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二階堂合戦記  作者: 犬河兼任
第一章 南が来る
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1551 婚約

〜 第一章 南が来る 〜


主人公:二階堂竜王丸 7歳


実父:二階堂行秀 44歳 須賀川二階堂家6代目当主

実母:薫の方 30歳

<1551年 6月某日>


 梅雨に入り、外で体を動かす時間も大分減った。

 その代わりと言ってはなんだが、最近は君主としての気構えを学ぶため、父の二階堂行秀に教えを請う日々を送っている。

 今日もまた父と向き合う。


「喜べ竜王丸。会津と三春が和議を結んだようだ」


「まことにございまするか」


 昨秋に蘆名盛氏が仙道筋に出兵してからというもの、蘆名方と田村方の両者は、農作業の繁忙期を跨いで幾たびも激しく矛を交えている。

 この時代はまだ貫高制だが、石高換算で会津の蘆名氏の二十三万石に対し、三春の田村氏の所領は十万石程度しかない。

 勢力的には蘆名氏が優勢に見える。

 しかし、蘆名氏の会津統治は万全ではない。

 蘆名盛氏は、会津領内の面従定かならぬ山内氏や長沼氏らと、後背の越後長尾氏への備えを常に意識しておかないといけなかった。

 対して田村氏は陸奥行方の相馬盛胤と婚姻同盟を結んでおり、全戦力を仙道筋に振り分けることが可能だ。

 これにより、田村氏は蘆名氏に対して互角以上の戦いを見せていた。


 田村氏は、遥か昔に大和朝廷の尖兵として奥州の蝦夷を制圧した、征夷大将軍の坂上田村麻呂の後裔である。

 三春城を中心に田村郡を治め、田村四十八館と呼ばれる堅固な支配体制を築いていた。

 また田村氏は月一統と呼ばれる強力な軍事集団を抱えている。

 月一統を率いるのは田村月斎こと田村顕頼。

 田村家当主の叔父に当たり、齢六十半ばにも関わらずバリバリの現役で周辺諸国から「攻めの月斎」と呼ばれて恐れられていた。

 まぁ謂わゆる妖怪じいちゃんである。

 会津で名君と讃えられている蘆名盛氏でも容易に勝てる相手ではない。


「二本松の畠山と白河の結城が共同で調停に動いたらしい。まずは一安堵じゃな」


 近隣の大名小名が自領の直ぐ外でバンバン軍事行動を取っているのだ。

 いつ隙を突いてこちらに襲い掛かってくるかわからない。

 我ら二階堂家も岩瀬郡の要害各所に兵を配置し、常に警戒態勢を取り続ける必要があった。

 つまり金がやたら掛かるということ。

 この和平は密かに富国強兵策を推し進めている二階堂家にとってもありがたい。


「しかし二本松と白河とは。背後に伊達の叔父上の影を感じます」


「よう見た竜王丸」


 米沢に本拠を移した叔父の伊達晴宗は、六年の長きに渡った天文の大乱の後始末に忙殺されているらしい。

 乱の中で双方の陣営で発せられた、膨大な感状や安堵状の整理を進めていると聞く。

 これ以上戦さが続いて伊達家の諸将の参戦にまで発展し、論功行賞の見直しが必要になるような事態を避けたかったのだろう。

 (三年経った今も未だに反発を続けている懸田俊宗・義宗父子のような例外もいるが。)


 天文の乱では田村隆顕は稙宗方の急先鋒だったため、伊達晴宗が直接動くのは角が立つ。

 乱中にやや晴宗方として動いていた結城晴綱を使い、田村に近い畠山義国を誘わせて調停に向かわせたと見るべきであった。


「さて近郊の心配事はこれで片がついた。問題なのはこちらじゃの」


 父上が文箱から一通の文を取り出す。

 そして文を広げ、ため息をつく。


「読んでみなさい。どうやら現将軍の足利義藤殿は相当血生臭いご気性のようだ」


 父から渡されたのはつい先日届いた二階堂晴泰からの文のようである。

 えーとなになに?


