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二階堂合戦記  作者: 犬河兼任
第十二章 d西海道b
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1598-1 氷塊

<1598年 1月>


 太和江の上流に赴いて材木所の作業を監督する。

 蔚山城の普請のため、昨秋に急遽設置された材木所だ。


「あまり良い木は残って無いが構わぬ。岡左内、木を切り出して筏を作って城に送れ」


「承知しました」


 築城中の蔚山城は、蔚山湾に流れ込む太和江の河口に位置している。

 元は臼杵城と同じく干潟に浮かぶ島だったのであろう、沖積平野にポツンと存在する絶壁の小山を利用している。

 南方は海に面しており、船や筏での乗り入れが容易い。


 毛利秀元と浅野幸長らの軍勢が周辺の民衆を動員し、昼夜問わずの突貫工事を続けている。

 山の上に造成されている内城はほぼ出来上がっており、現在は内城をぐるりと囲む惣構の普請が進められていた。


 しかし、この蔚山城。

 後世に築城の名手と謳われることになる加藤清正が縄張りした城だが、現時点で重大な欠陥がある。

 井戸が惣構の外郭の中にしか掘られておらず、内城に存在しないのだ。

 内城でも井戸掘りは開始していたが、何せ一番低い曲輪の三ノ丸でさえ地表から十六間(約30m)ほどの高さである。

 明と朝鮮の大軍勢が攻め寄せて来るまでには、間に合わないのは確実だ。


 なので、蔚山城に到着した我が二階堂家の軍勢は、割り当てられた惣構の普請に並行して、渇水対策に奔走していた。

 釜山周辺で大小問わず桶という桶を集めさせ、蔚山に持ち込む。

 それだけでは足りないので、材木所の周辺の山を禿山にする勢いで木を切り出して蔚山城まで流し送る。

 木を割って作った板は寒風に晒して一応は乾燥させるが、生木のままでも構わず使用し、木枠を大量に製造。

 持ち込んだ桶と突貫で仕上げた木枠を内城の各曲輪に運び込み、夜は外郭の井戸で汲んだ水を張らせる作業を優先する。


 切り出した木材は一年から二年ほど乾燥させてから使うのが普通である。

 だが、今は厳冬期だ。

 そして蔚山は凍える冷たさの風が吹く土地。

 日が落ちたら即座に水が凍る寒さとなる。

 張った水は放っておいても朝には凍っている。

 気温の変化によって生じる木材の歪みなど関係ない。


 寒さと食料と飲み水。

 蔚山城の戦いで日本軍が苦戦した三つの理由。


 奥州から取り寄せた防寒具と大量の兵糧で、最初の二つは対応可能だ。

 残る一つの渇水問題を、俺は事前に人工的な大きな氷塊を城中に幾つも用意する事で乗り越えようとしていた。







 氷塊用の木枠作りの現場を監督していると、護衛の前田利益が告げる。


「太田一吉殿がまた乗り込んで来ましたぞ」


「やれやれ、今度はどう言いくるめようか」


 ボヤいていると、その太田一吉が現れる。

 蔚山城の普請を監督する軍目付けだ。


 太田一吉は三十代前半の中堅武将である。

 元は丹羽長秀の配下で、丹羽長秀の死去後に豊臣家に転籍している。

 初陣は山崎の合戦で、それから賤ヶ岳や小牧長久手、九州征伐、小田原の役と参戦。

 吏僚型の武将で後方支援を生業とし、上司であった石田三成の引き立てで豊後竹田六万五千石を領している。

 取り立てて目立った戦功が無い中での抜擢とあって、妬みの声を払拭すべく軍目付けの職務に奮闘中だ。

 ただその熱意は完全に空回りしており、はっきり言って邪魔でしかない。


「二階堂殿のご担当の普請が他に比べて遅れておりまする。昨日報告頂いた挽回策の状況をお聞かせ願おう」


 開口一番、昨日の今日で細かい進捗状況をチェックしてくる太田一吉。

