(14)
もうすぐ午後4時になる。12月ともなると日の暮れる時間は早くなる。当然だ。
伯父にそこそこ早めに帰宅を求められている。肩を落として歩く礼田弓子の様は、いっそう地味さを引き立てる。下校して家に帰るのが、おっくうなのでは無い。
1年A組のクラスメイト達も癒しの場なら、中三まで住むところを許されている実母実妹住む、家庭もまたそうだ。
実父は単身赴任の為離れているが、そのメールやたまにかかる電話もまた同じ。
年頃の娘にしては、両親の反発がゼロに等しく。
では何におっくうなのか? ときおりおとずれる未来の義父の視察である。
土曜留守にするのは、不意打ちで伯父が様子をたずねるのを避ける為。姉妹へのたっぷりのおこづかいと、洋和菓子のお土産は必ず持参。ただ「養子への定期的査察」という本音は、さすがにはばかれられるのか。そんな言い訳用意して。
『ん~、お金によいもわるいもないから、かんけいないよー。おねえちゃんふかく考えすぎだよ』
小生意気ながら、可愛くて仕方ない妹、真矢。彼女の様に弓子はあっけらかんとは出来ない。性格的に。もらったおこづかいは、使わずに溜めている。伯父の話は全て受け止めてしまう。疲れるを通り越して、胸の奥がイタイ。
妹の様に要領良く出来ないと、自分はあきらめていたが。
『おねえちゃん、あたしとちがって勉強すごいじゃん。よしゅうふくしゅうやってるし。学園で勉強したら? おじさんも学園まではおってこれないよ』
すごい! その妹の発想力。姉が秀才なら天才肌な妹で。しかも愛らしく皆から好かれる。ご飯を作ってあげる。お菓子を作ってあげる。おねしょしたら、まっさきにかばう。妹のおねしょ癖がなおらないのが、父母姉がそれぞれで甘やかすので治らないのが要因の一つだろう。
実際この半年、隔週あった週末の「査察」が無くなった。問題はいぜんとあるが。それでもストレス源――伯父から逃れられていたのだが……。伯父は別の手を編み出した。
(……どうか……上手くいきます様に!)
おっくうな気持ちでまず、電子定期券を改札機にかざして、弓子は駅構内に入る。たまたま駅員は改札に一人だった。チャンスだ。
[fcdれwp「g5え」Hgrwtg4rw]tg4ra]
と画面上に表記された意味不明メールをアップしたのを、駅員にかざす。
偶然か、必然か。この改札には弓子と駅員さんの二人しかいない。そもそもいつもの改札とは違い、かなり人通りの少ない不便な方の改札を選んでいた弓子。単なるおまじない。とは思いつつ、ワラにもすがる思いだったのも事実。
生真面目そうで年かさの駅員さん、ほんの数秒沈黙があった。静止すらしていた。
怒られるのか、怒鳴られるのか?
そんな問いがぐるぐると、弓子を責め立てる。そんな事伯父に知られたら……。その可能性ゼロでは無い。
伯父は、仕事上では役付きの重役クラスで、かなり忙しいはずだが。帰宅経路の列車を弓子のそれと合わせてきた。
スマートフォンのGPS機能で彼女の現在地はすぐ分かる。メールでも列車乗り降りの知らせを、弓子に写真添付付きで求める。
また適切な電車の予定時間は、スマホはもちろんガラパゴス携帯ですら可能だ。
そして電子機器が苦手そうな60手前の伯父の世代にしては、最新スマートフォンを十全に使いこなす優秀な人材なのだ、伯父は。死角が無い。
あれ? 駅員さんまだ固まってます?
