(5)
12月14日金曜日。
大阪の中心部からJRで30分弱、私鉄でも同じくらい。それも普通電車でだ。京都にも同じ位の時間で行ける言わばベッドタウン。
その街に鵬雛学園の学び舎がある。
そのおひざ元の商店街を少女が行く。紅葉色の制服、鳳雛の中等部の物だ。
この街はその利便性もあってか、人口は増加傾向にある。特に住宅街にも、中古マンションにも新築マンションにも、特に小中高の子供たちの姿が多く見られる。
付属大まである名門の部類のこの学園、その割にはさほど校則が厳しくないという。
隔週土曜日がお休みで、明日もそうだ。その金曜放課後15時過ぎは、明日明後日の二連休の期待感もある。だから寄り道自体は珍しくない。
制服姿で学園少女が商店街を、紅葉色ブレザー少女が行き来する。その事自体は問題が無いのだが。彼女は目立っていた。
通学カバンが背中でゆれる。加えて両手の買物レジ袋が、前後左右にゆれ動く。歳相応の小柄さで、ちょこまかと動くさまは愛らしく。顔立ちも愛らしい。が、それら以上に珍しい髪型が、目に付く。
やや茶色がかった淡い栗色の髪。それが小鳥が羽ばたいた様に、広がった様なのだ。加えて笑顔。商店街の両脇の店みせを行き来する。
笑顔で応対して。お金とお礼と笑顔で支払って。そうやって様々な日用品を手に入れてゆく。
だんだんレジ袋、ふくらんで。まるまる一本の大根まで突き刺さる。女子学生にしては妙に所帯じみた姿に、貫禄があった。
12月だというのにコートも着ないで行き来する様は、元気の証拠なのか。それとも動いてこもる熱を逃がす為か。学園指定のコートは、一時友人に預けている。
買物戦線の臨戦態勢は、彼女的に万全といえた。一方、金銭等貴重品入れた通学カバンは彼女の背中のまま。
親友と言えども、あとで財布が有る無いなどと揉める、ささいなトラブルは避けたい。だから貴重品は全て身近に持つ。この辺の発想は、女子学生にしては、大人びた考え方であろう。
一方商店街に目を向ける。よほど立地条件に恵まれたのか、地元民の努力のたまものなのか、この商店街の店はみな、そこそこ繁盛している。
JR駅と私鉄駅を結ぶ通り――といった態の好条件の立地。スーパー、100円均一ショップに駄菓子の専門店。
携帯ショップに薬局各種飲食店にカラオケなどの娯楽施設も完備。その栄え方は、地方都市でよくあるシャッター街では無い。大型デパートも歩いてすぐそば。
そんな子供を誘引し誘惑もするお店の数々に、目もくれず。生活必需品を手際よく、安く、そして大量に仕入れる彼女の様は、目立つ。
そんな彼女の行動を見てもし興味を持ったり、見惚れてしまったら? 貴方は彼女の、奇妙な行動に気づくだろう。
何も無い空間に、ときおり会釈する。笑顔も向ける。見えない誰かにあいさつするかのように。
……と、一瞬奇妙な顔をする。レジ袋たちで両手はふさがっている。少し迷う。商店街、カラオケ店の看板近くに移動。通行人に、邪魔にならない為の気づかい。何とかよろけながらも、レジ袋を片手で持ち直して。よっこらせ。ここだけは、オバサンくさく、ため息ついて。
制服の内ポケットに突っ込む。大事な戦果はしっかりちゃっかり、保持してます!