 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 暑くなってきましたね。

 如何お過ごしでしょうか。

 昨年は多額の香典を送ってくれてありがとね。

 お陰様で一周忌の法要も簡素なものですがなんとか行うことが出来ました。

 ほんとは京で法要を営みたかったのですけど。

 現在近江の堅田に逼塞している我らですが、忠義な幕臣も数多くいます。

 将軍様を苦しめる三好長慶を懲らしめてやろうと、有志たちが暗殺を計画してくれました。

 残念ながら失敗してしまいましたが。

 それも二回も。

 長慶ってばなんて悪運が強いんでしょう。

 でも長慶の岳父の河内守護代の遊佐長教にはばっちり天罰を下すことが出来ました。

 これで長慶の力も半減です。

 この分ならすぐに我らは京に戻ることが出来るでしょう。

 そのあかつきには貴方の忠義に将軍様も報いてくれるはずです。

 かしこ。

 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


 意訳するとこんな感じの文だった。

 こわっ。

 流石にちょっとはボカしてるけど、これ明らかに義藤の命令で殺ってるよね。

 暗殺上等過ぎるだろ。


「堂々と暗殺に手を染める将軍など聞いたことがないわ。日ノ本の武門を率いる征夷大将軍が取り得る采配ではない」


 父上はだいぶご立腹である。


「よいか竜王丸。暗殺などの昏き手段ばかりを講じていると、その家中は次第に陰の気を纏うようになり、いずれは立ち行かなくなるものじゃ」


 だから主君たるもの覇道ではなく王道を歩むべし、というのが父の言いたいことのようだった。


 足利義藤の行く末を随分と危ぶむ父上。

 その想像、多分当たってます。


 成功しても失敗しても人の恨みを買いやすい暗殺は、確かになるべく選択したくない手ではある。

 ただ、こちらから仕掛けるのは幾らでも自重出来るが、相手もそうだとは限らない。

 個人的には仕掛けられた場合の方の心配が先に立っていた。


 暗殺というと、南方の白河の更に先の下野でも、つい先だって那須七騎を率いる那須高資が暗殺されている。

 一昨年に下野守の宇都宮尚綱を戦場で討ち取り、意気揚々と北関東に武威を輝かせていた那須高資。

 下手人は高資の家臣の千本城主の千本資俊だったが、裏で手を引いたのは宇都宮家の家老の芳賀高定だと言う。


 芳賀高定は亡き宇都宮尚綱の嫡子伊勢寿丸を保護しており、主家の復権を図っていると聞く。

 那須高資はどさくさに紛れて宇都宮城を乗っ取った壬生綱房と手を組んでいた。

 この暗殺劇は壬生綱房の力を削ぐための芳賀高定の謀略によるものだと、関東ではもっぱらの噂のようだ。


 流石は戦国時代。

 暗殺者こえー。


 寝首を掻かれないように、個人的な剣や格闘の技量もやっぱり必要だよな。

 梅雨だからなんて言ってらんない。

 素振りの回数を明日からもっと多くしようっと。

 しかしレベルってほんとに上がってるのかな。






<1551年 11月某日>


 急な来客を迎えることになり、須賀川城内が朝からずっと騒がしい。

 相手が大物だけあって、念入りな準備に勤しむ須賀川の面々。

 その客とは、今や奥州の筆頭大名と言っても過言ではない伊達晴宗その人であった。


 十三年前と同様に今回も磐城までの道を貸して欲しいと連絡があったのが、丁度一ヶ月前のことである。

 前回は岩城から白河へ向かう久保姫の輿入れ行列を襲うという物騒な理由だったが、今回は到って平和的であった。


 十三年前の当時、岩城重隆の愛娘である久保姫の強奪事件により、当然ながら岩城家と伊達家の関係性は一気に悪化した。

 諍いは南奥州の全大小名を巻き込んだ戦にまで拡大。

 その騒動の最中、久保姫が伊達晴宗の息子鶴千代丸を出産する。

 結局伊達家と岩城家は手打ちに至るが、その条件が、無事元服出来る歳まで育ったら、鶴千代丸を嫡男のいない岩城重隆の下へ養子に出すというものであった。


 鶴千代丸も今年で数え年で十二歳。

 元服も頃合いの歳になったことで、鶴千代丸を岩城重隆の下へ送り届ける運びとなった模様。

 伊達晴宗手ずから五百騎ほど引き連れて磐城に向かうらしい。


 わが母の薫は伊達晴宗の妹となり、伊達家と二階堂家は友好関係を築いている。

 両家の友好関係の維持も兼ね、伊達晴宗・鶴千代一行を須賀川城に迎え入れて歓待することも計画に組み入れられる。

 今日がその当日であった。


 ただし、今は生き馬の目を抜く戦国時代。

 昨日の味方は今日の敵、ということもありうる。

 礼を尽くして歓迎するものの、油断せずにしっかりと即応可能な態勢を整えておく必要がある。


「若はあまり米沢衆に近寄られますな」


 傅役の須田盛秀こと源次郎も俺の側を片時と離れず、警護に気を配っている。

 さてそろそろか。






「行秀殿、また道を借りるぞ!」


 父上と共に大手門で待機していると、伊達晴宗が五百騎を従えて登場。

 見事な巨馬を乗りこなして颯爽と入城してきた。


 至近で見る歴史上の有名武将の姿に興奮を抑えきれない。

 しかもこのオヤジ、やべぇ超ダンディ!

 身に纏う衣服や立ち振る舞いがいちいちカッコいい。


「左京大夫様、歓迎致しまする。これが我が息子竜王丸でござる」


 父上に紹介されて挨拶。


「お初にお目にかかりまする。須賀川城主二階堂行秀が嫡男、竜王丸にござりまする!」


 興奮で頰が熱くなってるのが自分でもわかっていた。

 紅潮した顔で自己紹介。


 十三年前の花嫁強奪事件。

 事件の被害者である岩城の久保姫は、当時笑窪が可愛い奥州一の美少女と謳われ、言い寄る男も数知れずで引く手数多だったと聞く。

 その久保姫を「私、今超幸せですからいつまでもグズってないで早く結婚許してくださいな」と父の岩城重隆に文を出す程までに惚れさせた、伊達晴宗の圧倒的ダンディズム!