そう我にかえった弓子が、駅員に声をかける前に。彼は話しかけてきた。
「ZENBUDE、18TOORINO、HOUHOUDE、TASSEISIMASU。ご安心を」
へ? 少女は不思議がる。全部で18通りの方法で達成します。そう言ったのかな? ちゃんと聞き取れたのはご安心を、の部分だけだ。狐につままれた様な狸に化かされたような面持ちで、ホームへの階段を昇る。半地下みたいになったこの改札は、エレベーターやエスカレーターが無いせいで面倒なのだ。ときおり振り返りつつ。気休めかな? 怒られないで良かったけれど。
無軌道なのが、うらやましく思えたクラスメイトたちの言動をちょっと、真似しただけ。一見それだけにとどまった風に見えた。このまじないの恐ろしさを、彼女はまだ知らない。
◆◆◆
午後6時を過ぎて。街の上に夕闇の帳が下りて。歓楽街にネオンがともり始める時間帯。天王寺周辺の中学校路地裏から始まった、対呪術避けの基本業務。運転者竜夫の運転は冴えて。又娘夏海の視界も作業を重ねるたびに速さ・正確さを増してゆく。
天王寺~大阪市西部の大阪ドーム周辺。一旦本町周辺数か所経て、難波に至り、梅田行ってまた天王寺。次に弁天町あたり。
順番としてはめちゃくちゃにしか見えないが。それは科学的常識の見方に過ぎない。
方違え、そういう呪術が有る。古くは平安貴族などが日常的に用いてきた呪術的手法だ。
運勢的に悪い方角を避けて、良い方角から目的地に至る為に、わざわざ遠回りする。
陰陽師が当時のいわば最先端の科学者的立場で、いられた時代の話である。
それと同じ考え方故のルートらしい。
夏海の精度も凄いが、父親の運転テクニックも又神がかり過ぎている。呪術的才能は皆無に等しいと言われるが。しかしこと機械操作に関わると天才的勘が働き。又努力も怠らず。加えて道路状況、車の流れの予測や信号の状態、歩行者の動向を瞬時に理解して運転する様は、神がかりとしか言えない。一種の限定的予知能力とも言えた。それが天川竜夫の才だ。
そんな二人の化け物たちの手によって、行方不明事件に対して明巴コンビが割ける時間は、相対的に増えてゆく。
そして午後8時半。休憩は一応とった。何度も取った。水分補給・糖分補給・トイレ休憩の小休止三回に、長めの休息を一回。で、得た結果が一週間分先の予定分を全てクリアしたなどと、うれしい悲鳴をあげたくなる状況だ。
「っていうかねー。ノルマ達成をここまで低く見積もった書類書いたの、アタシ本職でも無いんだけれどおーー」
お義姉さまは、嬉しさ通り越してやや投げやりだった。
「でもまあ、お二人とも人間ですから、疲れます。おのずと限界があります」
義弟くんのフォロー? もやや上滑りしている気もする。
しかし変に正直に記録を残すと、毎回この鬼の様な高効率を求められかねない。慈善事業や商品モニターの体裁をとってはいても。補給線――ありていに言うと、現場作業員の時間給の多い少ないは、様々な職種・場面で重要な要素である。
車をいったん、淀屋橋の契約駐車場に止めて、運転手はこうたずねた。
「えっと、明くん。僕らはいったん解散かな?」
プラチナ・ポーン。巴たちの団体は符丁として、団への貢献度合いと立場をチェスの駒と色で、区別する。差別では無く、業務上必要な区別だ。
キングは便宜上のもので存在せず。白黒二人のクイーンを各地域ごとの責任者として置く。大昔は東西奉行や南北奉行とか検非違使の長官などと言っていたのだが。
「んー、クイーン代行としてはまずこれから夕食。これ経費で落とします。それでギリギリいっぱいまで労働可能時間引っ張って。あと明日お昼お時間下さい。豪勢なお昼ご飯、おうちの近くでご用意しますから。それで帳尻合わせると共に、ちょっと打ち合わせします。夏海ちゃんのお力も結構お借りする方向で。全部には関われないけれど、メインで関わってもらうのが、行方不明事件。夏海ちゃんも納得でしょう?」
