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二階堂合戦記  作者: 犬河兼任
第二章 高玉を獲れ
13/83

1559-2 傾城

<1559年 04月某日>


 馬に揺られて奥州街道を下る。

 須賀川城まであともう少し。


 この二階堂行盛が初めて経験する大規模な戦さであった、先の田村勢との安積郡を巡る戦い。

 通称渋川合戦。

 それから早一月以上の刻が経過していた。

 やっとその事後処理が一段落したため、今は須賀川に帰城する最中となる。


 こんなに長く須賀川城を離れたのは、思えばこの世界にやって来てから初めてのことである。

 須賀川城を出撃した頃は梅の花の時分であった。

 今はもう桜の季節だ。






 一ヶ月前、安積南西部の大槻城を出撃した俺は、傭兵を主軸とした遊撃部隊を率い、郡山城を始めとする安積東部の田村方の城を次から次へと陥とすことに成功する。

 俺の挙げた多大な戦果は、大槻城の伊東高行討死の報と共に安積郡内に瞬く間に伝播し、田村方の安積伊東諸氏は次々と脱落。

 その動きに歯止めは効かず、八幡に布陣する田村勢の数は遂には三千を大きく割り込んでしまう。

 そして、我が二階堂遊撃隊に三春への帰路を完全に封鎖される事を恐れた田村清顕は、岩瀬郡侵攻どころか安積南部の保持も断念し、八幡から東の荒井方面に転進を開始する。


 その田村勢の動きを、渋川に布陣していた父の二階堂輝行は見逃さなかった。

 岩瀬本軍を率いて即座に追跡を開始し、安積荒井の成山城近くで田村勢を捕捉。

 田村勢の後背に襲いかかる。


 反転しての反撃もままならなかった田村清顕は、音無川を渡って目の前の成山城に逃げ込もうとする。

 だが、田村清顕よりも先に八幡から撤収していた成山城主の伊東某は、無情にも田村勢の入城を拒絶。

 二階堂側への返り忠を宣言し、弓矢を射かけて追い払った。

 その為、田村清顕は更に東の阿武隈川まで地獄の撤退戦を強いられることになる。


 岩瀬本軍の激しい追撃を受けながら、阿武隈川西岸にやっとたどり着くことが出来た田村勢。

 彼らを待ち受けていたのは、俺が率いる二階堂遊撃隊であった。

 俺の目に宿るチート、戦闘モードの視界は敵の軍団の耐久ゲージを遠景で確認出来る。

 敵の移動経路の予測も容易だ。

 田村勢が疲労困憊なところを北から奇襲。

 多大な戦果を挙げる。


 更にそこに岩瀬本軍が追い付いてきた為、田村勢は万事休すとなる。

 最早彼らが逃げ込む先は、阿武隈川の対岸しかなかった。

 我ら二階堂勢に包囲されて攻撃されながらも、田村清顕は強引に阿武隈川の渡河を決行。

 討たれる者、溺死する者を多数出しつつ、這々の態で三春に退却していった。


 田村勢が渋川に侵攻してから、僅か一週間で戦さは決着する。

 まさに電光石火の二階堂勢の完勝であった。






 その後、俺は田村勢の反撃に備えて郡山城に入り、安積郡東部で抵抗を続ける田村方の城の攻略を進めていった。

 攻め落とした城の返還をエサに、安積伊東諸氏に二階堂家への臣従を誓わせ、人質を取る。

 精力的に働いた甲斐あって、安積郡の田村家の勢力圏は郡山城の北に位置する日和田城近辺まで縮小している。


 周囲の国人領主達に対しての寝返り工作と並行して、郡山城の防衛力強化と領国化にも手を付ける。

 この戦国時代の郡山城は開墾に向かない安積原野の只中にあり、繁栄しているとはとても言い難い土地であった。

 郡山城下が繁栄するのは、明治天皇の御代に猪苗代湖から安積疎水が引かれてからだ。

 ただ、奥州街道と会津から磐城に至る街道が交わる奥州一の十字路が城下にある為、戦略的な要地であることは確かである。

 二階堂家がこの土地を安積支配の拠点とし、直轄地にする意味は大きかった。

 

 須賀川城の父上と相談し、郡山城代として東部衆筆頭の須田秀行を入れる事を決める。

 また、郡山城の防備を固める為に、津田監物から更に鉄砲を購入し、須田秀行の旗下に鉄砲隊百名を配置する。

 この防衛体制を維持し、須賀川城との連絡を密にしておけば、郡山城は十分に守れ切れるはず。


 安積中東部の仕置きが完了した今、次にするべき事は気力と体力の回復である。

 須田秀行に郡山城の指揮権を委譲して、須賀川城に帰還することを決断。

 馬を駆って今に至る。


 早く須賀川城の檜風呂に入って戦塵を落としたい。

 早く搾りたての真っ白な牛乳をゴクゴクと飲み干したい。

 そして何より、早く我が妻の南姫の顔が見たい!


