(1)プロローグ
需要が有ろうが無かろうが、様々な私的事情が重なって、公開させて頂く事になりました。
そんな作品ですが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。
十一月の三日。
文化の日。
土曜日。
せっかくの祝日が、土曜日と重なって意味が無い。そう、なげくのは学生だからか。
振替休日も発生しない日程でもあって。
そんな日に、二人の学生少女は、連れ立って行儀良くパイプ椅子に腰かけて、講演に耳を傾けていた。
一人は地味めの少女。弓ちゃん。お下げ髪が似合う。地味――その印象を補強するのは、彼女自身に自信が無いからだろうか?
もう一人は、髪型が鳥の羽根。ショートカットと表現するには、不適当。
くせ毛の髪質のせいでそのなっているのだが、本人は気にしない。
活発。元気。そんな印象を周囲に与える娘。なつみん。
二人とも紅葉色のブレザー服。真っ赤なリボンタイをあしらう女子制服の、メリハリ利いたデザイン。まるでライトノベルのデザインだ。
見る者が見れば、鳳雛学園の中等部高等部の制服、だと知れる。
「――再度、繰り返しましょう。金は万能ではあるが、全能では無いっ!」
講演会場の壇上には、えらいお医者さんとかだという触れ込みで、講演を依頼された初老に届きそうな男性が力説している。
地味めのお下げ少女は、一字一句聞き逃すまいという、生真面目さで聞き続け。 ……せっかくの休みの半日をつぶされてまで、とる態度では無い。
けど。けれども。
「未来のお父様」の言いつけは、講演会を拝聴しろ、の一言。
その「命令」の裏には、「ためになる講演を拝聴し」、「礼田本家の人間に相応しくなれ」と言っている。
それを理解している。一歩進めて、その感想の一つでもあとで、たずねてくるだろう。その故の保身のための、行動。
もっとも彼女は、生来の生真面目さゆえに、その指示が無くとも、真剣に耳をかたむけたであろうが。
「金は何にでも使えます。家事がわずらわしい? ならハウス・キーパーを雇えばよろしい。そうやって時間を節約し、仕事に専念出来る。その意味では、何にでも使える。万能ではあります」
(うん、そだね。でも先ほどからのお話の流れだと……ぼくならこう言うかな? でも時間は巻――)
「けれども、金の力をもってしても、時間は巻き戻せない……そうですね? ねえ皆さん??」
男は講演する事に慣れていた。長身で、伸びた背筋。自信に満ちた声音。ときおり身振り手振りのオーバーアクション。
ただ大きく声を上げるのでなく、よく通る声でささやきかけるように、問いかけて。
「金は、何でも出来る万能性はあっても。どんな願いも叶える全能性は無いのです。……と、ここまで偉そうにとうとうと語ってしまった訳ですが。元々は曽祖父の言葉であります、この言葉はね」 壇上の紳士は、茶目っけある苦笑いをしてみせる。イタズラ小僧のいたずらが、大人に見つかってしまったたぐいの、笑みだ。
会場の観客たちから、ところどころ笑いが漏れた。それらの含み笑いは、みな好意的なものだった。
「一言で言えば、何にでも使える万能性を考え。しかし金で買えないナニカを、どう金でやり繰りするのか。これに付きます。最後に。今でも交流ある元クラスメイトの派遣社員くんのエピソードで、締めくくりたいと思います」
この言葉に会場はどよめきたつ。紳士の経歴は、関西某所の大病院のオーナーだったはずだ。その彼がわざわざ旧友とは言え、派遣社員の者と付き合いがあると公言した。
その事実は驚く事ではないけれど。
どよめきたつ……この講演の客たちが、どういう系統なのかを端的に示していた。
平たくいうと、特権意識を強く持つ、富裕層。
少数派のお下げ少女は、そのどよめきの意味に気づいて、身を固くし。
もう一方の鳥羽根少女は、何も言わず。ただ悔しさに唇をかむ。
「その彼は生真面目ゆえに、家業を廃業したあと、借金返済のために派遣社員となり。工場の深夜勤務の道を選んだのですな。彼は自炊もします。その腕前も男性ながら大したもの。自炊は早く借金を返済するための手段ですな。それゆえに単身赴任。それ故に片道一時間走らせ、業務用食材あつかうスーパーへの買い出しも辞さない」
壇上の彼は、どよめきの意味に気づきつつ、関係無いとばかり話を続ける。
「とある日。残業続きの夜勤明けの休日。夕方まで疲れて寝ていた彼は、いつも通りに自転車で買い出しに出かけます」
その派遣社員の小父さんは、夜七時頃に出かけ、八時過ぎに到着。買物は1時間弱かかり。帰り道。
「まだ疲れが残っていたのでしょうね。ペダルをこぐのもおっくうで、ときおり自転車を降りて押して歩いて……。汗だくになりながらの帰り道は、一時間半を超えていたと言います。そして疲れてバタンキュー」
この物言いがこっけいで、また笑いをさそう。
「後日。自転車の後輪にやや違和感を感じていた、その彼の愛車は。ものの見事にパンクしておりました。修理代金は確か……1050円かな?」