「経費って……夕食はまだしも。明日の昼はまずくないかな? 大阪の黒のクイーン同然ではあるから、その位の権限あるだろうが」
やや軽口めいた巴女史の言葉に、竜夫が年長者らしく常識的意見を返す。豪華なご飯の値段に心当たりがあるのか、やや渋めの顔だ。
娘の方はやや疲れが見えたか、後部座席でうたた寝中。
ポーンの駒の符丁は、外部協力者。過去の実績・貢献度合いで、下から順に黄銅、青銅に白銀。そして上位の黄金に最上位の白金。プラチナ・ポーンともなると、地域責任者の最上位にも意見できる。
「竜夫さんのご懸念も通常なら、ごもっともなご意見なのですが。今回のケースは義姉の提唱する方法が最良化と俺も思います」
「一週間分前倒しってそんなにまずい?」
一方ビショップの駒は、主にNGプロダクツ社の技術陣を中心とした技術開発。現場の呪術的事件の捜査・解決実務はルーク、そしてその配下ナイトがその任につく。白の駒と黒の駒の交代制勤務。少なくとも大阪圏内の現場作業員は別に本職を持ち、内職的に業務に従事していた。巴は黒のルークの一番、そして黒のクイーン代行を兼務。明はその配下黒のナイトの一番である。どこも慢性的人手不足で、効率的作業結果は喜ばれはするが
「書類的には、他の白黒のルークやナイトも手伝った形を取ります。でもその効率的結果は竜夫さん夏海さんコンビのおかげ。そう書かないと完全なウソになります。本来手伝っていない人にも報酬がいきますが」
「まあある種のお役所みたいなものだから、うちの団体も。それでですね、竜夫さん。タダ働きの実績を作っちゃうと、他のメンバーのお給料の査定にも悪い影響出かねないので。ちょこっと美味しい豪華なお昼食べつつ、会議するって名目は有効なのですよ、この場合」
「クイーン代行ともなると、そんな事まで考えないといけないのか。巴ちゃんだから兼任で務まっているけれど、正直脱帽だな」
本来、大阪なら大阪。名古屋なら名古屋。各現場作業員は基本その地域を離れず。またその地でスカウトされたポーンたちも、その地を離れる事はまれだ。人の多さが呪術案件に正比例する事も有り、大阪も人手不足気味に見えるが。それでもまだマシで、四国は四県合わせて
一地域扱い。九州や山陰・山陽は、南北エリアおおざっぱにで分けられて。人員的に、大都市圏以外では、更に日常基本業務もままならない時もある。
例外的に神がかり的運転テクニックを買われて、出張的に天川竜夫は、関西より南全域対象にヘルプに向かう。その効率上昇率三割増し。
先ほどの竜夫夏海親子コンビの神がかり的な所業を見れば、それも納得出来るというもの。それゆえのプラチナ・ポーン。
「出来ればオレとしても、竜夫さんに黒のクイーンになって頂きたかったのですが」
「同感だけど、それすると滋賀から鹿児島までの関係者全員泣いちゃうからねーー、物理的に。まあ竜夫さんに頼り過ぎも、大問題。一個人の能力に頼り過ぎてわねーー。夏海ちゃんの今後にも言えること。アタシたちはお金かからない便利屋にはなってイケナイのですよ。そのクセを上にもつけないと。そういう理由もあるのです。で竜夫さん何を食べます?」
そんなやり取りへて。ほっと安心の息を吐いて、納得の表情。そして父親は、愛娘の寝顔に微笑みをむける。
「明日の昼食の件は完全にお任せするとして。今日の夕食は夏海次第かな。僕は何でも良いよ。そこそこお腹が空いているから、「大盛り食べるけどね。可哀想だが、夏海を起こすかな? ご飯食べ損ねるのはもっと可哀想だしね」
竜夫の雰囲気にあてられてか、車内に温かな雰囲気になり始めていたが。
まるで神託受けた巫女のごとく。比喩無しに文字通り飛び起きた夏海。
「人が死んじゃう! 誰か男の人。危ない!!」
その言葉に時間差無くみな反応し、竜夫は車を発進させた。