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――時間は少し、さかのぼる。

 異界内――モノクロの世界。


 何故自分だけ逃げられたのか?

 彼女は自分にそう問いかける。

 そう問いかけつつ、紺のセーラー服――竜王庶務の少女は宛てなく、彷徨う。

 助けを求めて。

 

 誰か助けて。


 「彼」は……小5のあの子は……従弟でもなく、ただ単に近所の男の子だった。

 年下だけど自分より聡明で、常に手を引いてくれていた。

 初等部より名門校に通う二人は、経済的にも家柄的にも恵まれている。

 というか周囲もそうで、それが普通だった。

 そして、彼氏君には婚約者がすでにいる。珍しくもあり得ない話では無い、上流社会のお話。

 二人で逃げよう。こっくりさんが教えてくれる。二人だけの世界。

 賢明で理知的な少年らしからぬ幼い決断に乗ったのは、アレを見せられたから。

 単なるプログラムデータに過ぎないソレが、物理的に人を傷つける事が可能な実例を目の当たりにした。 

 条件さえ整えば、数キロの距離をゼロにする事も不可能では無く。それも見た。

 確信した。凄い! これならと。

 ただ。その技術が自分達にも牙をむくとは思いもよらず。

 そうやって思考に耽溺して、方角見失って彷徨い歩き……。少年に助けられて、飛び出した巨大な門扉。

 その逃げたはずの場所に戻ってきているのに気がつかない。

 それはそうだ。十数歩。下手すると数歩進むたびにランダムで景色が変わるのだ。訳が分からない。 そして、ところどころに彼女をとらえようとする罠もある。偶然によってか何とかそれらは避けてこれたが。

 学校指定の冬物コート。それを四方八方からひも状で、しかしごつごつ硬いモノがとらえ、引き裂いた。コートが引き裂かれたからこそ、一度は逃げ切れたとも言えるのだが。

 注意力散漫の彼女の足元にもまた、その素焼き触手の群れが、多数迫っていた。すぐそこまで。


                                              ◆◆◆


「いやーーーーっ」

 そう叫びつつ、反射的にあらがう、夏海。素焼きの質感はざらざらしていて、滑らかな太ももを傷つける。特別製の視界も全身を捕らえられてしまっては、役に立つはずが無い。

 その身をねじり、逃れようとするが触手の海は津波となって天川夏海を襲う……のでは無く。

「……あれ?」

 存外に間抜けた声が出た少女。鳥羽根少女を捕らえ様とはするものの、九分九厘の量の触手群は彼女を無視してその背後に向かう。

「何で?」

 その当然の疑問は、目の前に差し出された。ところどころにほつれ、上品な眼鏡も失っていた。行方不明少女がそこにいた。

 触手の群れにつかまって、そのままゆっくりとでも確実に、怪物の腹の中へと召されようとしている。門扉の内部の空間なぞ、巨大生物の体内そのものに思える。

「あ……あまかわ……さん?」

 吐息の様なその声を、確かに夏海は聞いた。そして恥じる。自分は彼女の名前を覚えていない。でも竜王庶務のその人は、確かに覚えていてくれていたことに。

 手を伸ばそうとする。触れそうになる指先。けれども夏海も捕らわれの身に変わりなく。そこに何の意味があるのか?

 彼女に近づけば近づくほど触手の密度があがる。絶望の二文字しか見えない。

「天川夏海さんっ、目をつぶって下さい」

 夏海の背後から誰何の声がした。素直な彼女はそれに従う。

 閉じたまぶたの裏ごしにも見えた一瞬の閃光。一拍遅れて体の拘束が溶けていた事に不思議がる。

 目を開ける。

 少女は見た。その背中。懐かしく……思うのは何故だろう。左手に光の剣を持った青年の背中が見えた。触手の大海を遮る様に、夏海を守る様にそこに立つ。

「詳しい説明はあとで。少し下がって下さい」

 凛々しさ、頼もしさ、温かささえ幻想しそうな理想の背中。肩越しに振り向いた横顔は優し気で、少女の胸の奥を何かが叩く。

 スッと腰を落とし、刀身を寝かすように彼は構えた。脇構え。そして片手横薙ぎの一閃。まるで夏海の視界の様に、予知したかのように。触手の津波が切り裂かれ、無力化される。

 これは単に彼の才能と、日々磨いた技量の一端に過ぎない。刀身の威力・性能こそ破格なものの技量そのものは、彼のもの。

 夏海の素人目にも明らかなほど、美麗な剣捌き。

 触手群と比べ格の違いをまざまざと、見せつけた結果とも言えたが。

 それが証拠に触手どもはちゅうちょしたかのごとく彼に近づこうとせず、遠巻きに様子を見ている風にも見える。だがそれでも。

「なんで! なんでよ!!」

 悲痛な叫びが夏海を現実に引き戻す。遠巻きに様子見つつ、最低限の仕事は果たす触手たち。眼鏡を失ったセーラー少女を門扉の奥に緩やかに油断なくでも確実に送り込んでいる最中だ。

「天川さん! 助けに来てくれたんじゃないの! なんでよ! なんでなのよ!!」

 心の奥に刃物が突き刺さる。夏海の両の目から、熱いモノがこみ上げあふれだす。その唇からは繰り返し紡がれる謝罪の言葉。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ごめんなさい……」

「なんでよ! なんで! なんでよ!! なんで!! 」

「夏海さん、貴女は一切悪くありません。二重遭難を回避した俺に責任のすべてがあります」

 そんな日野明のとりなしの言葉も、彼女の中では上滑りする。

 残心。

 剣道に限らず武道において、技を出し終えたあと油断せず気を抜かない様を言う。

 明は夏海をかばいつつ、被害少女が門扉の向こうに飲まれ、扉が閉じるのをずっと見つめていた。

明日の18:00に投稿予定。

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