農家は魔法に頼らない
畑作業は地道だ。
水やり、草取り、虫取り、病気チェック。
苗を植えたら、即収穫!なんて、魔法みたいなことはないわけで。
勇者(あれ、あいつの名前聞いてないな)が、冒険に出たあと、パンとトトのスープで軽く昼飯を済ませた俺は、また畑に出ていた。
「エッグプラントも順調だね。」
膝上くらいの高さに、紫の卵型の実が光っている。握りこぶし大に育ってきた。来週には出荷できるだろうか。下の方に茶色く傷ついた実を見つけ、もいでおく。今日の夜飯にしよう。
エッグプラントは、皮を剥かずに食べられる柔めの実をしている。特に中は白いスポンジ状で、味がよく染み込み、この国の料理には欠かせない食材となっている。煮てよし。炒めてよし。
「スープの残りに入れようかなあ、っと!」
ズブッと左足が土に埋まる。よそ見してハーブ類を植えている畦に片足を突っ込んでしまった。
「ふかふかで最高の土だなっ」
負け惜しみの一人言を言うと、向こうでマウントンがふもふも笑っていた。
そんなこんなで、いつも通り夕暮れまで働き、家に帰る。一応、二人分の夕食を作っている最中に玄関のドアをノックする音がした。勇者が帰ってきたのだろう。俺の回りにわざわざノックしてくれる奴なんていない。クリスだって、断りなしにズカズカ上がり込んでくる。こっちが着替えていようがお構いなしだ。そのくせ、キャーキャー騒いで攻撃してくるのはなんとかならんのか。
「おー、どうだ。今日の成果は。」
鍋をかき混ぜる手を止めず、聞いてみる。
あれ?入ってこない。
「ん?勇者だろ?入ってこいよ。」
ギィ~っと、低い音を立て、ゆっくりとドアが開く。
「えと、お邪魔します。」
「おう、飯はもう少し待ってくれ。で、今日はちゃんと稼げたか?」
「いえ。あの、それが、駄目でした。」
「え~!?」
お前宿代あるんだろうな、と言おうとして顔を上げた俺は、勇者の顔を見て固まってしまった。
目元まで伸ばしたサラサラの黒髪はチリチリに丸まり、色白の優男系の顔は見るも無惨にぶくぶく赤く腫れ上がっていたのだ。