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月を観る父、日を観る子

作者: 宮沢弘

「とーちゃん、月が出た! 一番大きの!」

 我が子の声に、私は洞窟から出ると、空を見た。

 一日が始まり、壁に刻んだ印を数えていたときだった。

「そうだな。たぶん一番大きいな」

 そう応えはしたものの、明日も同じくらいかもしれない。印から数えると、そうなるかもしれなかった。

「それと、あの星の集まり、出てきたと思う」

 我が子は地の向こうを指差した。

「あぁ、あれはそうかもしれないな」

 星の集りのいくつかの内、集まりの一番上になる星だろうと思えるものが見えていた。

「だけど、まだわからないなぁ。もう何日かすれば、はっきりわかるだろうが」

「何日?」

「ん? なにが?」

「あの星の集りが出てきたの、何日ぶり?」

「そうだな……」 我が子の肩に手を置き、洞窟の中の一角に戻った。「あぁ、これは…… 歩数と同じに数えていいなら…… 三百六十と何日か?」

「何日かって何日?」

「わからない」

「とーちゃん、わからない?」

「あぁ……」

「わからないってよ」

 後の火の周りから声と笑いが飛びかかってきた。

「とーちゃん……」

 我が子が不安気に私を見上げていた。私は我が子の頭を撫でた。

 たぶん、なにもかもが足りないのだ。本当になにもかもが。

「何が足りないの?」

 声になっていたのだろうか。我が子が問いかけた。

「たぶん、なにもかもがだよ」


   * * * *


 いつものとおり、地面に差した棒の影が一番短くなった場所に、連れ合いが印をつけておいてくれた。

「拳五つと指三つと半分」

 それを覚え、洞窟の一角に向かった。

「ばーちゃん! ばーちゃん! お話しして」

 後で子供たちが騒いでいた。

「何のお話がいいかな?」

「月を観るバカ!」

「もう何回も話しとろうに」

 そう言い、老婆は笑った。

「バカになりたくないもん!」

 子供たちが、また騒いだ。子供たちは知っている。そのバカが私の父であることを。

 連れ合いは、我が子にこれを続けさせることを断わった。棒の影の印をつけるかわりに、我が子にはこれをさせないと。我が子も、後で騒いでいる子供たちの中にいる。

 父も私も、たくさんの印をつけた。たくさんの。今になれば、父が言っていたことがわかる。本当になにもかも足りないのだ。

 私がこれをできなくなれば、これは忘れられるだろう。そもそも、そこからして足りないのだ。

 もしかしたらとも思う。これは何度も繰り返されているのだろうか。

 私は思いを目の前の印に戻した。明日は拳五つと指三つになるだろうか?

「ほれ、その子が今じゃ日を観ておる」

 老婆の言葉に、子供たちはまた笑った。



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[一言] 企画からお邪魔しました。 実は一度読んだだけでは理解できず、皆さんの感想を読んで納得し、本文をもう一度読み返しました。 好奇心て面白いですね。 時にそれがまわりに理解されなくても、誰かの好奇…
[一言] 企画より参りました。 太古の世界を想像させる物語。まさにロマンですね。 よく言われることですが、ガリレオやアインシュタインでさえ自説を唱えた時は笑われたのですよね。名もなき人々が「当たり前…
[一言] 企画から来ました。 観測の始まり的な感じでしょうかね? 記憶は世代に残せなくとも、記録をとっておけますものね。そもそも我々の先祖たちは団結することで生き残れたらしいですものね。 その一つ一つ…
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