(21)
火曜日夕方、オフィス・ツーペア内。
ビジネスデスクの上に置かれていたノート型パソコンをソファセットのテーブルの上に置かれる。茶わん各種は脇に追いやられるが、テーブルの上には、まだ余裕があった。
起動を確認し、オーナー女史はにんまり。画面をお客様少女達二人側に向けてこうのたまった。
「今週のびっくりどっきりメカはっしんん~~」
「その音声入力パス、何とかなりませんか」
「世代的にエライさん達のウケも良いだもん! 自嘲なんかするもんか! で、水のんちゃん。立ち上がったでしょ? もうアプリもといガジェットソフトのアイコンは画面上にあるの。
一番左端の人形みたいなのにクリックしてくれる?」
「はいっ」
(アカン、絶対この場にクラスの面々を連れてきたらアカン!)
そう夏海は誓うもののそんなモノは、それは悪あがきの何物でもなく、いずれ時間の問題であろう。そんなぐだぐだな空気の中、時間にしておよそ数分ノーパソの液晶画面が濡れた様にぶれた。二次元の筈の画面上。霧というか靄というかそんな白っぽいナニカで画面がかすんでソレが出てきた。
何が?
三頭身の人形である。えっちらおっちら。その数5匹ほど。白く丸い頭に、丸い目と三角の鼻。口は無し。筒状の体。細長い手足。タキシードの恰好にも見えるが。良く見ると、その様な模様を描かれているだけだ。
「かっ可愛い~~っ!」
珍しく? 女性的な面が全面にでたかのごとく、水橋早織は素直な気持ちをはきだした。ディスプレイが出てきたのは三頭身人形、目鼻は二つの丸と三角で表現されたシンプルなものだが、動きがコミカルなせいか赴きがある。燕尾服姿がチャーミングだ。
「さんとうしん、うごいてる、すごい」
夏海は驚きを口にする。彼女はどちらかと言えば文系だ。それでもそれが異常と分かる。
「見た感じ夏海ちゃんの方が異常に気がついてる感じかな」
「どないな話ですのん?」
「えっとね、水のん。ディスプレイはあくまで画像表示機器であって、出力装置では無いんだ。音や映像は映せても、何かが飛び出すなんてあり得ない」
「夏海さんも、直に見るには初めてですか?」
明の問いに、彼女はしばし考えこう返す。
「いちおう春ちゃん――金村の家で、何度か。ただ実際にお仕事するところは、見た事ないです」
「なら丁度良いわね。水橋さん、命令してあげて。そう『お茶入れて』みたいに」
「ほんじゃまあ……お茶入れて」
5体の内3体がえっちらと、協力して急須を持ち上げ。残りが空になった茶わんを、良さそうな位置に持ってくる。
注ぐ。まずお客様の早織のから。次に夏海。四人分入れ終えて。
5体一列横隊と整列し、代表者っぽい一体が早織の前に進み出て。
[にんむかんりょー。つぎのごしじを、ますたー]
とどこからともなく、上の表記した看板を、ピッと取り出した。
「ええっと、トモ姉さん。うちどないしたら」
「それよりもまず、確認事項。水のんちゃん、疲れと精力もってかれるとかある?」
「あらへん! いえありませんです」
意外に強い口調で返答してしまった少女を微笑ましく思いつつ。やり手OLはこう続ける。
「この場でのこの子たちのご主人様は水のんちゃん。なのでご主人様らしく、どんな言葉でも良いから誉めてあげて」
「ええと、おおきにな。休んでよし」
休めの命令のとたん。あやとりするモノ。本を読むモノ。キャッチボールするモノ。意味なく走り回るモノ。フリーダムな使い魔たち。
あぜんとするお客さん、二人。
「あはは、一応疑似的にも意思決定能力あるからね。この子らはここままほっといても大丈夫。夏海ちゃんに解説しておくと、この子たちはHPLの使い魔ソフト『ないと・ごーんと』をベースに色々と、NG社のメンツがいじったのが元。アシスタント・アバターってのが一応この子たちの名称になるかな」
「あの看板は投げたり、打撃武器したりする戦闘補助の個体も居ますし、看板自体おまじないのふだの代用品にする場合もあったり。色々派生系が多いです。便利なので」
