(24)
水曜日。
特筆すべきことはほとんど無い。それは学外――望月巴・日野明サイドでも、学内――天川夏海・水橋早織サイドでも。
学外では、デイジーチェーンに操られた人々が、礼田の伯父の針路を妨害しようとして、排除される。
学内では、ほぼ平穏無事に授業などがとどこおりなく進む。
「礼田のビヤ樽の方も、会社休めば良いのにねー。ねんざしてるんでしょ?」
ねんざを理由に礼田弓子宅への訪問は断念したようだが。
会社の業務は差し支え無い様にと、手当てはするが日々欠かさず出勤していた。
「色々人格的に不遜な部分はあるものの、仕事マンとしては優秀で、一部には信奉者も居る位の重役らしいですからね」
事前に停車したワゴン車で待機中の、明と巴。
礼田ビヤ樽の直接警備からは外れて、学園近く夏海のマンションの駐車場に許可得て、待機中。
『黒幕』が弓子誘拐の可能性を上申し、受理された結果だ。
けれども、現場指揮官でもある巴はワゴン内の各種ディスプレイごしでも、ビヤ樽警護の指示を出し続けていた。
「明くんーー、しんどいーー。肩もんでーー、あとで腰のつぼ押してーー」
「はいはい」
「コーヒーいや紅茶がいいなーー」
「はいはい」
「あたしのかわりにトイレにいっといれ」
「その洒落つまらないです……あと、竜夫さんのご自宅の鍵をお借りしてますよね? ご自分で行ってきてください」
「……男の子ってその辺便利よねー、うらやましい。その気になれば、その辺どこでもできるんだし、おしっこ」
「軽犯罪法違反ですよ、それ」
「わかってるーー。それよか夏海ちゃんたち大丈夫かな?」
「出来る手は打ちました。信じましょう」
◆◆◆
「あの弓子ちゃん」
「何ですか、天川さん」
敬語。
丁寧語。
基本教室でも学外でも丁寧な物言いの礼田弓子であったが、クラスメイトの天川夏海に対しては、もう少しくだけた物言いだったはずだ。
今は昼休み。
いつもなら机を合わせて一緒に昼食を取りながら雑談するくらいには、仲が良かったはずなのに。
「えっと。失礼かもしれないんだけど……スマートフォン見せてくれる?」
「……」
「あっ、ゴメン変な事言っちゃったかな」
夏海の中で弱気虫が起き上がり、そうそうに立ち去ろうとして。
「いいですよ、どうぞ」
一拍遅れて差し出される。
進級のお祝いにと、4月に買ってもらったのだと嬉しそうに弓子が話すのを思い出しつつ。
夏海は観察。
何もおかしい所は無いけれど。家族の写真のフォトシールを貼って。
控えめに飾り付けた、弓子らしい可愛いスマートフォン。
(バッテリーの表示が二本だ。この状態の時って実際には50%くらいしか残ってないんだっけ? スマホ自体は異常無し。考え過ぎかな?)
「ありがとう。変なこと言ってゴメンね」
「いえ、構いません」
◆◆◆
「どないやった?」
食堂で事前に席を確保してくれていた水橋親分と合流し。
「再インストールとかは、多分無いと思う。使い魔三匹も見えなかったし」
基本手作り弁当派の夏海だが、早織との打ち合わせの為、数日は学食での昼食になると決めていた。
せめて使い魔の効力が無くなるとされる最大予測日時の、金曜日くらいまでは。
「そっかー。まあトモ姉さんで無くとも最悪再インストールは警戒するわな。うちでもナツミンでも。……夏海? 何かあったんおかしなことでも」
「んー、スマホ自体は多分何も無いんだと思うけど。早織、ボクが小学校で転校してくる前、関東でイジメられてたの、話したのを覚えてる?」
「覚えとるけど。弓ちゃんイジメられてへんで? それにあの子は帰宅部やし。家で親御さんとも仲が良えって話やし」
夏海、自分の感じた印象を言葉にしづらいのか、しばし沈黙し。
「ボクの一人称を無理矢理わたしに変えて。話す事も最低限。話す場合は丁寧語、敬語。転校直前はそんな感じだったんだ、ボク。そして何事にもびくびく怯えて。なんかさ、あの時のボクと弓子ちゃんが重なるんだよ」
何事も無く水曜日が終わる。
◆◆◆
「おねえちゃん、おねえちゃんどうだった?」
「真矢からもらった半蔵くんガジェット、すごい効き目。なつ……天川さんって幽霊とかよく見えるクラスメイトも気づかなかったみたい!」
「へへん! すごいっしょー。元ネタはっとりはんぞーくんだんだよ。たまにアタシもすがたかくすのにさいてきだしねー。ドロンって音してねー」
「あんまり変な事に使っちゃダメよ」
「はーい、おねえちゃん」