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二階堂合戦記  作者: 犬河兼任
第四章 白河の女
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27/93

1568 吉次

<1568年 3月下旬>


 ちょっとした謀略からの『棚からぼた餅』で手に入れた白河郡。

 南郷の南端は佐竹に押さえられているが、新たに我が二階堂家が得た白河の地は石高換算で七万石近い。

 ただ形式としては、白河晴綱の二歳になる嫡子七若丸が成人するまでの間、白河結城家の政務を預かっただけ。

 白河を本当の意味で乗っ取るのはこれからである。

 その為の下準備も兼ねて、新領土の地理や集落を把握する為に、雪溶けを待って早速領内を巡検中であった。


 我が二階堂家の白河統治に積極的に協力してくれている河東田清重の案内で馬を駆る。


「この辺りは革籠原と呼ばれる地にござる。その昔、奥州藤原氏に仕えた金売り吉次が野盗に殺され、金の入った革籠を奪われたのが名前の由来だとか。近くにその吉次兄弟の墓もありますぞ」


「ああ、そうか。それは一度見ておきたいと思っていた。清重、案内してくれるか」


 この世界に来る前。

 現代で東北を旅をしていた時、須賀川の次は白河に赴く予定を入れていた。

 白河で巡る観光スポットの中に、金売り吉次兄弟の墓もリストアップしていたはずである。

 三百五十年も前に同じ場所を訪れようとは、何の因果だろうか。






 白坂皮籠の八幡神社の金売り吉次兄弟の墓を訪れたが、その帰路に天候が急に悪化する。

 河東田清重の手配により、近くの商家で雨宿りさせてもらう。


 商家の土間に上がり込んだ時に河東田清重が何やら呟く。


「ほぉ、この商家があの評判の奥州屋か」


「清重、如何した」


「いや、この商家には器量良しの看板娘がいると小峰城下でも噂になってましてな。なんでも算術を良く嗜み、書にも通じるとか」


「ふーん」


「その娘のお陰か、今時分に白河で一番勢いがある商家はこの奥州屋と聞きます」


「名は何という」


「確かお(キチ)?だったような」


 “吉次”の墓参りの帰りに“吉”の家の庇を借りるのか。

 面白い。


 しかし、なかなか雨は止まない。

 既に夕暮れ時である。

 しばらくすると、その商家から一晩の宿と宴の一席を提供したいとの申し出があった。

 戦闘モードで確認するが害意は無いようだ。

 歓待を受けることにした。






 (キチ)ではなかった。

 (きつ)だった。


「これなるは我が娘のお橘になります。これお橘、お殿様にお酌をするのだ」


「はい、お父様」


 衝撃を受ける。

 二十歳ぐらいであろうか。

 少し若過ぎるが、どストライクの美人であった。


 細過ぎない柔らかそうな躰付きで、すらりとした四肢。

 肌は抜けるように白く、髪は少しだけ赤味を帯びている。

 何より顔付きが好み過ぎた。

 優しげで品のある声も良い。


 つい見惚れてしまい、進められるままに杯を重ねてしまう。


「このお橘、困った娘でしてな。持ち込まれる縁談を、我が家の商いを手伝いたいからと片っ端から断ってしまうのです」


「もう、お父様」


 頭の回転も早く、金勘定も得意で、家の者にも慕われている。

 商いの面では大変助かっているが、後継の弟もいるゆえ、親としては早く嫁いで幸せになって欲しい。

 もし良ければお殿様が貰ってくれませぬか、と匂わせてくる。

 

「お橘、であったか。そなた商売が好きなのか」


「はい、幼い頃より商隊を率いて日ノ本を巡るのが夢でした。京や堺をこの目で見てみたいのです」


 真っ直ぐな瞳。

 強い意志を感じる。


 ずっと悩んでいたパズルの一欠片がカチリとハマった音がした。

 俺の中でとある構想がムクムクと練り上がっていく。


 お橘に注がれた酒をぐいと飲み干し、決断を下す。


「なあ亭主、今後そなたの家を大いに贔屓するゆえ、このお橘の身を俺にくれぬか。悪いようにはせぬ」






 突然の話に戸惑うお橘を、大喜びの亭主と共に、杯を重ねながら口説き落とす。

 我が二階堂家の将来性を大いに語り、必ず京や堺を見せると約束する。

 お橘が根負けして「わかりました」と承諾してくれた頃には、大分酔いが回ってしまっていた。


 ここまで酒を飲んだのは初めてだ。

 フワフワした感覚で用意された臥所に入る。

 戦闘モードで自分のステータスを確認すると“酩酊”のマークが確認出来る。


 今襲われたら結構やばいかもなぁとか埒もなく考えていたら、臥所の襖の向こうに何者かが現れた。


「んんっ、失礼します」


 その者は少し躊躇した後、スッと襖を開け、楚々とした足取りで臥所に入ってくる。

 白い肌襦袢姿のお橘であった。


 えっと、何故?


