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 風も無く、音もしない。

 静寂すぎて、耳鳴りする。

 そんな世界。

 匂いも無く、味もない。色彩すら白黒灰色の無味乾燥で。

一言で言うと、「味気ない」。


 そんな路地裏を一人ゆく。

 中学生男子が、一人ゆく。


 男子学生――それは制服を見ればすぐ分かる。

 詰めえり、五つの金ボタンの上下な学生服。

 顔の幼さ、身長の低さ。

 加えて、制服に着られている感から一年生? 平成生まれには珍しく、坊主頭が愛らしい。

 また坊主頭なのは、野球部だから? 

「そうだよ」、と手に持つバックからのぞく野球のバットのグリップが、自己主張している。

 時間帯の分からない白い闇の中を、彼は住宅街の中を一人ゆく。

 彼以外誰も姿を見せない、さびしい風景だ。


 彼はおぼつかない足取りで、歩いていた。

 普通の町並みなのに、何かが変だ。

 まず人が居ない。しかしこれは時間帯によっては、珍しくない光景だ。次に彼がいる時間帯が分からない。

 昼では無いと思われる。道を照らす街灯たちがこうこうと、辺りを照らしているからだ。

 では夜か? 

 夜というには、街灯の灯りの範囲をこえる場所も、くっきり見えて、街灯の意味がない。

 街灯たちは、ただ影の輪郭を、はっきり区別するだけだ。

 そう……いわば白い闇。


 そもそも周囲の家々や公園やらの影の陰影がモノトーンのせいで、昼夜の区別がつかない。

 この世界の色彩は、坊主頭の彼だけだ。

 白と墨とのグラデーションで描かれた水墨画の中の様に、幻想的で、はかなげでおぼろげで。

 ぼうっと彼だけが、浮かび上がるような幽玄の世界である。

 昔ながらの詰め襟に黒地の学生服。

 五つの金ボタンが自ら輝いて自己主張しているせいか、周囲の黒と、制服の黒のそれとでは、色彩の艶に格差があった。

 そう、一切の色彩が抜け落ちている。

 坊主頭の彼だけが色彩を放ち、他は一切黒と白と灰色のグラデーションな、陰影だけの奇妙な風景……ありえない風景だ。


 彼が街中を進むとやがて十字路に出た。立ち止る。やや迷うような仕草。

 と彼の左手から微かに聞き覚えある電子音のメロディーが聞こえてきた。音源は彼の持つスマートフォン。

 それが奏でたのは「とおりゃんせ」だ。

 特有のもの悲しい旋律。電気信号による単音調がかえって、何かを不安や焦燥を、かき立てそうになる。独特の音階だ。

 彼はそちらの音の方に進む。彼のお供は右手の通学カバンに手提げカバン。

 そしてカバンからのぞく野球のバット。それと左手にもつスマホが一台。

 たったそれだけだ。

 スマートフォンはそのお供に相応しく、正解の道を通った承認をしたかのごとく。

 分岐点のたびに、必ず電子音を一回鳴らした。

 更に進む。

 今度はT字路だ。今度は向かって右手方向へ向かう際に、とおりゃんせ。

 いまスマホの画面に注目してみる。と、奇妙な画面となっていた。

 操作画面は、乳白色地の画面で、墨字で文字がびっしり書かれていた。

 訓練を受けた軍隊の整列ごとく、あ・か・さ・た・な、と五十音順に綺麗に、文字が整列した様だ。

 その50音の文字を部下に従えて。自己主張する様にひときわ大きく、「はい」と「いいえ」の文字が、刻まれていた。

 又さらに真上の最上段。その肯定・否定の言葉を配下に置いて、鳥居を模した真っ赤な記号が、鮮やかに光っていた。

 赤。朱。紅。……いや正確に記すなら、鮮血にも似た血の色した鳥居の文様で、これも不安をかきたてる。


 少年は交差点を、右に行く。

 ありふれた住宅街の景色のはずが、抜け落ちた色彩の上に、人通りも全く絶えている。

 その風情に不安をおぼえそうなものだが、少年の表情は変わらない。

 むしろ呆けた風なのは、何かにあやつり人形の様。

 次の路地裏は? 一拍おいて携帯から、また音が鳴る。

 画面上に注視してみると、丸い茶色アイコンが同時に動く。

 そして「はい」の文字を叩いた様子が見えるだろう。

 茶色いアイコン。それはギザ十――効果のふちがノコギリの状のギザギザの、旧十円硬貨を模しているようだ。


 ……こうして最初の少年が姿を消した。


 部活で先輩諸氏に手酷く注意を受けての、家出と思われた。

 だが、誰しもまさかこんな超常的な経緯を経て、姿を消したとは誰も思うまい。

 11月初頭の事である。これが最初の事件だ。

 その後次々と同種の事件が起きる。しかし各々の関連性・共通点が見えないし。

 誰もが想像の、らち外に他ならず。


 スマートフォン専用アプリケーション・ソフト、「お手軽こっくりさん」誘拐事件。

 そう関係者たちから呼ばれる事になるのは、かなり後。

 まだ、しばらくは。

 そう、まだしばらくは単なる家出事件か失踪事件として、個々に取り扱われている、小さな事件たちの一つに過ぎない。

明日のこの時間に続きます。

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