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二階堂合戦記  作者: 犬河兼任
第四章 白河の女
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24/93

1565-2 受託

〜1565年 3月中旬〜


 輝宗殿の伊達家十六代目当主就任式に参列する。

 義父の晴宗は杉目城(福島城)に隠居し、笑窪御前とまだ元服前の彦十郎殿が付き従うことが発表された。

 米沢郊外の新川を隠居場所にするかどうかでもめたらしいが、中野宗時ら実力者たちが新当主の輝宗殿を後押しし、最後には杉目城に落着したようだ。

 伊達家の権力の内部構造も大分複雑である。


 宴が終わり、退出するときに輝宗殿の小姓の田手助三郎に呼び止められる。

 田手助三郎は角田城主の田手宗光の嫡子である。

 田手宗光は二年前の陸奥守護代就任式の後の宴で俺に対して悪態をついた武将だ。

 史実では田手宗光は相馬方に裏切るが、息子の田手宗時(助三郎)は伊達家に残留して忠誠を貫き通す。

 その田手助三郎に案内された先は輝宗殿の書斎であり、輝宗殿の他に既に先客が二人いた。


 一人は家宰の中野宗時から輝宗殿のもとへ連絡役(使いっ走り)として派遣された遠藤基信。

 もう一人は輝宗殿の家督相続に伴って新たに評定役に抜擢された鬼庭良直である。

 いずれは輝宗政権下の伊達家の政と武の両輪となる二人が、もう今夜から輝宗殿の前に揃い踏みしている姿にちょっと驚く。


「よう来られた、義兄上。早速だが相談に乗って頂きたい。この輝宗が当主となった今、伊達家が山積みしている課題のいったいどれから手を付ければ良いか迷っておりましてな。義兄上の知恵をお借りしたいのじゃ」


 話を聞くと遠藤基信は税制の見直し、鬼庭良直は軍政改革を主張していた。

 譲らない二人を尻目に、せっかくなので思っていた事をストレートにぶつけてみる。


「丸森、でしょうな」


 まずイの一番に丸森に十七年間燻り続けている戦さの火種の始末を訴えた。

 高齢の伊達稙宗が亡くなると同時に、伊具と宇多の伊達領に相馬軍が進駐してくる危険性について警鐘を鳴らしたのだ。

 昨年の婚儀に引き続いて本日も体調不良を理由に欠席した事から、稙宗の寿命に関する俺の主張は説得力が増していた。

 その上で俺の懸念が妥当である事を遠藤基信と鬼庭良直の二人も渋々ながら認めてくる。


 本当は二階堂家単体で、あくまで孫の一人として丸森を見舞って稙宗を説得するつもりであった。

 だが輝宗殿の力を借りれるとなると、出来る事の幅が大きく広がってくる。

 そこで一気に丸森を掌握する策を開陳する。


 竹中半兵衛の策をベースに、丸森城の地形を知っている俺が少人数で丸森城に乗り込んで稙宗の身柄を抑える。

 それに呼応して軍勢を丸森に送り込み、相馬方が寄せて来る前に伊具郡内の重要拠点を制圧する。

 稙宗の死を待たずに相馬方の先手を取る策だ。


 大胆不敵過ぎるこの策に、遠藤基信と鬼庭良直が驚愕の面持ちで反対してきた。


「盛義殿自ら乗り込むなど、あまりに危険でござる!」


「相馬方に気取られぬように兵を集めろと?無理難題を言いなさる!」


 まとめて反論する。


「昔から虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うではないか。それに兵を集めるのは決行の直前で構わない。先ずは千なり二千なり集められるだけの兵で進軍し、残りは後追いすれば良いだけの話」


 それでも二人は引き下がらない。


「殿は家督は継いだばかり。いきなり戦さを仕掛けるのは如何なものか」


「そうじゃ。下手をすれば家中の大身たちは皆、様子見に走るやも知れぬ」


 懸念はもっともだが、逆に使える家臣と使えない家臣を明確にする良い機会だと思えばよいのだ。

 兵の数など、やり方によって何とでもなる。

 何なら二階堂家の軍勢を梃子に使えばいい。


「むむむ」


 しかし二人の後ろ向きな意見を受けて輝宗殿も悩んでしまっている。

 その背中を押してやるのが俺の役目であった。


「当主が変わり、皆がこれから新しき政が始まると身構えている。その今だからこそ動くべきでしょう。逆に聞きましょう。今やらないで一体いつやるのか。伊達家による奥羽一統を本気で目指すのであれば、壊す勇気をお持ちなされ!」


