(28)
現実世界。関西某所、高速道路のサービスエリアにて。ワゴン車、その車内。
「――いえいえ。こちらこそ色々お嬢さんには手伝って頂いて助かっておりますし。明日の学園お休みの件は、申し訳ないとは思うんですがあ。……いえいえ。はい。はい」
電話越しにはきはき対応し、ときおり見えないのにお辞儀をはさんでしまう仕種。望月巴はそつがない。電話しながら視線は、電話の相手の愛娘、水橋早織に向けられる。
一応ガード・アバターは付けているが女子学生一人。夜。安全の絶対は無い。
彼女が戻ってきた。飲み物と夜食を抱えて。
「お嬢さんにお電話変わりましょうか? あ、よろしいのですか? はい。はい。必ずお伝えします。明日の夜にはお送り出来るかと。はい。はい。では失礼致します」
「トモ姉さん、うちの両親との電話ありがとうございます。お夜食、これで良えですか?」
「早織ちゃん、アリガト。ご両親大丈夫だったよ。明日土曜日お休みの件もオーケー」
「ほんまにおおきに!」
「あとお父さんから伝言夜更かしほどほどに。お母さんからは、食べ過ぎに注意。あと野菜を食べなさいって。セロリとか」
「うちセロリ、キライなん知っとるクセに~。ところでトモ姉さん。黒幕の潜伏地って、和歌山方面ってホンマですのん?」
「まあね。明くん夏海ちゃんコンビが異界に入る時、トレーサー系のアシスタント・アバターをくっ付けたからね。その子たちからの連絡。『門』というのは、異界を抜け道近道として、長距離を移動する技術なの。
その出口がありそうなのが和歌山方面。明くんたちと合流出来ない可能性も、あるけれど。でも多分急な『門』作成だったみたいだから、門の出口の偽装とか出来てないみたい」
「合流出来るのはほぼ確実で。うちらも何らかなサポート出来るって理解でええの、ですかね?」
「うん、それで良いよ! 現場押さえないと、関係各所に連絡できないしねー。では早織ちゃん、あと少しドライブにつきあってね」
◆◆◆
三年生が終わる。卒業シーズン。とは言っても高等部にあがるだけだから、喜びも悲しみも薄く。礼田弓子は礼田弓子のまま。伯▲を「お父様」と呼ぶことも無く……いや伯▲は昨年●くなったんだったと、得心し。
伯母さんずいぶん泣いたよな、と。■■くんから呼び出され。桜の大樹の下で。伝説の樹の下? まるで恋愛物のゲームみたいな。告白? まっまさかそんははずは……。
ん? 伝説の樹って何? そんなのあったのかな。体育館裏に向かう弓子。桜の花満開の木の下で待つ幼なじみ、■■くん。告白されるかもな、その予感に顔を紅潮させた時。
「――子ちゃん」
「えっ?」
「弓子ちゃん!!」
空間を切り裂いて。端正な顔立ちの青年におんぶされた、クラスメイト天川夏海が現れた。
「ふざけるな。ふざける。ふざけるな!」
■■くん、いや弓子の知らない誰かだと、思い出し。死んだ愛犬ラッキーに誘われこの地に来たことを思い出し。間接的に、悪意無かったとはいえ伯父に酷いことをしてしまった事も自覚して。
その罪を断罪するクラスメイト夏海が、イケメンさんの背中から飛び降りて、弓子に近寄る。頬をはられる。仕方ない。でも痛いのはイヤ! 思わず弓子は目をつぶる。一秒二秒。頬に衝撃は来ない。殴られもしない。
何で? 疑問に思って目をおそるおそるあける少女。そこにはいつも明るい鳥羽根少女の泣き顔が。優しく抱擁されて。弓ちゃんゴメンねと。何で? 悪いのはわたしなのに?