年代物のガラパゴス携帯が出てきた。黒地に赤いメッキラインの二本線。丸っこい形は女子学生らしいかな? といえるフォルムだが、かろうじて。
でもところどころ赤メッキがはげて、だ円形の丸みも一か所欠けている。
それを片手に器用に開く。時代遅れの折りたたみ。音無しのバイブ。メールが来たようだ。
画面を見る。笑みがこぼれる。
『何しとんねん! はよ、戻っておいで!!』
メールの件名で、誰から来て用件までも分かるのが、面白い。今時関西人でも珍しい、丸出しの関西弁。
手慣れた操作で返信打って。さっそうとゆく! 行きつけのファーストフード店に向かって。
ただの女子中学生……のはず。でも彼女には存在感が有る。背筋がぴんと伸びて、歩くさまは、やり手のキャリア・ウーマンの様にも見えた。
その歩き姿の胸元に輝く、金属の校章を飾った名札! 名字の下に赤いライン。その表記は天川と読めた。
◆◆◆
ファーストフード店、二階。七割がた客で埋まっている。大半が中高生なのは、お休み前日の解放感も手伝って、その場にたむろっている。
歳若い紅葉色ブレザー制服の面々が、半数占めている。流石は鳳雛の城下町といった風情か。
週末の余暇を楽しむためか。期末考査を終えて、クリスマスが射程圏内に入ったから、というのもあるかもしれない。さて。そんな中買い物少女――天川夏海の待ち合わせ相手は、まだ幼い男女の二人。すぐに見つける。いや彼ら二人も目立つから、ほぼタイムラグは無し。
「で、話しって何?」
「うちや無おて、仁くんからのお話。詳しい用件はまだ聞いてへん!」
鳥羽根少女、そつなくセットを注文し終えていて、当たり前の様にいつもの席――窓際に。窓側から見下ろす風景が何気に好きだと、彼女はいつも思う。
その好みを知っていて、陣取ってくれてる、親友。その待ち合わせの相手も、単なる女子学生とは言い難い存在感がある。その隣の少年は、終始苦笑を顔にはり付けている。苦笑しつつ、少年はスマートフォンを操作した。忍者が印を組む、それをデフォルメしたアイコンをタップする。
「夏海ちゃん久しぶり。急に呼び出してごめんね」
「いいよ。仁くんにはぼくは、大きな負債があるしね。水のんに関しては……」
「ん、何か文句でもあるん?」
同じく紅葉色の制服。同学年を表す名札の下の紅色ライン。今時おかっぱの髪型は、時代遅れいちじるしいが。彼女のそれは古風だが威厳すら感じさせる。一見黙っていれば、彼女は上品なヒナ人形の様。それが口を開くと、ヤクザの親分顔負けの、関西弁が飛び出す。
そんな彼女に、天川夏海は素直に頭を下げる。
「……いつもお世話になっておりやす、オヤビン」
とおどけて返す。鳥羽根めいた髪型もゆれる。
「うん、分かってたら良えんや!」
えっへん。そう胸を張る姿は大人物を感じさせる。クラスのボスだ。筋さえ通せばおうように対応してくれる親分。
夏海の一人称がおとこのこ口調の「ぼく」のまま、素で話すことが出来る大親友の一人。
それがクラスの親父さん(性別は女)、水橋早織その人である。
「二人とも相変わらずなんだあ。安心したよ、うん」
性別男なれど、その整った顔立ちより、まず癒しめいた笑顔がまぶしい。少年が、二人に微笑みかける。彼の制服は黒のブレザーに、緑ネクタイの半ズボン。半ズボン? 同学園初等部の制服だ。顔立ちも背丈も、同い年に見えるけど。
長髪を結った姿はポニーテールと言うよりは、若武者のマゲめいた印象を与える。さわやかな佇まい。ヒロインめいた少年、名前は大地仁と言う。
水のん――早織の彼氏と聞けば、たいていの人が驚く。親分に愛人がいた! 若衆をかどわかした! 一応女だったんだ!
散々な言われようだ。耳に入れてはいけない。知られちゃいけない。そんな地雷である。
「ゴメン。お話脱線させっちゃたね。で、ぼくらを呼び出した訳は?」
「えっとね、まずこれから見せようかな?」
滑らかな動作で腰のホルダーに手をやる。彼は取り出したスマートフォンの画面を、二人に見せた。その仕草、何故か少女たちのそれより色っぽい。
二人は無造作に、メールの着信履歴を見やる。
『こっくりさん』
『マヤちゃんがおまじないに、はまったけんについて』
『そうだんごと』
その件名で、大よその検討がつく。そしてメールの発信元が全て女の子というのも。そして親分、もとい早織の顔が険しくなる。
「浮気? 浮気なん? なあ!」
「ん? 違うよ。あの子たちは単に集団登校のチームってだけだよ。安心して。ねっ」
「う~~む」