 状況確認をしつこく行って煙たがられる管理職そのまんまだ。


「期日までには間に合わせる事、昨日確約したではないか」


「毛利秀元殿は工期を更に早められている。二階堂殿にはその期日の前倒しも検討頂きたい」


 豊臣秀吉の御下命での急ピッチな普請となり、諸大名も現地民もかなりの負担が強いられていた。

 逃げ出す者も多い中、一日でも早く築城出来れば太閤殿下もお悦びになると、さらに納期を縮めようとしてくる太田一吉。

 自分の手柄のために仕事を急かして嫌われる、そこら辺にいる管理職そのまんまだ。


 毛利秀元は病気の毛利輝元に代わり、毛利兵三万を率いて朝鮮入りしている。

 黄石山城や稷山の戦いで武勲を飾っており、この蔚山城の普請の役目が終われば帰国を許されていた。

 だから頑張ってるのであって、我が二階堂家には関係の無い話である。


「それは無理と言うもの」


「なぜ無理なのです?このような予定に無い作業は即刻中止して、外濠造りに注力なさればよい」


 木枠作りを一瞥して己の所見を述べてくる太田一吉。

 現場の作業のプライオリティを理解しないで、あれこれ口を出してくる無能な管理職そのまんまだ。


 そして軍目付けはただの監査役であって管理職でさえない。

 指揮権限など無い。


「この木枠での氷塊造りは加藤清正殿の了解を得ている。そなたに指図される謂れは無い」


 心得違いも良いところなので、とっとと追い払う。


 史実の蔚山城の築城部隊は、豊臣秀吉の工期に関する命令に拘泥し過ぎた。

 最前線にも関わらず普請に集中して警戒を怠り、五万人を超える敵勢の奇襲を喰らってる。


 軍目付けの太田一吉の監督に問題があったとすれば然もありなん、だ。

 





 普請に着手してから僅か四十日の早業で、毛利秀元が己の担当部分の普請を終える。

 毛利軍は持ち込んでいた武器と兵糧を釜山に輸送し、僅かな駐留兵のみを置いてさっさと蔚山城を引き払っていった。


 慶尚道の蔚州方面の指揮官は加藤清正だが、彼もまた蔚山城を不在にしている。

 蔚山城の完成の目処が立った為、自軍を引き連れて西生浦城に向かい、水軍基地構築に取り掛かっていた。


 史実の蔚山の戦いは、蔚山城の完成間近に始まっている。

 つまりは明と朝鮮の連合軍の襲来もそろそろなのだろう。


 加藤軍や毛利軍の本隊と入れ替わりで、二階堂家の野営地をいち早く蔚山城の惣構の内に移す。

 そして自前の兵糧や矢弾や飼葉は、内城の三ノ丸にあらかじめ運び込んでおく。

 自軍だけであれば優に三ヶ月は持ち堪えられるだけの量だ。

 その上で内城の見晴らしの良い場所に兵を立たせて、警戒を厳にする。


 蔚山城の本丸は二十八間(約50m)もの高さで、蔚山平野を百八十度見渡せる位置にある。

 普通に警戒していれば、六万人近くの大軍の接近に気づかないわけがない。


 慶長二年十二月二十二日早暁。

 さっそく志賀親次が注進してくる。


「大殿、北より朝闇に紛れて大軍が迫っております。騎兵らしき部隊が先行しているとのこと」


 敵はあえて姿を晒して蔚山城へ接近してきた。

 完成する前に攻める方が、容易く城を攻略出来ると判断したようだ。

 何としても日本軍最強の武将、加藤清正の首を獲って日本全軍の士気を挫こうと前のめりになっている。


「狙いは城外の野営地であろう。救援に参る」


 現在惣構の外には、毛利の駐屯兵らが陣を敷いている。

 矢継ぎ早に指示を出す。


「前田利益に志賀親次。それぞれ五百の兵で左陣と右陣を任す。敵は釣り野伏せを仕掛けて参ろう。わざと掛かった振りをして敵兵を呼び込むゆえ、更に外から襲い掛かれ。岡左内、後陣を任す。惣構は安普請ゆえすぐに破られよう。今夜のうちに内城まで撤収する。用意をしておけ」