「明さん! 弓ちゃん確保! 警護体制に入ります!!」
泣きながらも、生徒会書記長は、やるべきことを忘れない。四匹のガード・アバターが実体化して、宙に浮かぶモノ・三方に散って三角形の陣をつくる残り三匹。両手には看板。ないと・ごーんと――原点のクトゥルフ神話では「夜のゴーント」を模した使い魔たち。
本来は人型、顔はツルツルのっぺらぼう。二本の捻じれた角を頭に持ち。背中に羽根。看板は羽根の変形。その羽根の変形――看板は、外部に文字伝達手段になり、武器防具にもなり呪具にもなった。
それで結ぶ光の線。立体、三角錐の結界で夏海と弓子を守る。その前方、■■なる人物から二人を守る様に、明側のガード・アバターも配置を終えて。
「お前たちゆるさんぞ!!」
■■の男は変形す。地面から、壁から。体育館から、桜の木から無数の陶器の触手で体を覆い、肥大化してゆく。
その姿四足の土偶。遮光器型土偶。小さな頭に両目の楕円の二つが横倒し。楕円の目には横一線の筋が走る。そんな特徴的なフォルム。
身体が巨大ならば、怪力。突進力もあろう。そもそも体重差も有利。一見その白色に夏海も弓子も気圧されたけれど。夏海、すぐに冷静になる。大丈夫、明さん言ってた。ピンチの内には入らないって。
青年剣士。あわてない。再三再四、土偶巨怪の拳を避けつつ、機会を待つ。溜め? 力を溜めている? 真後ろから俯瞰する様に見ていた夏海だから、気づく。明さんのガード・アバターの人形たちに変化が。
皆土偶に向かって、両手の看板を投げる。無数に。それは攻撃手段では無かった。小さな看板たちは、無数に滞空して。まるで桜の花びら……しては大きすぎるか。
「えっ?」
ふと驚きの声をもらしたのは夏海か弓子か。その看板たちを足場にして、日野明が天高く舞い上がり。上段に振りかぶる光の剣。それがその刃が巨大化して、頭から胴体まで一気に切裂いた。
崩れ落ちる土偶の巨神。その中心部40過ぎくらいの中年男性が、瓦礫から這い上がる。それに合わせて、返す刀で神速の突き。
「そんな!」
■■小父さんは悪いことをしたのかもしれない。でも殺さないで!! わたしだっ手悪い。わたしだって望んだんだ、と。
「……たぶん、大丈夫。明さんの剣は、物理攻撃。幽霊を切るのに加えて、記憶を切り開くって聞いたよ。たぶんその、三番目の剣による突き。あの小父さんが色々な人の記憶を自分に繋いだから、それを断ち切る為の突き」
(ボクの中に入ってくる……これ、この小父さんの記憶?)
幼い日、男は頭の出来が良かったのだろう。代々医師を輩出してきた家系故彼も又その道を志すよう求められた。
野球やりたかった。かなわない。恋人。無理、親が決めた人。職業は? 自分は本当は歴史を、それも考古学をやりたいのに!
さほど情熱を傾ける事無く、医師免許を手に入れる。かなり大手の病院に勤務することとなる。傍から見たら成功者。自分は誤った人生を歩んだんだ!
趣味として考古学は続けつつ、とうとう院長の椅子を手に入れる。悠悠自適にしてサクセスストーリーの体現者。それでも残る不満。
なんで、なんでこんな人生なんだ!?
「何考えているんですか! 世の中の何が不満? ボクにだってある。弓ちゃんにだってある! 貴方だけが苦しい訳じゃないでしょ! 小父さん」
「……夏海ちゃん、でも小父さんだけが悪い訳じゃないよ。わたしだった逃げたかったし、本家の伯父の事いなくなって欲しかったのも事実だもん」
気がつけば山奥。現実世界。道路脇に立つ街頭たちの近くなので、そこそこ周囲が見渡せる場所、グラウンドか。老朽化いや、廃墟と化したスポーツクラブの敷地内に四人は居た。
肌寒い。思わず弓子を抱きしめる夏海。
「他人を傷つけて良い免罪符などありません。どんな理由、どんな人生を歩んできた、としてもです。八つ当たりした時点で、被害者も加害者になるのです。義姉と連絡取れました。もうすぐ警察がきます。終わりです」
そんな明のつぶやきの声色の奥に、大きな悲しみを感じたのは、気のせいかと夏海は思った。