「ちゃんとぼくは早織ちゃんの所有物。売約済だって言ってるしね」
「水のん、ゴメン。気持ちは分かるけど……その話題いったん中断。お話進まないし。仁くん続けてくれる?」
ん? と首をかしげる姿も、彼はまた悩ましく。何かフェロモンめいたもの出てるんじゃないかと、苦笑をかみ殺しつつ夏海は先をうながして。親友にして、大親友の彼氏に過ぎない。だいたい大昔彼にはヒドいこと言ったし……。
そんな悩む少女――夏海に微笑んでみせる少年。見透かした様に。大丈夫だよ……と。幼なじみたちのやり取り見て何を思ったか、
クラスの大親分は、不満を取りあえず引っ込め苦笑してみせる。夏海、気にしすぎやで、と。
心の動き、三種三様。それはともかく会話に夢中。それで頼んだ三種類のハンバーガーセットは、冷めてゆく。
「こっくりさんのアプリ、あれで遊んじゃダメだよ。あれは危険なものになりかねない」
そう言って柔和な笑顔を引っ込めて、真面目な表情で仁は二人に警告した。
「アプリ? ああガジェットの事? 仁くんけっこう古い言い方をするんやね」
NGプロダクツ社製スマホが席巻し始めた頃から、アプリケーションソフトは、何故かガジェットと言い換えられ始めた。
はやりすたりにビンカンな中高生。その最先端を地でいく早織女史は、そう鼻で笑う。
「そうだったね。ぼくはお歳をめした方々との付き合いがある関係で、ついね。でそのガジェットだけど……夏海ちゃん、特に影響あるから気をつけて。今から起動するけど、一応そのものは危険は無いから」
そう言って、画面上のアイコンをタップする。彼の滑らかな指先が、イヌ・キツネ・タヌキを可愛らしく模したアイコンに触れる。立ち上がりに時間がかかるのか。直ぐには起動しない。
狗に狐に狸。
それを続けて表記すると「こっくり」とも読めるのを夏海は知っている。それぞれが互いの尾を追いかける風のデザインのアイコン。
輪を作るさまのそのアイコンは、可愛げある様にも見える。けれど、その道の専門家大地仁も、片足を突っ込んだ夏海にも、違う意味にも取れる。可愛くごまかしているけれど、これは呪術的なデザインだ。
「っ!」
天川夏海は声なき悲鳴を上げかけて、飲み込む。
起動したガジェットソフトが現実世界に重なった、別の視界。夏海には半透明のある風景が、重なって見えていた。
ソフトが起動した。画面上には白黒灰色と明滅し五十音の文字と「はい」、「いいえ」の表記。その上に血の色した鳥居のマークが浮かび上がる。加えて。いぬ、きつね、たぬきの頭部を持つ三頭身人形なコミカルキャラ。それらが、仁の携帯の周囲に浮かび上がっていた。彼女の視界が告げる。これは霊的な仕掛けだ。
「やっぱりはっきり見える? ぼくにだって、うっすらとしか見えないけれど」
「その辺うちは一般人やしなー。夏海? 大丈夫? 気分は?」
霊視。霊的現象が見えるという事は余り良くない事だと、早織ですら親友の過去の様子を見て知っている。最悪の場合瘴気にあてられて、倒れる事も珍しくなく。たまに商店街の浮遊霊たちに、買物お得情報を知らせてもらえても。たいていは割に合わない。
「ん、大丈夫……仁くん……わんちゃんときつねさんとたぬきさんの使い魔っぽいのが浮かんでる」
「そうか。もう閉じるから。ゴメンね」
「待って。大丈夫だから。錆重師匠から一応のお墨付きももらってるし、ダイジョウブ」
こめかみにあぶら汗。つらそうな気持を、笑顔で包みこんでみせる。そうして夏海はおそるおそる使い魔の一つに触れようとする。
霊視、見る。霊の声を聴く。これみな「感じた」モノを、五感に翻訳した結果だという。
なればこそ、意識すれば触覚――触れる事が出来てもおかしくない。
半透明なそれら、犬頭の可愛らしいのを選んで触れる。選んだ意味は特にない。彼女が犬派、それだけだ。お腹らしい部分を触ってみた。むずがる。それでいて嬉しそう。
「ナツミん?」
「夏海ちゃん?」
二人の心配をよそに、見えないお友達のかゆみを癒す様に、丁寧に触れてゆく。
「ん、確かにこの子たち自体は基本悪さをしないみたい……NGP開発部さんたちの見解は?」
「夏海ちゃんのと同じだしね。つながっているネットの向こう側の相手こそが、ことをおこしていると」
「だから発覚が遅れとる。そんな感じなんやね? で、仁くん実際は何が危ないん?」
彼女の断定口調の物言いに、彼氏はいつもの苦笑を貼りつけて答えを返す。
「早織ちゃんは相変わらず、話聞かずに、決めつけちゃうんだね。でもまあ今回は、だいたいそんな感じ。あっ、ちょこっと食べさせてね」