「腕が鳴りますな」


「承知しました」


「ははっ」


 打って響くような前田利益らの答申が気持ち良い。

 有能な武将たちが手元に揃っているのは、とてもありがたいことだ。


「出陣だ。法螺を鳴らせ」






 この二階堂盛義自らが中軍の兵一千を率い、敵勢に対して押し出す。


 毛利家の宍戸元続らの陣を荒らしている軽騎兵たちに一当てすると、予想通り退いていく明軍。

 敵部隊の士気ゲージは下がってない。


 誘いにあえて乗って追撃しようとした時、友軍が戦場に到着する。

 浅野幸長の軍だ。


 随分と遅い着陣である。

 我が二階堂勢が動いてなければ、毛利家の部隊は壊滅的被害を負っていただろう。

 おおかた城外での騒ぎを兵たちの白鳥狩りと勘違いし、初動が遅れたに違いあるまい。


 甲斐府中十六万石の大名の浅野幸長は、五奉行の浅野長政の嫡男だ。

 まだ二十代前半の血気盛んな若者である。

 二階堂家を押し退けて前に出ようとする。


「浅野幸長殿に伝令を出せ。敵兵は数万。退却は陽動ゆえ深入り無用」


 しかし、その浅野幸長隊三千の突出への手配りに気を取られていたら、その影に隠れていた太田一吉隊の動きを見逃してしまった。

 太田一吉自らが矛を取り、五百の兵と共に我先にと逃げる明兵を追いかけていく。


「あっ、おいっ、戻せ!軍目付けが先頭に立って戦うなど聞いたことがないわっ」


 慌てて太田一吉のもとへも伝令を走らせるが、間に合わない。

 その太田一吉隊の動きに引きづられ、浅野幸長の軍の一部も突出してしまう。

 結果、自軍の暴走した連中を引き戻すために、浅野幸長の本隊も動かざるを得なくなっていた。


 ふー。

 深呼吸で心を落ち着ける。


 しばらく戦場から遠ざかっていたので、戦さの勘所を察知する力が鈍っているようだ。


 まあ良いか。

 ある程度の生贄は必要だと割り切る。

 釣り役は彼らに任せるしかない。


 自ら率いる中軍も待ち伏せ役に変更だ。


 両翼で埋伏中の前田利益と志賀親次に伝令。

 太田一吉と浅野幸長が逃げてくるまで待機を命じる。


 毛利の残兵を保護しつつ、明軍の再突出を待った。






 逃げてきた浅野幸長隊と太田一吉隊はきっかり一割の兵を失っていた。

 まさに敗走だ。


 追撃してきた明軍の軽騎兵と伏兵部隊に痛撃を与え、二人の退却を援護。

 蔚山城の惣構内に撤収する。


 すると撤収完了直後、浅野幸長が防戦のための緊急の軍議を開きたいと申し出てきた。

 浅野の陣へ即座に出向く。


 浅野幸長に挨拶。

 そこには矢傷を負った太田一吉の姿もあった。

 戦場での傷を誇るかのような振る舞いで、軍議の場でもイニシアチブを取ろうとする太田一吉。

 

「外郭を守るには兵が足りませぬ。すでに西生浦城の加藤清正殿に使者を出しております。追っ付け駆けつけて参りましょう。援軍が入城するまで如何にこの城を守るか、陣立てを決めねばなりませぬ」