 その俺の一喝を受けてクワッと輝宗殿の眼が開く。


「よし!決めた!義兄上の策に乗るとしよう!」


 主君が決めた以上、臣下は全力で支えるのみだ。

 俺が策の詳細を考え、それを遠藤基信と鬼庭良直の二人が補強していく。


 先ずは輝宗殿の兄の岩城親隆に相馬方と係争中の双葉郡への出征を要請し、相馬盛胤の気を引いてもらう。

 相馬盛胤の磐城方面への出陣を確認したら、輝宗殿の手紙を持った俺が丸森に向けて出立。

 阿武隈川で舟に乗る前に、稙宗危篤と相馬軍侵攻の虚報を米沢に向けて流す。


 輝宗殿は予め家督継承後の初練兵を称し、米沢で兵を集めておく。

 虚報を受けたら有無を言わせず米沢を出陣し、杉目城まで出張って丸森城に潜り込んだ俺からの合図を待つ。

 合図と共に二階堂勢と合同で進発し、信夫郡・伊達郡の大身たちを脅して兵を吸収しながら梁川から丸森を目指す。


 これが俺たちの立てた丸森制圧作戦の全容である。






<1565年 4月上旬某日>


 ズダーーーーーンッ


 火縄銃の音が居館の外から聞こえてくる。


「輝宗殿の軍勢は遅くとも明日の夕刻には丸森まで来着しましょう。ご不便をお掛け致すが、それまではこの部屋でご辛抱頂きたい」


「おのれ、二階堂盛義!」


 進退極まったと知り、相馬義胤が刀を振り上げて斬りかかって来ようとする。

 それを祖父の稙宗が制止する。


「やめんか義胤!今のお主では此奴には勝てん」


「ここで私が討死すれば相馬家の者どもは皆奮い立ち、輝宗の軍勢に目に物見せてくれましょう。仇は父が取ってくれまする!」


 義胤はその忠告を聞こうとしない。

 一本気で真っ直ぐな性格をした若者であった。


「愚か者。金山城は築城途中で、調略も見破られ、後背に敵も抱えている。ここで戦端を開いても相馬に勝ち目は無いのがわからぬか。ゴホッゴホッ、日雙、頼む」


「承知仕った」


 ユラリと動いた小梁川宗朝が義胤に向けて刀を一閃する。


「ウウッ」


「殿!」


 ドサリと崩れ落ちた義胤の姿に動揺する越河御前。


「ご安心なされ。峰打ちにて候」


 そう言って宗朝は気絶した義胤の刀を奪い、鞘に納めてこちらに滑らせてくる。


「助かります」


 刀を受け取って礼を述べつつ、今の宗朝の太刀筋を反芻する。


 正しく神速であった。

 九十七歳の超後期高齢者が放てる一撃ではない。

 改めてこの世界の理が俺の常識と異なっている事実を実感させる。


「ゴホッゴホッ。もうよかろう。少し疲れた。輝宗が来るまで休む故、下がれ」


 稙宗はもう気力体力の限界のようだ。

 一礼して稙宗が病臥している居室より引き下がり、襖を閉める。


 居館を出ると本丸の一角で狼煙が焚かれており、煙がモクモクと天高く上がりつつあった。

 本丸を囲んでいる城兵たちが騒いでいる。


 これ、火事にならないだろうな。

 大丈夫か?






