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(28)エピローグ①

 この場所、元はスポーツクラブだったらしいと、聞いたのは早織からだったか、巴からだったのか。


 事を終えて、夏海はやや放心状態だったから、そのあたりは余り覚えていない。

 ほどなく巴・早織組と合流し、警察と消防署に連絡してしばし待つ。そんな時間。

「夏海ちゃん早織ちゃん、心配かけてごめんなさい。わたしが意地を張ったから――」

「弓ちゃん、ストップやで! そんなん言わんでもいい! 弓ちゃんが逆の立場やったら助けてくれるやろ? うちら二人も同じ過ちするかもしれん」

「……うん。ありがと。あと夏海ちゃんに一言言いたいことが」

「へっ? ええっと何?」

「あと5分ほど遅く助けてくれたなら、お兄ちゃんみたいな男の子に告白してもらえたんだけどな。早織ちゃんみたいにわたし素敵な恋人居ないし。夏海ちゃんみたいに芸能プロダクションにスカウトされるほど、モテないし」

「「あはははは」」

 そう言って、珍しく舌出して茶目っ気だして、微笑む少女は愛らしい。夏海と早織は苦笑を返すしかない。言えないことがあるのだから。

 夏海は何度かスカウトを受けた経験は確かにあるが、夏海が大事なのはそんな事よりも、スーパーの特売だと断った。

早織にも彼氏が居る。

でも実は、1年A組の男子の大半は、弓子に惚れている。

 その事を男子連中から伏せられている、その二人としてはどう反応すべきか。

(生徒会の方でも何人か紹介してくれってお話が。高等部の先輩から……ボクよりも水のんよりも弓ちゃんモテてるよね、実際は)

 クラスで三番目の美人が一番モテるって話の元ネタは、なんだっけ? とどーでも良いことに、夏海が考えをめぐらしはじめて……。

「あー、お話ちゅうゴメン。上と話はついたし、礼田弓子さん、貴方は見た目よりも自覚症状よりも衰弱しているので、この後検査入院になると思います。あんまり綺麗な場所じゃないけれど――」

 巴がそう言いつつ、座椅子を見る。この廃墟の待合室の座椅子は埃が積もって汚い。明はハンカチを数枚出して、4人に椅子を進める。

「はあ、ハンカチーフ。うちのお父ちゃんなんて持ってへんのに4枚も」

「明くんありがと」

「ありがとうございます」

「明さんどうも」

 最後に照れながらの反応見せる夏海の耳元。弓子がちょこっとささやいた。

「日野さんの事好きなの?」

 とたんに真っ赤になる級友を見て、花のように微笑む少女。礼田弓子。消耗してはいたが、その笑顔に影は一切無かった。


               ◆◆◆


 巴はまだ事務手続きあると退室し、早織はそれを手伝うと付き合いワゴン車へ。

 疲れたのか、うたた寝する弓子に肩を貸してあげつつ。手持ち無沙汰の夏海は、明と二人きりされて、何か話題を探そうかと、自然この建物の事を訊ねる事になる。

  バブル経済謳歌の時代は、ちまたに様々な施設が乱立した時代であるそうな。夏海も早織はおろか、明や巴さえも生まれておらず。

 そんなはるか昔々のお話だ。その残滓の一つがこの建物。

 人間生活に必要なライフライン、電気・水道・ガス。電気は屋上の太陽光発電でまかないつつ、それを大型の水素電池で蓄電し対応。水は井戸水をポンプでくみ上げ、タンクに貯蔵していたという。ガスラインは、電気系統である程度代用が利く。