「このド阿呆めがっ」


 思わず怒鳴りつけてしまった。

 太田一吉のキョトンとした顔がまた憎たらしい。


「太田殿。そなたは軍目付けであろう。まず自ら槍を取って突貫するなど、その役目にあらず!」


 さらに言い募る。


「またこの場での指揮権は、留守を預けられている浅野幸長殿にある。勝手に使者を出すなど言語道断!」


 軍目付けの職権を笠に着て一々口を挟んでくるこの太田一吉には、浅野幸長も随分辟易としていたようだ。

 我が意を得たり、と目を輝かせて賛同してくる。


「二階堂殿、よう言うて下された。そうよ。太田殿。少しは自重してはくれぬか?」


 浅野幸長の父の浅野長政は、同じ五奉行の石田三成とは距離を置いている。

 石田三成派の太田一吉とは有り体に言えば派閥が違った。


「なれど、今は緊急時ゆえ役職は関係ありますまい」


「「太田殿!!」」


 それでもなお言い募ろうとする太田一吉を、浅野幸長と共に一喝して黙らせる。


 相性が悪い人間と一緒に仕事をしなければならないなんて場面は、誰でも生きていれば多々あるだろう。

 だが、ここまでコミュニケーションが取りづらい相手は、これまでの人生の中でも相当稀だ。


 太田一吉は、俺にとってそんな武将であった。






 軍議を仕切り直す。


 浅野幸長が辞を低くして年長の俺に助言を求めてきたので、己の所見を明らかにする。


「この戦場の気配。敵の数は五万を超えている様子。加藤清正殿が駆け付けたとしても、このような付け焼き刃な惣構など明日にも破られるは確実。ならば予め内城に籠るべきでしょうな。その方が兵の損耗も抑えられましょうぞ。惣構内の兵糧弾薬も、今晩の間に内城に運び込むのです」


 二階堂家の兵糧と弾薬、飼葉については既に内城に移送済みのため、その間の夜襲の警戒は我らが担うことになろう。


「西生浦城に急ぎ新たに使者を出し、加藤清正殿には十分な数を揃えてから援軍に来て欲しいと告げるのです。さすればこの寒空。半月も守り通せば、城攻めに疲弊した明と朝鮮の兵たちを、逆包囲で一網打尽に出来ましょうぞ」


