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 もうすぐ午後4時になる。12月ともなると日の暮れる時間は早くなる。当然だ。

 伯父にそこそこ早めに帰宅を求められている。肩を落として歩く礼田弓子の様は、いっそう地味さを引き立てる。下校して家に帰るのが、おっくうなのでは無い。

 1年A組のクラスメイト達も癒しの場なら、中三まで住むところを許されている実母実妹住む、家庭もまたそうだ。

 実父は単身赴任の為離れているが、そのメールやたまにかかる電話もまた同じ。

 年頃の娘にしては、両親の反発がゼロに等しく。

 では何におっくうなのか? ときおりおとずれる未来の義父の視察である。

 土曜留守にするのは、不意打ちで伯父が様子をたずねるのを避ける為。姉妹へのたっぷりのおこづかいと、洋和菓子のお土産は必ず持参。ただ「養子への定期的査察」という本音は、さすがにはばかれられるのか。そんな言い訳用意して。

『ん~、お金によいもわるいもないから、かんけいないよー。おねえちゃんふかく考えすぎだよ』

 小生意気ながら、可愛くて仕方ない妹、真矢。彼女の様に弓子はあっけらかんとは出来ない。性格的に。もらったおこづかいは、使わずに溜めている。伯父の話は全て受け止めてしまう。疲れるを通り越して、胸の奥がイタイ。

 妹の様に要領良く出来ないと、自分はあきらめていたが。

『おねえちゃん、あたしとちがって勉強すごいじゃん。よしゅうふくしゅうやってるし。学園で勉強したら? おじさんも学園まではおってこれないよ』

 すごい! その妹の発想力。姉が秀才なら天才肌な妹で。しかも愛らしく皆から好かれる。ご飯を作ってあげる。お菓子を作ってあげる。おねしょしたら、まっさきにかばう。妹のおねしょ癖がなおらないのが、父母姉がそれぞれで甘やかすので治らないのが要因の一つだろう。

 実際この半年、隔週あった週末の「査察」が無くなった。問題はいぜんとあるが。それでもストレス源――伯父から逃れられていたのだが……。伯父は別の手を編み出した。

(……どうか……上手くいきます様に!)

 おっくうな気持ちでまず、電子定期券を改札機にかざして、弓子は駅構内に入る。たまたま駅員は改札に一人だった。チャンスだ。

[fcdれwp「g5え」Hgrwtg4rw]tg4ra]

と画面上に表記された意味不明メールをアップしたのを、駅員にかざす。

 偶然か、必然か。この改札には弓子と駅員さんの二人しかいない。そもそもいつもの改札とは違い、かなり人通りの少ない不便な方の改札を選んでいた弓子。単なるおまじない。とは思いつつ、ワラにもすがる思いだったのも事実。

 生真面目そうで年かさの駅員さん、ほんの数秒沈黙があった。静止すらしていた。

  怒られるのか、怒鳴られるのか? 

 そんな問いがぐるぐると、弓子を責め立てる。そんな事伯父に知られたら……。その可能性ゼロでは無い。

 伯父は、仕事上では役付きの重役クラスで、かなり忙しいはずだが。帰宅経路の列車を弓子のそれと合わせてきた。

 スマートフォンのGPS機能で彼女の現在地はすぐ分かる。メールでも列車乗り降りの知らせを、弓子に写真添付付きで求める。

 また適切な電車の予定時間は、スマホはもちろんガラパゴス携帯ですら可能だ。

 そして電子機器が苦手そうな60手前の伯父の世代にしては、最新スマートフォンを十全に使いこなす優秀な人材なのだ、伯父は。死角が無い。

 あれ? 駅員さんまだ固まってます?