 戦国一の派手好きで“伊達”の二文字を洒落の代名詞にまでしてしまった伊達政宗のセンスは、この祖父晴宗の血によるものか。


「おう。なかなか優秀と聞いている。ちょうど良い。こちらも紹介しておこう。鶴千代丸をこれへ!」


 伊達家臣の馬に相乗りして十歳くらいの少年が登場。

 目鼻立ちが整っており美男子に育ちそうな顔立ちだが、緊張してる真面目君という印象が先に立つ。


 伊達晴宗と久保姫の間に生まれた初めての男子であるがゆえに伊達家を継げず、親元を離れて岩城家に出される宿命を負ってしまった鶴千代丸。

 弟が四十万石を継ぎ、兄のはずの自分は十二万石足らずである。

 幼いとはいえ、心中穏やかではないのではなかろうか。

 まぁ我が二階堂家は五万石足らずなので、磐城十二万石でも十二分に羨ましいんだけどね。


 互いに挨拶を終え、伊達晴宗父子を案内して本丸に移動。

 母上が女房衆を引きれて現れ、挨拶をする。

 場が一気に華やかになる。


「薫、久しぶりだな」


 母の薫は腹違いの妹だったが、すぐ上の兄であった晴宗とは特に仲が良かったらしい。


「兄上、ご壮健そうで何よりでございます」


「普賢丸のことは聞いた。惜しいことだ」


 一昨年に亡くなった我が弟のことで、まずは母上を慰める晴宗叔父上。

 葬儀には伊達家からも使者が弔問に訪れていたが、改めて位牌を拝んでもらうことになった。






 位牌を拝んだ後、伊達家と二階堂家の双方の位の高い家臣たちを集め、昼食を兼ねた宴会が開かれる運びとなる。

 鶴千代丸と一緒に自分も同席し、それぞれの父親の隣に座る。


 友好関係を深めるために、二階堂家の奥方である母上が手ずから酒を注いで回る。

 伊達の家臣たちにとってみれば、暦とした主君の妹である。

 皆が恐縮して受けていた。


 母上が伊達家から二階堂家に嫁いでから十三年経つ。

 面識が薄れたり、そもそも会ったこともない伊達家臣も多い様子。

 美しい年増に育った母上に皆が見惚れ、ぽーっとなっている。

 なんだか俺も鼻が高い。


「薫よ、まだお前も三十路に入ったばかりであろう。もう一人くらい頑張ったらどうだ。いかに出来が良いと言うても、こやつ一人では何かあったら心配だろう」


 酌をする母上をからかう叔父の晴宗。


「兄上ったらもう何を」


 母上、満更でもなさそうだ。

 今夜はハッスル(死語)か?