「素晴らしい。その策でまいりましょう!」


 上手く浅野幸長を誘導することに成功する。


 軍議の結果、不満げな太田一吉を無視して、蔚山城の内城への即時退却が決定。

 布陣も確定する。


 一ノ丸に浅野幸長隊の兵二千七百。

 二ノ丸に太田一吉隊と加藤隊と毛利隊の兵二千三百。

 三ノ丸に二階堂勢の兵二千五百。

 都合、総勢兵七千五百での籠城戦となる。


 史実では一万の兵が内城に籠ったと伝わるから、その約四分の三の兵士数であった。

 加藤清正はほぼ全軍を率いて西生浦の水軍基地建設に向かっており、その代わりに我が二階堂家の手勢が加わった結果だ。


 ただし、兵糧と水と弾薬と飼葉などの戦略物資の状況は、史実と大幅に異なる。

 比べ物にならないほど潤沢だろう。


 我ら二階堂家の兵は、軍議通りに蔚山城の北西に位置する三ノ丸の守りを固めた。

 豊富な戦略物資を背景に、押し寄せる五万六千人の明・朝鮮連合軍を最前線で迎え撃つことになる。






<1598年 2月>


 ドドーン、ガスッ


 ドドーン、ガスッ


 明軍の大砲の弾丸が、虚しく山肌に突き刺さる。

 我ら二階堂勢が籠る三ノ丸の高さは約十六間(30m)。

 通常の攻城戦兵器は全て使い物にならず、明軍は大変難儀している。

 かと言って朝鮮兵が急勾配を駆け上がって来ても、待っているのは我らの放つ銃弾の嵐だ。

 敵も恨めしかろう。


「なんともつまらぬ戦さですなぁ」


 城を囲む敵兵を眺め、前田利益がボヤいている。


 すでに籠城戦は七日目に突入しているが、味方に被害が一切発生していない。


 昨日などは明軍も火攻めを試みようとしていたが、我が軍の放つ矢弾が激しすぎて城の下まで近づくことも出来なかった。

 史実では、そろそろ城の苦境を見越しての無血開城と捕虜交換の交渉があったと伝わるが、それも申し出てて来ない。

 そもそも城内の食糧や飲み水が潤沢で苦境に陥っておらず、降伏する将兵が一人も出ていないのだから当然か。


 大将特権で用意させた火鉢に手を翳して暖を取る。


「目下のところ最大の敵は、この寒さだな」


 土地の者に聞くと、今年は特に気温が低いようだ。

 激しい風雪が蔚山城を襲った三日前など、凍え過ぎて死ぬかと思った。


 二階堂軍の全体の士気は、奥州の志願兵たちによる臼杵兵への防寒装備の使い方の指導で、なんとか維持できている。

 それともう一つ、我が二階堂軍には寒さ対策の秘密兵器が用意されていた。


 前田利益が懐から小袋を取り出し、両手で揉む。


「大殿が用意させたこのカイロ、効きますな。さすが南蛮渡来の技でござる」


 袋の中身は唐辛子だ。

 細かく切った乾燥唐辛子の皮と種が入っている。

 一昨年に臼杵に寄港したスペインのガレオン船、サンフェリペ号から唐辛子を購入し、昨年のうちに臼杵で栽培していたものだ。

 懐炉と名付けて兵たちに配り、足袋の中や懐に忍ばさせている。

 かぶれる者も出てこようが、低体温症になるよりはマシだ。


 もちろん唐辛子の使用方法はカイロだけでは無い。

 ちょうど食事時ゆえ、携帯していた壺を取り出す。


「さて、どんな塩梅かな」


 中身を確認。

 壺の中から一腹取り出してみる。


 塩抜きした明卵漬を鰹節と酒と唐辛子の粉を混ぜた調味液で漬けた試作品。

 明太子である。


「うむ、美味い。利益、お前も試してみろ」


「・・・これは。酒が欲しいですな」


 酒も合おうが、やはり白米だろう。

 兵に命じて炊飯の用意をさせる。


 明太子など、およそ井戸の無い城での籠城中に食すようなモノではない。

 だが事前に用意していた食量と氷塊は、まだまだ潤沢に有る。

 逆に使いきれない恐れまで出てきた。


 加藤清正の率いる援軍が駆けつけて来るまで、あと七日程度。

 せっかく用意したのだから、じゃんじゃん使っていこうではないか。






 籠城を始めて十一日目。

 正月を迎えての慶長三年一月二日。


 蔚山城とは太和江を挟んで反対側の高台に、加藤清正率いる日本軍二万が姿を現した。

 そして大量の水軍を動員して太和江の河口、蔚山城の東側に長宗我部信親率いる日本軍一万が上陸した。


 明けて翌日の一月三日。

 援軍の到来前に落城させようと、夜明け前に明・朝鮮連合軍が遮二無二襲いかかってくる。


 対処はこれまでと一緒だ。

 敵勢の一番弱い部隊から順に撃破していけば良い。

 冷静に采配を振るって防戦を進める。


「北面と西面の敵は牽制。まずは東面の朝鮮兵どもに集中砲火を浴びせよ。矢弾を惜しむな」


 三ノ丸の東面は二ノ丸の北面にあたり、城兵からは十字砲火を浴びせられる地点だ。

 ゆえに攻め手の担当は、立場の低い朝鮮軍が強いられている。

 士気が低く、撃ち崩しやい相手であった。

 僅かな銃弾ですぐに逃散する。


 朝鮮軍に被害を集中させて、その隙に本命の明軍が城に迫る作戦だろうが、末端の兵は戦場の空気に敏感だ。