また、笑いをさそう言い回し。
「電車で行けば往復500円ていど。ちなみに彼は月一回の外食の贅沢――ほろ酔いを自分に許しており、その額は二千円から三千円ていど。
ここで私ならこう考えます。普段使いのスーパーで基本食材はまかなえる。しかしどうしても安い食材などはその業務用スーパーで、月一回で仕入れたい。今回は自転車パンクのアクシデントがあった。場合によってはケガをして治療費が必要になったかもしれない。一食の外食のグレードをほんの少し落として。電車で移動しての購入は、選択肢としてアリなのではないかと?」
◆◆◆
講演は滞り無く、終わり。
「なつみん、……ほんとごめんねぇ」
お下げ少女が、心底申し訳なくお詫びし。
「いーよいーよ。ぼくん家も、本家は旧家みたいで元を正せば旗本とからしいし、ね。多少の苦労は……わかるかな? 弓ちゃんがぼくを頼ってくれるのは、珍しいし。うれしいし」
(そもそも、ぼくの事をニックネーム呼びしてくれるようになるまで時間がかかったんだからね。最初は誰相手でも、丁寧語が抜けなかったし)
鳥羽根少女は、心底気にしていないという、手を広げたゼスチャーをオーバーに表現。
一人称が「ぼく」でも、少々ドジッ娘でも、気にせず接してくれる友達は、大事にしたい彼女である。
(でも案外わかりやすく良いお話だったなあ。押しつけがましくも無くて)
「ありがと、なつみん。それで少しお時間ある? お昼まだでしょ? 伯父さまからお昼代を頂いているし……」
「ちょっと、それは無し! ぼくはそんなつもりで、お誘いにのった訳では無いし」
伯父――未来のお父様の命は、誰か優等生を一人以上、講演会に誘う事。一方でアメとムチを使い分けるのが上手いともいう、伯父。
そのアメが「お昼代」である。
「その……出来たらお願い、なつみんっ。妹には怒られるかもだけど。私余りファーストフードとかに行った事無いし……」
片や生徒会役員の鳥羽根、でも本人エセ優等生の自覚有り。
一方お下げ少女は、モノホンの優等生。 本人の自身の無さゆえに自覚が全くないけれど。
お下げ少女――弓ちゃんは、じつはモテるのだ。 ゆえに同性でありながら陥落する。
お下げ少女の自信無さげに、でも余り他人は見れない可愛げありはかなげな。その仕草に、同性だけどなつみんは、陥落する。
「あはは、そか。りょうかい。で予算はいかほど?」
その問いかけに、一本人差し指をたてて、申し訳なさそうに、その答えとする弓ちゃん。
「1000円か。まあ、妥当な金額だね。少しおこづかいとか足して、豪勢にいっとく?」
弓ちゃんは目を丸くして、否定の表情。
なつみん、意味がわからないよ、の表情。
弓ちゃんは、真新しい封筒をそのまま親友に差し出した。中を見てみる……。
(ゆっ諭吉さん、一枚!!! ……弓ちゃん伯父さんは何を考えてるんだ! 中学生にこんな大金渡して!)
その不満が顔に出ていたのか――なつみんの金銭感覚は、主婦並なのは、仲間内で有名なのだ。
「伯父さまは、いつもそうで。渡した以上返すこと自体、失礼にあたると前に怒られて……」
(まあ、弓ちゃんがわるいわけでは無いしね。ぼく的には意外に有意義なお話聞けたから損は無いけど……あのお医者さんの名前なんて言ったかな?)
元々は違う人物――地方議員先生が壇上に上がる予定を、取りやめ。逮捕されたとか? 臨時の講演とかで、地方の名士だと紹介されたが。
当初興味が薄かったので、名前を覚えそこねたのだ。一部分をのぞいて。
(何とか太郎さんだよね? あの字『彗星』のスイの字だったから。スイタロウさん? 弓ちゃんも知らないみたいだし。今度調べてみようかな? 呪術関係の人みたいだし。一応上に報告しとかないと)
なつみんの視界は、特別製で。
会場のあちこちに居た半透明のモノを、いくつか確認していた。感じからして、警戒用の呪術の系統と、見受ける。
表ざたにはなって居ないが、ある一定以上の富裕層で、事情通なら、「そうした技術」を導入し始めている。
なので、「ふとどきな」観客への備えかもしれないが。
(ともかく。お姫様のめずらしくでーとのお誘いなら断れないよね。それと。弓ちゃんの妹ちゃん対策的には……)
「……じゃあ、さあ。妹ちゃんマヤちゃんだったかな? そのお金の余りでお土産買えばどうかな?」
「そうだね。そうします。……なつみんは、いいの」
「いいよ。今日は元々お父さんにも、お昼食べてくるって言ったし。ハンバーガーでも、うどんソバでも。ピザでも回転寿司でも何でもござれだヨ。で……弓ちゃんは何食べたい?」
まさか牛丼屋にて。
並盛生卵トッピング紅ショウガてんこ盛りに七味かけ、というリクエストが来るとは、なつみんも想像していなかった。
(これマヤちゃんへのお土産抜きなら、1000円でおさまるじゃん!)
ちゃんと持ち帰り用牛丼三人分も、購入して――ちなみにお父さんは単身赴任中と言う――礼田一家に喜ばれたと、いう。
無謀にも毎日更新に挑戦してみます。ゆえに、明日のこの時間に投稿予定です。