 そして乾杯の音頭。


「ほう、これが噂の新しき酒か。確かに美味いな」


 母上に注がれた清酒を堪能する叔父上。

 伊達家臣一同も初めて飲むらしく感嘆の声を上げている。

 それを見つめる二階堂家の家臣たちは自領の新名物を褒められニコニコである。


 そこに叔父上が爆弾を落としてくる。


「どうじゃ行秀殿。この酒の製法、俺に一千貫で売らんか?」


 どよめく伊達と二階堂の双方の家臣たち。

 一千貫という額の大きさに驚いてるらしい。


 いや、安すぎるだろ。

 二階堂家上層部に緊張が走る。


「家中の中野宗時がこの酒の製法に至極執心でな」


 中野宗時は祖父稙宗の代から伊達家中で大変な権勢を振るっている伊達家の宿老である。

 天文の大乱では晴宗方として活躍し、多大な貢献を果たしたと聞く。

 つまり伊達は本気ということだった。


「岩瀬の小さな酒蔵でしか仕込まれていないのはあまりに惜しいそうだ。必ず話を纏めて来いと米沢を出立する寸前までうるさかったわ」


 中野宗時。

 伊達家中だけに飽き足らず、こちらの利までを掠めとろうとするか。

 それならこちらも本腰を入れての対処が必要だな。


「行秀殿。一千貫の値は俺の出来る限りの誠意よ。よもや断りはしまいな」


「それは・・・」


 叔父上が父上を追い詰めてくる。

 仕方ない。


「売れませぬっ」


 父に変わって応対開始。


「これっ竜王丸!」


 大人の会話に勝手に加わろうとする俺を叱る母上。

 だが当の叔父上は物怖じせず当主同士の駆け引きの場に割り入ってきた坊主に興味を持ったらしい。


「構わん。ほう、わっぱ、なぜ売れぬ」


 ニヤケた顔で乗ってきた。


「この酒、今は毒ゆえ百万貫積まれても売れませぬ」


「何!?毒!?」「毒じゃと!」「我らに毒を飲ませたのか!ゆ、許せぬ!」


 慌てふためく伊達家臣たち。

 中には激昂して酒の入った杯を叩きつける者も。


「落ち着け!岩瀬衆も皆同じ酒を呑んでるではないか」


 それを叔父上が一喝して鎮める。

 そして再び杯を母上に対し突き出して酌をさせた。


「毒ゆえに売れぬか。不思議なことを言う。このような美味い毒ならば皆喜んで飲み干そうぞ。このようにな」


 家臣たちに見せつけるように豪快に飲み干して杯を空ける叔父上。


「それ故にございます」


「ほう?」


「岩瀬の男衆は皆この酒を水の如しと評し、呑める機会があれば有るだけ呑み、酔い潰れまする」


 赤面する二階堂家臣団。

 身に覚えがあるのだろう。


「この酒が呑みたいばかりに勤めに身が入らぬ者も多くいると聞きます。叔父上は酒に溺れた兵を率いねばならなくなりまするぞ」


 マセたガキの正論台詞で、まずは場を和ます作戦を展開。


「ハッハッハ、それは困るのう」


 笑う伊達晴宗。

 効果があったようだ。


 それにワハワハハと追従する両家臣団。

 二階堂家臣団は当主の嫡男に日頃の醜態をバラされた羞恥ゆえ。