包み紙向いてハンバーガーにかぶりつく。細身で繊細そうに見えて、彼は結構大食漢。セットのダブルハンバーガー。それだけでは足らなくて、まず単品注文のハンバーガーをあっと言う前に食べつくす。ダブルバーガーにも手を付ける。
それに合わせてか、早織女史もフィッシュハンバーガーを少しかじる。珍しく可愛らしく見える。
夏海は使い魔イジリに夢中だ。狐君にも狸君も触る。むずかる。気持ちよさげで。じゃれる。愛らしい可愛らしい。
「簡単にいうとさ。すぐさま危ないって話では無いんだ」
少年はくちびるについたケチャップを、紙ナプキンでぬぐいつつ、話を続ける。
「こっくりさんを使っているのは小中高、みな学生で大小の差はあるんだけれど、生気を吸い取られているという点。この点は確実でこれから更に吸い取られて、健康に害をおよばしかねない。そしてある種の常習性」
「常習性って麻薬みたいなん?」
一拍置いて、残りのバーガーを食べきりつつ、どう説明すればわかりやすいか、的確に伝わるかを思案して。少年は言葉を継いだ。
「ん~、化学物質的依存と言うよりは精神的依存かな? さままな悩みに答えてくれる。頼りにする。大事にする。手放せない」
「それ言うたら、スマホのサインかてウィスパかて、そやね。うちらの世代はスマホ無しには、セーカツ出来へんもんなあ」
二人の真剣なやり取りをよそに、ネンドか何かをこねるごとく。三匹をいじり倒す。楽しい。こねこね、こねこね。彼らは嬉しがってジャレてくる。白いテーブルの上のハンバーガーセット。それらを器用によけてあちこち行き来する三匹。
狐顔使い魔君の後ろ姿、ふわふわしっぽ。そそられた。つい無遠慮につまんでしまう。キツネ振り向く。口を開く。小さいながらも鋭そうな刃がずらり。キバだ。あっ……と夏海が思った時には遅かった。ガブリ!
「っ!」
「ナツミん!」
「夏海ちゃん!」
ガブリとカジラれたその指先はスパリと切れて、血がみるみるうちににじみ出て玉となる。触れるということは、あちらもしかり。
もっと言うと実害を与えられてしまう、ということでもある。
「あはは、大丈夫。ぼくがしっぽに触っちゃったのが、悪いんだし。ゴメンね」
ごまかすように笑って、フライドポテトLに手を伸ばす。利き手――右手の指で。ケガしたての指で。カラッと油で上げて塩ふっただけのシンプルイズベストな品。塩。そう塩。つまんだ瞬間、傷口に塩をぬる羽目になる。油付き。
「いったあ~いっ!」
思わず大きな声を出す。二階席の客たち皆の視線が集まる。
「ゴメンなさい、はい。何でもないです」
殊勝に頭を下げる鳥羽根少女。あきれ顔の彼女さん、苦笑する彼氏くん。
二階席にいた何人かの学生たちは、夏海と早織の顔を認めて納得顔だ。ああ書記長にA組ボスの首脳会談だから、仕方ないねっと。
彼女らは、学園ではちょっとした有名人なのだから「仕方ない」。
さすがに今の彼女の奇行には、皆がみな反応して当然だ。しかし今まで心霊だの、呪術だの非常識めいた話題の会話を、不思議に思われないのは、なぜなのか? 一つには、ファーストフード店でも喫茶店でも、何か理由が無ければ隣席の会話には、基本注意を払わないものと言うのが、そもそもある。二つ目には、彼がそういう仕掛けをいつもほどこし「注意を反ら」している。もちろん今もだ。
逆に言うと彼女の奇声は、それらをぶち破って、周囲に鳴り響いたわけだ。
「傷ついた指でポテトつまんだら、そないなるやろ? アホやな」
「あいかわらずだね。夏海ちゃんのそういうところも」
同い年ながら、理由があってまだ小学生。同い年でも一学年下の下級生。そのため少女二人との接点が少ない彼は、こうやって時間を合わせて話をしなくてはならない。SNSのサインやウィスパー、そしてeメール――文字情報では伝わらないニュアンスがある。
彼としては迅速に行動したつもりだし、彼女たちもそれに答えたと思われる。
でも……それでも。
ことが起こるのは防げない。
包丁は調理をする道具であって、通り魔専用の道具では無い。
自動車は移動するための手段であって、人をひき殺す道具では無い。
電話は遠隔地同士のコミュニケーション・ツールであって、振り込み詐欺の為にあるわけではない。
こっくりガジェットも、又同様。
そんな萌芽の一つは、既に彼女たちの足元で起る。それは誰にも防げない。
18:00に投稿するつもりががが……。まぁしかたなし。
明日の投稿は18:00です。