 そう我にかえった弓子が、駅員に声をかける前に。彼は話しかけてきた。

「ZENBUDE、18TOORINO、HOUHOUDE、TASSEISIMASU。ご安心を」

 へ? 少女は不思議がる。全部で18通りの方法で達成します。そう言ったのかな? ちゃんと聞き取れたのはご安心を、の部分だけだ。狐につままれた様な狸に化かされたような面持ちで、ホームへの階段を昇る。半地下みたいになったこの改札は、エレベーターやエスカレーターが無いせいで面倒なのだ。ときおり振り返りつつ。気休めかな? 怒られないで良かったけれど。

 無軌道なのが、うらやましく思えたクラスメイトたちの言動をちょっと、真似しただけ。一見それだけにとどまった風に見えた。このまじないの恐ろしさを、彼女はまだ知らない。


                     ◆◆◆


 午後6時を過ぎて。街の上に夕闇の(とばり)が下りて。歓楽街にネオンがともり始める時間帯。天王寺周辺の中学校路地裏から始まった、対呪術避けの基本業務。運転者竜夫の運転は冴えて。又娘夏海の視界も作業を重ねるたびに速さ・正確さを増してゆく。

 天王寺~大阪市西部の大阪ドーム周辺。一旦本町周辺数か所経て、難波に至り、梅田行ってまた天王寺。次に弁天町あたり。

 順番としてはめちゃくちゃにしか見えないが。それは科学的常識の見方に過ぎない。

 方違(かたたが)え、そういう呪術が有る。古くは平安貴族などが日常的に用いてきた呪術的手法だ。

 運勢的に悪い方角を避けて、良い方角から目的地に至る為に、わざわざ遠回りする。

 陰陽師が当時のいわば最先端の科学者的立場で、いられた時代の話である。

 それと同じ考え方故のルートらしい。

 夏海の精度も凄いが、父親の運転テクニックも又神がかり過ぎている。呪術的才能は皆無に等しいと言われるが。しかしこと機械操作に関わると天才的勘が働き。又努力も怠らず。加えて道路状況、車の流れの予測や信号の状態、歩行者の動向を瞬時に理解して運転する様は、神がかりとしか言えない。一種の限定的予知能力とも言えた。それが天川竜夫の才だ。

 そんな二人の化け物たちの手によって、行方不明事件に対して明巴コンビが割ける時間は、相対的に増えてゆく。


 そして午後8時半。休憩は一応とった。何度も取った。水分補給・糖分補給・トイレ休憩の小休止三回に、長めの休息を一回。で、得た結果が一週間分先の予定分を全てクリアしたなどと、うれしい悲鳴をあげたくなる状況だ。

「っていうかねー。ノルマ達成をここまで低く見積もった書類書いたの、アタシ本職でも無いんだけれどおーー」

 お義姉さまは、嬉しさ通り越してやや投げやりだった。

「でもまあ、お二人とも人間ですから、疲れます。おのずと限界があります」

 義弟くんのフォロー? もやや上滑りしている気もする。

 しかし変に正直に記録を残すと、毎回この鬼の様な高効率を求められかねない。慈善事業や商品モニターの体裁をとってはいても。補給線――ありていに言うと、現場作業員の時間給の多い少ないは、様々な職種・場面で重要な要素である。

車をいったん、淀屋橋の契約駐車場に止めて、運転手はこうたずねた。

「えっと、明くん。僕らはいったん解散かな?」

 プラチナ・ポーン。巴たちの団体は符丁として、団への貢献度合いと立場をチェスの駒と色で、区別する。差別では無く、業務上必要な区別だ。

 キングは便宜上のもので存在せず。白黒二人のクイーンを各地域ごとの責任者として置く。大昔は東西奉行や南北奉行とか検非違使の長官(かみ)などと言っていたのだが。 

「んー、クイーン代行としてはまずこれから夕食。これ経費で落とします。それでギリギリいっぱいまで労働可能時間引っ張って。あと明日お昼お時間下さい。豪勢なお昼ご飯、おうちの近くでご用意しますから。それで帳尻合わせると共に、ちょっと打ち合わせします。夏海ちゃんのお力も結構お借りする方向で。全部には関われないけれど、メインで関わってもらうのが、行方不明事件。夏海ちゃんも納得でしょう?」