 人間を買う為の(おり)、もしくは水槽。黒幕の男は数年前から、その準備を進めていたらしく。

 ただ主犯の彼が用意がいいことに、プロパンガスのボンベを持ち込んでいた模様。そのガスボンベの線から、巴達がこの場所が割り出せたとの話だったが。

「夏海ー、そろそろパトカーとか来るでー。準備とかしいや」

「うん」


                 ◆◆◆


 天川夏海はただ呆然と、相方の関西弁少女と共に、ただ漫然と物事の終結に追われる大人たちの働く姿を見ていた。

 今になってどっと疲れが出て。話すのも億劫で。ただそのやり取りを眺めていた。

 和歌山の山奥にも関わらず。ぞくぞくと押し寄せるパトロールカーたちに救急車たち。

 まっさきにまず、救急車の一番車に弓子を乗せてしまうと、本当にする事が無くなってしまったのだし。

 警察官の幾人かが、場違いな学生たちの姿に奇異な表情を見せる。しかしここは事件現場の最前線。直近の上司たちの簡易な説明で、いったん疑問を棚上げて、捜査に勤しむ。

 当たり前だ。彼らはプロフェッショナルなのだから。事件関係者にして、協力者兼被害者。その説明には嘘はない。ウソは無いが、

色々省略しすぎやろーー。と親友のつぶやきに同意する様に、首を縦にふったのすら、夏海は気がついていない。それほど億劫だ。


 一方救急車たちから吐き出された相当数の救急隊員たち。彼らは二人に目もくれない。詳しい病状はまだ不明。一刻を争う可能性もあり得る患者が多数居る。その事実の前では、場違いな少女二人組の姿はささいなことで。

 しばらくして、一見廃墟を装った文字通り悪の巣窟。そこから間をおいて吐き出されたストレッチャーの数々。その大集団は、そのまま二人を無視して、救急車たちに飲み込まれる。そうなるのが当然と二人は思っていた。それが当たり前。

「――さ……い」

 と、そのストレッチャー軍団の群れから離脱して、夏海達二人に向かってくるものが、2台ある。

 聞き逃したが、止めて下さいと運んでくれている救急隊員に、その上の患者がそうお願いしたらしかった。

「……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 一人は、自分と同じくらいの少女。正確には年上少女。名前が思い出せ無い。それでも。そう、それでも。

 その顔は夏海にとって忘れられない。大阪は淀屋橋にて、助けられなかった他校の先輩少女。竜王学院の生徒会役員であった少女である。助けを求められて、助ける事が出来なかった少女である。

 悪いのは力不足の自分。そう自戒する天川夏海はこう思う。謝罪しても謝罪しきれないのはこちらなのに、どうして彼女が謝るのか?

「……ちょっと。お姉さんが困ってるでしょ? ここで言うべき言葉は謝罪じゃないよ。分かってないなあ、君は」

 気がつくともう一台ストレッチャーが居た。付き添う救急隊員たちは、空気を読んでか何も話さない。言い換えれば一刻一秒を争うほどの状態では無いらしく。なら患者の精神的安定を最優先すべき。そう判断されたらしかった。

「こういう時はこう言うんだよ」

 姉弟なのだろうか? 似ていない。幼なじみたちなのか? 従姉弟同士なのだろうか? もちろん夏海は二人の関係性を知ってはいるが、周囲にはそうとしか映らない。そんな完全無欠の偽装関係。

 もう一つの移動寝台の上の小学生男子は、年下に見えない訳知り顔で、長期間の拘束を全く感じさせない、はっきりした口調でもって。

 こう言った。

「……お姉さん、オレたちを助けてくれてありがとうございます。ね、ちゃんと言って」

「あっ……」

 そう吐息にも似た声が漏れたのは、夏海の口からだったのか、早織の口からだったのか、両方からか。安堵の吐息。

「そおかあ……そうだよね。八つ当たりしてごめんなさい……そして助けてくれてほんとうにありがとうございます」

「ああ…………あああああ…………」 

  胸の奥の奥の深いとこ。そこからこみ上げる熱いもの。あの時助けられ無かった後悔。叩き付けられた生の感情。

 唐突に山奥に響く救急車両のサイレンの音。

 その音にかき消されるが。少女は大声で泣く。重い重い思い。そのカタマリを融かすかの如く。

 世の中報われることなんて、無い。日々を生き抜くだけで精いっぱい。誰もが大人になり思い知る日々を、大人びた少女はいち早く知っていたこそ。自身の努力が報われる。その瞬間が訪れたのがどれほど貴重で、尊いか知っているから。泣く。

 今日は親友も茶化したり誤魔化したりからかったりは、しない。ただ母親の様に少女を抱いて自身も涙ぐむのみ。

 今泣いても良いのは夏海だけ。がんばった夏海だけなんだ。そう思ったからこそ。泣かない、水橋早織はそう決めた。

サブタイトルの番号表記、ミスっておりました。後日訂正。

あとエピローグ数回で本作は一旦終わります。

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