 例え囮であろうと、味方の他の部隊が崩れれば、士気は自ずと伝播して低下するものである。

 城の東側の銃声が収まると、北面と西面の敵兵の動きも目に見えて鈍っていく。

 苦労して盾を掲げて山肌を這い上ろうとしているその足も、やがて止まる。


 どうやら後方に本陣を構えていた敵の主将が、前線まで出張って来てるようだ。

 逃亡する兵を自ら斬って督戦に励んでいるみたいだが、その効果は薄い。

 凍える中での二週間にも渡る在陣で、包囲側の明兵たちもまた体力の限界なのである。


 そうこうするうちに、昼前には加藤清正率いる日本軍二万の太和江の渡河が完了。

 蔚山城を囲む明・朝鮮連合軍を逆包囲するべく、さっそく兵を動かし始める。

 その日本側の援軍の動きは、流言の策で明の将軍らに逐一伝えられていた。

 蔚山城攻め中の敵兵全体に動揺が広がっていく。


 さて、そろそろ敵将が退路を絶たれるのを恐れ慄く頃合いだ。

 日本の援軍の布陣が完成する前に、急ぎ撤退の命令を下すはず。


 戦い方を追撃戦に切り替える。


「前田利益、そなたの出番よ。追撃は任せる。志願兵たちに手柄を立てさせてやれ」


「弱った敵兵を討つのは趣味ではありませぬが、まあいいでしょう。明太子と酒を用意しておいてくだされ」


 前田利益が朱槍を手に取り、相棒の巨馬に跨る。

 付き従うのは、遠く下野や南奥からわざわざ戦さを求めて駆けつけてきたバトルジャンキーども。

 その餓狼たちの牙を戦場に解き放つ刻がやっと到来する。


 明・朝鮮連合軍が城の包囲を解いて退き始めた瞬間を見計らい、前田利益に城を打って出させる。


「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」


 城門を開くと同時に、逆落としの勢いで敵勢に駆け降りていく前田利益。


 戦場に響き渡ったその前田利益の裂帛の怒号が、この日の凄絶な追撃戦の開始の合図となった。






 追い討ちの戦さこそ、一番の武功の稼ぎ時である。

 逃げる敵を討ち取るべく、一ノ丸と二ノ丸の将兵たちも挙って駆け降りてくる。

 それを三ノ丸に敷いた陣に座したまま見送る。


 我が二階堂家の臼杵兵は、俺と同じくそのまま持ち場で待機だ。


 志賀親次が疑問を呈してくる。


「我々は出撃しなくてよろしいのでしょうか?」


「既に手柄は充分。敵の殿軍の数も多い。窮鼠猫を噛むとも云う。無駄な損害が出るような真似は極力避けたい」


 臼杵の徴用兵については、出来れば全員を故郷に帰らしてあげたかった。

 例え軍目付けに睨まれたとしてもだ。


 その太田一吉。

 初戦で討ち減らされた自軍の兵を率いて、血気盛んに二ノ丸を出撃している。

 そして三ノ丸を通過する際、わざわざ警告を残していった。


「二階堂殿はなぜ打って出られないのかっ。このこと太閤殿下にきっとお伝えいたそうぞっ」


 無視だ無視。

 戦場を見れば、その太田一吉がまた自軍の先頭を切っていやがる。

 全く軍監適正の無い武将であった。


 まあ良い。

 史実の蔚山城の戦いでは、漢城を出発した明と朝鮮の連合軍五万七千人のうち、実に二万人が戦死したと伝わる。

 しかし、それは不意を突かれた日本軍が、兵站も未整備なまま急遽蔚山城を救援した状況下での結果でしかない。

 今回は休養十分な加藤清正の本軍が追撃側にまわり、また水軍の運用で長宗我部信親の一万余の兵も参戦している。

 日本軍の兵站が十全に確保された状態で、史実以上の戦果が期待出来る布陣になっていた。


 ここで明の遠征軍に壊滅的な打撃を与えられれば、大本営の豊臣秀吉もさぞお喜びだろう。

 そして、その豊臣秀吉が死んだ後の撤退戦も楽になるはず。

 いずれ明軍が繰り出してくるはずの四路並進策。

 総勢十万人体制となるその敵の大攻勢の発動を防ぐべく、史実に準えて俺が仕掛けた罠が、今回の蔚山城の戦いであった。

 

 加藤清正の首と普請途中の脆弱な蔚山城。

 その二つの餌で明の遠征軍を慶尚道まで誘き寄せ、明の万暦帝に偽りの勝報を届けられないほどの惨敗を敵に強いる我が策。

 我ながら見事にはまったと言えよう。


 事前にこの方面の主将である加藤清正に策を開陳し、根回ししておいたのが奏功した。

 蔚山到着時点で現地の朝鮮人たちに向け、加藤清正自らが普請の指揮を執っていると積極的に流言したのも俺だ。

 加藤清正自身は己のネームバリューを謙遜していたが、いやいや。

 五年前の文禄の役での加藤清正は、一人満州まで攻め込んで朝鮮の王子二人を捕らえている。

 その手腕は、敵方に日本軍最強の武将と認識されるのに充分だ。


 加藤清正の武名と敵方の評価は、この蔚山城の戦いでさらに高まるのは確実だ。

 ぜひ敵将の楊鎬の首を挙げて欲しいものである。






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