「こういうことは初めてなので、その、拙いですが、本日から早速夜伽させて頂きます」


 呆然とする俺の前で、綺麗に三つ指ついて挨拶してくるお橘。


 盛大な誤解であった。






「つまり。お殿様は二階堂家肝煎の大きな商隊を組織したい。その商隊の長を私に任せたいのですね」


 日ノ本の重要な商圏に支店を置き、高玉金山や南郷の諸金山の金を中心に、奥羽の物品を大いに交易する。

 その交易の商隊を女棟梁に率させ、上方の情報も吸い上げて須賀川に届けさせるのだ。

 奥州藤原氏の金売り吉次と、武田の歩き巫女の合体版である。


 好みのタイプだからといって、側室に迎えようと思って口説いたわけでは決してなかった。


「お話はわかりました。では、そのお話をお受けするかどうかを決めるにあたって、私からも一つ条件があります」


「聞こう。俺に出来ることなら何でもする」


「では、私を抱いてください」


 絶句する。


「な、な、何で?」


「お殿様に信頼して頂いた証が欲しいんです。二人の男女が契約するのに、肌を合わせるより重い方法なんて無いでしょう」


 一度肌を合わせれば情も生まれる。

 俺からすると、重要な役目を担わせるのなら、赤の他人よりも自分の女に任せる方が安心だ。

 お橘の立場からすると、いざと言う時に切り捨てられない為の保険となる。


 正直なところ、昨年秋より数度しか須賀川に戻れておらず、かなり溜まっている。

 そして、一目惚れしたと言って良いくらいお橘は好みでもある。


 だがどうしても南の方の顔がチラつく。


「む、むぅ」


「この部屋の参る時、相当の覚悟をしました。それなのに女として恥をかかされたのです。お殿様にもそれなりの覚悟を決めて頂かないと釣り合いが取れません」


 ピシャリと言われてしまう。


 この才女をここで手放してしまうのは惜しすぎる。

 更なる決断が必要なようだ。


 ええい、ままよ!






<1568年 4月上旬>


 久しぶりに須賀川に戻る。

 今回はお橘を連れてだ。

 お橘は達者な娘で、乗馬姿も様になっている。


 ただ、須賀川に向かう一行にお橘も加えたら、護衛の同行の者たちの顔が皆青ざめた。

 須賀川城下を行くときも、俺と共に馬で行くお橘の姿を見た町民たちは、雹が降るか槍が降るかと慌てふためいている。

 須賀川城中をお橘を連れて歩くと、侍たちは動転して合戦支度を始める始末だ。


「源次郎、何か変わりはないか」


 迎えに出てきた須田盛秀こと源次郎に問う。


「はっ。伊達輝宗様の御正室のお東の方さま、第二子をご懐妊されたよしにございます」


「それは早いな」


 義姫は嫡男の梵天丸を産んだ為に米沢城内の東館を与えられ、今はお東の方様と呼ばれていた。

 昨年梵天丸が生まれたばかりで、ここで第二子となると竺丸か。

 将来伊達家を割る原因となるゆえ、何らかの手当てが必要だろう。


「その、こちらの女性は?」


 少し考えに沈んでいたら、源次郎が言いにくそうに聞いてくる。


「お橘という。お橘、挨拶せい。この源次郎には須賀川城代を任せてある。今後はそなたも色々と世話になろう」


「橘です。よろしくお願いします」


 嫋やかに挨拶するお橘に、目を白黒させて応じる源次郎。

 その源次郎に重ねて問う。


「して、南の方は何処におる?」


「はっ、お方さまは薙刀の稽古をされておいでです。お、お橘殿を連れて行かれるのですか!?」


 当然だろう。

 その為に須賀川に戻って来たのだから。






 そして南の方と対峙する。


「ほう、その女子が白河で囲ったという娘か」


「うむ、手をつけた」


 ジャッ!

