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11月上旬、夜。

 秋の季節も終わりにさしかかり。朝夕ひんやりし始める頃。

『明くん、大丈夫?』

「問題ありません。いつでもいけます」

 関東と比べ、経済的にやや落ち込んで。日本の三大都市のカテゴリーから、外すのが適切外さないのが本道などと論争される都市――大阪。

 それでも。

 大都市大阪と評するのは、未だに異論を挟まないだろう。


 その大阪のビジネス街。無味乾燥の印象をもたれがちだが、大小さまざまな公園がビジネス地域に点在している。

 それらが、緑の彩りをそえているのだ。

 その一つの某所。背広にネクタイという姿ながら、ビジネスマンというには違和感。

 そんな若い男が立っている。

 長身である事。背筋が伸びていて、立ち姿に「すきが無い」。

 右耳のイヤホンの、「通話中」を示すLEDの明滅。良く見るとタイピン部分に、マイクと思しき装置も見える。


 両手は、無手。公園敷地内の外灯の真下に待機して。

 こちらは相手を視認しにくく、逆に「敵」からは見つけやすい場所。

 あからさまな場所。

 そう、彼は自ら志願した「オトリ」という役割である。

 背広姿だが、足元は動きやすいように黒のスニーカー。

『もう、そろそろそちらに行くよ。あと5分もかからないかな? カウント・ダウン居る?』

「そうですね。そちらのアバターとの連携もありますので、念のためお願いします。トモねえの負担にならなければ」

『オッケー♪ あとカウント・ダウンまで少し時間有るから、最終確認ね?』


 青年の顔立ちは端整ながら、やや幼げで。ただ余り表情を変えず、敬語を崩さない。

 それが彼を三十にも四十近くにも見せていた。

 その彼のそっけなさを補う様に。彼の耳から聞こえる声は「華」があった。

 例えるならば、80年代女性アイドルの華やぎに、品格。

 身近に居ると、錯覚はするけれど、実は高嶺の花的現代アイドルのそれでなく。

 最初から「別世界の高嶺の花」と無意識に認めてしまう、華。いや、夜空の一等星。

 文字通り、スター。

「声だけで」それを感じさせてしまう、存在感。


『今回の対象アバターは、いわゆる典型的な「てぃんだろす」がベース。ただ敵プレイヤーは同化方式の操作を選択。猟犬型だから――』

「鼻――嗅覚ですね? こちらの臭いを感知して襲い掛かるスタイル。同化スタイルの操作というと、一体だけですか? 他「目」とか「耳」とかは居ませんか?」

『過去の事例的にも、周囲の反応的にも居ないみたい。プレイヤー的には慣れてて、自信つけて「補助輪」外したたぐいかな?』


 血のつながりは無いけれど。

「縁」の濃さでは実姉以上の「トモ姉」の敵分析プロファイリングに、彼はかすかに笑みをこぼす。

「…………そろそろ、来ますか?」

『相変わらず、鋭いわねぇ』

「俺は霊力にとぼしいからですね。感覚強化に操作強化を、鍛えるしかありませんでしたし、ね」

『来るよっ! 敷地内到達まで70m……50m…………――』


 青年。何かをつぶやいた。

 呪文? では無い。

 何か役所の文言のごとく。カウント・ダウンを一時中断し。オペレーター役のトモ姉が「承認」と答えた。

 ふところ――背広内ポケットからスマートフォンを取り出し、何かの文字を画面に描いた。

「8」の字? それにプラスして、縦一文字。

 スマホを起点に半透明な輝くナニカが広がって……。彼にかさなる。


 一拍置いて。


 サラリーマンにしては剣呑な。剣士めいた風情の彼の左手には光りで出来た剣――いや刀の様な物が、作られていた。

『――敷地内到達まで30……25…………10、9、8、7――』

 それを慌てず騒がず、下段に構える。剣道ではありえない構え。

 現代剣道において、中段青眼を基本とし。

 上段の構えは存在する。

 小太刀を模した竹刀を左手に構え、通常竹刀を右手に持つ二刀流もある。

 面・胴に小手に突き。有効打突部位が腰から上の、剣道において。下段の構えは、意味を成さない。

 なぎなたには、胴の下。両足部分の「すね」の部位があるか。

 さりながら。青年が下段に構えるのは、何故なのか?

『――さん、にい、いち! 接敵注意、明くん!!』

 一般人には黒いモヤのカタマリとしか見えない物体。ソレ。

 彼の視界には、目が無くカエルの肌の様な質感持つ黒い山犬に似た、ナニカと視認しており。

 襲い掛かられる瞬間に危なげなく、避けつつ。

 踏み込みつつ、下段から上への切上げ!

 急所――とおぼしき首筋をしたたかに切り裂かれ。


 ソレは霧散して、静寂がおとずれる。


 やや遅れてミニサイズのひとがた――手の平サイズの丸こい人形達が、多数来訪。

 コミカルな動きを見せる。

 あるものは、はやしたてるジェスチャー。親指をたてるもの。両手でピースサイン。万歳三唱のものたち。

 組体操のピラミッド組むものたち…………組み体操、関係ないやん!