<1565年 4月上旬某翌日>


 史実では起こり得なかった伊達家十四代稙宗と十六代輝宗の対面。

 それが自分の眼前で行われており、感動を禁じ得ない。


 部屋の奥には病臥から身を起こした稙宗の姿があり、小梁川宗朝と越河御前の二人がその身を支えている。

 相馬義胤は隅に控えており、悔しそうな顔でこちらを睨んでいた。




 輝宗殿が丸森まで率いてきた兵は四千人。

 そのうちの千人は保土原行藤が率いる二階堂家の軍勢なので、伊達家として動員出来た数は三千人となる。

 この時期に伊達家が最大で動員出来る兵数の三分の一を下回るが、急な出陣にしては大変良く集まったと言える。

 残りは杉目城で大殿の晴宗が編成中であり、順次丸森にむけて増派されてくる予定だ。

 刈田郡や伊具郡北部の諸将も追っ付け駆けつけてくるだろう。


 変事を聞きつけた丸森方の将や、金山城の築城に勤しんでいた相馬方の兵が丸森城に駆けつけていたが、その数は千足らず。

 本丸を占拠され、稙宗のみならず相馬家の嫡子義胤までも人質とされている状況下では、まともに戦えるはずも無い。

 丸森城の前に着陣した伊達家の本軍を前に、相馬方の兵は退散し、丸森城代の小梁川宗秀は降伏を選択。

 丸森城の武装は解除される。


 築城中の金山城や、丸森城の東に位置する柴小屋館に兵を送って確保しつつ、丸森城の本丸に自ら乗り込んで来た輝宗殿。

 にこやかに笑い合って互いの労苦を労いつつ、揃って稙宗との会見に臨む。




 初対面の挨拶と今回の騒動の詫びを終えた後、稙宗に問われた輝宗殿が此度の騒動をどう収めるか答える。


「相馬方とは伊具と宇多の郡境で国別けとする条件で矢止めを打診する所存。またお祖父様の看病に尽くされた越河御前への化粧料として黄金十両を進呈致しまする。もちろん義胤殿と越河御前の身柄も無事に引き渡しましょうぞ」


「相わかった。儂からもその線で納得するよう盛胤に書状を使わそう。日雙、硯を持て」


 そして稙宗が震える手で何とか文を書き上げる。

 遺書とも言えるその文をありがたく受け取る輝宗殿。

 伊具郡を巡る大勢はここに決した。


 その輝宗殿と稙宗のやり取りを、断腸の思いで見つめているのが義胤だ。

 一仕事終えた稙宗がその義胤に声を掛ける。


「義胤。そなたには優れた大将に育つ素養があるがまだ若い。自重して力を蓄えよ。この二人に勝つには生半な努力では足りぬぞ」


 唇を噛んで無言で頭を下げる義胤。

 その頭を優しい目で見下ろしつつ、稙宗は次いで側の越河御前に言葉を送る。


「これまで世話になったのぉ。最早丸森に来るに及ばず。相馬に戻って汝の勤めを果たせ。義胤と仲ようやれ」


 お父様!と涙する越河御前の頭を撫でながら、稙宗は今度はこちらを見てきた。


「行秀の倅よ。此度の策はお主の発案であろう。そういえば行秀にも牛庭原で手酷い目に合わせられていたわ。二代続いて痛いところを突いて来よる。確か盛義という名であったな」


 ははっと頭を下げる。

 そして稙宗がこの会見の最後に語りかけたのは、当代の伊達家君主の輝宗殿であった。


「儂は日雙という得難き臣下を得て勇躍出来た。輝宗、お主には盛義か。ふふふ、ふはははは。天は巡ると言うが真実であったわ。最期に面白きものが見れたわい。わははは、わはははは、ゴッホゴッホ」