 雷光のような薙刀の一撃が首元で寸止めされる。


「いけしゃあしゃあと言うものだ。鶴王丸が産まれてから七年も子ができぬ私への当て付けか」


「そういうわけではない」


「認めぬぞ。側室など認めぬ」


 物凄い迫力で睨んでくる南の方。

 見れば庭の隅で母の薙刀の稽古を見学していたらしい鶴王丸が、お甄と手を握り合って母の怒気に震え上がっている。


「ああ、側室には入れぬ。その為に抱いたのではない。お橘、挨拶せよ」


「お方さま。初めて御意を得ます。橘と申します。この度、お殿様より吉次の名とご領内の連雀商人頭のお役目を賜りました」


 その凛とした声色で、お橘が南の方を恐れずに強い瞳で向き合っているのが、振り向かずともわかった。


「吉次?金売りの吉次か?」


「ああ、その通りよ。彼女にはこの二階堂家の御用商人として商隊を率い、上方で金を売ってもらう」


 聡い南の方であれば、その意味と効能をきっとわかってくれるはず。

 ただし大規模な商隊を組織するとなると、領内の全ての問屋と行商人を統括せねばならない。

 ただの白河の一商家では荷が重すぎる。

 この俺、二階堂盛義のお気に入りの女商人という泊が、どうしても必要なのだ。


「だから抱いた、と言いたいのか」


「うむ!」


 ふー、と深く息を吐いて薙刀を戻す南の方。

 理解してくれたか。


 次の瞬間、薙刀の石突きがドガッと庭石に突き刺さる。


「百歩譲ってその女子を御用商人に任ずることは認めよう。しかし、浮気は浮気であろう!」


 げ、げぇ!?