 伊達家臣団は幼子の毒という比喩に過剰に反応してしまったみっともなさゆえ。


 ここが勝機!


「もしこの酒を製法を知ったら、叔父上は御身のご領地の酒蔵でこの酒を作るよう命じられますか?」


「ふむ、当然そうなろうよ」


 ですよね。

 ならばと、一気呵成のマシンガントークを展開。


「一騎当千の二階堂家の武者たちが夢中になるこの酒、一度飲めば武家だけでなく伊達の民草たちも皆欲するようになるは必定。もっともっと作れという声はすぐに領内に満ち満ち溢れましょう」


「酒を作るためには大量の米がいります。叔父上の領内に酒蔵は如何程ありましょうや。その酒蔵全てが手に入る米の限りにこの清酒を作り始めたら、兵糧に回す米は如何程残りましょうか」


「天文の大乱は叔父上の勝利で終わりました。しかしながら家という括りで考えれば奥羽の中で伊達家は一人負けと言うても過言ではありませぬ。蘆名と最上は自立し、義宣叔父が討たれたことで大崎家への影響力は低下しております。田村と相馬は新たに婚姻同盟を結び、懸田に至っては未だに表立って反抗を続ける始末。今伊達家に必要なのは、金子ではなく圧倒的兵力。その兵力を支える兵糧にございましょう」


「それだけではありませぬ。澄んでおれど酒は酒。岩瀬には小さな酒蔵が数蔵しか無く、仕込める酒量も少ない故に月に一晩二晩酔い潰れる程度で済んでおりますが、度が過ぎれば酒毒に転じるのは古来の酒と同じ。飲みやすくなっているだけに、多く流通すればするほど酒毒に犯される者もその分だけ多く出て参りましょう」


「それ故に今は国を弱める毒となると申し上げました」


 一通りの売れぬ理由を告げ終え、ぺこりとお辞儀する。

 あくまで貴国の為を思って敢えて売らないんだよ的なスタンスで攻めてみる。


 ん?

 気がついたら咳き一つ聞こえない状況になってる。

 伊達と二階堂の家臣たち全員、俺と晴宗の対話を固唾を飲んで見つめていた。


 しまった。

 被っていた猫を自分から脱ぎ捨てて普通に喋ってしまってた。

 ええい、二階堂家中では今更だしこのまま行ってしまえ。


 見れば目の前の三十路ダンディは随分ギラ付いた目でこちらを睨め付けてきている。


「今は、か。では毒でなくなるのは何時だ」


 鋭い眼光で問いを放つ伊達家惣領。

 さてどう答えよう。

 そうだな。


「天下に武が布かれ、太平の世が訪れた暁には」


 この戦国時代をこれから怒涛の勢いで駆け抜けていくであろう、尾張のうつけの言葉を借りてみた。


「天下布武、とな」


 天下布武。

 その四文字の言葉が放つ響きに、何か感ずるところがあったのだろうか。

 伊達家惣領は瞠目してしまった。


「その時が来れば、国を潤す薬としてこの酒の製法をお売りする事も吝かではございませぬ」


 あと半世紀くらい経てば大概の戦さも無くなり、酒作りに回せるだけの米も確保できるようになるだろう。

 戦さのストレスで酒に逃げるような武将、兵、民も減ってるのでは?


