義父様」からだ。痛みにも似た表情を見せる。いや、痛い。心が痛い。眉間にシワがよる。

『通学経路 確認電信未着』

 メールの件名がまるで、勤め人の業務メールのごとく。件名だけでもストレスが大きい。内容を見ると更に額のシワが深くなる。

 痛い。イタイ。いたいよ。胸の奥がいたいよ。

 機械的もしくは事務的な指操作で、メールの内容は念のため、彼女は確認した。その内容は予想どおりだ。通行人が入らない様に配慮して、写真撮影。通学路の現在地を写す、メールに貼りつけて送信する。GPSで、現在地を知る方法だってあるのだ。それなのに。本人に通学中の動向をわざわざメールさせるほどの、束縛。

 血はつながっている。

 伯父だから当たり前だ。

 伯父には子供が無い。

 「家」は存続されねばならない。伯父の家が一族の本家筋。大人の事情。家の事情。

 高等部に上がる時には、伯父夫婦の家庭に養子にもらわれる、予定である。


 伯父は傲慢で独りよがりではあるが、気前良く威厳がある。好きにはなり切れないが、キライでは無い。……無いはずだ。伯母は温和で優しい人だ。いつもにこにこして。何で伯父となんかと、結婚したんだろう?

 胸の奥。きりきりきり。イタイ。

 本当の両親の前では、素直で良い子。妹とはたまにクダラナイことでケンカはするが、大の仲良し。ここまでは嘘偽り無い自然なままのジブン。

 いつものように、自然に自然体に振る舞えば、何も無い。問題無い。

 家のためだから。家族のためだから。何よりも、ジブンのためだから。

 そう自分に言い聞かせて。


 大阪市内でも南、堺市の方が近い場所からの通学。それでは、学園も遠い。今の季節は冬、12月だ。期末考査も終えて聖夜も目前にせまるころ。

 イタイのは、寒過ぎる今の時間帯のせい。風がきついせい。そう言い聞かせ、自分をダマしてごまかして。道行く足取りは遅い。まるで積もった雪に、足を取られたかのよう。

 でもあいにく、昨日今日そして明日と天気は快晴で。積もるどころか、雨さえ降らない快晴である。


 少女の悩みなどしょせんは家庭の、一事情。

 誰も助けはしてくれないし、ささいな問題だと片付けられてしまうのがオチだ。

 それが原因で人が死ぬ。極端に言うとそこまでの問題に発展しない限り、人は――いや正確には部外者たちには、対岸の火事に関して、基本興味を持ちえない。それが普通だ。普通の事だ。誰も助けてはくれない。

 だから立ち向かわずに、我慢する。

 我慢を胸に秘めて、足を進める。その彼女の胸元に、今度は大好きなアニメソングを模した着信音が、ワンフレーズ。

 聖夜――クリスマスなんて単なるお祭りめいた行事に過ぎないし。そしてサンタクロースなんて、いないけど。

 彼女の元にも、こっくりさんがやってきた。


                                                 ◆◆◆


 同時刻。

 早朝大阪のビジネス街をゆく、歳若い、いや幼い二人組。紺地の防寒服。その中身は白のスカーフに紺セーラー服の、小柄なメガネの少女だ。生真面目を服着た風に見える子。コートに半ズボン、切れ長の瞳の少年の手を引いての登校風景に見えた。

 姉弟? もしくは有名私学に連れだって登校する歳離れた先輩・後輩。そう見える。コートの下のセーラー服を見る事が出来れば、竜王学院のものだと分かるだろう。

 竜王も鳳雛と同じく小中高大学と、一貫校である。男の子の制服もその初等部の物、ちなみにこちらのコートの中身は、白い水兵服に半ズボンのスタイルである。


 一見微笑ましく見える登校風景。

 それぞれのカバンに、おそろいのウサギマスコットの、ストラップ。少年は青系。少女のはピンク。それが歩くたびにゆれる。

「ほんとにいいの?」

 不安を押し殺した小声。聞かれない様に。聞えない様に。少女のその努力が実ってと言うよりも、皆登校や出勤の為に気持ちを急かしている。聞こえても誰も気にしない。

「二人で決めたじゃない。二人でそうしようと」

 こちらも小さい声。ただ少年のそれは、決意の色に染まっている。揺るがない決意。その決意を示すように、少女の手を力強く握る。通学カバンは背中だから、もちろんもう片方も空いている。小学生が持つにはいささか不似合いな、スマートフォン。それも高額でかなりの高級機だ。

 と聞き覚えある電子音のメロディーが聞こえてきた。その曲特有の、もの悲しい旋律。電気信号による単音調がかえって、何かを不安や焦燥をかき立てそうになる、そんな独特の音階だ。

 駅を目指して歩く何人かが、その音階に気を取られてそちらを振り向く。

 さて何の曲だったのか? 小学校で大昔習ったよな? 思い出したい。でも思い出せない。

 老若男女。皆がみな視線がそのスマートフォンに向いたが、ノドまででかかった答えは出てこない。


 スマホは起動していた。白地に墨文字で50音表。その子分たちを従えるはい、いいえの文字列。その上に玉座よろしく血の色で描かれた鳥居のマーク。

 文字達の上を、赤銅色の真新しい硬貨を模したアイコンが飛び跳ねる。

 おいで、おいで。

 その三文字を行き来する。何度も何度も。

 「用事の無い者を通さない」、そういう意図の歌詞が付いていたメロディー。

 あぁ「とうりゃんせ」だ。

 何人かが得心して、少年少女に興味を失って職場へと急ぐ。数瞬遅れて気に留めていた者たちも、又同様。

「その大丈夫……なの?」

 まだ不安を打ち消さない少女の小声。

「大丈夫! 何か有れば君を守るよ」

 その声にウソは無く。そうして、中2と小5のカップルは、朝の雑踏の中に消えた。

――比喩的意味では無く、この物理世界から姿を消した。 


明日の18:00に投稿予定。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