義姉の解説と義弟の補足。それが夏海の脳裏にあることを思い出させる。
「あの」
「何かしら?」
「こっくりさんガジェット使っている時にボクが見た、タヌキとキツネとイヌの使い魔。あれも『ないと・ごーんと』と同じなモノなのですか?」
「おお特大花丸級の質問だねえ」
「むしろ『ないと・ごーんと』派生形NGプロダクツ社のアシスタント・アバター。それを元にして、庚申待ちの三匹の虫の要素を加え、コックリ――タヌキとキツネとイヌの外見を追加したものだそうです。研究班の分析では」
「こうしんまち。閻魔様とか天帝? とかに告げ口する三匹の虫のお話ですか」
夏海のその問いかけに、やり手女史は加えて、こうのたまった。
「でね。その事に関連して。こっくりさんガジェットの『天帝』の設定を、NGプロダクツの開発へ変更。変更内容を不具合状況の更新。それのみに変更しているのを今作成中。早ければ今週末。遅くても年明け早々配信出来るように手はずは整ってるの」
「それでですね、早織さん夏海さん。俺たちが、こっくりさんガジェットの改良ソフトの配布を急ぐ理由ですが。その元のオリジナル版こっくりさんの『天帝』の設定が誰なのか、不明だからです。言いかえれば、全く知らない第三者に、個人情報を抜き取られ。利用され。位置情報を把握して連れ去られる可能性もあります。
ですから、事前にクラスメイトの方々全員に削除して頂いたのは最善ではあったのですが。再インストールにも避けて下さい」
「あと困った事にね、一旦デリートしても数日は、スマホ上に痕跡無くても、使い魔の三匹が生き残ってて、バックアップデータを保持しているらしんだよねーー」
少女二人がえっ、と驚く。片や若輩ながら生徒会業務でワープロソフトに表計算ソフトを十全に操る書記長。片やクラスの親分にてスマホやノートパソコン駆使してネットの海に耽溺する親分さん。
二人の常識的に、プログラムはプログラムに過ぎず。一旦データが消去された場合素人には復元不可能。クラウドに繋がっている訳でも無いならなおさらだ。
「再インストールが危険なのはその辺りにあります。最悪の想定ですが、一個人や団体が、悪意を持って特定多数のこっくりさんガジェットのユーザーを監視。彼らの望む適切な条件持つユーザーを狙ってさらう。……先日夏海さんが関わった彼女も又こっくりさんユーザーであると確認が取れました。そして次の目標は礼田弓子さんの可能性が高いのです」
「っ!!」
夏海の顔に珍しく苦渋のシワがよる。そんな相棒にあえて声をかけずに、親分さんは胸張ってこう答える。
「うちの誇りにかけて、せめて再インストールさせへんです! それが少しでも黒幕の意図をくじく事にもなるんでしょ!」
黒幕。クラス委員長の口からそう決めつける様に出た言葉に、義姉弟コンビはやや苦笑しつつ。
「ま、そうなるよね。黒幕を邪魔する君たちも結構危険かもしれなくなる。で、おねーさんから提案。護身用のグッズもろもろを貸し出すから、予定よりだいぶ早いけれどさ、契約更新しない? 早織ちゃん」
◆◆◆
オフィス・ツーペア内更衣室にて。
渡されるべき品はまずスマホ用ガジェットソフト。
ガード・アバター。先ほどのアシスタント・アバターの個人警護版で、スマホ・ガラケー問わず使用は可能。
加えてかなり薄手ながらトレナーの上下を渡される。NG社ご自慢の品で防刃防弾に加えて、ある程度霊的な障害もカバー出来る優れモノ。で、今そのサイズ合わせなのだが。
「これわっ! 伝説のぶるまあってヤツなんでわっ! コレうちらが履いても構わないんですう?」
「はきたいんなら、どうぞお。一応新品だし。中に着る下履きだし。トレーナーの上下さえ着てくれるなら」
そもそも着込みさえすればインナーなんて、ぶっちゃけ何でも構わないんだが。
「なんで、なんで明さんがこの場に居ないのかなあ……」
「居るわけ無いでしょ。ここは乙女の更衣室、男子禁制だよ」
ちなみに唯一の男性日野明は早めに着替え終えて、待機中。だから夏海の助けにはなってはくれない。ブルマなんて履きたくない!