 敵の軍師の田村顕頼に深手を負わせ、伊東高行を初めとする数多の敵将を討ち取り、陥とした敵方の城の数は片手で足りない。

 これだけの戦果が有れば、南姫もきっと俺を男として認めてくれるはずだ。

 何よりも、今泉城を守りきるという約束を果たせたことを、彼女に堂々と宣言したかった。


 帰ろうと決めたら、それまで抑制していた欲求が一気に吹き出てしまったようだ。

 気が急いでしまって無意識に鞭が入り、馬足が早くなる。


 桜を愛でる余裕は、今は全く無かった。






 父上から労いの言葉を受け、家臣一同からの賞賛を一身に浴びた後、須賀川城の奥に向かう。


「男子三日会わざれば刮目せよ、と故事にあるが。正しくその通り。夫殿は随分逞しくなったようだ。もはや一端の将の顔付きだな」


 そんな言葉で嬉しそうに俺を迎えてくれた南姫。

 順風満帆だったとは言え、戦さの理不尽さに何処かザラついてしまっていた俺の心は、その微笑み一つで瞬時に癒されてしまった。

 と言うか、それよりも何よりも。


「・・・妻殿。貴女も何か変わったような。もしかして化粧変えた?」


「ほう!やはりわかるものだな。須田盛秀の内儀の冴に教わってな。上方で流行っているやり方だそうだ。男はこの方が悦ぶと聞いたが。どうだろうか」


 刮目しないといけない時間は、男子は三日で女子は十分程度と言うが。


 まさしく化粧は魔性であった。

 一段、いや数段も垢抜けた感がある。

 もともとのベースが一級品だからであろうか。


 ぽー、と見惚れてしまい、思わず本音がぽろり。


「まさしく傾城とはこのことか」


「フッ、何をバカなことを。いや傾城と言えば、夫殿の方こそ此度の戦さで城をいくつも陥したそうではないか。さあ、まずは風呂であろう。褒美に私手ずから身体を洗ってやろう」


 え、マジか!?

 そんなご褒美があるなんて!

 で、でも本当に良いのだろうか?


「遠慮するな。そなたは私の自慢の夫なのだぞ」


 夢見心地の俺の手を取り、風呂場に誘導していく南姫。


 結局のところ田村顕頼は討ち損ねてしまって真の目的は達成出来なかったけど、その後に超頑張った甲斐があったと言うもの。

 なんかね。

 一気に報われた気がする。






 なんかね。

 想像してたのと違ったわ。


 互いに一糸纏わぬ姿で、ヌルヌルあっはーん、グチョグチョうっふーんな展開を妄想してしまっていたけど。

 なんかもう、とにかく痛い?