 平安の世なら。いや江戸時代でも使い魔――式神と呼ぶべきものたち。

 今の世は秘密裏に、アバターと呼ばれ、その使い手の性格を色濃くうけつぐ。


 トモ姉の「お調子者」の性格を色濃くうけつぐ彼らを見て、明青年は苦笑を深くする。

 一撃必殺となったが、彼女の助けあってこそ。獲物をおいたてる勢子の役割がいてこその自分であるとの認識はある。

 お調子者なのは仕方ないけれど。


                                 ◆◆◆


「インターネットが世に普及して、大よそ四半世紀が過ぎようとして。劇的にとは言えないが、世界は確かに変化した。――」

 誰かが言った。

 文章を推敲するには、声に出してその文章を読む。そして第三者に、その内容の意見を請うと、良いと。

「電話線すら引けない発展途上国の田舎であっても、携帯端末一つでネットにアクセス出来る。

 電話局を開設するよりは、アンテナ一つ立てる方が、コストが低い。

 ネット上の情報――それも個人の書くブログやらSNSでは思い込みやデマも多い。

 だから受け取った個々人で、精査する必要は多々あるだろう。――」

 その声は、80年代アイドルを思わせる涼やかなで、甘やかな声で。

 言い換えれば、大人を感じさせる理性的な響きながら、幼さも同居する不思議な声色。

「それでも。時代錯誤的に見えようとも、今だ独裁的国家が存在した。その国の一部の国民は、工夫する。

 隠語を使ったりSNSを駆使したりして、相互に連携し情報をやり取りするという。そんな電脳全盛のこの現代社会。

 情報を、世論を動かすのは何も国や団体だけとは限らない、今」

 大阪ビジネス街に立つ高層マンションの、とある一室。

 そこにオフィスを構えるうら若き女社長。その応接室。

 いかにもな、超高級ソファーに寝転がって、その当の本人が。ノートパソコンいじりながら、音読する姿はいろいろ台無しだった。

「そんな今でも無くならない、無くなりようの無い、人間関係の悲喜こもごも。たまるうらみつらみに妬み――様々な事柄

に対する憎悪いや……怨念。その闇はいっそう濃くなったのか? それとも単なる愉快犯候補生か、本当に愉快犯的クラッ

カーの手によるものか……って明くん、こんなトコでどお?」

 一応控え目にノックして。

 あたたかな乳酸菌風味のホット・ドリンクを、トレイにのせ入室した青年は。先ほど戦闘していたのもウソの様に、穏やかな? 苦笑を顔に張り付かせていた。

「ん、そうですね。その流れだと。HPLに言及しないといけないのでは?」

「それは、大丈夫。これから触れるところだしー」

 ソファーの上の画面上では、以下の様に文章が続く。


 今、半ば都市伝説めいた一つのフリーウェアソフトが、ここ10年ほどネット上で話題になっていた。

 HPL。

 なんの頭文字か? そもそも意味があるのか無いのか分からない、アルファベットの羅列に過ぎないのか? 

 とにかくその名を冠する一連のソフト群。

 てぃんだろすシリーズ。

 しゅごす。

 ないと・ごーんと。

 み=ご。

 オカルト趣味で分かる人には、分かり過ぎるネーミングセンス。

 HPLがアメリカの架空神話体系的ホラー小説の創始者、ハワード・フィリップス・ラブクラフトとイコール。

 そう断言する者達もネット上では数多く。

 その妙なネーミングセンスのソフトウェア、奇妙なのは一介のコンピューターソフトにありながら、現実世界に、

 直接影響力を有しているウワサがあることだ。

 曰くイジメた相手を、ソフトウェアが「物理的に」叩きのめしてくれた。

 曰く寂しい夜に画面から萌えるキャラが画面から出てきて、ベットで一夜を共にする。

 曰く呪い殺せる。

 ゲームじゃあるまいし! どれもこれも噴飯モノ、子供ですら言わない空想の産物だ。いまやパソコンの授業は幼い時から必須になり、小学生でもそんな事象はありえないと知っている。

 ネット上で消えないウワサ。ここ10年で徐々に増え、否定されても否定されても肯定する者があとをたたない、今。

 でも……それは、ありえない。


 今の世の中、ネットでまず先行して話題になって、追随してTVなどのメディアで取り上げられるニュースも珍しくない。そんな時代だから、およそ10年ほどウワサになっても、今だ既存メディアに取り上げられないのは、単なるデマか妄想か勘違いだろう。

 そう思われても可笑しくないし、それも情報精査の、指針の一つであろう。

 コトリバコなどネット全盛になってから、生まれたオカルトな都市伝説もある。

 でも何故ウワサは消えないのだろう? むしろ書き込まれる頻度が増えていないか?

 誰かが、いや誰もがそう疑問に思っても、可笑しくないほど。確かに頻度ひんどは増えていた。

 着実に。

 確実に。

 それこそが、アプリケーション・ソフトの形をとった次世代技術体系候補道具類――ニュー・ジェネレーション・ガジェット。

 略称NGガジェットの、コンピューター・ウィルス系の非合法ガジェットである。


「――ってな具合でどう? 新人ちゃんたち用資料の導入文としては?」

「昔の伝奇小説とか、ホラー小説とかの書き出しでは無いんですから……偉い人に怒られても俺は知りませんよ?」

「いーの、いーの。これくらい低俗の方がイメージしやすいってね。そもそもコレ事実に基づいてるよ? 今日の依頼もそうでしょ?」

明日のこの時間に続きます。

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