「お方さま!?お殿様の情けを求めたのは私なんです。どうかお殿様を責めないで下さい!」


「そなたは黙っておれ!これは我ら夫婦の間の問題ぞ!」


 幻聴だろうか。

 ゴゴゴゴゴというサウンドエフェクトが聞こえてくる。


 あ、これ、死んだなー。






<1568年 12月下旬>


 白河の領内の巡検の続きと吉次の商隊の下準備に追われ、日々が飛ぶように過ぎていく。

 あっという間に年の瀬だ。


 この間、奥羽の周辺で様々な動きがあった。


 下野では、長年隣国の佐竹家と結んで主家と争っていた上那須衆の大関高増が、弟たちと共に那須七騎の主君筋である那須資胤の下に帰参している。

 三年前に亡くなった佐竹義昭以上に拡大路線を推進する、若い佐竹義重の強引な政治姿勢に危機感を抱いた結果である。


 また越後では、論功行賞に不満を抱いた揚北衆の本庄繁長が出羽庄内の大宝寺義増と結び、上杉輝虎に謀反。

 大宝寺義増は速攻で上杉輝虎に蹴散らされてしまったが、本庄繁長は今も本庄城に籠もって不服従を貫いている。


 そして永禄十一年の九月に入って、宗家の二階堂晴泰殿より足利義秋が岐阜に動座したとの知らせが文で届く。

 尚、足利義秋は越前にて足利義昭に改名している。


 今の内から織田信長に媚を売っておくべきと考え、晴泰殿に織田信長への斡旋を頼む返書を出す。

 しかし翌十月に戻って来た晴泰殿の文では、既に織田信長は南近江を占領しており、上洛戦の真っ最中とのことであった。

 そしてさらに十一月になってから届いた文では、驚くべきことに上洛戦は完了しており、足利義昭が第十五代足利将軍に就任されたことまで書かれていた。

 この時期の織田家の動きの速さは半端ない。


 織田信長への斡旋に関しては、やはり無理であったと晴泰殿に謝罪される。

 信長の忙しさは、将軍宣下後に行われる恒例の観能の会の演目が、信長の要請により十三番から五番にまで縮められた程と書き記されていた。

 観能の会が終わった後、信長はさっさと帰国してしまったようだ。


 来年以降、織田信長と足利義昭の関係は加速度的に悪化していく。

 幕臣である宗家の晴泰殿は、当然ながら足利義昭側の人間だ。

 今の時点で織田家に繋ぎを作っておく作戦は、どうやら難しそうである。


 仕方がないのでそこは一旦諦め、もう一方のお願いを文に書き上げて送付する。

 それは、晴泰殿の在京を奇貨とした白河郡横領に関する内裏への働きかけであった。






 白河領内を巡検する中、下野との国境に程近い関森という場所にて寂れた神社を参拝した。

 神社の近くには、約樹齢三百年ほどの杉が立っており、その杉は周辺の村民からは従二位の杉と呼ばれていた。

 だとすると間違いないだろう。

 その神社は現代では白河神社と呼ばれており、かつては白河の関が配置されていた場所であった。


 人を集めて周辺の発掘を行う。

 そして土塁や空堀の遺構を発見して確証を得た。


 京に戻った晴泰殿に白河の関の遺構を発見した事を知らせる書状と、内裏への働きかけに必要となる量に色を付けて金子を送り付ける。




 白河の関は既に役目を終え、遥か昔に関は廃止されて、もはや遺構が残るだけである。

 しかしながら本邦の長い歴史を顧みるに白河の関が果たした役割は大きく、遺構のまま朽ちさせておくのは忍びない。

 費用と労力は全て拠出するので、白河の関の復旧とその保全を行いたい。

 その為に内裏に対し、不破・鈴鹿・逢坂の三関と同様に、我が須賀川二階堂家を白河の関守に任じるよう働きかけてくれまいか。




 困窮している朝廷であれば、必ずや晴泰殿の要請を受け入れてくれるだろう。


 白河の関守の役職に我が二階堂家が就く。

 すなわちそれは二階堂家による白河郡統治の大義名分が立った事を意味する。

 例え結城七若丸が元服したとしても白河郡を返却する義務は無くなる。


 本当の意味で我が二階堂家が白河郡を併呑した瞬間であった。





〜 第四章完 〜


<年表>

1568年 二階堂盛義 24歳


01月

☆岐阜の織田信長(34歳)、甲斐の武田信玄(47歳)と同盟。信長の嫡男奇妙丸(13歳)、信玄の息女松姫(7歳)と婚約。

◆常陸の小田氏治(34歳)、越後の上杉輝虎(38歳)に降伏して小田城回復。

▽筑前の立花山城の立花鑑載(47歳)が、豊後の大友宗麟(38歳)に叛く。


02月

☆三河の徳川家康(25歳)、従五位下左京大夫補任。

▽日向の伊東義祐(56歳)、島津忠親(56歳)が守る南日向の飫肥城を二万の軍勢で包囲。肝付良兼(33歳)、伊東軍に合力。

▶︎土佐の一条兼定(25歳)と伊予の宇都宮豊綱(49歳)、鳥坂峠の戦いで河野通直(45歳)に敗れるも撤兵せず。

▽肥後相良家の赤池長任(39歳)、薩摩の大口城へ押し寄せた島津軍を菱刈氏と共に撃退。

★堺の足利義栄(28歳)、三好三人衆と近衛前久(32歳)の力を借りて14代足利将軍就任。


03月

▽日向の伊東義祐(56歳)、南日向の飫肥城救援に駆け付けた島津軍を小越の戦いで撃破。