「イタタタタッ、痛いって!もうやめてーーッ」


「まだだっ!夫殿。こんな程度では身体にこびりついた戦塵や業は刮ぎ落とせん!さっ、お湯をかけるぞ」


 ザパァ


「ぎゃーーーッ」


 須賀川城の檜風呂。

 ギリギリ詰めれば二人で浴槽に入れないこともない。

 だが、そんな展開には一切ならず。

 白い浴衣をまとった南姫が湯女役に就き、ひたすら俺の垢を擦り捲るという、謎展開であった。


 襷掛けして本気モードの南姫。

 日頃から薙刀で鍛えているだけあって二の腕に薄っすらと筋肉が貼り付いており、そのスラリとした白い両腕には弛みなど一切無い。

 姫とは言え、アスリート、いや武芸者の身体つきであった。


 そんな南姫渾身の垢擦りにより、俺の身体は表と裏の隅々まで磨かれることになる。

 半刻後、やっと風呂から解放された時には、俺の身体は真っ赤っかになっていた。


 ヨロヨロと風呂場から転げ出た俺を癒してくれたのは、風呂上がりに飲むタンポポ珈琲牛乳である。

 以前話した俺の好みを覚えていてくれたのだろう。

 徳利に入ったタンポポ珈琲牛乳が、井戸水で冷やされて出されてくる。

 冷たいタンポポ珈琲牛乳と共に南姫の愛情がジワリと腹に広がり、涙が出そうになる。


 それから更に半刻後、ぼへーと涼んでいた俺の前に、着飾った南姫が現れる。

 蒸し暑い風呂の中で一時間も垢擦りで身体を動かしていたのだ。

 当然南姫も汗でダラダラになっていたが、この一時間で汗を落とし、化粧も再セットアップしてきたらしい。


「夫殿、待たせた。さて行こうか」


「行くって何処へ?」


「決まっているだろう。長禄寺だよ」


 ああ、そうか。

 まだ母上に戦勝を報告していなかったな。






 夫婦二人揃って母の墓前に祈りを捧げる。


 母上、今泉城を守り切ることが出来ました。

 これで第一関門は突破です。

 次なる第二関門は二本松畠山氏の勢力圏内にある高玉金山の奪取。

 必ず果たしてみせますので、見守っていて下さい。


 祈りを捧げ終え、顔を上げる。

 視線の先には山桜が咲き誇る八幡山だ。


 初めてこのお墓に来た時のことを思い出す。

 あの時もこんな風に桜が咲いていたな。


「今年は遅咲きで良かったよ。共に桜を愛でたいと思っていたから」


 隣に寄り添う南姫がそう告げてくる。


 しばらく南姫と二人、黙って桜を見続ける。

 穏やかな風が俺たち二人を包むようにそよいで行った。






 墓参りを終え、帰路に着こうとすると南姫に呼び止められた。

 何やらサプライズがあるらしい。

 そのまま長禄寺の離れに案内される。


「夫殿の戦さの疲れを癒したくてな。無理を言って和尚に用意させた」


 そこには茶道具一式が揃えられていた。


 茶か。


 茶はもともと良薬として宋から日本に入ってきたものである。

 まだ時代は早い為、千利休による茶道の確立は先の話であったが、そもそも茶は禅宗と関係性が深い。

 この長禄寺は禅宗である曹洞宗の奥羽一の参禅道場。

 ある意味、奥羽で一番茶が盛んな場所でもある。


「この前、津田監物殿が手土産に宇治茶を持って来てくれてね。貴方に手ずから淹れてあげたくて、作法を習ったのだよ」


 学んだばかりなので、不調法は許して欲しいと告げてくる南姫。

 その心遣いだけでもありがたい。


 しかし宇治茶か。

 この時代の日ノ本での最高級の茶葉であったはず。

 値が張りそうだ。


 シュンシュンと鉄瓶で湯が沸き、チョロロと南姫が茶を淹れ始める。

 謙遜していたが、シャッシャッシャッと茶を煎じるその姿はなかなか堂に行ったものだ。

 見惚れてしまう。


 差し出された碗を受け取り、抹茶を口に含む。


 美味い。

 体の中から癒されていく気がする。


「結構なお点前で」


「そうか。良かった」


 南姫がホッとした表情を見せてくる。

 その仕草までひたすらに美しかった。







 茶も飲み終わり、ついに南姫が本題を切り出してくる。


 懐から一枚の紙を出してくる南姫。

 見覚えのある紙であった。

 この長禄寺で丁度三年前に俺が署名した起請文である。


「さて、夫殿。貴方の三年の不犯と須賀川の安寧。どちらも見事達成と相成った。この起請文、効力はここまでとなる。最早不要なもの。焼き捨ててしまうが良いか?」


「ああ、構わない」


 俺の答えを受け、南姫は起請文を小さく折り畳み、炉の火に焚べてしまう。

 そして、あっさり灰になっていくその紙切れを眺めながら、少しだけ物憂げにつぶやいてくる。


「夫殿。貴方は知らなかっただろうが、この三年結構辛かったのだぞ。陰で石女だのなんだのと言われてな」


「・・・それは。すまなかった」


 起請文の件は、俺と南姫以外では和尚の他に知る者はいない。

 伊達の令嬢の大看板を背負って嫁いできた身で、ただでさえ風当たりは強いのだ。

 幾夜も床を共にしていながら一向に懐妊の気配が無いのであれば、邪推する者たちが出てくるのも当然か。


「良い。誓約通りこの須賀川を守れたのだから。その代わりと言ってはなんだが、今宵からは出来るだけ多く励みたい。早く子を産めるように」


 南姫も今年で十九歳。

 この時代で言えば、もう既に出産の適齢期に入っている。

 武家の嫡男の正室という立場にいる以上、当然の望みであろう。


 翻って自分はと言うと。

 武人系朴訥美人お姉さんに真面目な態度で子作りを迫られるというシチュエーションは、かなりくるものがあった。

 二階堂行盛としての童貞のこの身体も、昂りを抑えきれないようだ。


 思わずこの場で南姫を押し倒してしまいそうになり、南姫に叱られる。


「んんっ、こら!やめぬかっ。まだ日は落ちてはいないのだぞ!」


 結局南姫が本気で怒り出す前に、この場は口吸いだけで撤退。

 初めての接吻は抹茶の味がしました。






 この夜、俺と南姫は初めて結ばれた。

 三年越しの真の初夜であった。


 初めての閨合戦。

 スペシャルステージである。

 この時ほど、暗闇でも視界が利く戦闘モードの有り難みを感じた時は無かった。

 そして、相手のステータスが判別出来るのも、大きなアドバンテージとなる。

 魅力、混乱、硬直、放心などの相手の状態異常の変遷に気を配る事で、閨合戦でもっとも難易度が高いと言われる初戦を無事に切り抜ける事が出来た。

 もちろん当方の大勝利である。


 負けん気の強い対戦相手にすぐに再戦を申し入れられたが、容易く返り討ちにする。

 一気呵成に追撃を仕掛け、それからは互いのスタミナがすっからかんになるまで連戦に次ぐ連戦だ。

 生白いやわらかな二つの巨城を縦横無尽に傾けまくり、敵将が白旗を上げるまで栄光ある勝利を積み上げ続けた。


 翌朝むちゃくちゃ怒られましたが、後悔は一切ありません。


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よろしくお願いします。

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