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16日日曜日、朝。

 子供っぽいという理由で、伯父に見るのを禁止された女児向けアニメのシリーズ。その時間帯、朝8:30過ぎ。ときたま伯父はその時間を狙い、電話をかけてくる。

 礼田弓子が伯父を好きになり切れないのは、そのあたりの事も有る。

 生意気でも、おおむね愛らしい妹のおかげで見るには困らない。ちゃっかりそのアニメ録画してくれていて、行動を監視されているような、伯父の態度に食傷気味なわけで。

 

 朝食前。今週授業の、予習復習をしつつふと弓子は不思議に思う。今朝は伯父さんの電話無かったと。昨日みたいな不意の事故で会えない場合、だいたい伯父は電話をかけてくる事が多いから。先ほど、一階の据え置き電話が鳴ったけど、弓子は呼ばれなかった。大丈夫……だよね。そんな甘い期待をつい願うけれど。その期待はだいたい叶えられなかった……のだが。 

「ねえねえ、おねえちゃん、おねえちゃん、きいた? きいた?」

 妹がいつものように、ノックしないで入ってくる。

「オジサンねんざしたんだって! すごいよね! しばらくおねえちゃんと、チョクセツあえないって」

 思わずお互い抱き合って喜びを分かち合ってしまう。人の不幸を喜ぶなんてイケナイ事。でも妹の前では両親の前ではついつい本音が飛び出してしまう。

 こっくりさんガジェットが来て、こんなにもいい事続くなんて! 

 普段の彼女らしく無く、舞い上がる気持ちをおさえきれずに、姉妹二人してクルクル回る。周りついでに

バランス崩して、二人してベットへとダイブ! そのままどちらとも無く笑い合い。

 階下から母のたしなめる声。騒ぎすぎでしょ、その声も苦笑じみた好意的な空気だ。

「でもさ、オジサンへんなコトいってたみたい」

「?」

「10ばんめってブツブツつぶやいてたオバサンに、ツキとばされて、えきのかいだんから落ちたとか」

「っ!!」

 そのあと伯父は全治10日の話を、呆然と弓子は聞いた。

『ZENBUDE、18TOORINO、HOUHOUDE、TASSEISIMASU。ご安心を』

 彼女の脳裏に浮かぶ、あの駅員の言葉。まるで彼女を責めるかのように。


                                                  ◆◆◆


 同日、日曜日、朝。

 T市内。自宅ある中古マンションのエントランスにて。

 天川夏海は、気もそぞろに、父親を待つ。彼女は内外で人に好かれやすい、とされるのはころころ変わる

その表情にあると、友人は評する。表情が顔に出やすいというか、分かりやすいというか。

 不安と焦燥の色が微かに出たかと思うと、今は期待とある種のワクワク感。喜色を隠しきれていない。

 ときたまの父の長すぎずトイレに待ち切れず、エレベーターを先に降りて、待つ。

「夏海ちゃん、おでかけ?」

「はいー」

「良かったわねえ」

 管理人さんや、他のマンション住人さんたちと会いニコヤカにあいさつ。

 愛想笑いでは無いのが見て取れる。

 思ったより早く、父と早く合流出来た。

「ん、待たせたね。行こうか」

「……楽しんで良いのかな?」

 不安と焦燥の部分。これはもちろん被害者カップル――竜王庶務さんたちの、消息に関してだ。その事は起きてからもずっと、気になっていた。大好きな特撮戦隊とバイク乗りヒーローによる、至福の一時間。