 相馬盛胤が磐城での戦いを切り上げ、慌てて馬首を返して丸森に到来したのは、それから三日後であった。

 それまでの間も伊達領からの増派は次々と丸森に来着しており、伊具郡南部の重要拠点は全て伊達方に抑えられてしまっていた。

 伊具郡侵攻の名目が無くなり、嫡子も人質に取られ、相馬盛胤も和睦に応じざるを得なくなる。


 輝宗殿は叔父で梁川城主の梁川宗清に丸森の統治を任せ、老病の稙宗の世話と伊具郡の防衛の強化を命じている。

 金山城は伊達方の手によって築城が継続され、柴小屋館もまた規模を拡張されて小斎城と名を改められる。

 相馬勢が付け入る隙は完全に無くなった。


 家督を継いだ直後に伊具郡を見事な手腕で手早く接収した輝宗殿の威名は、瞬く間に奥羽中に鳴り響いた。

 最上や蘆名などの大小名だけでなく、家中の大身たちも一目置かざるを得なくなる。

 輝宗殿の治世は順風満帆な門出となったと言えるだろう。








<1565年 7月下旬>


 伊達家より須賀川城に早馬が来着する。

 去る永禄八年六月十九日に丸森の伊達稙宗が亡くなった知らせであった。

 遺言に従って遺骸は稙宗自らが開基した信夫郡の陽林寺に葬られるとの事で、二十六日に葬儀が行われるようだ。

 諡号は直山公とのこと。


 つい数ヶ月前に稙宗とは短くも熱く言葉を交わしており、鮮明な記憶として残っている。

 奥羽の山河を駆け巡り、数多の将を率い、多くの子を成し、伊達の名を天下に知らしめた人である。

 既に過ぎ去ってしまったが、間違いなく奥羽の一つの時代の主役は、稙宗であった。

 我が祖父としてだけではなく、一世を風靡した英傑としてのその死を悼み、丸森の方角に向かって手を合わせた。




 陽林寺の葬儀に参加する。

 伊達家の十四代当主に相応しい盛大な葬儀だ。

 裏で関係各所を駆けずり回り、僅かばかりの日数でこれだけの規模の葬儀の手配を完璧に整えた遠藤基信の面目躍如であろう。


 しかし、とにかく故人には子や孫が山ほどいる為、一門だけでなく弔問の使者の数も膨大だ。

 挨拶する相手が多くてへこたれそうになっているのは俺だけではない。

 え、あんたも親戚だったの?みたいなサプライズがそこここで起こっていた。

 

 納骨の儀も滞りなく終わり、葬儀は無事に幕を閉じる。

 輝宗殿に挨拶を終えて須賀川に戻ろうとしたところを、表門で待ち構えていたらしい寺の小坊主に呼び止められる。

 何の用事かと尋ねてみたら、「日雙様がお呼びです」の一点張りであった。

 

 須賀川から連れて来ている護衛たちが「だから何の用事なのだ」と苛立つ中、俺は一つのイベントを思い出していた。

 護衛たちにここで待つよう命じ、小坊主に案内させて一人で稙宗の墓所の前まで赴く。


 そこには今年齢九十七歳になる鞍馬の天狗、小梁川宗朝の姿があった。






 一つ息を吐いて宗朝と向き合う。


「介錯ならば他の者にお頼みなされ。我が二階堂家では殉死を堅く禁じておりますのでな」


 当主自らがその禁を破るなどあり得ぬ話と事前に断りを入れておく。

 宗朝はフッと笑って首を横に振る。


「汝にこの剣を託したくてな」


 腰間の太刀を抜いて、陽光にその刃を翳す宗朝。


「この剣は将軍より六尺の伽羅と共に賜り、殿の側に侍る間、常に供にあった業物よ」


 確かに大業物のようだ。

 足利家秘蔵の剣は多い。

 その中の一振なのだろう。


「奥州に戻った折、殿の敵は全て斬るとこの剣に誓った」


 ヒュンヒュンと九十七歳とは思えぬ見事な太刀捌きを見せた後、パチリと納刀する。


「誓いどおりに現世に我が殿の敵が一人もいなくなった今、最早不要のもの」


 腰から鞘ごと外され、ほれっと放り投げられたその太刀を反射的に受け止めてしまう。


「汝の主の為に使うがよかろう」


 それだけ言うと宗朝は墓の方に向き直ってしまう。


 今更突き返しても互いに格好がつかなさそうだ。

 大人しく受け取っておくとしよう。


「では、ありがたく使わせて頂く。しからばごめん」


 それだけ言い残し、託された太刀を携えて稙宗の墓所より立ち去る。

 二人の時間を邪魔したくはない。






 途中で境内の掃除をしていた先ほどの小坊主を見つける。

 暫くしたら直山公の墓所を見て来るよう命じ、それから表門に向かう。


 ん?何か表門で揉めているようだ。

 あれは左近ではないか。

 なぜお前がここにいる?