▼三戸の南部晴政(51歳)、二戸の九戸政実(32歳)と図って鹿角に進軍。檜山の安東愛季(29歳)から長牛城奪還。

▼陸奥石川の石川親宗(18歳)、石川晴光(40歳)の隠居を受けて家督を継承。

☆岐阜の織田信長(34歳)、北伊勢平定。神戸具盛(42歳)の養嗣子に三男信孝(10歳)を押し込む。

◇須賀川の二階堂盛義、白河領内巡検。金売吉次兄弟の墓を見物。立ち寄った商家の一人娘・橘(18歳)にお手を付ける。

◇須賀川の二階堂盛義、橘(18歳)に吉次を名乗らせてお抱え商人とする。上方との行商を支援開始。


04月

■米沢にて伊達輝宗の正室義姫(20歳)懐妊。

◇須賀川の二階堂盛義、吉次(18歳)を正室の南の方(27歳)に紹介。吉次を側室として迎えないことを約す。

☆駿府で寿桂尼(83歳)死去。

▶︎備後の小早川隆景(歳)、河野通直(46歳)の要請を受けて伊予に出兵。

◆下越の本庄繁長(28歳)、上杉輝虎(38歳)の命で長尾藤景兄弟を謀殺する。

☆越後の上杉輝虎(38歳)、越中の椎名康胤(69歳)に叛れる。越中に四回目の出征。

▽豊後の大友宗麟(38歳)、筑前に軍を送り立花山城の立花鑑載(47歳)を攻める。


05月

◆下越の本庄繁長(28歳)、上杉輝虎(38歳)の論功行賞に不満を抱き、庄内の大宝寺義増(44歳)と結んで謀反。

☆越前の一乗谷滞在中の足利義秋(31歳)、義昭に改名。


06月

▼三春で田村清顕の息女の愛姫誕生。

◆下野の那須資胤(41歳)、佐竹義重(21歳)に対抗する為に大関高増(41歳)と和睦。上那須衆の帰参を条件に嫡男の那須資晴(11歳)に家督を譲る。


07月

▼越後の上杉輝虎(38歳)、庄内の大宝寺義増(44歳)を攻め降す。義増の嫡男義氏(17歳)を人質とする。

▽筑前出征の大友軍、立花山城を攻め落とす。立花鑑載(47歳)自害。

▽南日向の飫肥城開城。島津勢、日向から撤退。日向の伊東義祐(56歳)、日向全域を平定。伊東四十八城体制確立。

▶︎備後の小早川隆景(35歳)、乃美宗勝(41)に伊予攻略を任せ、九州に転戦。

☆越前の朝倉義景の嫡男阿君丸(6歳)病死。朝倉家の上洛戦中止。

▷備前の宇喜多直家(39歳)、松田家重臣で妹婿・伊賀久隆を調略し、松田元輝・元堅父子を討ち取る。松田氏滅亡。


08月

☆越前滞在中の足利義昭(31歳)、岐阜に動座。

☆美濃で隠遁中の竹中重治(24歳)、三顧の礼を受けて木下秀吉(31歳)に仕える。


09月

☆越前の朝倉義景(35歳)、若狭を制圧。


10月

★岐阜の織田信長(34歳)、上洛戦敢行。観音寺城を一気に攻め落とす。六角承禎(47歳)・義治(23歳)父子、甲賀に逃亡。

★南近江の日野城主蒲生賢秀(34歳)、嫡子鶴千代(12歳)を人質に出し、織田信長(34歳)に臣従。

★堺で14代足利将軍義栄(28歳)病死。

★岐阜の織田信長(34歳)、足利義昭(31歳)を奉じて上洛。三好三人衆を畿内から追い払う。


11月

★京の足利義昭(31歳)、15代足利将軍就任。副将軍・管領職を辞退した岐阜の織田信長(34歳)を従五位下弾正少忠に推挙。

★京の足利義昭(31歳)、近衛前久(32歳)を追放。池田勝正(29歳)、伊丹親興(46歳)、和田惟政(38歳)を摂津三守護に任じる。

◆越後の上杉輝虎(38歳)、本庄城に籠る本庄繁長(28歳)を攻める。

■米沢で伊達輝宗の次男竺丸(後の伊達政道)誕生。


12月

▶︎伊予で乃美宗勝(41歳)が宇都宮豊綱(49歳)を攻め降す。河野・毛利軍が伊予を制圧。

◆甲斐の武田信玄(47歳)、駿河に侵攻。相模の北条氏康(53歳)激怒。甲相駿三国同盟崩壊。

☆三河の徳川家康(25歳)、武田信玄(47歳)と今川領分割を約定。異父弟の松平康俊(16歳)を人質に出す。

☆井伊谷にて小野政次(28歳)が井伊直虎(28歳)の井伊谷城を横領。

▶︎土佐の長宗我部元親(29歳)、甥の本山貞茂(23歳)を降す。長宗我部家が土佐中部平定。貞茂、親茂に改名。

◎須賀川の二階堂盛義、白河関を復元。朝廷より白河関守に任命される。白河郡を正式に横領。

☆甲斐の武田信玄(47歳)、薩埵峠に布陣した今川家二十一将を調略し、駿府に進軍。今川氏真(30歳)、掛川城に逃亡。



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▲天変地異

◎二階堂

◇吉次

■伊達

▼奥羽

◆関東甲信越

☆北陸中部東海

★近畿

▷山陰山陽

▶︎︎四国

▽九州



<同盟情報[南奥 1568年末]>

- 伊達輝宗・二階堂盛義・石川昭光・岩城重隆・佐竹義重

- 蘆名盛氏・山内舜通・河原田盛次・長沼実国

- 田村隆顕・相馬盛胤


挿絵(By みてみん)


須賀川二階堂家 勢力範囲 合計 24万6千石

・奥州 岩瀬郡 安達郡 12万1千石

・奥州 安積郡 3万5千石

・奥州 伊達郡 1万5千石

・奥州 白河郡 7万3千石

・奥州 田村郡 2千石


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