それが頭に入ってこない。毎週録画をしているので、見返しも簡単ではあるが。

「夏海、君は昨日出来る事を精いっぱい行った。ずっと落ち込んでいても、事態は好転しないよ。するべきことを

して、気分切り替えて遊ぶ。翌日から仕事をまたがんばる。だから僕が許す! それで良くないかな?」

「あはは……良い……かも」

 やや弱々しく、でも笑顔は戻りつつある夏海。もとは陽気な質。ずっと落ち込んでいるのは、らしくない。

 彼女が大人しいのは、移動中の市バスの中までで、あった。


「こんなトコあったんだ……」

 大阪にも京都にも片道電車で30分。そんなベットタウンな、T市においてバスが一時間に一本あるかないか。

そんな路線のところがあるのかと。

 バス停下りて歩いて数分。目的のお店近くの古本屋チェーンにて時間調整。娘は少年向けライトノベル。父は

今日は、昔の少女マンガ。だんだんとテンションが上がってくる。

 と、彼女愛用の中古携帯へメール有り。

『オフィス・ツーペアで予約しているから、先に入って待っててね』

 口元が、笑みの形を作るのを止められないっ!


 古今東西。匂いだけで、食欲をそそる香りと言うものが有る。例えば何時間も煮込んだおでんや、カレーの匂い。縁日屋台の様々な雑多な匂い。

 キャンプ場からただよう炭火で熱せられた、食材の香り――バーベキュー。

 そしてそれらにも似た……この香ばしいこの香りは? ……焼肉だ。

「お父さん、お父さん! お肉だよお肉!」

「ん。とりあえず落ち着こう」

 店入り口、レジスターごしに、大きな木のテーブルが見える。それを横目で見ながら、個室を案内されて。

「食べ放題なんだよ! 食べ放題。駅前高級焼肉店の姉妹店で、食べ放題なんだよ!!」

 愛用ナップザックからA4クリアファイル取出し、クーポン券を取り出す。ネット検索し、打ち出したらしい。

 夏海よ、お前は招待されたのだから、そんな物必要ないぞ。そう突っ込む相方も今居ない。ただ父は苦笑するだけで。

「申し訳ありません。遅くなりました」

「夏海ちゃん、竜夫さんごめんねえ」

 程なくして、主催者コンビがあらわれて。

 酒場・飲み屋でいう突き出しに相当するのだろうか? 山盛りのキャベツがまずテーブルに並ぶ。匂いこそしないが、その新鮮でみずみずしさが見ただけで感じられ。焼肉特有のくどさの緩和が期待でき。

「キムチだー」

 これまた四人分だけに山盛り。キムチ盛り合わせ。

 少女の驚きのつぶやきに。三人の大人は暖かいまなざしを向ける。少々年齢的に幼くなった反応だが、そもそもついこないだまで小学生だったのだ。その少女が大人の欲の引き起こした事件に、翻弄される様は痛々しい。

 それが緩和されるならば、良し! 

「お飲み物はどうされますか?」

 飲み放題である。

「ご飯は大で。あとボ……わたしは烏龍茶で」

 ボクと言いかけて少女は私と言い換える。あとご飯の注文は少々気が早く。

 父はカクテル系。明はビール。アルコールが不得手なのか巴女史も烏龍茶だった。アルコールを摂取する為に皆わざわざ自家用車・社用車はつかっていない。飲んだら乗るな! この辺りも準備断端である。三方を壁で囲まれた個室は、焼肉屋ではあるが、炉端焼きを連想させる良い雰囲気だった。靴脱いでリラックス。

 最初のお肉は盛り合わせ。四人分となると、圧倒的だ。無煙ロースターに火がともり、熱せられて滴り落ちる油。じゅっと焦げる肉の香りが愛おしい……。

「おおまかには夏海ちゃんも色々知ってるし。詳しい説明やらは、あとにして、まず食べましょう!」

 オフィスの女主人の鶴の一声で、宴は始まった。 

  