「経費って……夕食はまだしも。明日の昼はまずくないかな? 大阪の黒のクイーン同然ではあるから、その位の権限あるだろうが」 

 やや軽口めいた巴女史の言葉に、竜夫が年長者らしく常識的意見を返す。豪華なご飯の値段に心当たりがあるのか、やや渋めの顔だ。

 娘の方はやや疲れが見えたか、後部座席でうたた寝中。

 ポーンの駒の符丁は、外部協力者。過去の実績・貢献度合いで、下から順に黄銅(カッパー)青銅(ブロンズ)白銀(シルバー)。そして上位の黄金(ゴールド)に最上位の白金(プラチナ)。プラチナ・ポーンともなると、地域責任者の最上位にも意見できる。

「竜夫さんのご懸念も通常なら、ごもっともなご意見なのですが。今回のケースは義姉の提唱する方法が最良化と俺も思います」

「一週間分前倒しってそんなにまずい?」  

  一方ビショップの駒は、主にNGプロダクツ社の技術陣を中心とした技術開発。現場の呪術的事件の捜査・解決実務はルーク、そしてその配下ナイトがその任につく。白の駒と黒の駒の交代制勤務。少なくとも大阪圏内の現場作業員は別に本職を持ち、内職的に業務に従事していた。巴は黒のルークの一番、そして黒のクイーン代行を兼務。明はその配下黒のナイトの一番である。どこも慢性的人手不足で、効率的作業結果は喜ばれはするが

「書類的には、他の白黒のルークやナイトも手伝った形を取ります。でもその効率的結果は竜夫さん夏海さんコンビのおかげ。そう書かないと完全なウソになります。本来手伝っていない人にも報酬がいきますが」

「まあある種のお役所みたいなものだから、うちの団体も。それでですね、竜夫さん。タダ働きの実績を作っちゃうと、他のメンバーのお給料の査定にも悪い影響出かねないので。ちょこっと美味しい豪華なお昼食べつつ、会議するって名目は有効なのですよ、この場合」

「クイーン代行ともなると、そんな事まで考えないといけないのか。巴ちゃんだから兼任で務まっているけれど、正直脱帽だな」


 本来、大阪なら大阪。名古屋なら名古屋。各現場作業員は基本その地域を離れず。またその地でスカウトされたポーンたちも、その地を離れる事はまれだ。人の多さが呪術案件に正比例する事も有り、大阪も人手不足気味に見えるが。それでもまだマシで、四国は四県合わせて

一地域扱い。九州や山陰・山陽は、南北エリアおおざっぱにで分けられて。人員的に、大都市圏以外では、更に日常基本業務もままならない時もある。

 例外的に神がかり的運転テクニックを買われて、出張的に天川竜夫は、関西より南全域対象にヘルプに向かう。その効率上昇率三割増し。

 先ほどの竜夫夏海親子コンビの神がかり的な所業を見れば、それも納得出来るというもの。それゆえのプラチナ・ポーン。

「出来ればオレとしても、竜夫さんに黒のクイーンになって頂きたかったのですが」

「同感だけど、それすると滋賀から鹿児島までの関係者全員泣いちゃうからねーー、物理的に。まあ竜夫さんに頼り過ぎも、大問題。一個人の能力に頼り過ぎてわねーー。夏海ちゃんの今後にも言えること。アタシたちはお金かからない便利屋にはなってイケナイのですよ。そのクセを上にもつけないと。そういう理由もあるのです。で竜夫さん何を食べます?」

 そんなやり取りへて。ほっと安心の息を吐いて、納得の表情。そして父親は、愛娘の寝顔に微笑みをむける。

「明日の昼食の件は完全にお任せするとして。今日の夕食は夏海次第かな。僕は何でも良いよ。そこそこお腹が空いているから、「大盛り食べるけどね。可哀想だが、夏海を起こすかな? ご飯食べ損ねるのはもっと可哀想だしね」

 竜夫の雰囲気にあてられてか、車内に温かな雰囲気になり始めていたが。

 まるで神託受けた巫女のごとく。比喩無しに文字通り飛び起きた夏海。

「人が死んじゃう! 誰か男の人。危ない!!」

 その言葉に時間差無くみな反応し、竜夫は車を発進させた。

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