 二本松城を任せている保土原行藤が馬で表門に乗り付け、馬上のまま俺の護衛たちを「我が君は何処におられる!?」と問い詰めていた。


「左近、如何した?」


「おおっ、我が君!京にて変事があった模様です。将軍足利義輝様が三好三人衆に襲われ、二条御所にてお討死との由!」


 ああそうか。

 もう永禄の変の時期であったな。






<1565年 9月下旬>


 去る永禄八年五月十九日、足利幕府第十三代将軍の義輝が殺害された。

 それも暗殺や戦さの最中の陣没ではなく、白昼堂々大兵を持って御所を攻められ、幕臣三十余人と供に切った張ったの末の討死である。

 前代未聞の事件であり、全国に混乱と動揺が広がっている。

 世に言う永禄の変である。


 我が二階堂家の上方の主たる情報源は、信濃流二階堂家の宗家で幕臣の二階堂晴泰である。

 先年三好長慶が没して後、三好三人衆に気を付けるよう手紙で何度も書き送っていたのだが・・・。

 永禄の変からこの方パタリと晴泰殿からの文が途絶えてしまっている。


 この二ヶ月の間、方々の伝手を使って晴泰殿の安否を探らせているのだが、その行方は杳として知れない。

 もしや二条御所で足利義輝を守る為に斬り死しているのではあるまいか。

 そんな不安も()ぎってしまう。


 上方の貴重な情報源を失ってしまうのは、我が二階堂家にとってかなりの痛手だ。

 ここは高玉金山の金を多めに使ってでも、上方に新たな情報網を用意すべきだろう。

 問題はどうやってその情報網を作るかだ。

 

 須賀川城の書斎で頭を悩ませていると、妻の南の方が姿を表して声を掛けて来る。


「夫殿、晴泰殿の手紙を預かっていると主張する幼女連れの陰陽師が現れたそうだ」


 ん?ん?ん?

 待て待て待て。


 晴泰殿の手紙?

 幼女?

 陰陽師?

 何だそれ!?


 その子連れの陰陽師。

 預かった手紙は俺本人にしか見せられない、の一点張りで大手門の見張り兵を困らせているらしい。

 見張り兵は有能だったようで、その陰陽師が二年前に須賀川を訪れた晴泰殿の一行の中にいた事を覚えていた。

 それでどうすればよいか困ってしまって上役に相談し、それが南の方の耳にまで届いた。


 二年前にこの須賀川を訪れている陰陽師と言えば『沼田祐光』しかいない。

 晴泰殿に紹介して貰い損ね、口説く前に振られてしまった相手である。


 須賀川よりも北に赴き、己の仕えるべき主人を見つけたんじゃないのか?

 それがなぜ上方で行方不明な晴泰殿の手紙を携えているのだろう。

 しかも子連れで。


 いろいろと疑念は尽きないが、とにかく会ってみることにする。






 沼田祐光と幼女と対面する。

 先ずは本題に入る前に確認だ。


「仕えるべき主人は北で見つかったのか?」


「然り。されどまだ時にあらず」


 見つけたは見つけたけど、主君も自分も未熟な為、まだその側で仕えるタイミングでは無かったらしい。

 時期的に久慈為信はまだ若く、大浦家へも養子に入っていなかったはず。

 ぶっちゃけ禄が出せないと断られていた。


「卦に今は主従共に力を蓄える時と有り。それ故諸国漫遊の途上也」


 武者修行中にたまたま京に立ち寄ったら晴泰殿と出会い、そこで手紙を預けられたそうだ。

 次いて祐光の隣で大人しくちょこんと座っている幼女について確認する。


「それでこの幼女はそなたの娘か」


 見たところ五、六歳くらいでクリクリしてて可愛い。

 顔はあまり似ていないように見えるな。


「否。理由もまたこの文に有り」


 やはり血のつながりは無かったか。

 とにかく水干の袖から取り出されたその文を受け取る。

 

 開いて中を確かめると、普段の晴泰殿の筆使いとは異なり、珍しく乱筆乱文であった。

 急いで書き殴ったのが見て取れる。




 〜・〜・〜・〜・〜

 口惜しくも義輝様の側を離れていた時に事件は起こってしまった。

 いまは覚慶殿を救う算段をしているところである。

 京は危なく、自分もいつ京に戻れるかわからない。

 沼田祐光に我が一人娘のお(しん)を託すので、須賀川で暫く養育して欲しい。

 お甄の母は義輝様の側室の小侍従殿に仕える女官であったが、小侍従殿と運命を共にしたと聞く。

 お甄にはまだ母の顛末を黙っていてくれると助かる。

 〜・〜・〜・〜・〜



 え?

 この幼女、須賀川で育てなきゃいけないの?

