農家の常備薬は自作
元の顔が思い出せないくらいに腫れてしまった勇者?を前に咄嗟に声が出ない。
どうした?呪いを受けたか?魔物にボコボコに殴られたか?
驚きで立ちすくむ俺に向かって、勇者は助けを求めてきた。
「あの…顔が痒くて……。」
は?
「森に行くのに近道しようとしてぇ……。」
ん?
「道を外れてぇ、草原を歩いていこうと……。」
草原?
ドマ湿地のことか。まあ、遠目には草原に見えるか。
「そしたらぁ、足下は泥沼だしぃ、虫はブンブン湧いてくるしぃ……。」
だろうな。湿地だもん。
「いくら剣で切っても経験値も入らないし…。」
経験値?
ていうか羽虫と戦ってたの?その立派な剣で?
「あのぉ、回復薬とかありませんかぁ?」
勇者、羽虫相手に涙目。
うける。
「回復薬じゃ、駄目だろ。」
返事をしながら、料理の手を止め、戸棚に向かう。回復薬には体力の低下や怪我の治りを早くする力はあるが、虫刺されには効かないだろうな。
「じゃあ、状態異常回復薬ですかねぇ……。」
「そんな高価なモン、家にはないよ。」
「ふぇ~、痒くて耐えられません……。」
勇者が情けない声を出すな。
戸棚の一番手前に入っている小瓶を持ってくる。
酒に浸され茶色くなっているが、元々は白くて可愛い花だ。毎年、畑の側に生えてくるジゴクソバの花を酒で漬け込んでいる。農作業には欠かせない。うちの常備薬だ。
「ほれ、これでも塗っとけ。」
「何ですか?エリクサーですか?」
だから、そんな高いものはないっての。
「虫刺されなんだろ?だったら、虫刺されの薬に決まってるじゃないか。」
「あ、ああ、そうですね……。」
不満なら別にいいんだぞ、と言うと、慌てて小瓶を受け取る。そして、蓋を空けて飲もうとする。
「おい!」
「はい?」
「…塗り薬だ。」
あわてて、口許から瓶を離す。
なんか、異世界のイメージが違うんだよなぁとかなんとかブツクサ言いながら、薬を顔に塗り込んでいる。こいつ、外面は礼儀正しい感じを出してるけど、相当クズなんじゃないだろうか。叩き出してやりたくなる。
次の日の朝。
「おはようございます!素敵な朝ですね!もらった薬のお陰で顔も治っていつもよりスベスベですよ。触ってみます?」
……うざ爽やかな勇者が復活してしまった。
書いてて思う。
大丈夫か、この勇者?今後世界の脅威になる予定なのだが、そんな欠片もないなあ。もっと伏線をはっていかなくては、ただのアホだ。