「ブルマってえっちいじゃ無いですか! トレーナーの下には何着ても構わないんならば、ボクはハかないです!」
「ナツミん、えっちいと思うのはキミがえっちいと思っているからであ~る。元々はただの体操着の下履きなんだよお」
だったらそのニヤニヤ顔は何だ? 目は口ほどに物を言い。アイドル顔がシタリ顔で歪み、手に持つ紺色の下履きが、鳥羽根少女を威圧する。
「何を着ても良えんなら、コレでも構わへんわな。な、夏海ちゃんみんなで幸せになろっ!」
なにがだ! みんなそう言うんだ! 若干タイプが異なるものの、濃いめ紅――臙脂色のぶるまあを手に持つ親友は、女性オーナー氏と同じく調子乗りのお祭り騒ぎだと再認識した。したくなかったけど再認識した!
昔見た何かのマンガで見た囚われたヒーローが火炙りにされる図を、夏海は何故か思いだし。
(何で獅子舞なの? 何で縄で吊るされてるの?)
現在置かれている状態とは全く違う事を思い描き、その思考だか妄想だかにひたる。人、それを逃避行動と名付く。
にっこり。
美人と美少女の部類の笑顔がこんなに恐ろしい事を、夏海は生まれてはじめて知った。
獄炎に焼かれた獅子舞戦士の姿を、夏海は確かに見た〔それは幻覚]。色々手遅れになった。
◆◆◆
男の着替えは早い。日野明の場合は特に。彼は警備員の仕事の合間に、大学や除霊活動といった生活サイクルである。現場により差異があるが、施設警備員の場合、施設に勤める時間帯によって、通常の警備制服から軽装の物に着替えるケースがある。着替えと食事休憩がくっついているスケジュールだと、時間の有効活用的に早着替えは有用なスキルである。除霊師で大学生で警備員、と言う三足草鞋の彼の場合特に有用であろう。
ものの数分で着替えてワゴンから外に出ると、妙に満足気なアイドル顔とオカッパ髪少女が視界に入る。
(……?)
これだけでは事態は青年は把握出来ないが
(……!)
特注トレーナーの上下に袖無し黒のダウンジャケット風防具に野球キャップ風帽子姿が、ボーイッシュ的によく似合う少女――天川夏海も視界に入り、さっきの着替えで何かしらあったなとあたりがついた。似合っているし、何もおかしな処も無いのに、少女はもじもじと恥ずかしがっている。
(アクセル全開のツインターボには、通常ノーマルなブレーキ一つでは対応仕切れなかったと言う事をですか……あわれな……)
「夏海さん? どうかしましたか?」
「あうう……ええっとお」
彼女的にはかなりの時間悩んで、実時間的には一分もたたずに、答えは返ってきた。
「ブルマ履かされました! トレーナーの下!」
「はあっ!?」
「ですからブル――」
「いや、大体状況分かりました。うちのバカ姉の悪ふざけに早織さんがのったんですね。了解ですよ。……話は変わりますが、早織さんの食べ物で好き嫌いな物って分かりますか?」
なんだろう? 夏海は一見関係無さそうだけれど、物凄く重要な問いかけを、されている気がした。具体的には残るお調子者二人の未来絵図的なナニか的に。
「セロリが苦手で、お肉全般が大好きなはずですけれど」
「了解です」
ここで見おをせた青年の笑顔に寒気を感じた夏海である。
「ちなみに、うちのバカ姉は酸っぱさがキツイものが苦手ですね。因果応報、諸行無常。いいでしょう災害は忘れた頃にやってくるものです。えぇ確実に」
そろそろ終わりが見えてきました。