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9月10月11月。遠足。社会見学。体育祭に文化祭。初等部の時とは規模も楽しさも違う。12月に1月2月……3月?? まだ12月だよね。
[どうしたんだよ、弓ちゃん]
「ああごめんなさい。ぼうっとしちゃって」
[いいよ。大丈夫だよ]
■■くんと、クリスマス。そうそうヴァレンタインのチョコも上げないと。
まだ来ていないはずの年中行事も、礼田弓子には知識として知っている。初等部一年生から在学している彼女には、体験しなくても分かること。
体験していない未来も、そうやって保管させて。ううん気のせいと、上書きさせて……。■■くんは駆け足で楽しむ。
「――っ」
[どうしたの?]
「何か声が聞こえたような……」
「――子ちゃん!」
「わたしを呼んでる?」
この声は■海ちゃん? 弓子は振り返る。誰も居ない。気のせい?
[気のせいだよ]
「そうなんだ」
[邪魔なぞさせるものか]
■■少年の怨嗟にも似た声も聞き逃し。弓子は夢の中で、踊る躍るおどる。おどれ。次は二年生だ。
◆◆◆
「……やはりこうなりましたか……」
明と夏海。弓子たちの背中は捉えたが、直ぐにかき消えて。気がつけば学園の校庭。ただし白黒灰色なグラデーション。
そして邪魔者二人を排除するための、埴輪兵士多数に囲まれて。
「えーっと、位置はだいたい補足したのでこの場をしのげば、追いつけるとは思いますけど。明さん、これ大ピンチですよね?」
「このくらいピンチの内には入らないですよ。ただ、貴女を守って立ち回りするのは少々不利。よって特殊装備を使います」
日野明が、自身のダウンジャケットの肩に触れる。ジャキっと彼の背中に棒状のモノと、背負子の様な物が出現する。椅子? 椅子です。
おんぶされる為の椅子。棒状のものは太ももをのせるモノらしく。こんなものが標準装備って普段明さんとトモ姉さんは、何をしているんですかーー!
夏海の当然の疑問を置き去りにして、日野明作業員は、こうのたまった。
「夏海さん、乗って!」
うれしはずかし選択肢は無し。行儀良くこちらを見つめる埴輪軍団達は、観客として上客かそうでないか。
おんぶされるしか、なかろう。夏海は羞恥心と常識を、心の棚にしまいこんだ。
◆◆◆
新二年生。4月5月6月。……何かオカシイ。弓子は違和感を覚えていた。それが何かは分からないが。中等部新一年生も入ってきていた。
新入生の顔、男子も女子も顔が思い出せない。特徴無い。つるつるののっぺらぼう? ……そんなことないよね。
そう言えばクラスメイトの夏■ちゃんは、昨日も休んでいるけど。大丈夫かな?
◆◆◆
どういう仕掛けだろう? 青年の背中は快適な乗り心地であった。加えてかなりの速度。埴輪兵は即応性にとぼしいのか? 軍団組む彼らを、置き去りにして。
高速道路らしく景色も置き去りに。
(時速70は出てる?)
たまに父親の乗るバイクの後ろに乗せてもらう少女は、後方へと流れて行く景色や風の流れでおおよその速度に辺りをつけた。
障害物は飛び越し。坂は飛び降り。階段を数段飛ばしで。明はパルクールもかくやという、そんな無茶苦茶な三次元立体軌道もした。それにも、不思議と馴染んだ。
(似てるからかな、ぼく専用の背中に。ソノモノじゃないけれど)
彼女がそもそも背中に惹かれ焦がれる理由――切っ掛けはある意味単純であった。幼い時に迷子になって、背中に背負われて両親の元に届けてもらった体験があるからだ。
(幼稚園上がる前だったかな後かな? 優しい小学生で剣道のお兄ちゃんに背負われて、お兄ちゃんの弟さんにもつきそわれて……途中でお兄ちゃんのお嫁さんって言うお姉ちゃんも現れて、「でもこれはボクのせなかっ!」って主張してお姉ちゃんとケンカして……ふふふ楽しかったなあ)
彼女自身の冷静な部分は、背中に惹かれる気質をアブナイと言う自覚をしていた。でも冷静でない部分は止められないとも思う。一言で言えば業が深い。
「夏海さん! 注意してください、そろそろヤツラの追加が目の前に現れると、思います」
確かにその様な不穏げな気配。夏海の感覚も捉えた。
(落ち着け、ぼく! 優先順位1位は弓ちゃん救出! 忘れるな、ボクっ!!)
「分かりました!」
と、彼女の視界に重なる青い視界。目の前に突如現れた埴輪ニ十八騎。白黒灰色の無手の埴輪兵軍団に重なる、青く縁取られたハニワ兵達が弓を構える姿。
弓引く、青の縁取り。その光景を見てとっさに夏海は叫んでいた。
「明さん! 28体! 弓矢! 来ます!」
一拍遅れて弓矢取り出す埴輪兵たち。二人に向かって大量の矢が放たれる。
日野明の左手の輝く刀身。手の内でくるりと回転。柄頭を上に。右手、直後に引き抜く。輝く光のムチのなって、飛来する矢の数々を打ち払う。
(すごーい。昔のロボットアニメ見たい)
灼熱の真っ赤な鉄騎士。それが一番初めに振るった蛇腹剣のごとく。名剣の切味そのままに、鞭の様に縦横無尽に振るわれる軌跡。
それを全力移動しつつ行う日野明。夏海の瞳左目青、右目緑、そして額に赤い光点。その光の三点で、気配を捜す。礼田弓子の気配を捜す。
進行方向左手。青い輪郭のみのハニワ兵団。槍楯構える一団、まだ出現前。右手ハニワ騎馬兵団の緑の輪郭、こちらもまだ出現前。真正面白黒灰色の実体埴輪兵団。
でもこちらは数秒後に消え去るのが、赤い視界で分かる。見せ札? 青と緑の挟み撃ち? 弓ちゃんは、どこ? どこ!? …………見つけた!
「明さん! 真正面の一団はオトリ。ブラフ? 左右から挟み撃ち狙ってる! 真正面のオトリのところまで全速力で駆け抜けて! オトリは消える。そしてボクの言うタイミングで正面、切り裂いて!」
「了解!」
そう夏海はアドバイスして、直後やや後悔。安定ある背中に居たために彼女は、走り手がまだ余力を残していたのを感じていた。だからこその全速力の指示だったが。
(何この速度!)
まだ緑に青の軍団が現れる前。真正面のオトリもまだ消え去る前。ぶつかりそうになる! ギリギリのところで消え去り始める埴輪軍。あっ、もうすぐタイミングが来るのを感じ。
「明さん、今!!」