「ふん。薫よ。なんとも奇妙な息子を産んだものよ。彦太郎と同い年とはとても思えんわ」


 目を見開いた叔父上は、俺ではなく隣の母上に語りかける。

 俺と同じ年ということは、彦太郎とは伊達家第十六代当主になる伊達輝宗のことかな。


「よし決めた!酒の製法よりも、もっとおもしろきものを買うとしよう」


 おもむろに立ち上がって宣言する伊達家十五代目。


 あ、この先の展開読めたかも。


「行秀殿、我が娘の阿南は今年十一歳になる。妻の久保に似てなかなかの器量よ。百万とは言わぬが十万貫程度の価値はあろう。倅の嫁にどうだ?」


 断れる者などこの場に誰もいなかった。

 俺はわずか数え年八歳にして許嫁を持つ身となってしまったのである。

 





<年表>

1551年 二階堂竜王丸 7歳


01月

▷安芸の毛利元就(54歳)、小早川繁平(9歳)を出家に追い込み三男隆景(18歳)を沼田小早川家の当主に据えた後、反対派を粛清。

◆越後の長尾景虎(21歳)、反旗を翻した坂戸城の長尾政景(25歳)への攻撃を開始。


02月

◆下野の那須高資(31歳)、芳賀高定(30歳)に謀殺される。弟の那須資胤(24歳)が那須家当主となる。


04月

◆北信の村上義清(50歳)、武田方の真田幸隆(38歳)の調略で砥石城を失う。

★堅田の足利義藤(15歳)、摂津の三好長慶(29歳)の暗殺に二回連続で失敗。


05月

★堅田の足利義藤(15歳)、三好長慶派で河内守護代の遊佐長教(60歳)の暗殺に成功。


06月

▼白河の結城晴綱(31歳)と二本松の畠山義国(30歳)、会津の蘆名盛氏(30歳)と三春の田村隆顕(63歳)の争いを調停。


07月

★摂津の三好長慶(29歳)、相国寺の戦いで細川晴元(37歳)・三好政勝(23歳)に大勝。


09月

◆越後の長尾景虎(21歳)、長尾政景(25歳)と和睦。姉の綾姫(23歳)を政景に嫁がせる。

▷周防で大寧寺の変。陶隆房(31歳)、文治派の相良武任(53歳)の重用に不満を抱いて主君大内義隆(44歳)を討つ。


10月

▷周防の陶隆房(31歳)、配下の野上房忠に豊前花尾城攻めを命じ、筑前守護代で大内家宿老の杉興運(45歳)と宿敵相楽武任(53歳)を討つ。

▽肥前の龍造寺隆信(22歳)、後ろ盾の大内義隆を失った為に肥前を追われ、筑後の蒲池鑑盛(31歳)を頼る。


11月

■米沢の伊達晴宗(32歳)、久保姫(30歳)強奪時の約定に従い、長男鶴千代丸(11歳)を磐城の岩城重隆(51歳)の養嗣子に入れる。

◎須賀川の二階堂行秀の嫡男竜王丸、伊達晴宗長女の南姫(10歳)と婚約。


12月

◆宇都宮の壬生綱房(72歳)、北条氏康(36歳)の援兵を得て、板橋城を攻め落とす。

-------------

▲天変地異

◎二階堂

◇吉次

■伊達

▼奥羽

◆関東甲信越

☆北陸中部東海

★近畿

▷山陰山陽

▶︎︎四国

▽九州


<同盟情報[南奥 1551年末]>

- 伊達晴宗・岩城重隆

- 田村隆顕・相馬盛胤


挿絵(By みてみん)


須賀川二階堂家 勢力範囲 合計 5万1千石

・奥州 岩瀬郡 5万1千石

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