 ちょっと南の方を呼んで来ようか。





<年表>

1565年 二階堂盛義 21歳


01月

☆井伊谷で次郎法師還俗。女城主の井伊直虎(25歳)誕生。

◎須賀川の二階堂盛義、三春の田村隆顕(76歳)と停戦。

★平戸のルイス・フロイス(33歳)、入洛。


02月

▷安芸の毛利元就(68歳)、伯耆一円を制圧。尼子義久(25歳)の守る月山富田城が孤立。

▼陸奥行方の相馬盛胤(36歳)、 息女の真姫を亘理元宗の嫡男重宗(13歳)に嫁がせる。


03月

◆相模の北条氏康(50歳)、下総の関宿城攻略に乗り出す。

■米沢の伊達晴宗(46歳)、家督を譲って杉目城(福島城)に居を移す。伊達輝宗(21歳)、奥州探題と左京大夫を継承。

▼陸奥行方の相馬盛胤(36歳)、伊達家の来攻に備えて駒ヶ嶺城と蓑首城を築城。


04月

◎須賀川の二階堂盛義、伊達稙宗(77歳)を見舞って丸森城の本丸を占拠。相馬義胤(17歳)と越河御前(19歳)を人質に取る。

■米沢の伊達輝宗(21歳)、兵を発して丸森に進軍。丸森城と築城中の金山城、小斎城を接収。

■米沢の伊達輝宗(21歳)、相馬義胤(17歳)と越河御前(16歳)を解放。宇多郡内の伊達領を相馬盛胤(36歳)に割譲。

◆越後の上杉輝虎(35歳)、関東出征6回目。関宿城を救出。

▷安芸で毛利隆元の嫡男幸鶴丸(12歳)元服。足利義輝(29歳)の偏諱を受けて毛利輝元を名乗る。

▽東肥前の神代勝利(54歳)病死。肥後の龍造寺隆信(34歳)、千布城を攻めて東肥前を手中に収める。


05月

▷安芸の毛利元就(68歳)、第二次月山富田城の戦いを開始。毛利輝元(12歳)初陣。

▼岩手の石川信直(19歳)、南部晴政(48歳)の婿養子となり三戸城に入る。


06月

★摂津の三好重存(17歳)、左京大夫補任。足利義輝(29歳)の偏諱を受け、義重に改名。一万の軍勢を率いて上洛。

★山城で永禄の変勃発。十三代足利将軍義輝(29歳)、三好三人衆に討たれる。三好義重(17歳)、義継に改名。


07月

■丸森の伊達稙宗(77歳)死去。直山公と諡号す。小梁川宗朝(96歳)、陽林寺で殉死。

◆甲斐の武田信玄(44歳)、上杉方の上州倉賀野城を攻略。


08月

▽豊後の大友宗麟(35歳)、豊芸講和破棄。豊前の毛利方の国人長野吉辰を攻めて降す。

★足利義輝の弟覚慶(28歳)、幽閉先の奈良から近江に脱出。

★丹波の赤井直正(36歳)、和久郷で内藤軍を率いる松永長頼(49歳)を討ち取る。


09月

◎須賀川の二階堂盛義、沼田祐光(26歳)から本家の二階堂晴泰の息女の甄姫(5歳)を預かる。


10月

◆越後の上杉輝虎(35歳)、関東出征7回目。武田方の上州和田城を攻める。

▷安芸の毛利元就(68歳)、月山富田城を再包囲。山中幸盛(20歳)、品川将員(21歳)を一騎討ちで討ち取る。


11月

◆甲斐の武田信玄(44歳)、謀叛の疑いで嫡男義信(27歳)を廃嫡。傅役の飯富虎昌(61歳)らも共に成敗。

◆常陸の佐竹義昭(34歳)急死。佐竹東家の義堅と佐竹北家の義廉が若年の当主義重(18歳)を補佐。


12月

★畿内で三好三人衆と松永久秀(57歳)と断交。阿波の足利義親(27歳)、久秀追討令を発する。


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▲天変地異

◎二階堂

◇吉次

■伊達

▼奥羽

◆関東甲信越

☆北陸中部東海

★近畿

▷山陰山陽

▶︎︎四国

▽九州



<同盟情報[南奥 1565年末]>

- 伊達晴宗・二階堂盛義・石川晴光・岩城重隆・佐竹義重・大関高増

- 蘆名盛氏・結城晴綱・山内舜通・河原田盛次・長沼実国

- 田村隆顕・相馬盛胤


挿絵(By みてみん)


須賀川二階堂家 勢力範囲 合計 17万7千石

・奥州 岩瀬郡 安達郡 12万1千石

・奥州 安積郡 3万5千石

・奥州 伊達郡 1万5千石

・奥州 白河郡 4千石

・奥州 田村郡 2千石


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