 大き目の茶わんには汚れこそあれど、米粒一つ無い。キャベツは食いつくされて、肉がのっていた大皿は空。キムチ盛った大皿の方は、汁気が残るのみである。

 もったいないと、ご飯小を注文し、汁まで食べようとした夏海を、三人三種三様で止める。

 要点的にはナツミお前は食べ過ぎで、お腹こわすぞ的な。デザートあるぞで、食欲魔少女は踏みとどまった。

 テーブルの小皿の焼肉のタレには、丸く油が固まり始め。結構長丁場食べていた証でもある。

「ああぁ」

 官能の色さえ感じさせてしまう(もちろん、それは大きな誤解)、少女の吐息。そんな夏海の吐息に残り三人は、生暖かい視線を向ける。

「むう、ボクのどこが可笑しいんですか!」

 珍しいふくれっ面も長続きせず。食後の余韻に少女は酔いしれる。ぽっこり。桃色セーターごしに、ふくれたお腹も見える。彼女はそんなの気にしない。

「おかしくないわよ、うん。もうすぐデザートくるし。ドリンクもラストオーダーだし。改めて自己紹介しようかな? オフィス・ツーペアのオーナーで、派遣OLやってます。望月巴です。よろしく」

 焼肉屋ゆえか汚れても良い様に地味目の茶色のセーターに、ジーンズ。胸元の音符のブローチが無くても、その存在感の強さから夏海は、巴を見て80年代アイドルを連想した。そんな格好もスタイリッシュでカリスマな。

「義理の姉が竜夫さんにお世話になっております。望月の部下で、本職は施設警備の警備員と大学生をかけ持っています。日野明です」

 こちらは黒のトレーナーだ。上背があるし、背筋が伸びているのでそれだけで迫力ある青年だ。巴の存在感に負けていない。普段あまり表情を変えない彼が、少しはにかんで微笑みを向けるのには、少女の胸の奥にぐっとくる。そして頼もしそうな背中! 夏海の特別製の視界のせいか。人の背中を見れば、その人の背中の重みが何となく分かるというか何というか。

 その意味で頼りがいありつつ、人生の重みを感じさせる背中は、夏海人生の中でちょっと無かった。 それらを思いだしたか、やや挙動不審。

「夏海?」

「……あ、ああ。ども天川夏海です。ちゅうがくいちねんせいです。生徒会の書記です」

 娘にあいさつをうながしつつ、ややオカシクなった娘の態度に気が付いて、小さくため息をつく。懸念が当たったか。口直しの柚子のシャーベットが来て、残り時間があと数十分となり、打ち合わせらしい打ち合わせとなる。大まかな業務説明。その中における夏海のポジション――カッパー・ポーン。そのポジショニングで彼女に求められる資質、仕事。などなど。

 元々彼女が宿すプレ・ガジェット。ガジェット――道具と名付けられてはいるが、その実先天的に備わった能力であり、切り離せない。大親友にして師匠で従妹――錆重わんここと金村春夜嬢の場合は、本家筋にして先天的霊能力の持ち主故に早い段階でこの除霊の道に進んでいた。そちら方面からの知識もある。そして夏海はその能力ゆえに、高校入学時頃には巴・明コンビの元で、能力制御を兼ねた助手兼修行に明け暮れる予定だったのだ。

 その予定が早まっただけゆえに、その下準備はすでに出来ていたので、スムーズにことが進むのである。

「――で、夏海ちゃんには当面、ナビゲーターやってもらおうかなっと思ってます」


                                             ◆◆◆


「おねえちゃん、どうしたの」

「なんでもない。なんでもないよ」

 姉――礼田弓子の様子が朝からオカシイ。割と人生を反射的に色々選んで、だいたい正解を引き当てる妹。彼女は実姉の様子に不安げに見つめる。

「大丈夫だよ、大丈夫だから」

 スマートフォンを起動して。こっくりさんのアイコンをタップして。

(あっ、こっくりさんつかうんだ)

 こっくりさんを使うのはたいていプライベートな事の相談。たまに知っててわざと無視するが。場の雰囲気と言うか、空気をこの妹さんはちゃんと読む。いまのお姉ちゃんにふざけない方が良いよね。彼女は本能でそれをかぎわける。

 でも。そんないつもの正解が今回も正解とも限らない。

「……こんにちわ、ラッキー」

 そう携帯に話しかける姉。姉の部屋から退出する妹。

(そか。ラッキーをよんだんだ)

 家族ゆえに、妹は特別不思議に思わなかったが。姉が呼んだ〔と思い込んでいる]こっくりさんの霊は、去年死んだ愛犬である。

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